砥028 引き連れる都市
最後の一人が穴に飛び込んでいった後、他に誰も残っていないか厳重に点検してから、私も奈落へと身を投じた。
長く長く続く闇。落ち続ける身体。相変わらず内臓がヒュンとする感覚だ。
けどそれも無限には続かず、すぐに下の闇が薄まって、確かな光景が見え始める。
レンガ造りの世界。白いレンガの床と、赤いレンガの構造物。目の痛くなるような下界が広がっていた。
……学園くらいの高さって私は言ってたけど、もっと高いなコレ。下にいるみんなから“話がちげえぞ”ってどやされないか心配だ。
いやまぁそんなことはいい。それより下にいる魔道士とかをここから見つけて……いや難しいなこれ。案外そんな余裕がないぞ……。
やがて落下の速度が急激に落ちて、ゆっくりと沈み込むような勢いになった。
けどそこまでくるとはるか遠くを見渡すことは難しく、結局ろくに地形を把握しきれない。
……うーん。後続の人たちがちゃんとまとめてくれてると良いんだけど。
「いよっと」
そんなこんなで減速も終わり、地面に着地した。身体強化ができれば衝撃は大したものでもない。背嚢の中身がちょっと気がかりな程度だ。
「うわーお。すげーなロッカ、豪快な着地だ。恥じらいも何も無いというか……俺らの軍の白百合儀仗兵たちにも見習わせてぇよ」
ガルハートは私を褒めているのか褒めていないんだかわからなかったけど、拍手している時の顔はそう馬鹿にしているようにも見えなかったので、多分褒めていたんだと思う。
「皆はどう? 怪我した人いなかった?」
「いない、と言いたいところだが二人ほど足首を痛めたようだ」
クラインが顎を動かして私の視線を誘導する。そこには背嚢に腰かけ、足首に包帯を巻かれている男の姿があった。
近くにはもう一人同じような女性がおり、互いにバツが悪そうな、とても申し訳無さそうな顔をしている。
……身体強化ができるから安全だけど、できない人にとっては確かに少し危険だからな。こういう怪我だって起こり得るか……。
まだ救出は始まってもないけど、少し不吉だ。いや、むしろ二人の捻挫だけで済んで良かったと思うべきなのか。
「すみません……情けない怪我を負ってしまいました」
「良いのよ。ソルポットを飲めば治りは早くなるわ」
「このままでは、俺もお荷物だな……」
怪我をしても、メッセンジャーとして先に帰還するという役目は残っている。
だからそう気に病む必要はない。必要はないけど……どうしても気にするんだろうな。こういう立場になってしまうと。
けど、今は手を休めている暇はない。やることやんなきゃ。
「ヒューゴ、上から見た地図はどうなってるの?」
「ん? ああ、ロッカ。無事に降りてこれたようで何よりだよ」
「そっちもね」
ヒューゴはいくつもの紙を地面に広げ、それを組み合わせる作業に没頭しているようだった。
「皆が落下する時に見た景色をスケッチしてもらったから、今はその情報をつなぎ合わせてるんだけど……うーんそうだね、やっぱり難しかったみたいだ。何人かの人は同じ方向、同じような位置に魔道士がいるのを発見できたから、それは間違いないんだろうけど……うろ覚えだったり不確かなスケッチも多くて、全てを当たろうとするとちょっとリスキーかもしれないね。それと、遠くの方は全然だ。いや、思っていた以上に広そうだね、ここは」
「うんざりするでしょ」
「もうしてるよ。参ったなぁ」
そう言いつつも、ヒューゴはある程度の地図作成に成功した。
俯瞰した情報から、ほぼ確実にそこにいるだろうなという魔道士らしき人影はおよそ十名にも登るそうだ。
他にも候補はあるものの、そっちは遠いから見間違えかもしれないとか、そういう対象である。こっちは後回しにした方が良いかもしれない。
「捻挫はとりあえず水魔術で冷やしておくわ。あとは動かさないように固定。ソルポットを飲んで……他に薬は?」
「鎮痛薬があるが……」
「駄目だ、俺なんかのためにそういうのを使わないでくれ。大丈夫。この程度の痛みは我慢できる……」
あとは……みんなをまとめるか。
「はい注目ー」
私が間延びした声で呼びかけると、皆が一斉にこちらに顔を向けた。よしよし。
「それじゃあとりあえず、皆が俯瞰して見つけてくれたこの……十人の人影。これを最初に当たっていこうと思うンでー、早速移動してくからー」
「……班分けで、手分けの作業はしないのか?」
名前もまだちょっとあやふやな男魔道士が、私に質問した。うん、まぁそう思ってたんだけどね。
「班分けは後。とりあえず皆で行動して、操られてる魔道士と闘って……帰還用の石碑を見つけてからにするよ」
「……なるほど。帰還用の石碑を開始地点として動く……そういうわけだな?」
「そういうこと。石碑が無いと不安だろうし、何かトラブルがあってもそこに戻ればひとまず平気でしょ」
どうやって魔道士を倒し、石碑を確保するか。それも一度やって見せないといけないだろうしね。
それを見て怖気づく人もいるかもしれないし。
「じゃあとりあえず移動しようか。……怪我してる二人は歩くの平気? 駄目そうなら強化できる人が背負うけど」
「問題ないです。多分……」
「……ごめんなさい。荷物だけ持ってもらえたら……」
「おう、気にすんな」
「だじぇ」
『ボウマ。お前は何も怪我してないんだから肩から降りんか』
けが人含め、ぞろぞろと全員で移動と相成った。
杖を持った魔道士たちが集団で動く姿はさながら軍隊のようである。
「軍隊はもうちっと歩き方に纏まりが出るもんだぜ。ま、付け焼き刃で真似するもんじゃないから良いんだけどな」
まあ、ガルハートに言わせると軍とは似ても似つかないそうだが。
「本当、どこまでも同じような景色が続いている……不思議な場所ね」
「けど構造物には個性があるね。家のようなもの、他の……よくわからないものとか」
「構造物を覚えて、レンガの模様を見ながら歩けば迷うことは……多分なさそうね」
「よく気づいたよね、あの人……」
「ああ……」
着地して早々、クラインはレンガっぽい床の材質を調査していたらしい。
そして彼は、なんと床の白いレンガはほぼ同じものでありながらも、全てに同じパターンの模様や個性が入っていることを見つけ出した。
彼が言うには、床を構成する白いレンガは模様というか形にムラがあり、中でも特徴的な隅っこの歪みを目印にすれば、方角を決めることも難しくないのだと言う。
実際に床を注意深く眺めてみれば確かにその通りで、一見平滑そうなレンガにも個性がある。そして全てのレンガの同じ部分に、同じ特徴が現れていた。
私達はひとまずその歪な角を基準としてこの世界における方角を決め、マップに書き記している。
これならば、皆が遠くで行動していても簡単に合流できるはずだ。
……しかしよく気付いたよな本当に。床の模様なんて見るか? 普通。
「さて……ロッカ、あれがそうだな?」
「うん。地図にもある通り、あの人で間違いなさそうだね」
私とクラインは地図を見合わせ、互いに頷いた。
「……人だ」
「呼びかけては……駄目なのか」
「誰かあの人知ってるか?」
「いや……」
「……胸糞悪くなるぜ、マジでよ」
集団でレンガの都市を歩き始めてからおよそ三分。
私達は開けた広場のような場所に佇む、魔道士の青年を発見した。
スキラー・ブライオンによってここに閉じ込められ、そして操られた哀れな被害者。
私達が助け出すべき一人。
「さあ……みんな、こっからが大事なんだ。色々と注意しなきゃいけないことがあるから、しっかり見ててくれよ」
私がアンドルギンを手に取って言うと、皆は神妙に頷いてみせた。




