糲052 守り継ぐ怨念
「“氷室”、“杯”! 床環境は二人に任せる! 他は投擲か接近戦! オレは空中環境で戦う!」
二つ名で指示を出し、クラインが指環を掲げる。
了解だ。私は石投げるかぶん殴ってやるよ。
「右側は私が……! “キュー・ビアマギア”!」
『ならば左はこちらで。“キュート・ディミジア”!』
モヘニアとメイボルドは左右に分かれ、地面を水で覆ってゆく。相手に手出しさせないために床を先取りする基本戦術だ。こうすれば濡れている場所はさっきみたいな壁が生成できなくなるし、さらなる魔術のための起点にもなる。
「“イアン・ヘンテル・デミジット”!」
そしてクラインは空中に大きな炎を浮かび上がらせた。
十字に燃え盛る炎の案山子は重力に従って落ちることなく、敵とクラインの傍らにその姿を留めている。
「なんだあれ初めて見る……」
「おいロッカ! 俺もあんたも近接役だ! ああそっちは投石があるんだったか? とにかく同士討ちだけは避けていくぞ!」
「ガルハート。うん、わかった」
水環境を敷いた魔道士が二人。空中にはクラインが炎環境を浮かべている。
私とガルハートは接近戦。ガルハートは魔剣を使えるし、私はツルハシだ。相手が鉄魔術を使ってくるなら応戦してやろう。隙があれば投石も悪くない。
「ボウマ、……下がりたいか?」
「あいつぶっ殺してぇ」
ボウマは苛立っている。除け者にはできないし、今のボウマでもきっと戦えるはずだ。
身体強化もできる。物騒な魔術も使える。そこそこ喧嘩慣れもしてる。今この時ばかりは、子供扱いしねえ。
「よし。じゃあ突っ込む時は私といくぞ。でも合わせてくれよな」
「おぅ」
合わせてくれるかは不安だけどやるしかない。全員が全員、本気でかからなきゃ危険な相手だ。
「さあ、力を見せよ。聖別の時間だ」
前方のほぼ全てが濃い環境魔術で埋め尽くされても、スキラー・ブライオンは余裕を崩さない。
やがてクラインの号令によって環境から攻撃魔術が一斉射出され……しかし、それは突如現れた火柱によってかき消された。
「炎を纏ってる! 効いてない!」
「水を直接! 鉄もっ!」
魔術が入り乱れる。莫大な水や火球がスキラー・ブライオンを狙って放たれ、その尽くが更に派手な魔術で対抗されていた。
詠唱は聞こえない。水が弾ける滝のような音や、凍りついてすぐさま砕ける音、炎が鋭い風を吐き出す音、様々な術の音でいっぱいだ。
「愚直!」
私にできるのは、ほとんど無意識のうちに右手に握り込んでいた石を構えたまま……状況を見極めることだけ。
「水環境が風に剥がされる……!? メイボルドさん、堤防を!」
『可能な限りッ……“キュア・ラヒル・ケイジ”!』
氷の壁が通路の下部を塞ぎ、水を堰き止める堤防となる。敵が無尽蔵に放つ業風によって水環境が押し流されるのを防ぐためのものだった。
しかしいくら水環境があっても、スキラー・ブライオンの放つ暴風の中では氷にして差し向けることもできない。クラインが空中で操っている炎の案山子も、風に煽られてその身を削られてるようだ。時折案山子から火球が放たれるものの、それも暴風の中では有効打になっていない。
「オラァッ!」
隙を見て投石する。しかし効かない。本気で投げていても風に煽られるせいで威力が激減している。複雑な魔術を切り替えるスキラー・ブライオンの手によって、片手間で弾かれるのが常だった。
厭味ったらしく杖で弾かれやがる。こっちは杖狙って投げてんのに防ぐのに杖使われてちゃ世話ねえな。
「ぐぅうう……なんだよあいつぅ……!」
ボウマも手の中で小さな爆発を連続させて向かい風や氷の破片などを消し飛ばしてはいるが、それも自衛にしかなっていない。とはいえ力量差はボウマや私の目から見ても歴然としている。歯噛みするしか無い気持ちはよくわかる。
「厳しいね、これは……! うぉっと!?」
誰かが投擲に失敗した鉄剣が風に煽られてこちらに飛んできたようだ。
ヒューゴは鋭い旋風でそれを一瞬の内に破壊すると、再び杖を正面に構え直す。
「人間があんなに無尽蔵な魔力を持っているはずがない……!」
「だからバケモンなんだろアイツ……!」
スキラー・ブライオンの背後には、魔光を放ち続ける大きな円のようなものが浮かんでいた。
前方に際限なく吹き続けている暴風はまず間違いなくそれによるもので、この規格外の風はあらゆる軽量な環境術や半端な投擲物を大幅に無力化する力を持っている。
しかもそいつを宙に浮かせたまま本体が別の魔術を放ち続けるものだから始末が悪い。一定時間で魔力のようなもんを背後の円に注いで力を補充しているようには見えるけど、それにしたって二つの魔術を同時に発動させるのは卑怯だ。
「“イアズ”!」
クラインも似たことをやっている。彼の場合は空中に浮かばせた炎の案山子による、上からの火球の狙撃だ。しかしさっきから上手いこと相手の後ろ側を狙って撃っているようだけど、風の範囲が広い上にスキラー・ブライオンが別の魔術で簡単に対抗してくるものだから、全く決め手になっていない。
地面にへばりつく水環境は相手の風から身を守る風防へと役割を落としつつあるし、ガルハートが何度か試みた勇気ある接近戦も、片手間で投げ放たれた鎖によって撃退されている。
「ぐあっ……!」
「無理すんな!」
今もまた、ガルハートは風にのって飛んできた鎖にぶつかって押し戻されてきた。
鎖は巻き付くわけでもなくだらんとした長い紐状のそれを勢いよくぶつけてくるだけのシンプルなものだったが、鉄魔術は鉄魔術。思い切り直撃すれば当然のように痛むしダメージは嵩む。
「人間相手に戦ってる気がしねえ……! うちの団長だってまだもう少し人間味があるぞ……!?」
「少しかよ。ていうかどうにかなんないの? 次は私が直接いってぶん殴るしかないか……?」
炎の案山子が回転し燃え盛る円環を丸ノコのようにばらまいて攻撃するが、壁面から現れた鋼鉄の隔壁が炎の射線をピンポイントに防いで無力化する。
状況はまるで良くない。ジリ貧どころか拮抗すらしていない。クラインの魔術すら今この瞬間に力を使い果たして消え去った。
「才気ある若者よ! その程度の児戯が全てではあるまい!」
魔術の風は辛うじて環境の体を成していた水を乾かし、氷を痩せ細らせる。
もはや防壁と呼べるものはそこにはない。
「“イグネンフィア・ギグルヘイズ”!」
無防備な私達に向けて、昼のような眩しい雷光が迫る。
「――“レイン”ッ!」
「……ふむ?」
雷光はそこら中で爆発音を鳴らしながら、私達を襲った。
皆が悲鳴を上げているし、倒れている。……けど、ちょっと火傷してるだけでそうでもない……か? 見た目の割には被害が少ない気がする。私もちょっとしびれたかもしれない程度で叫ぶほどのものではない。
「後ろへ下がって! 怪我は大丈夫!?」
「い、痛い……わからない……!」
「僕らの後ろに!」
雷の当たりどころが悪かった女魔導士を後ろに下げ、私とボウマとヒューゴが前に出る。
私達でも壁くらいにはなるだろう。
「……クライン、今何かで防いだ?」
「僕が思うに多分光魔術を使ったな。それでも軽減はしきれなかったんだと思う」
「……マジかよ」
色々な魔術を破壊できるはずの光魔術。それでも防ぎきれないスキラー・ブライオンの大魔術……。
「面白い術を使う。それは……それは実に、興味深いな」
「気になるか。ゴースト風情が」
奇しくもその不完全な防御は、スキラー・ブライオンの興味を引いた。
敵の手を止め、私達が体勢を整える時間を生み出していた。もしかするとクラインはそこまで計算に入れていたのかもしれない。
「習いたければ講義を受けることだな。……受講料はその杖で構わない」
「是が非でも保管せねばならん。その術体系は守り継ぐべき価値があるものだ」
「……やはりそうくるわけか」
けど光魔術による防御は、相手の興味を引きすぎたのかもしれない。
敵から漏れ出る不吉な執念は一秒ごとに濃く、不気味になりつつある。




