砥040 下降する選択肢
八人が抜けることになった。
怪我が痛む、精神的に辛い……理由は色々だ。人数が減らないことにはこれからの探索でエネルギーが枯渇するので、気に病む必要はない。
それでもどうしても申し訳なさそうに石碑へと去ってゆく退場者を見送り……私達は新たに現状を見つめ直した。
「オレたちロッカ班は八名を救出、脱退者は無し」
クラインの口から語られるのは中間報告のようなもの。
一日ちょっとの探索で得られた成果の収支を今一度確認しようというわけだ。
私達はそこそこの数を……まぁ、そこそこ楽しんだりしながら片付けた。班分けした中で唯一脱退者の出てないチームだ。誰も帰ろうとしない辺りなかなか肝が座っている。
「ガルハート班は十名を救出、脱退者は三名」
密集地帯の探索に乗り出したガルハートのチームは、私達の班の中で最多の十人もの人を無力化、救出してみせた。
しかしその代償は、探索班の中でも最も深刻なダメージ。ガルハートの他三名は傷をもらってしまい、ある程度の処置はしたけれど……よほど危険な探索だったのだろう。他のメンバーは皆、帰還してしまった。
ガルハートは自分の指揮がそんな結果を招いたと悔やんでいるのか、普段見せるような明るい顔ではない。
「モヘニア班は七名を救出。脱退者は二名」
そしてモヘニアの顔色もどうにも……優れない。何かあったのか?
と思うも、そこまで悲惨な探索結果ではないように思う。
「メイボルド班は七名を救出。脱退者は二名」
箱頭の老機人、メイボルドチームの成果はモヘニアチームと同じだ。うん、気に病む要素なんて無い。
「リュミネ班は八名を救出。脱退者は一名。以上だな」
しれっとした顔をしてるリュミネの班は、不思議と成果も良かった。
モヘニアとメイボルドのチームが怪我人を抱えていたので、それと比べて救出数が伸びたと見るべきなのか。うーん、わからん。
「合計四十名の救出が完了した。途中脱退は怪我人を含めて八名。次からの作戦は計十六名で行われることになる」
つまりは、そういうことだ。
私達魔道士集団が助けたのは四十人。顔写真入のリストも、結構な人数がチェックマークを入れられている。これだけの人数を助けられたというのは、素直に嬉しい。達成感もある。
けど、残された人は他に二十六人もいる。対する私達は十六人に減ってしまった。これから彼らを救うのも、見つけるのも、更に大変になるだろう。
そう、大事なのはこれからだ。
「あー……何度も言うけどな。いや、大げさに脅すわけじゃねえんだけどよ。密集地帯はめちゃくちゃ危険だぞ。正直、俺が四人編成で行った時は死者が出てもおかしくなかったからな」
ガルハートが探索した、構造物群エリア……通称密集地帯に踏み入らなければならない。
そこはまだまだ未探索の場所も多いので、魔道士も多く残っているだろう。いや、聞く話によれば実際に多いのだそうだ。そのために、時に死を覚悟するほどの災難にも見舞われるのだという。
「まず皆に言っておきたいことがあるんだが……良いかい? 団長さん」
「誰、団長って。いや、私のこと見て言ってるからわかるけどさ」
「俺たちを率いてるんだから団長でいいだろ。ロッカ団長ってやつだ」
ニヤリと笑われるが、なんともな。隣でボウマがゲラゲラ笑ってやがる。そうだよな、私って団長って柄じゃないもんな。
「いだだだ! いだいいだいぃー!」
「どうしたボウマ、急にこめかみ押さえだしてよー。痛いのか? これが痛いのか?」
「こらこら」
ヒューゴに止められたので勘弁しておこう。
「……注意事項ってことなら、詳しくお願い。皆を危険に晒すわけにはいかないからね」
「おう。じゃ、まぁ休憩がてら聞いてくれ。とはいっても、既に聞いてる奴もいるだろうが、ひとまずな」
ガルハートはひとまず皆をその場に座るよう促してから語り始めた。長くなるのかもしれない。
「まず、そうだな。外部から来た魔道士さんたちにはピンと来ないかもしれないが、密集地帯はミネオマルタの街中みたいなもんだと思った方が良い。通れるだけの道はあるが、通りは入り組んでいるし、細い路地もある」
私達が探索した限りでは、この“横たわる永遠の聖櫃”にある建物のほとんどは疎らに点在している。建物同士が隣接しているということはほとんどなく、一戸一戸が大きく距離を置いて離れているのだ。
「いっちょ前の構造物にガラスの無い開けっ放しの窓があるのも知ってるだろ? ここらへんのはまだおとなしいもんだけどな。一階建てで複雑なもんでもない。けど俺たちが見た限りでは、密集地帯にある建物は二階建てだったり、三階建てだったりってのもある。んで、魔道士が窓の向こうから魔術を撃ってくることもあるんだ。……かなり怖いぞ。想像できるか?」
……わかりやすく考えるとすると、ミネオマルタの街中で……そこらへんに問答無用で襲いかかってくる魔道士が潜んでいるってわけか。
露店から、民家から、路地裏から。どこに潜んでいるのかもわからない相手。
しかし相手は……一定の距離まで近づくと、速やかに正確無比な魔術を放ってくる。
「……ガルハートさんの他の三人は」
探索組として残った女の子、“霙のシュェ”がおずおずと訊いた。
声色からしてだいたい返事もわかっているのだろう。
「ああ……耐えられなかったんだろうな。正直……俺のミスだ。彼らも、技量はあるんだ。試合をすりゃ、すげぇ努力を重ねてきたんだなってのはわかるし、認めてる。みんな生半可じゃねえよ。……けど、やっぱ市街戦はキツいんだ」
ガルハートのチームは彼以外全てのメンバーが先に帰還している。残ったのはガルハートただ一人。
それは、彼が軍人としての経験が積み重ねられていたからこそ耐えられるものだったのかもしれない。
「隠れたそこに何かいる。出てきた奴はみんな敵。あらゆる空間に敵がいると予測する。……って気構えは、そう長く持つもんじゃねえんだ。ピンと来ない人もいるかもしんねえけどな。で、そういう時に限って同士討ちをするんだ。……やらねえと思うだろ? やっちまうんだよ、これが」
「同士討ち……」
っていうと、あれだよな。味方が味方に間違って攻撃しちゃうやつ。
戦争の話とかでよく聞くやつだ。
「例えばよ、向こうの物陰から誰かが飛び出してくるとするだろ」
ガルハートは近くにあった、丁度先程脱退した人達を還した石碑のある建物を指さした。
正確には、そこの端。建物の側面、その物陰を。
「あそこから飛び出してくるとすんじゃんよ。で、そいつが敵だった場合、まあ皆も八人近く倒してるからわかるだろうけどさ。連中、すっげえ精度で、やべえ速度で術飛ばしてくんだろ」
「おう、だね」
代表として私が頷いておいた。
「じゃあロッカ団長さんよ。そん時どうする?」
「避ける」
「……ああ。お前さん、避けるのは不気味なほど得意だったな。けどな、それでも相手の姿が見えない状態から、いきなり回避を選択するってのは難しいもんだぜ」
……そうか。
「ピンと来てないのなその顔な」
「ロッカは在学一年未満の馬鹿だ。期待するべきではない」
「なるほど、そういやそうだったな。忘れてたよ。新聞読んでたんだけどな」
おい。
『なるほどな。相手の超感覚を市街地で相手取るには難しいということか』
「お、ライカンさんわかってくれたか」
『こちらは向こうの姿は見えん。だが、向こうは一定の距離まで近づけばこちらの位置を正確に把握する。そして、何より向こうの放つ魔術はどれだけ遠距離だとしても正確無比だ。……射程に入った敵兵を自動で迎え撃つ攻城兵器のようなものだと思えばいいか』
「いいね、その例え。まさにそんな感じだ。そいつがひょっとすると人数を分けた味方かもしれないって躊躇も追加だ。やってらんなくなるぞー、これ」
あー……そう言われると、怖いなそれは。
確かに敵の魔道士たちは皆魔術投擲が正確だ。クラインが“実践向きでない”とまで言う超遠距離投擲杖術を少しのズレもなく相手に当てるような、つまりは人じゃありえない状態にあるんだ。
……歩いていれば、向こうが先に気付く。
その上で、こっちに正確無比な先制攻撃を仕掛けてくる……こっちは、一瞬向こうが味方かもって躊躇しなきゃいけないのに。
「よく生きてたね」
「だろ? だから死者が出ても可笑しくなかったって言ってるんだ。奇跡だぜ。全員五体満足で生きて帰れたのはな」
私はドジってわけじゃないけど、魔術に関しては素人だ。不意打ちなんてされたらどうしようもない。
ガルハートのチームは……対処ができていたからこそ、誰も死なずに済んでいた……のかもしれない。
「帰った他の三人の名誉のために言っておく。あの三人は優秀だったぞ。ジェーンさんだったら迅雷騎士団に欲しがるんじゃねえかな……新兵調練も無しにあそこまで食い下がったんだ。将来有望な奴らだよ。だから、悪いようには言ってくれるな」
「わかってるよ」
『ふむ……では、ガルハート=レンドベックさん。貴方は、どういった作戦で密集地帯を攻略すべきだと思われますか。従軍経験があり、現地を実際に見た貴方ならば詳しいでしょう』
メイボルド爺さんが聞くと、ガルハートは私に“良いのか?”とでも言いたげに流し目を向けた。
私は顎で“いいよ”と答えた。
「……一班、そうだな。いや、悩むほどでもないんだが、ひとまず四人一組でやってみるべきだろうな」
十六人を四人で分けると、つまり三班か。
「ひとまずは四班でわけて動きを試してみるということか」
そうだよなクライン。四班だ。アンタの言うことはいつも正しいよ。
「最悪向こうさんの不意打ちがドカンと決まっちまっても、四人ならリカバリーも効くだろ。索敵だって多けりゃ多い方が良いからな。尤も多いと逆に統率や移動が阻害されちまうかもしれん。一時間ばかし、それでやってみてほしい。同士討ちには細心の注意を払った上でな」
なるほどな。軍人さんはやっぱり言うことがちげぇや。
なんてことを思っていると、ガルハートはこっちに胡乱げな目をやった。
「団長さん。仕切るのは俺じゃなくてお前さんだぜ」
「……私、必要かなぁ」
「弱気になんなよロッカぁ」
「いでっ」
さっきのお返しとばかりに、ボウマがばしんと背中を叩いた。
ついでにヒューゴとライカンの大きめの手も肩をバンバン叩いている。
「忘れてもらっちゃ困るな。これはロッカから始まった救出劇なんだぞ」
『安心しろ。ロッカは人を監督できる器だ』
ニヤニヤ笑いやがって。ライカン、アンタもなんとなくニヤニヤ笑ってそうだってのは声でわかるからな。
「……君ならばできる。というより、君しかいない」
「えっ」
クラインが短く、そして耳が壊れてないのであれば真っ直ぐな言葉で私を認めてくれた。
「スキラー・ブライオンと確固たる絆……と呼ぶべきかは定かでないが、そういった縁で結ばれているのはロッカ、君だけだ。君を差し置いてことを進めたのでは、後々致命的な失敗を引き起こすかもしれん。リーダーはあくまでもロッカ、君の主導でやるべきだ」
「……そういう素質の問題?」
「そうだ」
当然だろう馬鹿か。そんな顔をしてやがる。
「私の技術とか力とか人格とかじゃ駄目だってことかよ?」
「いいや、そうは言ってない」
……本当か?
……チッ。まあいいさ。
そんなことより、仕事の話をしよう。私達にはやるべきことがあるんだからな。




