砥036 場馴れする行軍
ガルハート=レンドベック率いる若き魔道士の遊撃隊は四人組である。
他の組が四方を捜索する間、彼らは粗地図における構造物の入り組んだ密集地帯を探索することになっていた。
四方の捜索と違って画一的な動きは決まっておらず、広大な過密エリアを可能な限り隈なく踏破することが目標だ。
「ここから本格的に迷宮に入って行くことになるな。準備は良いかー?」
「ああ、いつでも」
「ようやく出番ってわけね。待ってました」
「複雑そうな場所だよな。上から気付けた人はすげーよ、本当」
編成は男四人。少数精鋭であり、血の気の強い魔道士によって構成されたチームである。
少人数で女性魔道士と組ませることに多少の懸念がある者をそれとなく寄せ集めたと言い換えても良いだろう。
若い彼らをうまく取り纏めるのが、迅雷騎士団の従軍経験があるガルハートであった。
元々ガルハートは大会での敗者をパブで取りまとめるなどカリスマ性もあったので、彼が率いることに不満は出なかった。
身体強化と魔術、何より対人戦や作戦において実戦経験のある者ともなれば従わない理由もない。
故にガルハート率いる強行軍は、他のチームにはほとんど見られないような早さで捜索を続けていた。
「曲がり角には気をつけるんだ。距離を保ってな」
軍属。とはいえ、ガルハートも市街戦に慣れているわけではない。野戦ならば魔獣や魔族の相手をすることも多いが、市街地での戦闘は門外漢と言っても良い。
それでもガルハートは視界不良な森林地帯での進軍方法を精一杯思い出しつつ、チームメンバーの士気を崩さないように振る舞っていた。
――こいつは思っていた以上に骨が折れるぞ
ガルハートらの侵入した密集地帯は、まさにそのような魔境だったのである。
地力はある。ガルハート以外のメンバーもそれなりの手練で、全員が簡易の身体強化を使える程度には融通も効いた。実力は伴っているが勝負運や組み合わせが悪いせいで本戦を逃した面々だ。身体強化使いで統一された行軍の恩恵は、単純な探索速度の上昇に繋がった。
実際、これまでに彼らは三人の魔道士を難なく無力化し倒しているし、苦戦することもなかった。
彼らの息が乱れ始めたのは、密集地帯に踏み込んでからのことである。
「うおっ!? やめろ、俺は味方だ!」
「すっ、すまん!」
構造物の密集地帯は、文字通り数多の建築物が林立するエリアである。
そこは水路こそ張り巡らされてはいないものの、密集具合で言えばエクトリアにも匹敵するほどである。狭いからといって慣れない手分けをして進んでいけば、神経質な者では同士討ちになりかねない場所だった。
「いや、俺のミスだな。これから先は手分けはやめておこう」
「すまないガルハート。俺のせいで」
「気にすることはないさ。遅かれ早かれ、俺も含めてきっと誰かがやってただろう。むしろ発動までしなくて良かったくらいだよ。……同士討ちなんてしてたら、とてもじゃないがこの先やっていけない。効率が悪くなろうとも、手分けせず地図を埋めていくのが一番だろうな」
同士討ち未遂。これは、密集地帯に入って手分けの捜索を行ってからわずか三分後の出来事である。
どこから操られた魔道士が飛び出してくるかわからない。相手は声をあげず、機械的に襲いかかってくる者だということがわかっているのだ。開けた場所で闘う分にはいくらでも先手を取れていたが、今は違う。一定の距離内に入った相手に対して機敏に動き始める性質上、閉所で闘うには非常に分の悪い敵へと変貌していた。
そんな緊張もあってか、同士討ち未遂は発生した。ガルハートの見立てでは魔術と気術を両立させている魔道士たちだったので勘違いしていたが、彼らはまだ実戦経験もほとんどない素人なのである。
「一塊になって行動しよう。そっちの方がはぐれないし、急場の対応もできそうだ」
「わかった」
「了解だ。周囲も警戒していくよ」
「任せてくれ」
メンバーは努めて明るく振る舞ったが、その笑みが曇るのもそう遠い話ではない。
いつどこから襲いかかってくるかもわからない敵魔道士。
臨戦態勢で構えた杖を握る手は疲労し、頻繁に振りまく視線は精神を削る。慣れない状況は彼らの想定以上に体力と気力を消耗させていった。
先頭をゆくガルハートもまた、慣れない地形でより一層警戒していたということもある。襲撃に気づけなかったのは、不幸であったのかもしれない。
「ぐわっ!?」
「! 敵だ!」
「攻撃を受けたぞ! 向こうにいる!」
隊列を僅かに乱して横にそれてしまった男子学徒の一人が、魔道士の感知圏内に踏み込んでしまったらしい。
気づかぬ間に飛来してきた氷のつぶては男子学徒の全身に叩き込まれ、衝撃で地面を転がってゆく。
「お前達! 彼を安全な場所まで引っ張れ!」
「! はい!」
ガルハートは敵の攻撃方向を特定すると、すぐさま魔剣を構えて迎撃体制を整えた。
慣れない魔術よりも慣れた身体強化を働かせ、次々に襲いかかる氷の飛来物を弾いてゆく。
ガルハートの身を呈した防御は功を奏し、どうにか被弾した学徒の救出に成功する。
撃ち落としながら後退しつつ敵の圏内から抜け出してしまえば、ガルハートもすぐに襲われることはなくなった。
「大丈夫か!? 怪我は!」
「いってて……ああ、血が出てる……」
「どこだ!」
「いや……平気です。ただ脇腹のところで、浅いっぽいので……」
「見せてみろ!」
興奮状態にある患者の自己診断はあてにならない。
ガルハードは自らの目でくまなく精査して、ようやく問題なしと納得した。相手の距離が離れていたのと、飛来物が鉄ではなく氷だったのが幸いしたのだろう。
とはいえ傷は脇腹だけでなく、こめかみや脚にも見られた。全て応急処置でどうにでもなる軽症だ。歩くことに支障はないが、負傷は負傷である。怪我を負った男は自らが敵の範囲に踏み入ってしまったことも含め、酷く気落ちしているようだった。
「気にするなよ。誰にだって失敗はあるさ」
「でもさ……」
「大丈夫だよ。逆に運が良かったんだ。鉄や火の不意打ちなんて食らってたら、どうなってたか」
「……!」
そう、今回は運が良かったのだ。もしも敵が氷でなく別のものを投擲していたとしたら、それこそ取り返しのつかない怪我になっていたかもしれない。
「動けるか?」
「ああ……!」
「よし、じゃあ続けていこう。今度も慎重に、隊列を乱さずにな」
ガルハートたちは再び探索を開始する。
今度も四人で離れず、先程よりは頭部を保護できるような構えを取りながら。
もちろんそのような強張った体勢のまま長時間探索が続くはずもなく、体力自慢の彼らはすぐさま休憩のために音を上げることになってしまった。
休憩中、ガルハートはこれまでに歩んできた道をすべて地図で描き留めている。
構造物が多いとはいえ、それぞれ特徴のある建物も多い。屋根などの形を目印にすれば、素人の距離感覚でも充分に地図をつくることは可能だった。
しかし細かく地形を見て地図を作っているからこそ、ガルハートは内心で思うことがある。
――こいつは皆と比べたら、絶対に間に合わないだろうな
広さで言えばきっと他のエリアとはかなり違ってくるだろう。だがこの密集地帯は構造物が多いせいでこまめな探索が必要とされる。これまでの慎重な進み方を見るに、数日かかっても難しいだろうというのが彼の本音であった。
「ガルハートさん、どうですか。地図は」
「おー? まあ、そうだな。まあまあじゃねえかなー」
彼らも頼もしい仲間である。
だがここの攻略には、もっと強い力と頭数が必要だ。
ガルハートは次に繋げるための方策を決めるのに頭を悩ませていた。




