砥032 旋回する不安要素
「軽っ。ちゃんと飯食ってるのか……」
昏倒した魔道士は女の子なので、持ち上げるのは私の役目となった。
けど、持ち上げてみると随分と軽い。人って力が入ってないと重いっていうけど、このくらいの子だと全然だな。
「ロッカ、向こうに碑文を見つけたよ」
「おー、じゃあそっちにぶち込んで……」
「その前に手紙を添えないといけないけどな」
「お、おおそうだったね。ごめん」
「それは僕が書いておくよ。まあ、ライカンが闘う前から特徴は掴んでたから……うん。間違いなさそうだね」
ヒューゴは手元の資料と気絶した魔道士の顔を見比べて、頷いた。
「彼女は理総校の二年、鉄属性専攻の子で間違いないね。持ち物も……うん、特徴と一致する。ぼくらが制圧した旨を手紙に書いて、一緒に送還しよう」
「なーなー、ロッカー、あたしにもそれ持たしぇて」
「それ言うなよボウマ。ほい」
『ロッカも物みたいな渡し方をするんじゃない』
「かる……くない。思ってたより軽くにぇ……」
魔道士の子を上手く担ごうと頑張っているボウマはさておき、クラインは今しがたの戦闘で得た情報を手帳片手にまとめているようだった。
「で、クラインどうよ。情報収集してみた感想は」
「面白い」
「……具体的にどんな風に?」
「魔具科の連中に見せたならば、さぞ驚くだろう。相手の動きはまるでゴーレムそっくりだ」
「人だけど」
私は当然のことを当然のように言ったまでだが、クラインは“そうではない”と仰々しく首を横に振った。
「操られていた魔道士は、超遠距離の投擲を百発百中の精度で放ち続けてみせた。これはどのような魔道士にもできる芸当ではない。投擲杖術の中でも突出して難しい方法で、最高の命中精度を誇るなど、もはや十全に調整されたゴーレムの領域と呼んで差し支えないだろう」
『確かに、一発も無駄な弾はなかったな。その代わり、近距離はヘボだったが。おっと、これは彼女への陰口になってしまうかな』
「そこも普通ならばありえない状況だな。確かにあの散弾魔術は近距離において有効だが、ライカン相手に効果が薄いものであることはすぐにわかっていたはずだ。だが、魔道士は戦法を変えなかった。奴には、状況によって戦法を変えるだけの知性がないのだろう。いや……それは早計かもしれんな……」
地面を刳り、遠くまで転がって静止した鉄の錨。
クラインは溶けて消えかかったそれを眺めながら、親指で額を叩いた。
「……攻撃が命中している以上は、有効な戦法だと判断している。この可能性が高い」
「つまり、どういうこと?」
「そのままの意味だ」
だ、そうである。私はわからなかった。
「つまりだねロッカ。クラインが言うには、投擲したものが相手に当たってるのなら、それがノーダメージであったとしても、操られてる魔道士は有効だと判断して戦法を変えてないんじゃないかって話だよ」
「なるほど」
「わかった?」
「なんとなく」
つまり身体強化が強ければ強いほど、良いってことでしょ。相手の攻撃を受け止めてそれが大丈夫なら、相手はずっと同じ攻撃をしてくれる……みたいな。
「だが、この思考パターンは単純な一例に過ぎない。実際に同じ状況を再現するにはリスクが高いし、属性が異なれば別のパターンになる可能性もある。油断はできん」
ヒューゴの書いた手紙を魔道士にくくりつけ、ボウマが石碑へ魔道士を放り込むのを見届けてから、クラインは鼻を鳴らした。
「人間とは大きく異なる動きをする。それだけは、覚えておくべきだろう」
ゴーレムのように決まった動作を正確に行う魔道士。
文字通りスキラー・ブライオンの操り人形というわけだ。
……さっさと全員解放してやんないと、目覚めが悪いったらないよな。
やる気は充分だ。体力も有り余っている。時間もまだまだ、結構ある。
だがこの作戦はどうにも、探すのが手間の大半だ。
私が一人でさまよっていた時は生きていくのに必要な物資を略奪……もらうために必死だったから気にならなかったけど、こうして余剰食料を背負った上でやる行軍っていうのは、結構退屈だ。
この私が退屈だと思っているんだ。ボウマなんかは真っ先に音を上げた。
「ひまぁ」
『こういう時こそ忍耐が試されるのだ。ナタリー達のような鉄専攻の面々は軍人志望だったから、きっとこんな状況でも文句は言わんだろうなぁ』
「えぇー? ロビナとかじぇってー騒ぐよぉ」
「どうだろうねぇ。彼らは筋金入りの軍人体質だし、僕たちなんかよりもずっと真面目に任務をこなすんじゃないかな? 歩く早さも、今よりずっと早いだろうしねぇ」
「ぐぬぅ……あたしだって早く歩けるし!」
「おお、早い早い」
『周囲に気をつけろよー、ボウマ』
ライカンとヒューゴはそんな飽き性のボウマのサポートも慣れたものだ。おだてたり宥めたり、なんともまぁ器用に手綱を握るものだと安心する。
同時にボウマが他の人たちのチームにいたら悲惨なことになっていただろうとも思う。やっぱり見知った面々で組んでおくのは大事だな。
「クライン、そろそろかな」
「ああ。落下時に二人が候補にあげたポイントがそろそろ見えてくる頃だろう。いるかいないかは、その場の運次第だが。いるようならば、この二人の視力は信じても良さそうだな」
遠くなってくると目星をつけるのも大変だ。そこを通り過ぎたら、今度は虱潰しの作戦でやっていく他なくなるだろう。
「あ、そうだ。なあ皆。次は僕が闘ってみてもいいかな? もちろん、相手の属性を見た上でだけど」
「え、ヒューゴが?」
ヒューゴがそう提案するものだから、思わず即座に聞き返してしまった。
「鉄とかはかなり厳しいだろうけどね。水も微妙かな? けど他だったらちょっとやってみたいんだ」
「ふむ……確かに相手の得意属性によるだろうな」
「あたしもやりたい!」
『順番』
「ぶぅ」
ヒューゴの闘いかぁ……。
……絶対に口には出せないけど、大会だといいとこなしだったからな。心配だ。
保護も何もない真剣勝負だぞ? もし当たりどころが悪かったら……。
「まぁロッカが僕を心配するのもわかるけど」
「えッ!? いや思ってないし」
「心配されてないのか……」
「いやうそ違う、心配はしてる。……じゃなくてさ、ヒューゴってどう戦うの? ヒューゴって特異性、人相手に有利だったっけ」
ヒューゴの特異性は風属性が渦を巻くというものだ。旋風は威力が高いものの、強制的に渦を巻いてしまうので飛距離が失われ、使い勝手は……傍から見ていると、正直……うーんと唸ってしまうんだけど。
「まあまあ。危なくなった時はロッカやライカンが助けてくれるだろ? 実戦経験を積ませてくれよ。どうせこれからは、皆が均等に魔力を使っていかなくちゃやっていけないんだからさ」
そう言うヒューゴの顔は、自信に満ちていた。
けどヒューゴっていつもこういう顔するんだよな。本当にアンタ大丈夫なのか。
「余裕があったら相手の情報も集積したい。頼んだぞ」
「いやそこまではどうだろうなぁ……僕ライカンほど器用にできないし……」
不安だ。




