砥020 決断する自分自身
「何の用だ」
貴賓席から引っ張り出されたクラインは、不機嫌とも上機嫌とも取れない微妙な顔をしていた。
けど、呼び出しに応えてわざわざ顔を見せにきてくれたってことは、試合はもう見なくても良いってことなのかな。
「暇そうならこの後どうかなと思ってさ。混まないうちに」
「クラインも来なよ。僕らだけで楽しむのもどうかと思うしね」
「それなー」
「……どうせこの後の試合を見るつもりもない。ベルベット母さまにも離れる旨は伝えてある」
お、それは好都合だ。皆の顔を見回してみると、うん。私と同じで“しめしめ”って書いてある。
『では、行くか。クラインからは特に聞いておきたい話でもあるからな』
「オレが。何に」
「んー、いや、ここじゃ話しにくいことなんだけどさ……」
「随分と不明瞭だな」
「まぁまぁ、とりあえずいこうぜクライン」
「お、おい。なん……なんなんだ、これは……」
クラインの肩に腕を回して、さっさと連行だ。
人の多いところでする話でもないからな。
話は外で、とも思ったんだけど、どうやらラリマ競技場内に食堂ができたらしい。歩いている内にヒューゴが目ざとく見つけたものだ。
色々とここに詰め込まれている人が多いので、そのための食事を提供しているのだという。国やギルド主導で、値段はまぁ普通だ。少なくとも学園のものよりは安い。
だったらここで良いかということで、私達は食堂で話すことにしたのだった。
食堂は警官やら係員やら所属不明の魔道士やらの話し声でいっぱいだ。
隅の方の席だったら、話はそう外に漏れ出さないだろう。漏れたとしてもこの食堂はほとんど警備関係者のみなので、大丈夫だろう。
「……ふむ。異空間に複数人で突入、か」
話を聞いたクラインは、すぐさま“不可能だ”とは断じなかった。
小さなトマトをフォークに刺したまま考え込んでいる。
「けどロッカ。さっきも皆で話していたけど……大人数でその、“閉ざされた永遠の聖櫃”に行ける保証は無いんでしょ? 危なくないかしら……」
「いや。そうとは言い切れん」
ソーニャの懸念は私にとっても大きかったけど、クラインが言うには違うらしい。
「相手はゴーストだ。霊魂は劣化し、受け答えが不完全だ。記憶もな。それは昨日の時点で証明されている。スキラー・ブライオンにできるのは周期的な活動と、それを可能とするために間口を広く整えることだ。うまくすれば、奴の融通を取り付けることも叶うかもしれない」
「ゴーストの融通ねぇ……僕はゴーストなんてほとんど知らないけど、面白い表現だな」
「あなたね……笑い事じゃないでしょヒューゴ……中に入ったら、戻ってこれる保証は無いのよ?」
「なんだぁ、ソーニャも行きたいのかぁ? 一緒にくる?」
「ボウマもよ」
「うひひ」
ソーニャに優しく頬を抓られ、ボウマは面白そうに笑っている。ついでに食べカスも取ってもらっていた。まるで親子みたい。
「仮にロッカ。君だけがまた再び“聖櫃”に囚われたとしても……スキラー・ブライオンの言う契約さえ正式に結ばなければ、決定的な危険はない。もちろん相手の都合やきまぐれひとつで吹き飛ぶものだが……それは昨日も説明を受けたな」
「うん」
スキラー・ブライオンを呼び出す前には色々注意を受けた。
大体は向こうの動き次第なところがあるので諦め半分なのだが、自衛できる心構えとして厳重に言いつけられていたのが“契約を結ばない”ことだった。
聖櫃に閉じ込められるのはスキラー・ブライオンとの契約によるところがほとんどなので、それさえ拒んでいれば閉じ込められた学徒たちのようにはならないだろう、ということらしい。
「その時は……常に同じ形の成功を掴み取れるとは限らないが。前と同じような手段で脱出を図れば良いだろう」
「……ブライオンを呼び出して、帰してもらう。……か」
「当然、リスクはあるがな」
二つ折りのチキンピザを噛み千切り、鼻を鳴らす。
……まぁ、安全じゃないのはわかりきってるよ。それでもさ。
「だが、行くんだろう。君は」
「もちろん」
「ねえちょっと、クラインあなた。少し淡白すぎるんじゃない。ロッカのことが心配じゃないの」
ソーニャがそう、少しだけ責めるような口調で言うと、クラインは不機嫌そうにレタスを齧った。
「君は自らの心配のために、懸念を承知で固めた意志を曲げろと言うのか」
「……それは」
「オレは止めない。そしてオレも行く。当然、リスクはわかっているが」
「……行って、ロッカや皆のように。魔道士たちを助けにいくのね。貴方も」
「それもあるが……」
あるが? 皆の顔がクラインに向くと、彼は眉にシワを寄せて不機嫌そうになった。
「オレは奴が、スキラー・ブライオンが気に入らないのだ。だから行く。主目的はそれだ」
「……はあ。クラインらしいわね」
「ははは」
何を言うかと思えば、それかよ。
言ってることは小難しくしてるけど、内容はほとんどボウマと同じじゃねーかよ。
……まあ、良いけどさ。
ともあれ、クライン、ボウマ、ヒューゴ、ライカン。四人が私と一緒に行くことになった。
時間はない。スキラー・ブライオンの設定した呼び出し期限がいつ失効になるか、わかったものではないのだ。
水と食料、あとその他色々を準備して、さっさと乗り込んでやりたい。
だが、そこで私達に声をかける存在があった。
「ちょっと」
クラインの護衛、近頃はずっと付かず離れず彼の傍にいる女傭兵のレティーである。
彼女は護衛中は全く存在感を出していないし、ほとんど声も出すことがない。それが自分の方から接触してきたものだから、ただの一言でも私は随分と驚いてしまった。
「なんだ」
「私は護衛。だから護衛の対象には、より安全に動いてもらうことが仕事になる」
「そうか。だからどうした。オレを止めるのか?」
ああ、そうだった。クラインには護衛がついていて、ずっと見張っているんだった。
もしレティーが、自ら危ないことに首を突っ込もうとしているクラインを察知したら……無理矢理にでも止めようとするのが仕事というものだろう。
迂闊だったな。どうしよう……。
「止めはしない」
「ほう」
けど私たちの心配とは裏腹に、レティーはゆるゆると首を横に振った。
「ならばベルベット母さまにでも報告するのか」
「伝言や定時報告ならするけど、告げ口するつもりはない。……大勢の命がかかっているんでしょう。だったら、貴方の意志や決断は尊重されるべきよ」
鉄仮面と不干渉を貫いていたレティーだけど、そう語った今の彼女の顔は、人間らしい何か、強い想いがこもっているようだった。その想いにどんな名前がついているのかは、私にはわからないけど。
「……世界で最も信頼できると名高い護衛として、それは良いのか。オレが聞くべきことでもないだろうが……」
「さあ。私は掴んだ功績から国の信頼を得て、その信頼を買われて貴方の母親に雇われただけの身だから。別に、任務に忠実というわけでもないわ」
「……なーなーロッカ。あたし、この護衛の人もっと堅苦しい奴かと思ってたじぇ」
「シッ、声大きいぞボウマ」
いや、私も同じように思ってたけどさ。
仕事に忠実な傭兵だとばかり思ってたけど……結構熱いところある人だったんだな。意外だ。
「ただ、止めはしないけれど。一度捜査本部の人間に話は通しておいて」
「もちろんだ。独断で全員失踪となるわけにもいかないからな」
「まあね。元々そのつもりだったから、大丈夫だよ」
「なら良い。……ああ、話ならアックス将軍にすべきよ。彼なら今の捜査権を握っているし、すぐに話が通るはず。首を横に振るタイプでもないから」
「わかった。……助言に感謝しよう」
「どうも」
思いの外協力的なレティーの後押しをもらってしまった。
けど、良し。ほとんど私の勢いだけで動き出したものだけれど、なんだか形になってきた気がするよ。
……意志か。うん。意志ってのは一言で片付くから、良いもんだよな。
よっしゃ。気分が乗ってきたぞ。
乗ってきた……けど、アックス将軍と顔合わせなきゃいけないのか。ちょっと怖いんだよなぁあの人……レティーは勧めてくれたけど、大丈夫なんだろうか……。




