砥026 急造する作戦
「ロッカぁ、拗ねるなよぅ」
「拗ねてねーし」
「謝るからさぁー」
「別にいーし」
「飴やるからさぁー」
「ちょうだい」
「ほい」
「ありがと」
仕事に出たこともない魔道士たち相手に声を出せって方が無茶だったのだ。
挨拶を終えた後のあの、なんとも言えない空気。なんなんだよアレ。ひでえよな。ヒューゴなんて噴き出すのを堪えきれないって感じで笑ってたんだぞ。思わず頭掴んで持ち上げちまったわ。
「超痛い……」
『大丈夫かヒューゴ』
「この空間に来てから最初の負傷者はヒューゴか。名誉だな」
「クライン……お前も笑いそうになってただろ……くっそー……」
けどまぁ、雰囲気は良くなった。バタバタとやってるうちに私達以外の連中も緊張が抜けたようで、結果としては……いや認めたくないけどさ。
畜生、鼈甲飴美味しいな……。
「おーい、特異科の人たち。とりあえず、最初はどうする? 班分けか?」
飴を舐めてふてくされていると、ガルハートが声をかけてきた。
パブのメンバーたちは心を持ち直したようだ。……よし、まあ、いいさ。仕事は仕事だ。きっちりやらないと。
私は立ち上がって、皆の顔を見渡した。
特異科のクラスメイトたちは……いつも通りだ。クラインが興味深そうに辺りを観察してるくらいか。
パブの人たちは……うん、さっきよりはマシかな。とりあえず、もう動けそうかな。
仕事だって、ある程度整った精神状態の時でないと万全にはこなせない。それが初めての仕事で、初めての場所で、しかも難しいともなれば尚更だ。ちょっとしたことでも、休憩を挟まないと絶対にコケる。人命がかかってるんだ。そこだけはちゃんとするぞ。
「いや……まずは持ち物の確認からだね。配布された記録磁針の動作を見て……あとは人員の名簿の照らし合わせをしなくちゃいけない」
最優先は装備と人の確認だ。
一緒に仕事する仲間と道具は最優先だ。そっからやっていこう。
作戦開始前、私達は背嚢にそれぞれ記録磁針を入れられている。
以前、皆と一緒にミネオマルタの外れにある洞窟に行ったときに使ったやつと似たようなものだ。
対応する共針は私が持っている。みんなの記録磁針のスイッチをバチンと押してやれば、普通なら針が私の持ってる共針の方向を指すんだけど……。
「反応が悪いな。というよりは、狂っていると言うべきか」
試しにクラインに記録磁針を操作して貰ったところ、針は三本がそれぞれ無茶苦茶な方向を指し示した。
この反応は、魔石の多い坑道内でもよく見られる故障だ。出れば直るけど……これから先、あてにはできないかもしれないな。
案の定、他の人の記録磁針を使ってみても似たような結果に終わった。
“横たわる永遠の聖櫃”の内部では記録磁針は使えないってことだな。まあ、これは最初のうちから想定されていたことだったし仕方ない。なけりゃ工夫するさ。
「じゃあ、消えたのはこの人、この人……」
「……知ってる大人の多くが消えてるな……ほぼ皆学徒だけじゃないか」
同時に、人員の確認も行った。
背嚢にはそれぞれ、作戦に参加する人の名簿が入っている。
ただ、それも当初より大幅に減ってしまった。全員が地面に名簿を広げ、そこの半分以上に斜線を引く作業は、地味ながらも皆の神経を削ったようだ。
だけど、こうして残って他にいるメンバーの名前はしっかりと覚えていってほしい。
顔を見合わせ、お互いに名乗り合ってほしい。
下の空間に行った時に同士討ちなんてつまらないことだけは、絶対に防がなきゃいけないから。
「装備内容に不備がある者はいない、か」
「ああ、全員杖も持ってるぜ。食料もちゃんと入ってた。水もあるが……どうだかな。水の重さを苦痛だと思えるのも、最初のうちだけかもしれないが……」
ガルハートは皆の装備を見回し、少し心もとない風に苦笑している。
元迅雷騎士団の兵士だったか。軍人経験のある彼からすると、今回の食料と水は心細く見えるのかもしれない。
……確かに、そうかもしれない。
わかってはいた。記録磁針も使えない、地理もわからない、広さも果てしない……そんな場所で、手分けとはいえ六十人近い人を手弁当で探す。……厳しいよな。
犠牲……出そうだ。作戦参加者じゃない。救助対象の人たちで、救えないのが出てくる……そんな意味で。
「兵站の心配ならば、多少は軽減できるだろう」
「え?」
私の悩みを顔から読み取ったのか、クラインは訊かれる前に答えた。
「確かに全員が全員、持ち物を浪費しながらいけば終わりは早まるだろう。だが、何も各々が自分の持ち物しか使えないわけでもない。話は簡単だ。先に帰還できる者は帰還させて、水や食料を残していけばいい」
「あ、そっか」
その手があった。それなら、多少はごまかしがきくかも。
「なるほどな……負傷したり、体力が限界だったり。そういう人たちを先に、碑文だっけか。そいつで返してやって、物資を残してもらう。悪くはねえ。上手くやれば、多少の無理もききそうだ」
『戦闘で魔力を消耗したり、故障する者も出てくるだろうからな。そういった者に帰ってもらうのも、作戦の一つか』
「連絡役として情報を伝える役目も期待できる。悪くはないだろう」
……だったら、ここにいられる日数は伸びそうだ。
一日、二日だけではない。もうちょっと……それなら、いけるだろうか?
「ロッカ。オレたちはこの空間の広さや構造について何もわかっていない。どういった人数で臨むべきかもな。君にはわかるか」
「その質問には……あー返すようで悪いんだけど。クライン、魔力って半分くらい使い切ったとして、回復するのにどのくらいかかるかな?」
「自分でわからないのか。……精神を落ち着けた充分な休息ならば枯渇から全快まで半日程度、その半分とすると六時間だが……この環境では最善も望めないだろう。十時間以上は覚悟すべきではないか」
なげーな。けど、私の体感としてもしっくりくる。調子悪いとそんなもんだ。
「四人か五人にすべきだと思う。もし怪我なんかしたら、人運んだりもしなきゃいけないし……交代で休めるだけの余裕がないと危ないからね」
「オレも同感だな。連携を取るにしても、その程度の人数は必要だ。かといって、ただでさえ人がいない今、分散させすぎるわけにもいかん」
となると、私達特異科は私、クライン、ボウマ、ライカン、ヒューゴでちょうど良く五人か。
他の人達も仲良しで組み合わせれば、とりあえずはどうにかなるかな。
戦闘の相性もある。身体強化できる人、投擲ができる人……色々とバランス良く組み上げたいところだな。
私達は全員が尖ってるから、下手に分散させると逆に難しそうだけど。
けど、まだそのことについて悩む時ではない。
班分けは後も後。先にやらなくちゃいけないことがある。
「……まず、下に降りようか」
『ついに、だな』
私はアンドルギンを握りしめ、地面に向き合った。
緊張の一瞬。皆の息を呑む音が、ここまで聞こえてくるかのよう。
「下に降りる時、結構すごいから……あんまり怖がらないでね」




