糲051 突き上げる一撃
相手は間違いなく強大だ。
それでも一対多数という状況が私達に恐怖を忘れさせ、突き動かす。
敵が人間ではなくゴーストだというのも、私達に躊躇を無くしてくれた。
いや、もはや躊躇なんて言ってる場合じゃないんだろう。
スキラー・ブライオンはついに明確に敵対した。
私達にできるのは唯一つ、全力で抗うことのみ。
一対多数。油断も躊躇もない。そして何より、相手の弱点がわかっている!
「狙え!」
私が簡潔な叫びを上げるまでもなく、全員の魔術が一点に向けられていた。
狙いはゴーストの本体であろう依代。あのでかい杖だ!
詠唱が重なる。十人以上の魔道士による同時発動。もはや誰が何を言ってるのかなんてわからない。ただ確かなのは、いくつもの杖から放たれる魔光が焼けるほど強く瞬いていたこと。
「“スタヅ・スタニアル・モンタズマ”」
――そして、目の前を真っ白に染め上げた光が止んだときには、目の前に巨大な壁が立ちふさがっていた。
「なっ、なにこれ!?」
「鉄……!? 」
壁。私が生み出す“スティ・ドット”とは比較にならないほどの幅の高さの鉄壁だ。
魔術の一斉攻撃を受けたであろう表面の一部は僅かに凹んでいるだけで、罅の一つも入っていない。むしろ壁に直撃した銛や刃が折れて自滅するほど頑丈だ。
「若者よ。魔道の途に迷いし者共よ。幾重にも連なる時の重みを目にするが良い」
「上だ!」
壁の向こう側に潜んでいるかと思いきや、スキラー・ブライオンはなんと巨大な鉄壁の頂上に立っていた。
防御壁を出しているにも関わらずそれに隠れない。大した自信だが……。
「無防備だ! “イアノ・テルス”!」
孤立した壁の上は十メートル近くあるとはいえ、良い的だ。
私やクラスの面々は遠距離が得意じゃないから見ていることしかできないけど、何人かの魔道士は既に攻撃を発動している。
「いや……これはッ!? 全員退避しろ!」
そんな中で、クラインの焦った声がよく響いた。
「“スタング”」
魔光はなかった。壁の上にいるスキラー・ブライオンは杖を振ることも、そこから何かを出して飛ばすなんてこともなかった。だから私達はほんの僅かな時間、何が起こったのかわからなかったのだ。
――巨大な壁が、こちらに向かって倒れかかっているということに。
「うわッ」
「逃げろッ!?」
「走れ! 横だ!」
「駄目だ建物が邪魔して……!」
ここは広場とはいえ密集地帯の只中。逃げる場所はぱっと見回しても存在しない。
「ボウマ! 建物側に寄れ!」
「こっちきてる! やっちまぇ!」
迫りくるのは緩慢であるかのような動きで倒れかかる巨大な鉄壁。頂点にはスキラー・ブライオンが立ち、壁と共に倒れかかろうとしている。
「やべぇ、俺ら死ぬんじゃねえのかこれ」
『氷壁が保つ重量ではない……であれば……』
「影魔術で移送……あ、ポイント作ってないから無理か……」
「……全力で一点を貫通させれば、芯を……けど……」
逃げ場はない。壁は今現在三十度近く傾いた。皆は対抗手段を考えているが、打開策は一瞬で思いつくものでもない。
いや、クラインならあるいは平気かもしれないけど……けど、ここは私の番だ。
「……オレが闇魔術で破壊――」
「クライン、私がやる! だから筋肉野郎は任せた!」
「いきなり何を」
「頼んだよ!」
言うだけ言って、私は前に飛び出した。アンドルギンを両手で握りしめ、全速力で前へ。
――いらねえよ。壁くらい、自分でぶっ壊してやるさ
――城壁ですら――
――いらねえっての。城壁だろうが金庫だろうが、打ち砕くことに関しちゃ手は足りてんだよ
詠唱は覚えてないけどなんとなく聞いたことがある。
この巨大な鉄壁の魔術は、以前一度スキラー・ブライオンによって見せられたものだ。
私はその時、デムピックを突き立ててぶち壊してやった。
鉄壁は見るからに恐ろしい技術で作られた術だけど、芯の通う中までしっかり刺してやれば、辿る末路は普通の鉄魔術となんら変わらない。
だからやることは簡単だ。
いくぞアンドルギン。失敗したら私と後ろにいる皆がぺしゃんこだぞ。
それが嫌なら、仕事しろよッ!
「いくぞオラァッ!」
傾いた壁に対し、至近距離から振り上げるようにツルハシを突き立てる。迫りくる壁の勢いと、真上に振り放つアンドルギンの鋭い歯先。
デムピックにも劣らない、むしろ道具としてはそれ以上の構造だ。そこに魔力を込めた私の全力が乗れば――鉄壁に深々と、ツルハシの牙が突き刺さる。
「っ……しゃあッ!」
一瞬だけ響いた金属同士が衝突する轟音。しかし、手応えはあり。
アンドルギンによる本気の一撃は倒れかかる壁を貫いて、見事に魔術を消滅させてみせた。
「なに……」
残されたのは、壁とともにこちらに倒れ込もうとしていた。無防備なスキラー・ブライオン。
「慢心が古代の流儀か? 笑わせる」
右手に強烈な雷光を帯びたクラインは、既に奴のすぐ傍で目を光らせていた。
「“ガルド・イグズ”」
指輪型の杖より放たれる強烈な雷魔術。
青白い雷光が迸り、それはスキラー・ブライオンの巨躯を飲み込んだまま、近くの壁面へと叩きつけられた。
「……外した……いや、当たってはいた」
雷撃を受けて砕けた煉瓦の壁面。そこに焼け焦げた痕はあれど、肝心のスキラー・ブライオンの姿はない。
「ロッカそっち!」
「えっ」
ボウマが私の方を指差す。
言葉の示すままに振り向くと、そこには頭上を高く飛び越える豪奢な杖の姿があった。
「――素晴らしい」
杖は投げられたかのような放物線を描き、私を飛び越して地に落ちる……寸前、白い靄のようなものから伸びた手がそれを掴み取った。
「――肉体を蒸発させ得る程の雷を一息に。現代の魔術、よもやこれほどのものだとは……」
白い靄は大きな人間の形を作り、スキラー・ブライオンへと変化する。
靄から発生したかのような不気味な光景。しかしそれこそが奴がゴーストであることの証であり、霊体化できなかった杖を庇ったのは、弱点の露呈だった。
「――実に、欲しい」
「化け物……」
誰かが戦慄して、そう呟いた。
そうだ、化け物だ。私達の前にいるこいつは間違いなく化け物なんだ。




