石053 結実する無為
クラインの光魔術を目の当たりにして、スキラー・ブライオンの様子は一変した。
それまで私達をいなすように魔術を行使していたのが、まるで……それまでが全く本気ではなかったかのように、獰猛な気配を漂わせている。
「光。何人も理に触れることの叶わなかった光を手にした若者よ。名乗るが良い」
「……」
クラインは顎の汗を袖で拭いつつ、沈黙している。
私達も無闇に口を開けないし、動けなかった。
……どうする?
戦った直後くらいは近づいてぶん殴ったり、全員で攻撃してれば杖くらいどうとでもなると思っていた。
けど数十秒だか数分だか戦ってみてわかった。
こいつは無理だ。多分私は本当に強い魔道士なんてそんなにたくさん見たことないんだろうけど、それでもわかる。
スキラー・ブライオンは私達が何十人いても相手にならないほどの、化け物なんだと。
「……クライン=ユノボイド」
「クライン=ユノボイド……“ユノボイド”。古より続く魔術の家。ほう、記録に残っている」
奴は今も手元の大きなグリモアを開いて呑気に読み込んでいるが、あの動作に人間と同じ“読んでいる”という感覚を当てはめることはできない。
今私が石を全力でぶん投げたとしても、スキラー・ブライオンは何でもないかのように防いでしまうのだろう。
「しかし未だ聖堂には“ユノボイド”の縁者は眠っていない。クライン=ユノボイドよ。お前が望めば、お前は聖堂における初のユノボイドとして記録されるだろう」
「……」
……勧誘。してるつもりなんだろうな。あれで。
甘い囁きでもしてるつもりなのかもしれないな。あんなので。
ただこいつの言葉は最初から最後まで常に独りよがりなもので、誰も魅力なんてものは感じていない。空回りするだけの不気味な言葉だ。
「さあ手を伸ばせ。我が手を取り、守り人となれ。我々が力を担ってやろう」
クラインは差し伸べられた手を見て、すぐに何色でもない空を見上げ、そして大げさな息を吐いた。
「オレは力を示すためにマルタ杯に参戦している」
疲れ切った声で、彼は呟く。
いや、事実疲れているのだろう。さっきまで先頭を切って大技を行使していたのだ。疲れないはずがない。
彼はその手の中にいつの間にか生成していた多角形のガラスを握り、手の中で遊ばせていた。
「八属性と呼べば聞こえは良いが、実際の戦闘においては扱える属性の数などほとんど関係はない……事実、習熟をたったの二属性に留めた魔道士が六属性を倒すことなど珍しくもない。……仮初めの、劣悪な力だとしても、そうだな。あるいは、振るってみる価値はあるのかもしれん。……実戦は、やってみなければわからないものだ」
上手い具合にカットされたような造型のガラス塊は、仄かな光を効率よく反射し、煌めいている。
「スキラー・ブライオン。特異性というものを知っているか」
「特異性。それは我が知識にあるものではない」
「だろうな。魔術を修める者に特異性が発現するとは限らない。そして古来より、特異性のある者は魔道士としての生命を早期に断たれてきた。中途半端とはいえ生え抜きばかりを蒐集してきたらしいお前には知り得ない人種と言えるだろう」
クラインはスキラー・ブライオンの正面に立つように、ゆっくりと無防備に歩いた。
「“クオリア”」
そして地面に手を伸ばし……術を発動させる。
輝きとともに現れたのは……円盤状のガラス。
クラインの持つ特異性。水属性がガラス質に変化する。それによって生まれた、環境になりきれない脆い生成体だった。
「……誰でも触れるようなものに手が届かない。それがオレの体質だ」
言いながら、クラインは次々に円盤を生成しては、地面に立て掛けてゆく。まるで自分の無力の証明を飾っているかのように……。
「……! ロッカ。それとリュミネ。ちょっと聞いてくれ」
「え?」
ヒューゴが何かに気付いたように、私と後ろのリュミネへ囁き声をかけてきた。
「リュミネ、転移系の影魔術で少しでもロッカやボウマの接近を早くできるかい?」
「……何を考えているのかわからないです。けどできます。たった数メートルでよければ」
「上出来だ。ロッカ、合図したらリュミネの術に飛び込んで“本体”を叩いてくれ」
「……わからない。わからないけど、任せろ」
「おぅ」
クラインが自分の特異性を見せつつ、語る。
自分語りなのだろう。それは、私達クラスメイトでもほとんど聞いたことのない彼の心の独白だった。
全くらしくない。だからこそ、ヒューゴはその様子に何かを感じ取ったのかもしれない。
「オレは自分の体質を欠陥だと考え続けてきた。スキラー・ブライオン。お前にはどう見える?」
「クライン=ユノボイド。お前の天性は水であり、それが変化することなどない」
「その通りだ。だからこそ特異性が発現した時、先天的な“得意”属性は致命的な欠陥を抱えるのだ。理解できるか。この苦しみが。どれだけ修練を続けても活用が困難だと自己判断せざるを得ない、才能を」
「ならば手を伸ばせ。学ぶことに限界は無い。知識は常にそこにある」
「……そうか。ゴーストは一定以上新しい概念を飲み込むのは難しいということか。勉強になった」
並べられたガラスの円盤越しに、クラインがスキラー・ブライオンに向かい合う。
「結局のところ、オレは自身の特異魔術を主戦力として扱うことを諦めた。だが……諦めに至るまでには、それ相応の実験と検証を繰り返してきた。関連資料を漁り、常にサイズや形状を微調整できるように精密なレンズを作り慣らしている……その意味が、お前にわかるか。スキラー・ブライオン」
「それは――」
「正直なところ、それが上手くいくかどうかはオレにもわからない」
クラインが立てかけられたガラスの円盤の前で手をかざす。
「だから実験する。――やってみればわかることだ」
私はその時、クラインの後ろ姿にチリチリと燃えるような何かを幻視したような気がした。
同時に彼の手が光り、ヒューゴの手が私の肩を叩いて合図し、……そして、時が動き出した。
「“レイン”」
手の中より生まれた、神秘の輝き。
その光は並べられた大きなレンズを通過し、執着的なまでに綺麗に整えられた曲面によって美しく折れ曲がり、収束し……。
「――ッ!?」
その収束光は、スキラー・ブライオンが手にする杖に直撃した。
魔力を破壊する性質の光魔術。
術を破壊し、魔力の所有権を喪失させ、式に干渉する。
杖の先石や導芯に当たればしばらくの間致命的なほどの隙になることは、こんな私でさえなんとなく知っている。
「ぐぁあああああッ!?」
「今!」
「おっしゃぁッ!」
私はリュミネが出したらしい転移用の黒い影をくぐり抜け、一瞬のうちにブライオンの懐まで接近する。
手にはアンドルギン。目の前には杖を灼かれ、苦しみ悶えるスキラー・ブライオン。
「粛々と準備を整える敵を前に棒立ちとは、素人もいいところだ。お前から教わるものなど何一つ無い」
私が振り下ろしたアンドルギンの一撃は、スキラー・ブライオンごと手にした杖を抉り抜いた。




