糲024 聖別する権利者
スキラー・ブライオンの喚び出し。これが成功するかどうかは実際のところ、やってみないとわからない。ひょっとするともう既に誰かが喚んでいて、出てこないことだってあり得るわけだ。そうなったらこの大部屋に集まった人たちにとって、肩透かしも良いところだろう。
しかし、今ここにいる皆の顔にそんな油断は微塵もない。部屋の奥で控えている警備の人たちにも。
水国の首都を混沌に陥れた首魁が現れ、何をするかわからないのだ。そりゃ、呑気にはしてられないだろうな。
「……ふぅ」
精神集中。まぁ、してもしなくても変わらないだろうけど。
さて、スキラー・ブライオン。アンタ自身が言ってたように、もう一度ここに来てもらうぞ。
「……スキラー・ブライオン。来てください。お願いします……」
こう、頭を下げるように頼むなんてまっぴらな相手だけど、前はこうしなきゃ来なかった。だから同じようにやってみた。
「うわっ」
「ひっ」
「出た……」
「くそ、あいつが……」
「やめろッ、手を出すな……」
……私の背後を見て、集まった全員が目をむいている。中には震える手で杖を構える者までいた。
ああ……わかりやすい。お出ましってわけだな? 畜生め。待ってたぜ。
「――若者よ、知識は常にそこにある」
前も聞いた言葉。いつ現れても同じ調子だ。
薄々、私はこいつの性質……みたいなものを理解しつつある。
こいつはゴーレムのようなものだ。特定のことに、特定のことでしか返せない。
現れるたびに記憶は曖昧になり、私のこともまともに覚えていない。一日や二日会ってないだけでも、グリモアってやつを読まないと人の名前を照合できないし、今もこうして大勢の人に囲まれているのに慌てた素振りもなく、罠にかけられたなんて思ってもいなさそうだ。
ゴースト。化け物だ、こいつは。
「昨日ぶり、スキラー・ブライオン」
「受け入れるならば手を取るが良い」
こいつに人間らしいまともな意志は無い。
怒る必要なんて無い。私がやるべきことは、打ち合わせ通りの話運びだけだ。
「……前に、私に話してくれたよね。“横たわる永遠の聖櫃”に連れて行ってくれる喚び出しは、これで最後だって」
「いかにも。この機会を最後に学徒の招待を打ち止めとする。既に必要な智慧は集まった」
私とブライオンの会話に、誰も付け入ろうとはしない。
人によっては仇同然ってこともあるだろうに。それだけ、皆が今回の作戦を理解してるってことだろう。
「だったら、私が前に居た場所に連れて行ってもらえるのかな。アンタに連れ去られた場所に、そっくりそのまま」
「聖堂を目指すつもりか? 善いことだ」
「できるの? 教えてよ」
「可能だ、半機人の若者よ。お前の右腕の中に眠る“縁”の記録は、再びその場所へと導くだろう」
右腕。……私の義腕に格納されてる、デムピックのことか。
なにが縁だ。私と家族の品に、余計なもん括り付けやがって。
「求めるならば、手を伸ばせ。お前が聖堂の守り人を目指すならば、聖櫃への門戸は開かれるだろう」
「へえ……だったらよ。私の後ろにいるこの五十七人も、一緒に連れて行ってもらえるかな?」
私は親指を後ろに向け、にやりと笑ってやった。
さあ、どう出るよ。
「五十七人。そこにいる全ての者か」
「ああ。私と同じ場所に連れて行ってやりたいんだ。アンタの作った広い空間は、魔術の練習をするにはぴったりでね」
「ほう」
「私は座学よりも実践が好きなんだ。……良いだろ?」
アンドルギンの柄で肩を叩き、スキラー・ブライオンを睨む。
布に覆われた奴の表情は見えない。だが、沈黙は何かを考えているようではあった。
筋骨隆々の魔導師。その立ち姿は、はっきり言って恐ろしい。あの巨大な杖を思い切り振り抜いたら、私は耐えられるのだろうか? 相手が身体強化を使えるなら、かなり怪しいところだ。
……杖。あの杖が確か……アックス将軍が言うには、“至宝の杖”……かもしれないんだっけか。
……仮に今強奪できたとしても、あの杖をぶっ壊せたとしても、無理だ。まだ人質がいる。我慢だ……。
「よかろう」
「!」
返事が来た。答えは“可”。
「ただし」
畜生、条件あるのかよ。
「後ろの者らの同行については二十三人までとする。」
……うん……えっと。
二十三人……え? んーと……どういうことだ。人数が減ったのはわかる。五十七人から二十三人だよな。結構減った。
けどどうしてそんな中途半端な人数になる?
私が背後へ振り向いてみると、案の定皆も顔を見合わせてざわついていた。
相手の意図が読めないからだろう。
「“横たわる永遠の聖櫃”に必要な守り人は、学ぶ者でなくてはならぬ。学ばぬ者を招待する意義はない。学びの轍が魂に見えぬ者は、ここに残るが良い」
学ぶ者。学ばぬ者……そうか、学徒か!? 人数も多分だいたいそのくらいだ。
ってことは他の人は誰も……?
「願いは聞き届けた。よって、これより最後の招致が執り行われる」
「ッ、まじか……」
スキラー・ブライオンが大きな杖を高く掲げた。巨大な水晶のような先石から輝きが溢れ、大部屋の中が妖しく照らされてゆく。
……人数を調整する時間もないってわけか!
「みんな、姿勢を整えて……! 覚悟を決めろ!」
「来るぞ……!」
「始まるのか、もう」
「なんて魔術だこれは……!?」
輝きが生まれ、風が生まれ、振動がやってくる。
光は太陽よりも強く私達を照らし、次第に五感を曖昧なものへと変えてゆく。
「皆さん!? どうか、ご無事で……!」
マコ導師の声が聞こえる。
「私も、行かなくては……!」
「危険だ、接触すべきではない!」
誰かの必死な声が聞こえる。
きっと張り上げているであろうそれすらも、段々と遠く、薄れてゆく。
「“ジック・ヴァール・ダート”!」
いつか聞いたことのある詠唱と共に、強いめまいが私を襲った。
意識を保てたのは、そこまでだった。




