砥055 絹鳴りする手当
建物が崩れていく。瓦礫は細かなものまでゆっくりと消滅していき、そのさまは私の岩魔術を砕いたやつが自然に消えゆく姿に似ていた。
……あれも魔術による生成物なのか。今まで無事だったものが消えていることに、確かな戦況の変化を感じる。
「こっち来るぞ……」
「みんな、構えてください……!」
相手は追い詰められているはずだ。だからこそこうやって、聖櫃で散り散りになっていた魔道士達が一箇所に集められて……私達に向かって、ジリジリと歩いている。
あぁ。再会を喜んで抱きつくって顔じゃあねえなあれは。
「……これまでは一定距離から反応する動きだったが、自動化もできるのか」
分析ありがとうクライン。けど私はそういうのはよくわかんねえや。
「役目を果たせ」
それより、魔道士達の向こう側で地面に沈み込んでいったスキラー・ブライオン……あいつをぶっ飛ばしてやりたくてしょうがねえよ。
要するにこれは、魔道士たちを盾にして逃げてったってことだろ。畜生が。こういうのナタリーが見たらかなり怒るやつだぞ。でも私だってすげえ怒ってる。これなんて言うんだ……。
「卑劣だな」
「それだ」
「なにがだ」
クラインの言う通り、あいつは卑劣だ。人間味の有る無しじゃねえ。絶対にもう一度あの杖ぶっ壊してやる。
「環境を準備するわ……メイボルドさん、さっきと同じように」
『ええ。皆さん、備えてください。集団戦は荒れますよ』
……頭を冷やそう。ともかく目の前の奴らを蹴散らさないことにはどうしようもない。
見れば、味方は既に環境の構築を始めている。クラインも宙に炎を浮かべ、ガルハートはクォートで水を被っている。
何も準備していないのは、私やボウマ、そしてヒューゴくらいのものだ。
「なぁなぁヒューゴ、さっきのクラインの、光のあれ。あれで全員ぶっ飛ばせないん?」
「無理だろうね。あれは動かない相手じゃないと相当難しいはず。……ボウマ、ロッカそろそろ来るよ」
「わかってるさ」
向こうの魔道士は十二人。けどこっちは十三人だ。
「みんな……ここが最後の正念場だぞ! あいつらの顔を思い切りぶん殴って、目を覚まさせてやれ! 容赦はいらねえ!」
アンドルギンの金属部に強化魔力を流し、先端をスコップ形態に変える。
「治療費は……国が持つ!」
「……確かに躊躇は消えるが」
「行けぇええッ!」
スコップが拾い上げた瓦礫を全力で投擲し、それが魔道士の二人を強かに打ち据え、闘いは始まった。
どうしてか味方の初動が少しだけ鈍ったけど、全員が全員魔術を使って先手を打って出る。
中には鉄魔術を投擲してる人もいるけど問題ない。今この時ばかりは相手の骨を折ってやるくらいじゃないと足りない。向こうはこっちを殺すつもりでやってるんだ。手心加えてる暇なんて有りはしない。
「オラァッ!」
「ッ……!?」
だから私も全力だ。瓦礫の上を走りながら、靴の上に破片を乗せて蹴り飛ばす。
スコップで石をすくい上げ、相手の魔術を迎撃する。下に散らばるものは私の魔術じゃないけど、扱い方は普段の私とほとんど変わりがない。それは不思議なくらい有利な方向に作用していた。
「なんだあいつめっちゃ強いな……! おい! 騎士団入れよ!」
「やだよ!」
闘いながら、私と同じ接近戦を選択したガルハートが気安く話しかけてくる。
向こうも向こうで魔剣を使ったこういう闘いは慣れているようで、かなり余裕があるみたいだ。
でもバラバラに砕け散った瓦礫が山積しているこの場所では、きっと私の方が場慣れしている。
頑丈なブーツはそこらへんの破片を気にせず動けるし、アンドルギンのスコップ形態を使えば無数の破片で投擲じみた攻撃ができる。その上足元の障害物はまだまだ使い切れないほどあるし、これは敵の環境の構築を阻害しているようだった。
敵の魔道士は反応も早いし使ってくる術も正確だし容赦だってない。
けど不思議と、今この時の闘いは、大会のどんな試合よりもずっと楽に感じられた。
「ロッカ! 無闇に近づきすぎるな!」
「うわっ!? ありがとうクライン!」
が、少し興奮しすぎていた。こっちに直撃しかけた頭サイズの氷塊を見逃していたらしい。
クラインの炎が寸前で消滅させてくれなきゃ、強化してたとはいえちょっと痛かったかもしれない。
「私二人ぶっ倒した」
「オレは三人だ」
「負けたか」
「勝ち負けではない。残りは三人……いや、おそらく二人だけだな。……メイボルドの環境構築は凄まじいな。戦場は隔絶されてるし手出しできん。とはいえ、あの様子ならすぐに終わるだろう」
見れば、戦況は混沌としている。……いや、混沌としているのは瓦礫の上に乗り上げた巨大な氷塊や火柱、鉄の壁や棘がそう見せているだけで、中にいる人は極々少数なんだろう。
目の前や近くにいる相手に集中して動いていたから他はあまり目に入ってなかった。
「……おい」
「え、なに」
遠くで高くそびえ立つ氷を見上げていると、クラインがこっちに来て、私の頭を指差した。
「それは。怪我は問題ないのか」
「……」
左手で指された額を拭ってみると、赤い血がついている。
自覚すると、確かにちょっと痛いかも。
「何か知らないけど当たったみたい」
「……強化した身体に傷を負わせるものは、小さな魔術の直撃くらいだ。中級保護なら君は自覚のないうちに敗北しているぞ」
いまいち悔しくなれない微妙なたとえ話をしながら、クラインがポーチをまさぐる。
そして差し出されたものは、とても小さな塗り薬と、やけにきめの細かな白いハンカチだった。
「使え。薬は止血もできるが、しばらく押さえておくべきだ」
「ありがとう、クライン。助かる」
ジャケットの袖を血で汚さないようにしながらハンカチで傷を抑え、薬を塗……塗……うまくいかないなこれ。傷どこだ? 触って痛いところか?
「……貸せ。オレがやる」
「あ、うん。ありがとう」
結局、クラインに塗ってもらうことにした。
どうやら場所は髪に隠れてるところだったらしい。……鏡がないとわからないな。
「おーい、終わったぞー!」
「ロッカぁー!」
呼び声が聞こえる。どうやら最後に残った人の戦いも終わったようだ。
振り向けば、ほとんどが座り込んでいたり……あるいは腕や脚を押さえたりして、うずくまっている。
終わった。けど……無傷じゃない。そんな勝利だ。私も、他の皆も。
「ロッカ、戻るぞ。ハンカチはやる」
「……」
私はやけに高そうなハンカチをまじまじと見た。
よく見れば、片隅には崩した文字でユノボイドと金色の刺繍が施されている。
「押さえていろと」
「ああうんわかってる」
多分、絹とかだ。
私は闘いの後の妙にふわふわした心地で、場違いなことを考えながらクラインの後を追った。




