針002 受けて立つ挑戦
「よっしゃできたー」
私にしては味付けや見た目も凝った方だ。食材だって奮発したものだし、不味いはずがない。
カルンガの背肉ステーキ、とりあえず完成。
「ヒューゴ、ライカン、そっちは……」
「いや大丈夫、大丈夫だから。ちょっと待ってて」
『うむ。先に温かい料理を供してやってくれ。こちらはちと時間がかかるからな』
「……ほんとに大丈夫かよ」
まぁ、香ばしい匂いを嗅いで私の腹も限界に近いし、先に食べさせてもらうことにしよう。
「ほい、カルンガのステーキ」
「あらまあ、美味しそうね」
ホールに戻ると、入り口あたりで黄昏れていたデリヌスもいつの間にか中央に戻っており、ほとんど全員がテーブルについていた。
ひとまず右手に持った大きな皿をレドリアに渡してやり、もう一枚も別のテーブルに持っていく。
ジキルだけはバーカウンターで何か勝ち誇ったようなキザったらしい顔でグラスをガチャガチャとかき混ぜていたが、他のみんな食べる準備が整っているようだ。
「いいかぁボウマ。槍ってのはな、一番つえーんだよ。わかるか? 一番長いんだ。当然一番強い。わかるだろ?」
「なるほどぉ!」
というより、ボウマとかロビナは既におっぱじめている。ロビナの方は何やらボウマに戦闘技術について吹き込んでいるらしい。
槍の扱い方か。私はそんな興味湧かない話だな。
「ほら、デリヌスさん。今日は食べましょう」
「……ああ、そうしよう」
「元気出せよ、デリヌスさん。あんたらしくないぜ」
「ああ……そうだな。確かに、その通りだ」
円形のテーブルを三つガツンと当てるようにしてくっつけ、ここで十一人が飲食することになっている。歪なテーブルだけど、まぁそれなりに話したい相手もバラけるだろうから、こんな形でも案外うまくいくだろう。大きすぎる四角のテーブルでやるよりは、酒も料理も取りやすいしね。
「あらロッカ、美味しそうね」
「うん。結構良い肉だから。どのくらいいる?」
「このくらいかな」
「足りるの? ここからここまでじゃない?」
「無理無理、そんなに食べられないもの」
随分と謙虚な胃袋を持ったソーニャのために、ステーキを薄く切って皿に盛り付ける。
既にサラダやスープは机の上に並んでおり、クラインなどは一人だけやたらと深くデカい器でサラダを掻き込んでいた。
「クライン、それボウルじゃん」
「小さな平皿でサラダを食べる意味が理解できない。何故君たちは食べているかどうかもわからない量のサラダで満足できるのか」
だ、そうである。まぁ、沢山あるし好きなだけ食ってくれ。
でもスープも野菜ばっかしだからな。ほどほどにしとかないと腹痛くなるぞ。
「あっ! それって肉!? 待って俺も食べる!」
いつまでも格好つけてバーカウンターに閉じこもっていたジキルも飛び出してきて、ようやく賑やかになってきた。
「あー、まぁ……なんだ。ロビナとレドリアとデリヌスさんが負けちまって、ちっと締まらねぇ夜になっちまったけどよ。確かにアタシも悔しいと思うし、やりきれねェとこもあるだろうが……結果は結果だ。負けは負けだ。受け止めて、さっさと起き上がってくしかないっしょ」
ナタリーがグログの入ったグラスを掲げ、慣れていないのか、どこか歯切れ悪く挨拶している。
「で、あれだ……そこで調子に乗ってるアホジキル。テメーは相手が良かっただけだ。浮かれてんじゃねえぞオイ」
「ハイ」
「アタシだって相手が雑魚だった。けど、次がそれより少し厳しい程度だなんて寝ぼけた期待はしねえ。……本戦じゃ、負けたテメェらにも再び脚光が集まるくらい……チェックスの一面にアタシらが乗るくらい、派手に勝ち進んでいくつもりだ」
そう大々的に宣言すると鉄専攻の面々から拍手が上がった。
ロビナなんかは涙を流しながらバチバチ叩いてる。……こいつまだ酒飲んでないはずなんだけどな。
「あーまぁ、挨拶はもう良い! 酒だ酒! 乾杯!」
「「「かんぱーい」」」
そんなに畏まった音頭は取りたくないのか、ナタリーは恥ずかしさを隠すようにグラスを打ち合わせた。
予選終了の喜びや悲しみ、色々な想いをひっくるめた宴の始まりである。
「よーし、まぁこっちはこっちで飲むか!」
「そうね。私お酒、一杯だけ」
「オレはいい」
始まりである。が、ソーニャはお酒控えめだし、クラインに至っては全然飲まないタイプだ。
グラスをガンガン打ち合わせる楽しみが少ないというのは、相変わらず故郷とは違う感じがする。けど、強引に飲め飲めってやってどうこうするわけじゃないけどね。
「クラインって酒飲まないけど、何か理由でもあるの?」
私は肉を齧りながら訊ねたが、クラインはサラダを突くフォークを止め、暫しテーブルの中央の隙間を眺めて黙り込んだ。
「……特に深い理由はない」
「酒にすごく弱いとか? たまにそういう人聞くけど」
「いや、強いか弱いかはわからん。あまり飲んでいないだけだ」
あ、そうだったんだ。てっきり一口でも口にすると吐いちゃうようなタイプかと思ってたけど。
「意外ね。下戸かと思っていたわ」
「味に詳しくはないが、君たちの傾向を見る限り、菜食には合わんのだろう。ならば無理して飲むものでもない」
まあ確かに、野菜にがっつきながら酒ってのも……ないな。
いやけど、トマトとか塩気のある野菜だったらどうだろう。結構いけるんじゃないか……?
「なんだァ? クラインてめぇ。その歳にもなって飲んだことねェのかよオイ!」
無理強いは良くない、なんてモラルを欠片も持ち合わせていなさそうなナタリーが、クラインのテーブルにドンとグラスを叩きつけながら息巻いた。
クラインは面倒臭そうに眉間の皺を露骨なまでに深めているが、気持ちはわかる。
「おいジキル! せっかくだ、この大人ってもんを知らねえ魔術馬鹿に一杯作ってやれよ!」
「いらん」
「ええ、俺この肉食べたい……」
「いいから行け! グログだ!」
「痛っ! ハーイ!」
机の下で足を蹴られたのか、ジキルは良い返事を残してカウンターへと走ってゆく。
しかしナタリー、誰の話も聞かない女である。
「……まぁ、グログは私の故郷でもよく飲まれてた酒だし、美味しいよ。ワインとかビールよりも、私は好きだけどな」
「ふーん、そうなの。……そう言われると、私も少し気になって来たかも。ジキルー? 私にも小さいグラスもらえるー?」
「ハーイ」
氷を沢山入れて薄めてもいいし、ライムやレモンを沢山絞って酸っぱさを強くするのも良い。暑い時なんかはよく男衆が塩入れて飲んでたな。
「……なら、少しだけ。飲んでみよう」
おっと? 意外なことに、クラインが前向きに構えている。
本当に意外だ。クラインは自分の嫌いなものは絶対に少しも手を出さず、考え方が変わらないイメージがあったんだけどな。結構こういう冒険もする性格だったのか。
「……ふふ。あージキルごめんなさい、あとついでにお酒が進みそうなナッツも用意してもらえるかしらー?」
「ハーイ、ってお前も結構注文多いな!」
「ごめんごめんー」
果たしてジキルはいつ頃テーブルに戻って来れるのか。食いかけの肉が冷めるまでに間に合うのか。
彼の穏やかな夕食の運命やいかに。
『おーいできたぞー』
スープやサラダをつついたり、市販のナッツ(ナタリーにとっては極上というわけではないらしい)などを食べていると、厨房の方から沢山の皿を抱え込んだライカンたちがようやく姿を表した。
湯気の立つメインディッシュ。どうやらウミヘビの他にも、こういった場にふさわしい食事を用意してくれていたようだ。
「いや待たせてごめん。どうにか無害な程度には落ち着いたから、食べてみてくれよ」
そう言いながら、ヒューゴは各テーブルに料理を置いてゆく……。
「ふむ、なんだろうな、これは。魚……のように見えるが」
「ヘビでしょうか?」
『ウミヘビだそうだ。ロッカが調達したものだぞ』
「ち、違う違う。確かに私も一緒だったけど、選んだのはボウマだよ」
危うく全ての元凶が私にされそうだったので、はっきりと責任の所在は明らかにしておいた。
ボウマは自分の功績を誇るかのように、エヘヘと後頭部を掻いている。
まだ良いことをしたと決まったわけじゃないからな。
ウミヘビ。水でよく煮込んでいたはずのこの料理だが、仕上がってみると何故かたれを絡めた焼料理になっていた。何故かは不明である。
口直しのためか、同じ皿にはコビンの焼き串やきのこを炒めたものなども添えられている。なかなか見た目には、綺麗で整った料理に見えるのだが……。
「つーかよ。ウミヘビって食えんのかよ、オイ」
「知らにぇ」
「ああ?」
「露天で干物が十YENで売ってた。安いから買った。食ったことないから味知らにぇ」
十YEN。それを聞いて、皆の表情が戦慄したものへと急変する。
ヒューゴに至っては“えっ、そうなの?”みたいな顔をこちらに向けてるけど、そんな顔私にされても困る。
『いや、だが下処理こそ面倒が多かったが、仕上がってみればまずまずではあるぞ』
「まずまず」
『ボウマだまりなさい。まぁ食べてみると良い。さあさあ、他にも料理はあるのだ、ほれ』
そう言われ、皆のフォークがぶつ切りにされたであろうウミヘビの身へと向けられる。
一見すると白身のように言えるが、さて。私も一口……。
「……うん」
「どう? ロッカ」
「……味よくわからない。ちょっと生臭いかもしれない」
「ええ……」
言うなればタレの味だ。身そのものの味はよくわからない。むしろ独特の臭み? が残っているかなという感じである。
これを味と言われれば、そう思えなくもないといったところかな。
「普通だな」
「普通ですね」
「普通っつーかちとマズいくらいじゃねェの。食えなくはないけどな」
鉄専攻の感想もそんなものであった。そしてナタリーは正直である。
長い時間をかけて作った二人にこの仕打ちはどうかと私は思ったのだが……。
「やったぜライカン、食べられるってさ!」
『ああ、一時はどうなるものかと思ったが、料理として認められたな!』
……厨房でどんな闘いがあったのかは知らないが、二人からしてみるとわりと高評価だったらしい。
良いのか、それで……。
「つまみのナッツと酒できたぞー!」
あ、ジキルお疲れさん。忙しいねアンタも。
ジョッキには八分目まで、よく冷やされたグログが注がれている。
鉄国風にレモンが多めに足されたそれは、市販されているものよりも少し酸味が強い作りである。ちょっとだけクインの苦味もあり、甘みは控えめだ。
鉱夫はこれに岩塩を足し、水夫は海水を混ぜて飲むと、飲ん兵衛な男衆の一人から聞いたことがある。だけど私は、塩を舐めながら飲む奴は見たことはあっても、塩を混ぜるような奴は未だに一度も見たことがなかった。
「……」
クラインは猫背になって、八分目の水面を水平に睨んでいた。
ジョッキがやってきてからかれこれ三十秒ほどそうしているのである。
別に周りから“何か面白いことやれ”と言われているわけでもないのにこんな良くわからない反応をしてみせるのだから、凄い奴だと思う。
「アッハハハ! なにそれぇ! おま、さっさと飲めよ! アッハッハッ!」
少なくとも酒の入ったロビナはそんなクラインの様子を見て大爆笑できるらしい。
……まぁ、飲めとは言ったけど無理にとは言わないからな。好きな時に好きなだけ飲めば良いさ。
父さんも変に酒を飲ませようとしてくる奴には厳しかったからな……年下だからって、強引に酒を進めていいわけじゃない。わりと本気で殴ってたなぁ……。
酔った勢いでもやっちゃいけないことの一つが、間違いなくそれだ。だから私は、まぁ、一気に呷っちまえとは言わねえよ。
『最後の試合、残念だったなデリヌス。動きは良かったが、相手の対応力は凄まじいものだった』
「ええ。……正直、相手の二つ名に少なからず油断しておりました。ポールウッドさんには恥ずかしい闘いを見せてしまいましたね」
『なに、始まるまではどこか道化のような奴だったからな。気勢が削がれるのは無理もないだろう』
ライカンとデリヌスの二人は今日の試合、デリヌスが負けた時のことについて振り返っているようだ。
対戦相手は“階段清掃員ジョルジオ”である。なんだその二つ名テメーふざけてんのかって言いたくなるような名前だったが、壇上に立って将軍さんからその名を呼ばれていた当の本人が一番恥ずかしそうに身を縮こまらせていたのが印象的だった。
ソーニャが言うには、適当だったりウケ狙いの名前のまま登録を出してしまう人も多いらしい。かくいうソーニャも、二つ名は“やる気なしソーニャ”として登録しているのだそうな。やる気なさすぎだろ。
こういうのは大抵、目立ちたくて自分からやる人が多いそうだが、ジョルジオはそのつもりではなかったのだろう。
しかし、それはそれで由来が気になる魔道士だった。闘い始めたら、やけに素早い魔術発動と大技の連続で場を湧かせていたし、只者でないことなのは確かなんだけど……。ほんと、どうして階段清掃員になったんだか。
「レドリアもロビナも元気出せよ! 俺が皆の分、本戦で仇取ってやるから! な!」
「……レドリア、あいつ調子乗ってんぜぇオイ」
「やっちゃいましょう、ロビナ」
「おいおい照れるなよ。安心しろって! ナタリーも言ってたけど、俺ら鉄専攻三年全体が新聞社のインタビュー受けるくらい……ぎゃー痛い痛い! やめて!? その変な魚みたいなやつの皮投げるのやめて!?」
どことなく癪に障る大口を叩いたジキルは、レドリアとロビナの両人から食べ残しのウミヘビの皮を投げつけられていた。
ちなみにあの皮は固くて臭みが強く、全員が残すような代物である。哀れジキル。なんかいつもそんな感じだな。
そしてどういうわけか特に関係のないボウマまでウミヘビの皮投げに参戦している。やめたれよ。
「……」
で、そんな騒々しい中にあってもクラインの姿勢は変わっていない。
そのジョッキの水面に目線を合わせてると何か起こるのだろうか。それとも単に、わざわざジキルが冷やしたその中身が常温に戻るまで待ち続けているつもりなのか……。
「おーい読書狂、そいついらねーんならアタシに頂戴よ。こっちのグラス空いちゃったんだからさァ」
そんなクラインに声をかけたのは、向かい側に座るナタリーだった。
向こうは飲み干してしまったのだろう。白い頬はすっかり赤く染まり、どこか目もとろんとしている。
「いや、いらないということはない」
「さっきから眺めてるだけで飲む気ねーだろうがよ。なぁ?」
「え? うんまぁ確かにそうだな……?」
急に振られたヒューゴがたどたどしく答えた。
「まぁナタリーの言うこともこれは一理あるな。せっかくそこの……皮まみれのジキルが冷やしてくれたんだ。温くするのはちょっと失礼だとは思うよ」
そのジキルはさっきからボウマが肩に乗っかって、髪の毛をグシャグシャにして遊んでいるわけだが。失礼とかそれどころじゃないのは言わないでおこう。
……しかし、このままずっと睨めっこというのも退屈だ。強制はしたかないけども、やっぱり私の好物を目の前にしてずっと尻込みされるっていうのも、見ていてあまり良いものじゃない。
そんなに不味そうに見えるのかな……。
「ねえクライン。そのグログ、私の故郷でも良く飲んでるやつなんだけどさ」
「……ああ」
「確かに、ミネオマルタのワインと比べたらあんまり美味しくないかもしれないよ。私もつい最近ワインの飲み比べみたいなことしたからちょっとだけわかるんだけど、それってちょっと荒いというか、安っぽい味なんだよね」
水と柑橘類とクイン水を足してガッといく酒だ。
デムハムドの鉱夫が愛飲するようなものということは、まぁ要はそれ相応って意味である。
決して気高い酒じゃないし、もちろん鉄の国じゃ広く親しまれてはいるけれど、あくまで庶民の酒でしかない。
それと比べたらワインはなんかこう、崇高だ。気品があると言っても良い。モヘニアも“朝露”とか“澄んだ薄灰色”とかわけのわからない例え方をするくらいには、きっと人智を超えた何かがあるのだと思う。
「でも、私からしてみたら故郷の味だし、美味いんだ。無理して飲む必要はないけど、それだけは誤解しないでほしい」
「……」
クラインはわずかに首をこちらに向けて、水色の瞳でじっと私を見た。
そしてスーッと静かな音がしそうな動きでまたジョッキに顔を戻し……その取っ手を勢いよく掴んだ。
「勝手に勘違いして語りかけるな、君たち」
「おろ?」
クラインがジョッキを掴み……持ち上げた。猫背が真っ直ぐに伸びて、どことなく彫像が人に生まれ変わったかのような感動を覚える。
「オレは慣れない物を見て、ただ静かに観察していただけだ」
「あら、そうなのね。本当に飲むの?」
「そうだ。当然だろう。オレは自分で飲むと言った。それを違える必要性がどこにあるというのか」
なんかすごい格好良い風に言ってるけどクラインそれ酒飲むだけだろ。飲むなら飲んでくれよな。
『……お? クラインが酒か、珍しいな。それにはコビンの肉……ああ、だからナッツを持ってきたのか』
「ええ、お酒のあてには良いんじゃないかしら。私もさっき貰ったのを飲んだけど、悪くなかったわよ」
「あたしも飲んでみたいじぇ」
「こら、ボウマは駄目だぞ。こっちのブドウジュースにしておけ」
「わぁーい」
周りが再び賑やかな雰囲気に包まれる中、クラインが酒に口をつけ、少しずつ傾けてゆく。
なんとなく貴族っぽい、もったいぶった味わい方だ。
「オイオイ男なら普通一気にいくだろよぉ。グログってのはそういう酒だぜオイ」
なんか私の聞いたことがない通説を宣いながら、ナタリーは自分の分のグログを手酌で注ぎ、ゴクゴクと一気に飲み始めた。
「……」
「いやクライン、ナタリーの言うことは別にそうでもない……」
止めようとしたが間に合わなかった。
クラインは挑発に乗ってしまったのか、それともこれがグログの作法だとでも勘違いしてしまったのか。
「お、おおお……いくなぁクライン……」
ともあれ彼は、ジョッキを勢いよく傾け、喉に流し込み……。
「ふうッ……」
一息で飲みきった。
「すげーなクライン!」
見事な飲みっぷりだった。思わず私は拍手してしまったし、ナタリーもちょっと驚いた顔で覇気なくパチパチと叩いている。
さすがに一気とは皆も思わなかったのだろう。ソーニャもヒューゴも、特に私達はみんな同じような顔だった。
「……く、クライン。大丈夫か? 水いるか?」
飲む前と同じじっと動かない体勢のまま、クラインは寄り合ったテーブルの中央に空いた闇を見つめている。
ヒューゴの声にも反応していない。不気味というか、なんかもうヤバそうな沈黙なんだけど……。
「水。水。どいつもこいつも水か。そんなに水が重要か」
うわ、なんかいきなり起動した。イツェンさんのゴーレムかよ。
「ヒューゴ、水がなければ魔道士は死ぬのか。必ず負けるのか」
「え、ええっ!? なんだいいきなり……いやというかクライン、ちょっとおかしいぞ。顔色は変わってないけど……」
「おいナタリー、水属性がそんなに強いか」
「はぁ? なんだコイツ……」
当然饒舌になったクラインの問に、ナタリーは苛立たしげに空のジョッキをテーブルに叩きつけた。
「馬鹿野郎が。水属性なんかより鉄の方がつえェに決まってンだろーが! ぁあ!?」
「いえぇーッ! マジその通りですナタリーさんッ!」
いや、ナタリーもこいつはこいつでなんかおかしいな。酔ってやがる。ロビナも顔真っ赤だ。
「ちょ、ちょっとちょっと。クラインあなたね、ああもう……無理矢理でも水飲ませないと」
「水! あーまた水だ! 君たちは水でしか魔道士を評価しない! その古臭い因習に囚われた環境戦がどれだけリアルケースで役立つというのか!」
よくわかんねえこと言ってるよこいつ。よくわかんねえ……けど、面倒くさいのが始まったっていうのはわかる。
ライカンとデリヌスはナタリーとロビナの変な勢いを止めるのに尽力してるし、ボウマは倒れてるジキルの顔に何か描いている。
ひでえ状況だ。
「おいロッカ、君も水が使えない魔道士がそんなに嫌なのか」
「ええなにそれ……」
酔っぱらいに絡まれちまったよ。
ていうかアンタ、私のことそういう呼び方してたっけ。駄目だ、私も結構酔ってるかもしれない。
「あー水? 水って言われてもなぁ……私だってなんか水使えないとか理式科の導師さんに言われたし……別に使えなくても良いんじゃないの……」
「心の底からそう思うのか。君は本当に水が使えないとしても、そいつを認めるのか」
「いや認めるよ。認めるってば」
「そうか! おい、聞いていたかクリーム! 貴様の理論は破綻したぞ! 父様の言う通りだったな!」
天井に向かって叫んでるところ悪いけどここにクリームさんいねえよ。あとアンタの父さんも知らんって。
「わかったか! オレは、魔道士……」
「あ」
「……だ……」
クラインは動力を引っこ抜かれたかのように、椅子の上にストンと腰を落とし、机に突っ伏してしまった。
最初から最後まで本当にゴーレムみたいな動きをする奴だ。
「……騒々しいけど、儚いくらい短い酔い方だったわね」
「いやぁ、そうだね……水を飲ませる暇もないとは思わなかったよ……あまり面倒がなくて良いけどさ」
ヒューゴとソーニャはテーブルの上の食事をつまみながら、呆れた様子で水色の癖っ毛を眺めていた。
見回せば鉄専攻の面々は酷い絡み酒だし、ボウマも好き勝手にやっている。落ち着いている人ばかりが食器を片付けたり散らかったものを戻したりで、忙しそうに働いている。
けど、こうしてそれぞれが自由に動き回ったり勝手なことをしたりっていうのが、私としてはなんだか落ち着く雰囲気なのだ。
酒の品評を頭の中で必死に考えて紙に書き留めるのもひとつの楽しみ方だけど、まずはそれぞれが自分たちのやり方で楽しまないことには始まらないよな。
「……ねえソーニャ、ウミヘビの白身残ってるけど、食べる?」
「私はやめとく」
「そっか……」
こうして、マルタ杯最終予選の夜は酒臭い感じに締めくくられたのだった。




