砥027 降下する先遣隊
「ふんッ」
最初は強化を込めず、アンドルギンの重さと硬さそのままで振り下ろす。
まっ平らでいてしかも柔らかめ、均質な石材だ。私の生み出す岩とほぼ同じだと考えてもいいだろう。
……いやあ、平面に振り下ろす一発目ってのは本当に気持ちが良い。
手に伝わる素直な感触もなかなかだ。普通の堅枝の柄じゃこうはならない。アンドルギンの又目堅枝だからこそ味わえる硬質な返りっていうのか。
「君がその労働を好きなのはわかった。だからその馬鹿みたいな笑い顔をやめて、さっさと続けろ」
「わ、わかってらぁ。馬鹿って言うな」
手を休めてたのを目ざとく見つけやがって。お前は私の父さんかよ畜生。
「なあ、ライカンさん? これは一体、どうしているんだ?」
『この地面の下に、もう一層の広い空間がある。魔道士たちが囚われているのはそこらしい。飛び降りてゆけるそうだぞ? 俺も聞いただけで、直接見たことはないが』
「飛び降りるって……高さはどれくらいあるんですか?」
「前言ってた時は学園くらいって言ってたにぇ」
「学園? え、学園ってミネオマルタの!?」
「十階建てじゃないですか! それも普通の十階よりもある!」
情報の共有は任せよう。今この作業は私が一番効率がいいんだ。こっちはこっちでやれば良い。
前の時は、ほとんど自棄で掘っていた。
命知らずの直下堀りだ。今にして思えば浅はかだったな。けど、今は構造もわかっているから何も怖いことはない。
厚みはだいたい二メートル。多分……どこ掘っても同じだ。この空間じゃきっとそんな法則が働いている。
穴の下を覗き込むと暗闇がある。落下をしてしばらくしないと、下の景色は見えてこない。
だから飛び込むまでは結構恐ろしい空間だ。
「はあー……ロッカさん、とても上手なのね……」
「ん?」
大きめに穴を作っていると、穴の傍で座り込むモヘニアが作業を覗き込んでいた。
「破片が飛ぶとあぶないよ、モヘニア」
「あら……確かにその通りね。ごめんなさい、仕事の邪魔をしちゃって……」
「いいよ。待ってる間、モヘニアは皆と情報交換してなよ。特異科のみんなは知ってるから、詳しく聞けると思うよ」
「……え、ええ。わかったわ……」
こころなしか少し硬めの表情で、モヘニアは引っ込んでいった。
なんだろ。さすがに酒飲みのモヘニアも緊張してるのかな。……まあいいや。作業しよう。
今大事なのは、飛び込んでも危なくない大きめの穴だ。
細い穴にすると後続が上から誰かが落ちてくるかもしれない。それは危険だ。
つまらないことで怪我をしないよう、私にできるだけのことはやっておかなくちゃな。
「オレもロッカから聞いただけだが、全員に詳細な説明をしておこう。まず落下する際だが、必ず着地を意識して飛び込むことだ。風属性術でも使えなければ、落下中の姿勢制御は困難を極める。だが、落下そのものの衝撃はあまり気にしなくても良い。途中で減速するポイントがあるそうだ。しかし、それも後から消失し、通常の落下に戻る。だから相応の高さになるだろうが……衝撃は覚悟はしておくように」
おう、さすがクラインだ。私だったら結構長くなりそうな説明をちゃんとやってくれてる。
教えるの上手いよな本当。
「最初に気術を……身体強化が使える者が先に降りる。いざという時に後続を受け止められるようにな。次は風魔道士だ。強化ができなくとも一番安全ではある。次が水魔道士。理由は語るまでもないだろう。……ああ、当然だがそこにいる“日陰者のリュミネ”のように、影魔術を扱える者も先だ。減速が最も安定しているからな」
「質問があるのですが」
「“日陰者のリュミネ”。なんだ」
「私はスカートなのですが、その配慮はしていただけますか」
「知らん。他に意義のある質問はないか」
「流された」
『私からも』
「……“閉ざされた氷室のメイボルド”。なんだ」
『落下中、下の空間にいる魔道士を、いくらかは……上空から見渡せるかと思います。これを有効活用できないでしょうか』
「ふむ。価値のある質問をしてくれた」
「私の質問は価値がなかったんですか」
「無い」
よっし、開通した!
慎重に大きく掘り進めていたから落ちることはない。
今回はしっかりと、穴の向こうに奈落が広がっているのを確認できた。
……うん、見通せねえな。相変わらず真っ暗だ。
こっからどこに誰がいるか見れたら、一番楽だったんだけどな。
「おーいみんなー、できたよー」
「早いな……うわ、あんな大穴をこんな短時間で……」
「それ本当にメイスなの……?」
「お疲れ様。重労働だろうに、ありがとうございます」
「ありがとう! ロッカさん!」
おうおう、反応が十人十色だ。賑やかだな。
「まあ、私はこっちが本職だからね。誰にも負けない自信はあるよ」
「ロッカ、その技術で君と張り合おうとする者はここにはいない」
おう、クラインからも褒められちゃったよ。
魔術以外も褒めてくれるのはなんか、くすぐったいな。
「すごいね。ロッカは“褒められた”って顔してるし、クラインは“褒めてないぞなんだこいつ”って顔してるよ」
「ヒューゴよくわかるなぁ」
『ハハハ。ま、とにかく準備が整ったのなら何よりだ。早速下に向かうとしよう』
開けた穴はかなりでかい。直径は三メートル近くあるだろう。下手な飛び込み方をしても身体がぶつかることはないし、姿勢も崩れにくい……はずだ。
穴の下に広がるのは完全な暗闇である。
夜の海ってわけでもない。高い場所だ。高い高いところから落下していくことが確定している、謎の暗闇。当然、誰だって恐ろしいに決まっている。
「……ど、どうしよう。足が震えてきたわ……」
「本当にこの下に、煉瓦造りの空間なんてあるのかよ……?」
まあこうなる。気持ちはわからないでもない。一度飛び込んだ私でもちょっと勇気がいるからな。
『じゃあ早速、俺から行かせてもらおう。身体強化は俺が一番だろうからな』
先陣はライカンだ。私ではない。
というのも、彼が先に向かった方が何かと安全だからである。
「じゃああたしもいくー」
『後から来なさい。一人ずつだ』
「ぶー」
しかしボウマは恐れないな。結構わからないものだらけで怖い場所だってのに。
『では、参る』
そう言って、ライカンが奈落へと突入していった。
気楽なものである。彼が穴に飛び込んでいった時、パブの面々から短い悲鳴があがった。
「……行ったけど」
「安全? なの? 大丈夫?」
『行ってみなければわからないということでしょう』
「ええっ……」
ま、そんなもんだ。
「おい、お前達。落下の心配よりも落下中の観察作業の心配をしてくれたまえ。降下する者はそれぞれ向きを四方に決め、その方角に見える人影を観察し、記憶する。人数分しかできない重要な作業だ。怠るなよ。オレの後からの作業に響く」
「わ、わかっていますよ!」
「感じ悪い奴だな……」
少し待ってから、続々と飛び込んでゆく。
ボウマが、クラインが、ガルハートが。身体強化が使える者は後から落下してくる人のカバーもできるので優先だ。中には態勢を崩してやってくる人もいるかもしれない。
「スカートが……」
「諦めなよ、リュミネ」
広く柔らかな生地を使ったリュミネのロングスカートは、まぁ確かに大きく広がってしまうだろう。確かに、落下中はバタバタとはためいて邪魔になるかもしれない。抑えるだけじゃどうにもならないかもな。
「そうですね、諦めます」
引きずっていたわりに、彼女は行くときは一瞬で飛び込んでいた。
……大会で当たった時からずっとだけど、本当によくわからない魔道士だよな。
ああ、ちなみに私は最後になる。
この穴がひょっとすると閉じるかもしれないしね。何か不測の事態が起きた時のために、ってやつだ。




