砥031 巻き取る砂鉄
「まずは威力偵察といこう。ライカン、中距離まで接近し、そこで相手の魔術攻撃をいなせるか」
『他愛ない。ああ、お前達。流れ弾には気をつけろよ』
簡単な指示を受け、ライカンは気軽なステップで相手の索敵範囲内へと踏み込んでゆく。
急いで相手へ突っ込もうとしない、悪手ともとれる動き。ライカンだからこそ安心して見ていられるというものだ。
「……!」
女の子の魔道士は、跳ねるように顔を上げた。
さっきまでぼんやりしていたのに、こうして第三者の視点から見てみても本当に劇的な変化だ。
まさに、“中に誰かが入り込んでいる”と言ってもしっくり来る感じ。
「……っ、……っ!」
女の子は遠くで何かをモゴモゴと詠唱した後、杖を下から上へと振り上げた。
放物線を描いて放たれる魔術。空中で煌めく白い光沢は、金属のそれ。鉄魔術だ。
『狙いは良いな』
放たれたのは鈎字に折れ曲がったような形の鉄塊だ。
回転はゆっくりだが、形からして当たると致命的な衝撃が伝わりそうに見える。狩猟にだって使える魔術だろう。
『狙いだけは、だが』
しかしライカンはそれを、蹴りの一発で叩き落としてみせた。
どうやったら飛来する鉄の塊をそんな力任せに撃墜できるんだって思えたけど、確かに彼の図抜けた身体強化術なら可能かもしれない。ちょっと前の腕相撲を思い出してみれば不思議じゃないことだ。
『ふんッ、せいッ』
その後も、様々な鉄の塊が投げられては、それを撃ち落としてゆく。
だがライカンもさすがに巨大な生成物までは真正面から相手にしないようで、避けられるものは避けていた。
反面、刃物や針のような軽めの生成物に対しては滅法強い。
襲い来るそばから手刀やら蹴りで難なくへし折り、避けるまでもなく消滅させている。
「すげー……」
「よくもまあ、あれだけ早く飛んでくる魔術を叩き落とせるよね」
「あたしもやってみたい」
「今は検証が先だ。……狙いはほぼ確実だな。銛系統の魔術ですら必中となると、長期戦で相手のミスを誘う戦法は悪手になるか。……ライカン! 次だ。遠距離になって出方を確認する」
『おうッ!』
クラインの指示に合わせ、ライカンが後ろへ跳ぶ。
たった一度の跳躍だけで中距離から遠距離へ。……ほとんど脚に力入ってないように見えたのに、一回のジャンプであれだけ移動できるのか。
後ろから前へ距離を詰めてくることを想像すると怖いな。どうしようもないだろ。
『おおっ?』
ライカンが距離を取ると、相手はそれまでぶんぶんと大振りしていたロッドをだらんと垂らした。
またぼんやりになるのかな? と思ったけど、どうも違うらしい。
「……ッ!」
魔道士の子は体を捻り、全身を使って杖を横振りしてみせた。
『おおっ!? 飛ぶな!?』
奇妙な投擲杖術だった。本で読んだこともなければ、使っている人を大会で見たこともない。
体ごと回転させた大きな横振り。それは動きの大胆さに負けないほど、鉄魔術の飛距離と速度を伸ばしていた。
打ち出された鉄の銛は、ナタリーが扱う鉄針の術よりもずっと速い速度でライカンへと到達した。
彼も今までよりずっと速度の出る投擲物に驚いた……ようだったが、それさえも難なく叩き落としている。
自分に到達する寸前で横合いからへし折る防御術。一歩間違えば大怪我の避けられない危険な迎撃だというのに、何ら躊躇がない。もっとちゃんと避けてくれよ、ハラハラする。
「あの投擲法は古代から存在する超遠距離投擲法だな。籠城戦で使われることもあったというが……」
「へえ、クラインの知ってるやり方だったのかい。結構大会でも使えそうに見えたけど、やっぱり隙が大きいから流行っていないのかな?」
「いいや。単純にあの方法では狙った場所に当たらないだけだ」
クラインの説明に“まぁそりゃそうか”と一同が納得する。
身体をぐるんと回転させながら放つ投擲杖術だ。そりゃ狙いが定まるはずもない。
ないんだけど……。
「外さないな、相手」
「全て必中の精度、か。まるで機械仕掛けだな」
恐ろしいことに、相手はそんな出鱈目な投擲法でも一切のミスがない。
投げ放てばそれは銛であれ刃であれ必ずライカンの眼前まで飛び、当たる。いや当たってはいないんだけど、当たるように飛んでいる。
『さすがにこれほどの遠距離は、初体験だな……!』
ライカンに疲労の色はない。ないけど、……いやなんかむしろ楽しそうにしてるな?
保護かかってないんだからあんまり気を抜くんじゃないぞ。
「……ふむ、概ね相手の性質はわかった。ライカン! 近距離で時間を稼げるか?」
『おうよッ! だが余裕がないと判断した時は』
「自分の判断で動いてくれ」
『任せろ!』
中、遠、ときて次は近距離だ。忙しい指示だけどライカンの返事はハキハキしている。
その様子も見てボウマがそわそわしてるけど、危ないから真似はしてくれるなよな。
『むっ? 近づいてみるとそうでもないな』
ライカンがこれまた凄まじい機敏さで距離を詰め、相手との位置取りを十メートルに変えると、そこからの攻撃はあまり劇的なものではなくなった。
近距離に陣取られると、相手の魔道士は大質量の投擲を控え、近距離用の細かな鉄片を数撃つスタイルへと変化させたのである。
鋭い破片が複数飛んでくるという、保護無しではとても相手にしたくない戦法ではあるのだが、この戦い方がライカンには通じていない。
というのも、そもそも生半可な破片ではライカンの強化された装甲に傷をつけられないのである。
「うわー当たってる……けどあれ痛くないのかな? ロッカ、あれはどうなんだい。さっきから色々ぶつかっているけど」
「痛くない……ってことはないと思うけど。でも傷がつかない限りは義体ってほとんど痛みないから、ライカンだったら平気なのかも」
「威力は弱いな。あの程度の距離であればライカンならば防ぎきれる、と」
命中精度のために威力を犠牲にした近距離用魔術だったが、それは通じない。相性の問題だな。
私でも近づけば大丈夫ってことかな?
「ライカン、ご苦労だった。あとは好きに」
『ふむ……“イグネンプト・スロープ”!』
ある程度問題ないと判断したのか、ライカンが魔術を発動させた。
カーゴパンツのポケットから砂鉄が溢れ出し、黒い煙のように辺りへと立ち込める。
それは久々に見る、砂鉄を用いた彼の特異魔術であった。
『お? こっちのが楽だな』
ライカンが腕を振るい、黒い砂鉄の煙がそれに追従する。
その動きはまるで黒い不吉なオーラが彼の舞踏の軌跡をなぞっているかのようで、幻想的だ。
驚くべきは、黒い煙が相手の小質量の破片を完全に防御出来ているということだろうか。
磁力を帯びた砂鉄のカーテンは相手の魔術を受け止め、絡め取り、そのまま消滅させてゆく。
「大会とかじゃ砂鉄持ち込めんから、ライカンうきうきだじぇ」
「あー、そういうこと……」
そういやそうだな。砂鉄とか杖以外のものって持ち込めないもんな。
『さて、すまないとは思っているが……』
ライカンが蹴り、砂鉄が一条の黒い煙となって飛んでゆく。
砂鉄の帯は相手魔道士のロッドに絡みつき、強引に手元から抜き取られた。
『時間は有限だ。そろそろ終わらせてもらおう』
砂鉄に巻き取られたロッドが地に落ち、乾いた音を立てる。
そちらに気を取られている間に、ライカンは既に前へ躍り出ていた。
地を跳ねるロッドとすれ違い、一度だけ瞬きする頃には既に懐。
相手の魔道士は無手での詠唱を試そうとしていたが、握手もできるような距離だ。
『ふんっ』
ライカンの優しい裏拳が相手の顎先を叩き、昏倒させる方が早かった。
「ぁ……」
ほんの僅かな打撃によって、力なくばたりと倒れる魔道士の子。
……へえ、そうなのか。顎の先をああやって殴ってやれば無傷で倒せるんだな。勉強になる。
「こうして、こう。こう? こうか……?」
「ロッカ、その物騒な動きをやめたまえ。決着は着いたようだ。回収に向かおう」




