砥021 即断する即決
風の席の監督者、アックス将軍。彼も忙しい人だ。
国から捜査権を与えられてからというもの、彼は事件の独自捜査を行い始めており、ほとんどの時間を治安活動に注いでいるのだそうな。
新聞には彼が短い滞在期間中にあげた検挙者数が物凄い数であるという記事まで載っていた。聞きかじった話によれば、そもそも捜査権を与えられるよりも前から色々なところに首を突っ込んでいたのだとか。
……実際、私達もアックス将軍に疑われて攻撃されかけたもんな。
勘違いってことで済んだけど、人に向かってアンドルギンを思い切り振り抜いたのはあれが初めてだ。あの時のことだけはまだ、強く記憶に残っている……。
今、私達は監督者としての務めを終えたアックス将軍の帰りを待っているところだ。
護衛のレティーの紹介もあったおかげで、話はトントン拍子に進んでいる。この待合室でしばらく待っていれば、すぐにやってくるらしい。
そう、すぐに……。
「あー、怖いなー……」
「何よ。アックス将軍が? まあ、怖いけど」
「犯罪歴のある人間は例外なく叩き斬るってことで有名だしね……」
「こぅぇ……」
悪ガキのボウマは特に怯えている。本能的に敵わないし相性が悪いと悟っているんだろう。多分。
私も別に痛い腹とか脛の傷とかがあるわけじゃ……いや、ないこともないのか……?
苦手なんだよなあ、警官……特に怖い人……。
「風国の治安は最悪だからな。アックス将軍のような苛烈な人物でなければ、到底やっていけないのだろう」
「だねぇ。まあ住んでた僕としては、いてくれると心強い存在なんだけどね」
「ヒューゴって凄いところから来てるわよね……」
「いやいや、カイトベルは比較的安全だから。アンダマンのが酷いよ多分」
『うむ、否定はできんな。路地裏に死体が転がってることも珍しくはない』
待ってる間暇だからってなんか故郷の治安話が始まったよ。
「なー、ソーニャの住んでるところってどこだっけぇ?」
「私? ハルギンよ。静かで良いところだと思うわ。そこそこ流通もあるしね。観光客が少ないからミネオマルタよりも過ごしやすいの」
「へえ、そうなんだ……私も行ってみたいな」
「今度、機会があったら行きましょうよ。ロッカに色々と案内してあげるわ」
雷の国。ソーニャの故郷かぁ。行ってみたいな。古いお城とかも見てみたい。
「ロッカ。君の故郷はデムハムドだったな」
上品な白いお城が、クラインの言葉で急峻な山に変わってしまった。
うーん……やっぱり自分の生まれ故郷ってのは克明に思い起こせるもんだな。
「うん。まあでもデムハムドもそんなに治安は悪くないんじゃないかな」
「ほへー、そうなんかぁ」
「殴り合いとかはしょっちゅうだけどね」
「しょっちゅうなんだ……」
「うん。とりあえず何かあるとみんな殴るから」
『治安は悪くないんじゃなかったのか?』
いや、良い……と思うんだけど。ギルドの支部もあるし……。
警官はほぼいないけど。……警官いないのって逆に治安良いってことになるよな?
事件らしい事件は……坑道の奥で殺されたやつとか。クロエに喧嘩売って体に爆弾巻きつけた男が勝手に死んだやつとか……印象深いのはそのくらいかなぁ。
「んー……まぁちょっと殴る蹴るくらいじゃ犯罪って感じじゃなかったから。私もそういうのはよくやってたし……」
『ほう?』
低く野太い電子音声が背後から聞こえてた。
突然の気配に、思わずヒュッと呼吸が止まる。
皆も同じくらいの緊張感を覚えているのだろう。誰も雑談を挟もうとはしなかった。
『興味深い話をしているようだが』
一歩、一歩と踏みしめるごとに、華奢ではないはずの造りの床が軋む。
艶の薄い黒の装甲。全身に備え付けられた鋭利な鉄斧。
触れるだけでも怪我をさせてしまいそうな、恐ろしい機体だ。こんな体を使う人間が同じ街にそう何人もいては困る。
顔立ちこそ一般的なカルクと変わらないが、彼を見て名を間違う者はいないだろう。
『今は追及しない。俺もそう暇ではないのでな』
風の将軍、アックスさんが私達の前に立ち、腕を組んだ。
『話があるといったな。聞かせろ……手短にな』
こえー人だ。現れただけですぐに空気が変わってしまう。
そして部屋に入ってくるなりすぐに本題だ。わかりやすいし話も早いけどさ……。
「あばばば……」
もう距離が近すぎるせいかボウマもガクガクしっぱなしだし……。
ごめんねソーニャ、ちょっとボウマのこと支えておいてあげてくれ。
「あの、実は私から……報告すべきことがあって」
『何だ』
「聖櫃のことなんですけど」
『ほう?』
赤い眼光ランプが強まり、瞬いた。
『昨日は失敗だったそうだな。魔女会の長は再度の挑戦は限られているとも言っていた。それでもまだ、聖櫃の解放を諦めていなかったのか』
「はい」
『その口ぶりからして、貴様が独自に突入して救助に向かうつもりらしいな』
「えっ」
なんでわかるの。
『残された手段はそれしかなかろうが。他に手立てがあれば聞きたいところだが』
「……確かに……?」
『大方、俺に頼んだのはその許可がほしいといったところか。フン……この国の連中やレドラルに頼めば、また迂遠な会議が始まるだろうからな。それよりは俺やジェーンに頼んだほうが話は早いだろう。水の向け方としては悪くはない』
アックスさんが背中の四本のアームを床に降ろし、それを支えに座った。
追加義肢とはいえ、自分の操る身体の一部を椅子にする。……狭い場所では邪魔になるだろうけど、凄い使い方だ。便利そうだな。
「アックス将軍」
『クライン=ユノボイドだったな。何だ』
「ロッカが転移をする際、可能であれば我々も“横たわる永遠の聖櫃”に同行したいと思っています。できなければロッカ一人で行くことになるでしょうが……」
『ほう? 貴様も含めてか』
「はい」
『ゾディアトス導師に判断を仰ぐ必要はないのか?』
ゾディアトス導師。リゲル=ゾディアトス導師か……光属性術の関係だろう。
……アックス将軍が言ってるのは、光属性術を扱えるクラインがそんなことをしてもいいのかって話なんだろうか。多分そんなところだとは思うけど……。
「問題はありません。かの導師の理論が正しいことはオレによって証明されました。公文書にもそれは残してあります。たしかに今でこそ希少性はありますが、技術そのものが失われることはありません。つまり、オレに公が特別庇うほどの価値はありません」
おう、よくわかんねえ。わかんねえけど、クライン。自分の価値が無いってのは聞き捨てならねえな。
お前に価値が無かったら他の人はどうなっちまうんだよ。
『……フン。まぁ、そういうことであれば好きにすればいいだろう。俺の監督すべきことではない。突入作戦、それも良いだろう。やるというのであれば俺は止めん。だが、面倒な処理を後に押し付けるなよ。作戦に参加する者はその旨を書面に残していけ』
そう言って、アックスさんは部屋の隅にある色あせた紙束を指差した。
各々勝手に書けということなんだろう。……雑な対応だけど、容認ってことか。
「……あの、将軍。良いんですか? 責任問題になったりとか」
ソーニャが遠慮がちに尋ねると、アックス将軍は眼光を潜めた。
『学園の関係者ならば、渋るんだろうがな。だが、俺は学園に関わる身ではない。外様の人間だ。貴様らが自分から死のうが失踪しようが関係はない。勝手にすればいいことだ。個人的な考えを言わせてもらうならば、わざわざ敵の術中に突っ込む必要もないだろうとは思うがな』
「……わかりました」
ソーニャはどこか諦めたように瞑目した。
『ああ、そうだ。貴様らが行くのであれば、ひとつ良いことを教えてやろう』
「? え、なんですか」
『確定ではないが、俺がミネオマルタの悪党共を一匹一匹丁寧に潰している間に手に入れた情報だ。確度は保証できんが、参考するなら“聖櫃”に持っていくだけの価値はあるかもしれん』
アックス将軍は立ち上がり、背面のアームの斧を擦り、火花を散らした。
『地下の違法取引を全体的に洗い直して見つけた情報だが。捕まえた連中も把握していない謎の物品がひとつ、紛れ込んでいたようだ。物品名は“至宝の杖”。……形状も大きさも定かではないが、ゴーストとやらの本体である可能性は高そうだろう』
「え。それって、ブライオンの本体の……!?」
『あくまで仮定だ。俺はこれから、ミネオマルタ内に杖が現存していないかどうか捜索する。見つけ次第破壊するつもりでいるが……もしも貴様らの方で本体を見つけた場合、容赦する必要はない。敵はいずれ大罪者指定を受ける者だ。殺せ』
凄んでもいない。彼は淡々と“殺せ”と言い放ってみせた。
『決行する時は、念の為にラリマ内の施設のどこかで、監視の下で行え。許可は俺が出したことにして構わん。……喚び出した瞬間に殺せれば話は早かったのだがな。つまらんことだ』
そう言って、アックス将軍はさっさと部屋から出ていってしまった。
……嵐のような人だ。存在感からして違う。話の主導権が少しも移る気がしなかった。
私達は険しくなった顔を見合わせて、一息つく。
「……しかし、おっかないのは確かだけど……本当に話が早かったなぁ」
ヒューゴの言葉にはもれなく皆が頷いていた。




