石054 動かざる石碑
身体の抉れた部分は煙のようにかき消えている。
アンドルギンの一撃は身体を貫き、本体である杖にまで届いた。
古びた木材が煙く砕け、薄青色の水晶の破片が飛び散り、純金であろう飾り物は引きちぎられる。
高そうなもんをぶっ壊した。キラキラと輝く石の破片を見て、私は奇襲の成功を確信した。
が、終わりじゃねえ。まだ終わりじゃねえなこいつは。
壊したのは柄のど真ん中。先石は無傷だ。なんとなくだけど、先石をどうにかしない限りはダメそうな予感がある。
「ヒャハハ! “ドッカーン”!」
「うおっ」
私がアンドルギンの一撃を見舞った直後、すぐ後ろからやってきたボウマの術が炸裂した。
“火属性魔術が爆発に変わる”。その物騒極まりない特異性は容赦なく発揮され、消えきらなかったブライオンの身体と杖の破損部をより強烈に歪ませた。
ナイスだボウマ。けど私も吹っ飛びそうになったぞ。
「ッ、ロッカ達に続けぇ!」
後ろから声が聞こえる。後続は万全だ。
「ォ、ォオオ、これは! なんということだ!」
対する敵はほぼ瀕死。
残っている身体は頭部と杖を握る右手だけで、他は全て薄ぼけた煙となって散っている。
そして肝心の杖の方も、先石が壊れたようにチカチカと明滅するばかりで魔術が発動する気配がない。
レンズを使ったクラインの光魔術が未だに強く干渉しているんだ。
敵は無防備。やるなら……今しかない!
「その高そうな杖ぶち壊してやるよオラァッ!」
「ッ!」
杖にめがけてアンドルギンを振るう。
掠った一撃が木片を散らす。
スキラー・ブライオンはそれでも、器用に煙のような身体を操って杖を逃がそうとしていた。
けど逃さねえ。せっかくクラインが切り開いたチャンスなんだ。
ここで確実に仕留めてやる!
「叡智が失われるッ、叡智が、集積がッ」
「ゴチャゴチャうるせぇッ! わかる言葉で喋れよテメェ!」
杖を後ろに放り投げて逃げようとする。私はそれに追いすがってツルハシを振り回す。
向こうも大概デタラメな移動法だが、こっちはこっちで強化全開だ。
黄金の鎖の破片が飛び散ってぶつかってくるのも構わず、ガンガン攻め続ける。
「消してはならない。途絶えさせてはならない。継承を守らねば。守らなければ!」
スキラー・ブライオンがようやく感情を取り戻したかのように叫んでいるが、今更容赦はしない。
このまま杖を壊してやれば……!
「ロッカ、避けろ! 倒壊しているッ!」
ぁあ倒壊だぁ!?
と真上を見ればそこには影。
いや……レンガ造りの建造物が、こちらに向かって倒れてきて……!
「すっ、“スティ・ラギロ・アブローム”ッ!」
こちらに倒れかかる建築物。術か? いやそんなことはどうでもいい。
窓なし。凹凸なし。完全な平面。私はそれを見た瞬間、反射的に石柱を生成していた。
けどこれじゃ支えられるはずもねえ。倒れかかる壁面をぶち破る他に手は無い。
壁材の厚みは?
柱の衝突とツルハシを合わせれば一人分の穴をぶち抜けるか?
逃げる余裕がねえ。やるしか……!
「強化を解いて立ち止まって! 無防備になって!」
女の叫び声が聞こえた。この状況で嘘だろオイとは思ったけど、私は素直に従った。
「いや死ぬだろ」
今にも倒れかかる巨大な壁面。まるで岩盤のような圧倒的な……。
「ぅおっ!?」
死を覚悟した一瞬、下に落ちる浮遊感。床が無動作で抜けたような悪寒に、思わず身体が強張った。
「うえっ!?」
「無事で良かったです」
一瞬暗いところを抜けたかと思ったら、その次の瞬間には再び着地していた。
何の気構えもしてなかったせいで思わず脚がびっくりしたけど、建物に押しつぶされる状況からは脱したようだ。
……というより、今目の前で砂埃上げて倒壊してるのがそれのようだ。
横を見れば、そこにはリュミネがいる。
「影魔術で引き戻しました。直近で通った人を呼び出す召喚の応用です」
「ありがとう、死なずに済んだ」
「貴女なら自分でなんとかしていたような気もしますけどね」
命は助かった。けど、ブライオンはあの横倒しになった建物の向こう側だ。
「くそっ、どこだ!?」
「風だ、風で土煙を払え!」
「僕に任せてくれ!」
他の皆も急いでいるけど、崩れた建物が邪魔で立ち往生しているらしい。
ヒューゴが旋風で煙を払ってはいるものの。
……まずいな。体勢を立て直される前に急がないと。
「ロッカ! 無事か!?」
「ロッカぁー!」
「おう!」
前の方にいたクラインとボウマに手を振る。ボウマはこっちまで掛けてきて飛びつきそうな勢いだったけど、クラインは軽く中途半端に手を上げるだけだった。
「ロッカぁ! 潰れてない!? 頭大丈夫!? 変になってない!?」
「ねーよ無傷だ」
「よかったぁああ……」
失礼な聞き方するなよ。ありがと。
「おい見ろ! 周りの景色が……!」
誰かの焦る声に周りを見る。
するとそこには、あまりに予想外の光景が広がっていた。
「建築群が崩れていく……!?」
見回せば、さっき倒壊した建物だけじゃない。他の建物も次々に壊れ、ガラガラと崩れようとしていた。
均一だった壁は劣化したように穴だらけになり、薄紙が燃えるように消え……そして構造が自重に耐えきれず、崩れてゆく。
構造物が崩れる音は次第にその数を増し、地鳴りが響く。
スキラー・ブライオンを追うどころじゃない。誰もが立ち止まり、この光景に圧倒されている。それに、無理に動いても巻き込まれたらタダじゃ済まないのは明らかだ。
ヒューゴやクライン含め、風魔術を使える人たちが懸命に当たりの砂煙を払っているけれど、立ち込めるそれらはなかなか晴れてくれない。
「技を受け継がねばならない。技を守らなければならない。魔術を広め、魔術を求めなければならない。魔術を記憶し、魔術を記録しなければならない。木と石盤に刻みつけねば。書物と袖に書き記さねば。皮を積み上げ油を満たさなければ」
声が聞こえる。憔悴したような、呆然としたようなスキラー・ブライオンの声だ。
クラインはその方向に向かって鉄銛を放ったが、それは遠くの方で石にぶつかる音を上げただけだった。
「守り人よ。未だ聖堂に踏み込めぬ若人らよ。聖櫃を守る時は来た。……“ジック・ヴァール・ダート”」
砂埃が晴れる。
密集していた建築群は全てが崩れ去っており、残っているのは所々に立ち尽くす帰還用の石碑のみ。
一色に塗りたくられていたかのような空は所々が剥げ落ちたかのように暗く欠けている。
この閉ざされた世界に起きた明らかな変調。それが杖の破損と無関係とは思えない。
そして……未だ全身を復活させきっていないスキラー・ブライオンの前に並び立つ、十二人の若い魔道士の姿。
表情を失った彼らは杖を持ち、横並びになって私達の前に立ちふさがっている。
「あいつ……残っている魔道士たちを、召喚しやがった……!」
「まさかこれって、私達に戦わせるつもりじゃないわよね……」
「見ればわかるだろ。……これは、やべえぞ」
いや。違う。
間違ってはいない。あの顔ぶれには見覚えがある。何度も資料で読み込んだ、行方不明者達の顔だ。
けど……けど。
その中に、どうしてまだベロウズがいない?
「聖櫃のため……紛れた異物を排除せよ」
私の疑問を置き去りにして、さらなる闘いが始まった。




