砥039 元気付ける現場監督
一度歩いてきた道を適度に迂回しながら戻っていく。
やることは昨日と同じ。ただし、探しそびれた場所を潰していくという目的が追加されている。
東西南北の端に(というか行けるところまで)行ったら、各々右向きの迂回して中央へと戻っていく算段だ。これである程度は空白地帯を潰せるだろう。
しかし、歩き始めた当初は誰と会うこともなかった。
「外側にはほとんど魔道士は配置されていないのかもしれんな」
「だと良いね。内側ならともかく、外側まで足を伸ばそうとなると大変だ」
クラインの予想通り、一応は構造物の内部なども丹念に覗き回ったりはしたものの、人影はなかった。
救出すべき人が見つからないという点では焦りもあるけど、いる場所が絞り込めるのならそれはそれで次に繋がる良い報せかもしれない。
今の所、私達はそう思い込むしかなかった。まあ、変に思い詰めてもあれだしね。
探し歩き、時に走ったり、ボウマと追いかけっこしたり、建物に登って高いところを確認してみたり。
また、ある程度戻ってきたところで再び魔道士と出くわすようになって、それを適度な力加減で張っ倒してみたり。
「オラッ」
「ぐおっ……!」
「だからそうやって顎を殴るのは危険だと」
「あ、出来た! 気絶したよみんな!」
「……」
特に身の危険を感じることもなければ、こんな状況を作り出したスキラー・ブライオンへの恨み口なんかを駄弁り合ったりして、適度にリラックスした状態で探索を続けられたわけである。
そういう感じで、何度か休憩を挟み、再び半日以上かけて中央部へと戻ってきたんだけど。
「……集まってきてはいるけど」
「辛気臭いじぇ」
集合地点と定めた場所には、ちゃんと班分けした人達の一部がいた。
戻ってきているのはリュミネとガルハートの班であり、彼らは一様に荷物の毛布を広げたりして、休憩を取っているようだった。それはいい。
問題なのは、休んでいる彼らの顔色がすこぶる悪いということだろう。遠目からでもわかる。
こちらを見つけて遠くから手をふるくらいの元気はあるようだが、それでもどうも、ボウマが言うように辛気臭い感じは出ている。
「人数に欠けは無いみたいだけどね。大変だったのかな?」
ヒューゴが数えた通り、……うん。誰も脱落している様子はない。
リュミネとガルハートの班には怪我人もいなかったはずだから、そこまでの心配はしてなかったけど……。
『様子を聞いてみるしかあるまい』
「送還した人数や顔ぶれを照らし合わせなくてはな」
ひとまず、お互いに無事を喜び、労った。共通の使命に身を投じる者同士、そこには確かな熱い感情があったように思う。
それでも中央に居た彼らは、その中でも特にガルハートの面々は、消耗が激しかったようだ。
「密集地帯は危険だね。とてもじゃないが、俺たちだけじゃ探索しきるのは無理だ。集まり次第人海戦術で行ってもらわないと厳しいぜ」
ガルハートは柄にもなく疲れたように笑っている。
しかし彼なんかはまだまだマシな方で、一緒の班として行動していた他の三人は顔色も悪く、傷を負った者ばかりだった。
「それほどか。地図でいうと、どこまで探索した?」
「こっから……わかんねえな。ここまでだとは思うが。ああ、一応俺の書いたマップがあるから見てくれ。縮尺に自信はないが位置関係は間違いないはずだ」
「……素晴らしい。よくやってくれたな」
ガルハート達は遠目からもはっきりと見えていた構造物の過密地帯の探索を進めていたので、もうしばらくは休息が必要とのこと。
中にはいっそのこと帰還してしまおうかと考えていそうな顔をしてる人もいるが……さて、どうなるかな。
「こちらの班は問題ありませんでした。適度に歩き、適度に無力化。目立った怪我人もありませんし、物資の使いすぎということもありません」
リュミネの班は私達と同じような経過を辿ったらしい。
「これは報告になるのでしょうか。ある程度まで外側にいくとほとんど人影を見なくなりました。なので早めに引き返すことにしたのですが」
「お、そっちもなんだ。私達の方も遠くへいくと魔道士の姿を見なくなったなぁ」
「四方全てが同じ傾向だと良いですね。探索範囲が絞り込めます」
「だね」
私達も彼女たちと一緒に固まって、敷物を敷いて休憩だ。その間にあったこととか感じたことも共有する。
全体でやる仕事なら、こうした情報の渡し合いも大切だ。小さなことでも思わぬ幸運を招くことだってあるし、災いを避けることができたりもする。
水筒に苦味の強い粉末状のお茶(正直美味しくない)を入れて、私達はしばらく体を休めたのだった。
それから一時間もしないくらいで、モヘニアのチームが帰ってきた。
人数は一人減っていた。少し遅かった上にモヘニアの表情が硬かったので、一体何があったのかとやきもきしたんだけど……話を聞く限り、全く問題のない順調なチームだったようだ。人数が減っていたのも、単に捻挫した人を先に送還させただけ。
「……みんな、良くやってくれたわ。……ええ、とても……」
そのわりにモヘニアだけはどうも辛そうにしていたのが気がかりだ。
彼女については落ち着いた頃を見計らって、声をかけてみるか。
モヘニアの到着から更に一時間ほどして、メイボルドのチームも帰ってきた。
彼らもまた目立った怪我は無し……と言いたいところだけど、チームのうちの一人が無理な動きをしたせいで足を痛めたとのことである。
普段ほとんど動かない魔道士が、慣れない急激な回避で体を痛める。クラインが言うにはよくあることだそうだ。
また、メイボルドからは提案もあった。
『こちらも問題はなかったのですが……異空間という不安だらけの環境。慣れない行軍。そして命がけの戦闘……これらの負担は、私達にとって計り知れないものであったはずです。これから再び、我々は何らかの行動を起こすのでしょう。しかしその前に一度、希望者を元の世界に返すべきかと思います』
最年長であろう老人の機械音声は、咎めるわけでもない優しい調子である。
実際、威圧的に話すことでもない。空気の読めてない合理主義なクラインだって、今ばかりは露骨に言うこともない。
要は……リタイアするなら今のうち、という話である。
「消耗が激しかった者。自分の実力の至らなさを実感した者。心が折れた者。……理由は色々あるだろう。オレもそれには賛成だ。希望者は今から帰還するのも手だ」
人手は欲しい。人がいればいるだけ、人探しも楽になるからだ。
けど、既に最も重要であろう広大な“街”の探索は今あらかた終了しているので、過剰な人数を抱え込みたい積極的な理由はというと、もう無かったりする。あとはガルハートのチームが途中で引き返してきたという密集地帯の捜索があるくらいだしね。
……何より、先に帰る人がいれば食料と水が残っている人に分配される。これは結構大きい。
クラインとヒューゴ曰く、その気になれば火を起こしてションベンから飲み水が……ってことらしいけど、そればかりは勘弁してほしい。……いや、極限状態になってみれば私もわからないけどさ。
「そういうわけで、先に帰りたい人がいたら遠慮なく言ってね。先に戻ってもらって、色々と報告してもらわなきゃいけないし。……というか、これからここで活動するのに食べ物と飲み物が必要になるから、ある程度は戻ってもらわないと困る」
帰りたい人を気遣って言ってるわけでもなく、これは本音だ。食べ物と飲み物はもうちょっと分配して、各々の足しにしたい。
気絶させた魔道士から水筒を奪うのもまだ有効だけど、それだけじゃちっとも足りない。
皆に声をかけてからしばらくして、彼らは居心地悪そうに周りを見回していた。
窺うような、探るような視線が飛び交う。誰もが不安そうにしているが、攻めるような睨みなどは幸いにして無いようだ。
「……私の実力では、足手まといになりそうです。丁度喉も、お腹もカラッポですし……物資を置いて、先に戻らせてもらいます」
一人が声を上げると、我も我もと挙手は続いた。
「同じく、喉が乾いて……歩きすぎて、正直……辛くて」
「力不足を感じました。……お願いします。僕のかわりに、皆を助けてやってください」
「俺もだ。あそこは……すまない。押し付けるようになるが、俺はもうあの場所には行きたくないんだ。これは脅すわけじゃないが、残るなら他の人も気をつけてくれ。駄目だと思ったら、引き返した方が良い」
全体的な辛気臭さやどんよりとした雰囲気は、これだったらしい。
もう帰りたい。限界。そんな彼らの心の声だ。自分の内に溜め込んでいたそんな声が今、ここで噴出しているのだろう。
「……わかった。いや、けど申し訳無さとか、そういうのは感じなくていいんじゃないの」
「でも……俺は役に立てなくて」
「そんなことないでしょ。みんながいなきゃ、絶対ろくなことにならなかったよ」
卑屈になりすぎていた皆に向けて、私ははっきりと否定した。
「ここで戻る人もいる。これから、色々あって、帰りたいと思う人も出てくると思う。けどそんなのしょうがないよ。どんな仕事も全て完璧にこなせる人間なんていないんだから」
誰だって苦手なことはある。向いてないこともある。無理にやろうとしたって辛いだけだ。
まして初めてやる仕事なんだ。そんなの最初から上手くいくほうが珍しいって話だろう。
「くよくよすんなよ。……来てくれてありがとう。すごい助かった」
だから、私は辛気臭い顔する奴らに向けて、そう言ってやった。
善意で人助けに乗り出した連中なんだ。力が及ばない自分を責めすぎないで、誇りをもって帰ってくれるようにと。
「……あの人、普通の話もできたんだな」
「おい、今言ったの誰だ? 出てこいや」
「ヒッ」
そういう感じで、大捜索は最初の節目を迎えたのであった。




