砥023 背負い込む命運
選ばれたのは、捜査本部として使われていた場所だった。
やたらとだだっ広くて、大人が何十人と犇めいていても無理なく……いや、ちょっと無理はあるけど、それなりの体で運営できる大部屋だ。
他には食堂も候補だったのだが、対応力のあるこちらに軍配が上がったらしい。
大人数で押しかけられた責任者の人が色々と苦しんだり駆けずり回ったりした結果、そうなったとかなんとか。ちょっと申し訳ない気もするけど、この人数は私のせいじゃないぞ。
「すごい人数だけど、これでも減ったんだよねぇ……僕たち学徒の数も大概だけどさ、そのままだったら半数以上大人だったよ」
「それなぁ」
こうして大部屋に人が収容されるまでの間に、色々と悶着があった。
いやもう本当に色々な人が怒鳴ったり諭したりしたのだが、中でも一番大きかったのは機人警官を取りまとめる警部さんのお怒りだろうか。
『我々はミネオマルタの治安を守る公僕だ! 我々には我々にしかできない務めがある! それを放棄するなど許されんことだぞ!』
言わんとしていることはわかる。ミネオマルタでの仕事も重要だろうからな。
けど、書類にサインした彼らだってちゃんと上には報告してあったのだ。無断で私についていこうとしたわけではない。
『少人数を付き添いさせるならばいい! 許そう! だが二十人も行こうとするとはどういう了見だ!? 周りを見て何も思わなかったのか! 少しは弁えろアホ共!』
『す、すみません……』
とのことである。そう、単純にやる気ある警官さんが多すぎたわけだ。
なまじ警官としてのプロ意識があるだけに、救出作戦なら自分が最善だと判断したのだろう。私からするとありがたい申し出だったし、彼らの熱意は純粋に凄いと思うんだけど……大人の事情ってやつなんだろうな。難しいもんだ。
「機人警官の多くは待機命令。一部魔道部隊の隊員も待機。……それでも六十人が残ったのだから驚きだな」
大部屋の奥に固まった人だかりを眺め、クラインが眼鏡を外した。
「この数がそのまま犠牲者になり得るというのに。その説明を受けても尚、これだけ残るとは」
やれやれと他人事のようにレンズを交換してるこいつだけど、アンタだって犠牲者になるかもしれない一人でしょ。
「なぁおい、ロッカ。もう支度は済んでるんだろ? これからその、なんとかってとこに行くんだよな? ウズウズするよなぁ。戦いの前って感じがしてよ」
「ええ? うん、まぁ……そこそこ」
ガルハート=レンドベックは少し緊張しているのか、饒舌だ。……いや、元からだっけか。
彼の呼びかけによって、パブにいた面々も一緒になってこの部屋にいる。大会を既に敗退しており、しかし事件を前に鬱屈な気持ちを溜め込んでいた彼らにとって、これは気持ちを発散できる機会なのだろう。
みんな学徒ではあるけれど、大会に出る面々だけあって戦力としては申し分ない。むしろ真っ当な戦い方でいえばみんな私よりも強いくらいだと思う。
彼ら含め、異空間に挑む私達は皆それぞれ背嚢を装備している。
「これが支給の荷物か……」
「六十人分が限度なんだって。備蓄を引っ張り出してきて作ったとか聞いたわよ」
「長い間、異空間に閉じ込められるかもしれないんだよな……怖……くはない。俺は怖くないぞ、うん……」
何が起こるかわからない作戦だ。私のように、長時間向こうに閉じ込められることだって充分有り得る。勢いで名乗りを上げたはいいものの、学徒たちの一部の顔色はよろしくない。
「うぇへへ、ライカンから教わったキックでぶっ飛ばしてやんじぇ」
『こらボウマ、基本を大事にしろ。たった数日で身につけた技など使い物にはならんぞ』
「おい見てみろよクライン。支給品の中にバターシリアルバーがある。軍用のやつだよこれ。僕これ食べてみたかったんだよなぁ」
「バターか。ヒューゴ、そっちのハードクッキーと交換しないか」
「いいのかい? 悪いね。けど栄養失調になるなよ」
「そんなものを腹に入れる方がどうかしてる」
……他の連中は結構緊張してるのに、私達はなんかいつも通りだな。
かくいう私も大会の試合直前よりは緊張してないんだけどさ。まあ、私達らしいといえばらしいのか。
「導師シュネッケーレ。貴女も行かれるのですね……」
「いいえ、導師セドミスト。私はもう導師ではありません。“元”導師です。今はただの傭兵に過ぎませんから……」
「私が言えることではないですけど、危険だと思いますよ……?」
「……今日この日、この時……警備としてラリマ競技場に派遣されていたことは運命だったのだと思います。おかげで、この作戦の騒ぎを耳にすることができたのですから」
「……お互い、命を大切に。頑張りましょうね」
「はい。学徒達を救出しましょう。必ず……」
作戦に参加する人たちは互いに挨拶をかわしたり、握手したりしている。作戦前に仲を深めるのは良いことだと思う。互いの顔くらいは今のうちにできるだけ知っておくべきだしね。
「ロッカさん。ごきげんよう」
「モヘニア。やっぱり、ガルハートに呼ばれて来てたんだ」
「ええ。……ふふ、背嚢なんて久しぶりに着けたわ? ドキドキするわね、こういうの」
酔っ払いの魔道士ことモヘニアも参加するらしい。
彼女は色々なところにふらっと現れるので、意外性はというとそんなにないんだけど。
「モヘニアはどうしてここに? あの、結構これ危ないと思うんだけど……」
私にはモヘニアが作戦に加わる動機というか理由が、あまりないんじゃないかと思ってしまった。
ブライオンに攫われた学徒の中で彼女と関わりの深い人がいるって話も聞いてないし……。
「あらぁ……つれないわ……ロッカさんは、私が一緒に行くのは嫌なの……?」
「ええああいや、そんなことない。心強いよ。モヘニア大会ですごく強かったし」
「ふふ……ありがとう」
ちらっとこちらをみたヒューゴが苦笑している。
ヒューゴは予選でモヘニア相手に負けちゃったもんな。でも今は心強い味方なんだぞ。
「でもモヘニアもまだ大会があるんだから、無茶すんのは良くないよ。銀の杯もらうんでしょ」
「大丈夫よ。時間がとってもゆっくりなんでしょう? だったら、明日までにまだまだ時間はある。体調を立て直すこともできるはずよ?」
う、まぁ確かにそうだけど……。
私が長時間“聖櫃”で過ごしていても、実時間は短くて驚いたし。明日にまでもつれ込むとなると、それはいよいよ帰還も怪しいくらいになるだろう。
「一緒にやり遂げましょう、ロッカさん?」
「……ああ、そうだね。そうすりゃいいだけだ。うん、頑張ろう。モヘニア」
「ウフフ……」
そんなことを話している内に、この作戦における臨時の責任者がやってきた。
私達大会本戦出場者に対して開会式の手順を説明した男性、ネルベレヒトさんだ。
初めて見た時は涼しげというか冷淡なイメージのあった彼だけど、今は多忙すぎるせいか、整えていたであろう髪はぼさっと乱れている。ロープタイも左右が揃っていない。
それでも悪態つかずにこうして現場の指揮を務めるあたり、凄い人だなと思う。
「……えー……急ぐ必要がある状況だとはわかっています。が、手短にでも最後の確認を。この場に集った六十名が、今から行われる作戦の参加者です。目的は拉致された学徒らの奪還。各学徒の資料は全て背嚢に収めてあります。また、参加者一同の名簿も手書きではありますが、作成してあります。同士討ちなどないように、良いですね」
救うべき対象は多い。まだ“閉ざされた永遠の聖櫃”には六十六名もの学徒がいる。
彼らは向こうの世界で佇んでいて、あるところまで近づいてきた相手を魔術で攻撃する……洗脳かなにかを受けているのだ。けどそれを警戒するあまり、私達が敵と間違えて味方同士で魔術戦をしたのでは悲惨なことになる。彼の警告は最もだ。
「また、危険な手段による学徒の無力化も……極力避けていただきたい。相手は攻撃してくるでしょうが、救い出すべき人間です。勝てば何をしてもいいわけではない。よろしいですね」
ボウマが“はーい”と元気よく返事してるけどすごく不安だ。
「あとは……ロッカ=ウィルコークス」
「は、はい?」
なんか呼ばれた。悪いことしてないぞ。
「貴女が今回の作戦の鍵である以上、作戦は貴女を中心に動いていきます。決して内部で被害を拡大させないように。不安であれば導師や部隊員など、他人を頼るように。他の者は、極力ロッカ=ウィルコークスを見失うことのないように」
ああ、そりゃそうだよな。“スキラー・ブライオン”の懐に潜り込めるのは私だけだ。私が色々とやっていかないと話が進まないのだから、これは当然か。
それは別に私にリーダーシップがあるからとか、指揮を執る素質があるからとかそういう話ではない。……うん。何か不安なことがあったら頭良さそうな人に考えてもらうとしよう。
「あとは……これが最後です。いいですか、よく聞いてください」
ネルベレヒトさんは私達一同を見渡し、睨むように目を細めた。
「……今、ここで作戦を降りることは決して恥ではないし、臆病でもない。これは私見だが、その選択は実に妥当で、全く正しいことであると思う。言い換えれば、この作戦に参加するあなた方は皆、愚かだと言っても良い。なぜこのようなリスクばかりのことに身を投じる?」
潜めた声で語るそれは、侮るような意味合いはあれど、決して嘲笑するようなものではない。私達への真剣な言葉であるように思えた。
「この言葉に少しでも……僅かでも共感できるのなら。恐れがあるのなら、悪いことは言わない。今この時にでも声をあげてほしい。作戦から降りるべきだ。それは恥ではない。もし恥だと思う者がいるなら、侮蔑する者がいるならば、名乗りをあげたまえ。私はそいつを許さないだろう」
作戦はすぐにでも始まる。その寸前だ。
引き返すならば今しかない。彼はそう言っているのだ。
少しの間、沈黙があった。しかし数十秒もしないうちに、私達六十人の中から二人が、小さく手を上げた。
二人のうち一人は悔しそうな涙を流し、もうひとりはかろうじて堪えていた。
「うむ。その決断もまた勇気だ」
「……すみ、ません……!」
「謝る必要はないさ。誰だって恐ろしいものだ。……さあ、あちらに行きなさい」
六十人から二人減って、五十八人。
去っていった二人については……多くは語るまい。私だって、その二人のことを臆病だとか、そういう風には思わないさ。
とにかく、これが最後の確認だ。
人数は五十八人。五十八人で、異世界の六十六人を救い出す。……やるしかねえな。
「……では、作戦を開始しよう。……ロッカ=ウィルコークス、後のことは任せるぞ」
「はい」
「追い詰めることは言いたくないが……各々自分からサインしたとはいえ、君の肩には五十七人の命が乗っているのだ。それを忘れないように」
「もちろんです」
覚悟の上だ。任せろなんて軽々しく胸を叩けやしないけど、最善は尽くしてみせる。
ま、私は頭良くないしな。いざとなったらすぐにでも大人の力を頼らせてもらうよ。
「じゃあ……これから……奴を呼ぼうと思います」
私がぽつりとそう言うと、部屋はようやく訪れた戦慄に重く静まり返ったのだった。




