砥056 追い詰める無謀
「きつく縛っておこう。解けないように……」
「すまない。もう一本だけ……いや、やめておこう。もう限界だ。後の処置は帰ってからだな……」
ほとんどの人が膝をついている。腕を押さえる人も、足を押さえる人もいる。中には涙を流し、痛みを堪えている人だっていた。
「ボウマ。さっきは助かったよ」
「……にへ」
それはボウマとヒューゴの二人も例外じゃない。
ヒューゴの流木の杖は何があったのか先端部分が木材ごと砕け散っていたし、右手は何かで切ったのか、赤く滲んだ包帯が巻かれている。
ボウマは歩き方が変だ。ひょこひょこと片足をかばうような……もしかして骨折かと一瞬ひやりとしたけど、見た感じ捻挫で済んでいるようだ。良かった……。
話を聞いてみると、ヒューゴが風の魔術を振り回して飛来物を片っ端から迎撃していた時、運悪く複数の魔道士から狙われたらしい。
そこでどうにか杖を盾にはできたものの、先石からざっくりと壊された上に手まで負傷。痛みと杖の損失で慌てているうちに敵の追撃がきて……ボウマがそれをどうやってか、色々と無茶をして防いだのだそうだ。
二人の魔術は射程が短い。けど、広範囲のカバーは得意だった。だから二人は皆の前に立ち、徹底して後衛の支援に尽力した。旋風と爆風で、大勢を守りきったんだ。
「すげぇじゃん」
「へへ……」
「ヒューゴも」
「ありがとうロッカ。……足を引っ張りかけたけど、ボウマのおかげで助かったよ」
「んなことないじぇ。ヒューゴめっちゃ強く見えたもん」
「はは……舞い上がる瓦礫のおかげかな? 風をよく見せてくれて、感謝してるよ」
幸い、私達に死者はいない。戦闘不能にさせた相手の魔道士も……怪しい人はいるみたいだけど、ひとまずは問題ないようだ。
とはいえ、怪我人が多すぎる。無傷の人なんて数える程度だ。
「あーやべえな。魔剣が壊れてら……つか、もう無理だ。足の甲に罅入ってるかもわかんねえ」
ガルハートは魔剣の消耗が激しかった。最初は煌めいていた刀身が今や粗い傷にまみれ、先の方に埋め込まれた魔石は砕け散っている。
『……』
老機人のメイボルドさんは杖をつきながら、瓦礫の中で何かを探し回っているようだ。
どこが悪いのかはわからないけど、歩き方が既に無理をしている。これ以上は動けないだろう。
「あ、魔石みっけ……」
影魔術使いのリュミネは……無傷だ。戦闘中に壊れた杖から落ちたものだろうか。瓦礫の中から魔石を探しているようだ。
「だ、大丈夫。もう終わったから……落ち着いて……ね?」
「……はい、……はいっ……」
泣きじゃくる女性魔道士を、モヘニアが困った風に宥めている。
モヘニアも目立った怪我はなさそうだ。
「僕が運びます。任せてください」
「大丈夫?」
「平気です。他の人が守ってくれたから……もう魔力は空っぽだけど、せめてこういうところで役に立たせてほしいんです」
ライカンに庇われたというモルトは、拘束された魔道士を背負って一箇所に集めている。
他の魔道士や怪我人も、次々に運ばれていくようだ。
「クライン。力仕事だし、私達も手伝おう」
「ああ。その後は帰還だ」
「……」
私が返答に窮していると、クラインは鋭い目を向けてきた。
「ロッカ。足りない一人を、どうするつもりだ」
「……とりあえず、運ぼう」
嘘をつくのも誤魔化すのも下手な私は、とにかく今は身体を動かすことにした。
“駄目だ”と言われるのは、なんとなくわかっていたから。
瓦礫は自然に消滅しつつある。構造物が立ち並んでいた空間はもはや辺り一面が完全な平地になっていて、建っているのは帰還用の石碑だけになっているようだった。
薄ぼんやり光る石碑は遠くからでも随分と目立つ。あるいは空が真っ暗に欠けたからこそ、石碑の明かりがよく見えるようになったのかもしれないけど。
「よし」
一番近い場所にあった石碑まで、無力化した魔道士たちを引きずってきた。
こちらも怪我人が多かったので、全員が運搬役にはなれなかった。荷物もあるしこれは仕方ない。
だから比較的余裕のある人や強化が使える人が率先して、往復して複数人を運ぶことになった。……まぁ。さすがにそろそろ体力も限界に近づいてきたよ。私もね。
「帰還しよう」
誰が言うでもない。それはみんなの総意だった。
当然だ。もう誰もが満身創痍だったし、魔力も体力も残っていない。杖が壊れた人も何人もいる。今まさに痛みを堪えている子だっている。
物資も心もとない。飲水は特にピンチだ。治療薬だって底をつきかけてる。何より、現状は手詰まりだ。
『……一人、救出できていませんね』
メイボルドさんが呟いた。きっとそれは皆の代弁だったんだと思う。みんなわかっていたことだったんだ。
救出した人数は十二人。彼らは今、ここで横たわって眠っている。
でもまだ、一人足りないんだ。チェックの入っていない人相書きがまだ、この紙に残っているんだよ。
“ベロウズ=ビスマロイド”。
大会で私を倒した……気弱そうで、けど何か、燃えるものを感じさせた、あいつが。
「どうしようもねえよ。元凶のスキラー・ブライオンはどこぞへ引っ込んじまったし、適当に探そうにも建物は何一つ残っちゃいないしな。怪我人もいるし、さっさと帰還するぞ」
「そうね……」
「ああ。アイツは倒せなかったけど、凱旋ってことでいいよな」
そうだ、私達は誇っていい。それだけのことをやってきた。信じられないくらい大勢を助けたし、命を張った。……みんなすげえよ。心からそう思う。
けど。
「ごめん皆。私はちょっと残るよ」
「おい」
なんだろうな。クラインからは言われるってわかってるけど。今の今まで考え続けてきたけど、やっぱり結論はこうだったんだ。
「ロッカ、残ってどうするっていうんだい」
「最後の一人を助けたいんだよ」
『ベロウズ=ビスマロイド……という方ですね。しかし、どうやってです』
「これで」
私はアンドルギンを握り、軽く掲げてみせた。
それだけでもう、皆には伝わるだろう。
「もう一段……もう一層、下に掘るんだよ。あるのかどうかわからないけど……けど、あるのだとしたら。そうしたら、そこにいるかもしれない」
「不確定要素しかない。危険すぎる」
クラインは正論しか言わないな。私もそう思うよ。わかった。言いたいことは全部聞くよ。
「下層にここの石碑と同じような転送機能があるのか。スキラー・ブライオンが襲いかかって来た時に対処できるのか。……そしてそれらも全て、下にまともな空間があればの話でしかない」
「僕も反対だな。危険すぎるよ」
「うん」
危ないのは知ってる。クラインの言う危険性も、承知の上だ。
「でも行くよ」
私はそれだけ言い切った。
皆のほとんどは困惑しているが、私のクラスメイト達はどこか“やれやれ”みたいな感じだった。
「全く。知り合いだからかい? ロッカ」
「っていうのもある」
「ロッカ、前にそいつに負けたじぇ。やっぱ悔しいん?」
「それも結構ある」
「……他に合理的な理由はないのか」
合理的、か。
「なんか、イライラするんだよ。このままだとさ」
こんな答えに合理性なんて欠片もない。だからクラインに言いたくなかったんだよ。
けど、結局答えは変わらないんだ。イライラする。納得できない。だから私はまだ、続けたいんだ。
「……愚かしい」
クラインは嘆くようにそう零した。
……愚か。愚かね。そうだな。
そこんところが……変わらないんだろうな。私は。
きっと落盤のあったあの日にこのまま戻ったとしても、多分私はまた、あの奥まった場所へ転がっていった母さんのデムピックに手を伸ばすんだろう。
「……マジで行くつもりか?」
「やめといたほうが良いですよロッカさん……ここで犠牲者を増やすことなんてないでしょう?」
「私は帰ります。杖も魔力もないですし」
『……本気なのですね?』
私は一度だけ頷いて、腕を組んだ。
「ひとまず、先に帰っといてよ。スキラー・ブライオンの野郎をとっ捕まえる牢屋でも用意して、向こうで待ってて。皆の分まで、あいつをボコボコにしてくるからよ」
危険。リスキー。それは知ってる。でも私は死ぬつもりで行くわけじゃない。
ベロウズをぶん殴って、ブライオンをぶっ飛ばしてやるために行くんだ。その強気を前面に押し出して、私は不敵に笑ってみせるんだ。
「……あーあ、俺も万全だったらな。一緒に行けねえのが惜しいぜ、全く」
「無謀だけど……ロッカさん。貴女なら、なんだかできそうな気がするから、不思議ですね。……私達は、怪我人と一緒に帰るしかありませんが……任せました。応援していますからね」
『……無事を祈っています。どうか無理はしないように』
「飲み物や食べ物……物資は、ここに置いていくわ。それと……このお酒もね。……ロッカさん、必ず戻ってきてね?」
幸い、皆私が残ることを強く引き止めはしなかった。
場合によっては無理やりにでも石碑にぶん投げられるかもって思っていたから、良かった。
痛みの強い怪我人もいるので、長々しい別れもなく、帰還する人は続々と石碑に入っていく。
去り際には残る私へ言葉を残してくれるが、今生の別れってわけじゃないはずなんだから、できればやめてほしいな。不吉だよ、なんだか。いや、それに近い無謀をやろうとしてるからそこまで間違っていないのかもしれないけど……。
「やれやれ、ロッカ。戻ったらライカンとマコ先生に怒られるぞ」
「あ……確かに、言いそう……」
「マコちゃんなんて絶対怒るじぇ。……ねえね、ほんとに残るの?」
「うん」
怒られるのは嫌だけど、それだけは曲げないさ。だからボウマ、お前はさっさと足を診てもらえ。挫いた足はさっさと直さないと、痛いのが続くからな。
「……さっさと戻ってこいよぉ!」
「待ってるからなー、二人とも!」
そう言って、彼らも石碑に入っていった。
……ん? 二人ってなんだ?
「オレも下層にいく」
「えっ、クラインも? なんで!?」
後ろを振り向くと、さも当然であるかのような顔をしたクラインが立っていた。
「理由は二つある。ひとつは、君一人では勝率が低すぎるからだ。オレがいれば勝率は数倍程度には跳ね上がるだろう」
「なん……」
「大会で“整備人のベロウズ”に一対一で負けたのは他ならぬ君自身だろう。今の状態で勝てるほど、君は強くなったのか」
……そう言われると何も言い返せねえ。
「理由のもう一つは……オレもまた、納得していないからだ」
「……クラインが?」
彼は鼻を鳴らし、仄かに光る石碑を見上げるように睨みつけた。
「オレの試合に横槍を入れ、邪魔した奴だ。最後の最後まで、しっかりと償わせてやらなければ気がすまないだろう」
「……アンタ、私に愚かとかなんとか言ってたじゃん」
「それは君一人で感情的に行こうとしたからそう言ったのであって……」
やかましい口論が始まりそうになったけど、やめた。
ここに残るのは私とクラインだけ。他の皆は既に帰っていった。口喧嘩で体力を消耗したって、何の得もない。
「……じゃあ、行くか」
「待て」
「……なんだよ、行く流れじゃないのかよ」
「休憩が先だ。食事も済ませておこう。薬でもなんでも、できることは全て済ませておくべきだ」
クラインの目は真剣そのものだった。
……うん、確かに。今までずっと戦って、動き回ってたから……そうだな。休憩は必要だ。
ちょっと気が急いでいたみたいだ。……これが本当に最後なんだ。どうせ無茶なことをするのはわかりきっているんだし、準備をしっかり整えてからにしよう。




