砥038 寝そべる大地
休み休みながらも歩き、たまーに人を見つけてはどつき、また歩き……退屈なものだ。ヤマの仕事と比べたら辛くもなんともない。
ただし退屈ではある。誰かとたまーに会うとはいってもそれは本当に極稀にであるし、その対処が自分の仕事になるとも限らない。五人もいて、必要なのは実質一人だけだ。大抵は見学である。暇っちゃ暇だ。なので結構、心には来る仕事と言える。
「おそらくだが、今は体感でおよそ十時。キリもいいだろう。現時点をもって就寝としよう」
なのでクラインのその言葉を聞いて思ったのは、“まだそんな時間なのか?”という驚きだった。
体感じゃ既に夜中の二時を回ってそうなもんだと思っていたけれど。
「オレは今日、戦闘に参加していない。体調はほぼ万全であり、つまり日常と比べて何ら狂ってはいないということだ。懐中時計など持ち込んではいないから所詮推測でしかないが、疲労を加味した上で弾き出す体感時間よりは正確だと思うが?」
だ、そうである。“思うが?”だってさ。言い方だよな、こういうのって。
まあわかるよ。クライン今日は魔術も身体強化もほとんど使ってないからな。どんだけムカっとくる言い方でもアンタを信じるよ、私は。
「さびぃ……」
「下、石だからなー」
この空間は無風だ。風がなければ屋外とほとんど変わらないので、体を包む物にさえ気を使えば充分に温かいと言える。
けど私の隣で眠るボウマにとってはちと涼しかったようで、薄いブランケットに巻かれた姿のままズリズリと身を寄せてきた。
……うん。人が横に密着してるだけでも、結構温かいな。
「ロッカぁー……さびぃ……」
「おー……そうか? そんなに?」
「ロッカのコート暖かそうだにぇ……」
「入る?」
「やったー」
オイルジャケットは結構な厚手なので、確かにこれがいい感じのベッドになってくれているとは思う。
ほとんどマントと同じように扱っていたジャケットを脱いでボウマを手招きしてやると、芋虫みたいになっていたボウマは獲物を見つけた魔獣のようにざりざりとやってきた。
その上から、私のブランケットを掛けてやる。荷物に入っていたやつなので、さほど大きくはない。けど無いよりはずっとマシだろう。
「おー……」
「どうだよ、ボウマ」
「ゴツゴツしてなくて楽だけど……そんな変わんにぇ」
「贅沢な奴だなぁ」
「でも近くでいるとあったけぇ」
「だな」
星のない真っ暗な空を見上げながら、程よい疲労感を沈めていく。
……落ち着かない景色だけど、なんだかんだ二回目ではある。寝なけりゃどうしようもない長丁場の状況だし、今は寝とくに限る。
ちょっと離れた場所ではクラインたちも寝ているはずだ。ひょっとしたら私達みたいに、体をピッタリと寄せ合っているかもしれない。……想像するとちょっと笑えるけど。
「なぁ、ロッカぁ」
「んー?」
眠そうな声だ。仰向けで潰れているだけかもしれないけど。
「これって家族みたいな感じ?」
「えー? 家族?」
「うん」
「あー……確かにそれっぽいかもしれない」
「ほんとかぁ」
「うん。昔は母さんとよくこうやって寝てたよ。懐かしいなぁ……」
「……そっかぁ」
その頃はまだ母さんがいた。右腕もこんなのじゃなかった。
だからわざわざこうして、ボウマを左側にやる必要もない。どっち側からでも寝かしつけてやれる。
……母さん、色々言い聞かせてくれたな。
思えば母さんが夜に色々とお話を聞かせてくれたおかげで、そこそこ物を考えられるようになったのかもしれない。もちろん父さんだって色々教えてくれたけど……。
「ロッカぁー……その格好寒くないの?」
「いやぁ? 別にー」
「デブだにぇ」
「寝ろ」
「ぐべっ」
そんなこんなで、最初の一日は過ぎていったのだった。
ここには登る日差しもない。
だから窓から朝日が乗り込んできて瞼の上からガーガー喚くようなこともないのだが。
「およそ五時間。起床には充分な時間だろう。起きたまえ」
「……うるせえ」
私達はより荒っぽい方法で起こされた。
金物の入ったつま先か踵か知らないが、クラインのブーツがすぐそこの石床をガンガン叩く音である。
これが背嚢を枕にしているとはいえ、ほぼ地べたで寝ている私達の耳に響くのなんの。
「うっせぇぁー!」
「ボウマもうるせぇ……」
「二人とも起きたな。すぐに準備を整えろ。向こうで待っている」
「わかったよ……」
目ヤニとかまぁ色々あるけど、顔を洗う盥があるわけでもなし。飲料水に変えられるもんでもないから、まぁ身支度なんてものは最低限で良いだろう。
「……“クオリア”」
「んあ?」
間抜けな声が出たけど、それも仕方ないだろう。訝しんでちょっと目を向けたら、どうしてだかクラインがそこで水魔術を発動していたのだから。
クラインが持つ特異性。“水がガラス質になる”。
それによって生み出された彼のおそらく初等術であろうそれは、大きなお椀型の容器となって手元に生成された。
「ヒューゴ」
「はいはい。厚みは大丈夫? まぁ早めなら平気か。それじゃあ……“キュート”」
クラインが生み出したガラスの大きな容器に、今度はヒューゴが生み出した水が注がれる。
たっぷりの水で満たされた盥が、そこにあったわけだ。
「オレの容器は他人の水を入れて一分持つかはわからん。顔を洗うなら早めに済ませておけ」
「……! おお、ありがとう! 助かるよ二人共!」
「んぇ? これ飲んでいいの?」
「飲んだらだめなやつ! 顔洗え顔!」
「じゃ、僕ら向こうにいるから、済んだら来なよ」
「おお!」
正直こんなところに来たのだから身支度なんてのはどうでもいいかなと思っていたんだけど、まさか用意してもらえるなんて思ってもいなかった。
濡れたタオルでガシガシと顔や汗を拭って、一安心である。やっぱり朝一番はさっぱりしたほうが良いもんな。
「魔術って便利だにぇ……」
「だな。良いな、水魔術」
ボウマと二人でそんなことを話している間に、ガラスでできた盥は穴が空いたのか、突然に消滅してなくなった。
残されたのは、石の床にぶちまけられたヒューゴの魔術水。それも数分もすれば蒸発して、綺麗に消えてなくなってしまうのだろう。
……クラインは容器を生み出せても、水そのものは作り出せない。
水って便利だよな。さっと洗い流すのでも、拭き取るのでも使えるし……すごい便利だと思う。
八属性を修めるに至ってもそんな便利な魔術が使えないっていうのは、考えてみると酷く……なんだ。嫌なんだろうな。
「ロッカロッカ、今日も歩くの?」
「ん? おう、おー……そうだな。今日は道を引き返して、中心部に戻る感じだな」
「ほぇー」
これまであるき続けてきた道を、今日は引き返してゆく。
だから今日までに進めなかったこの先の道は歩かない。捜索は……できなくなる。
「……」
漠然と建造物が連なるだけの景色を見て、思いを馳せる。
この先にもし、まだ誰かが残っていたら? ……正直考えたくはない。
昨日は後半ほとんど人と合わなかったから、ひょっとすると外側の方には人もいないのかもしれないけど……もしも居たら。
まぁ……もしもの話だ。私には私のできることがある。そのためには、今は引き返さなきゃいけないんだ。
二日目は一旦他の人達とも合流し、経過を報告し合わなければならない。




