針001 途切れる点線
「――それで、もしも堅い……それこそ鋼のような岩盤が一メートル近い厚みだったとして、貴女ならばそれを破壊できるのかな」
岩盤……一メートル? 鋼? なんのこっちゃ。そんな岩盤、私は見たことないけどな。
厚みだって決まってるわけじゃないし、もっと広い場合もある。何より鋼なんてそう自然にあるはずもない。
魔族由来の地層だったらそんなのもあるかもしれないけど、デムハムドじゃギガデブリは出てこないし、経験がない。
まぁ、同程度の硬い鉱床ならあり得るか。
……でもなんで、そんなことを訊ねられているのだろう?
「あーっと……?」
眼の前にいる女を見る。
歳は、いくつだろう。私より年上で二十かそこら。濃い茶髪。流季かな。……いや、まてよ。この人誰だ? どうして私は質問に……?
「うん……?」
なんだ。今何か考え事してた気がするんだけど。何に悩んでたんだっけ。いや、そもそも悩んでいたのかな。わからん。
集中の糸が唐突にぷつんと切れた気分というか、なんというか。
「言い方を変えようか。貴女のその杖、アンドルギンと、貴女がデムハムドで培ってきた採掘技術があれば、デム鉱床より硬質な地質でも作業は可能なのかな」
……ああ、そういう言い方のほうがわかりやすいな。
「難しくはないと思う、けど。実際に現場を見てみないことにはなんとも言えないかな。でも、ただ硬いだけの地質なら平気。アンドルギンさえあれば、多少の難所は乗り切れるよ」
スコップ形態なら掻き出しも楽だ。実際の所、スコップこそ鋭さを求められたりするしね。差し味の良い剣先だと、土を放るだけでも効率が目に見えて変わってくる。
もちろんアンドルギンだけでなく、場所や形によって適宜デムピックを使うことにもなるだろう。デムピックと銅ハンマーさえあれば、時間は掛かっても打ち砕けないものはない。
「そうか、なるほど……心強いな。ああそうだ。現場監督の経験は?」
「現場監督? クランブルだから当然、そういうこともするよ。切羽の進め方を決める会合も出るし、木工の男衆に伝達するのもこっちの役目だし。特別手当の分は、働けないとね」
「ほう……」
眼の前の女性は、どこか楽しそうに微笑んでいた。
……あれ? ていうかこの人誰なんだろう。
今は……外で買い出し中だ。
なのになんで、私はこの人に仕事の話を……話? あれ、なんの話をしてたんだっけ。
「おぉーい、ロッカぁー」
あ、ボウマの声だ。なんだろ。……ああ、ボウマも私と一緒に食品の買い出ししてるんだよな。
また変なゲテモノを買わなきゃ良いけど……。
ん? 目の前に女の人がいるな。
……なんだっけ。何か話してたっけ?
「すみません、ぶつかってしまって」
と思ったら、目の前の人はそう言って私に頭を下げた。
どうやら向こうか私の不注意で、軽く接触してしまったようだ。こっちもなんだかボーっとしてたみたいだし、多分……というか絶対私の落ち度だろう。
「いや、こっちこそ、ごめん。怪我は……ないですか」
「はい。特には。それでは」
良かった、細身の人だったから心配だったけど、面倒事にはならなかったようだ。
……大会、本戦前の大事な時だ。不用意なトラブルにも注意しておかないと、まずいだろう。
「ロッカぁ、今の女、スリじゃないだろにぇ」
「えっ」
ボウマがそんな物騒な事を言ったもんだから、私は慌ててポケットの中の財布を確認した。
……うん、ちゃんとある。他も……平気だ。あ、ちょっとポケットに埃溜まってら。そこらに捨てたれ。
「うん、大丈夫」
「そかそか。んじゃ、一緒に回ろうじぇ」
そう言いつつ、ボウマは当然のように私の背中にしがみついてきた。
「髪引っ張るなよー」
「うぇーい」
まぁ、人通りも多いしね。こうして一塊になって進むのも有りか。
話し相手がすぐ耳元にいてくれるのは、それはそれで声を張り上げなくて良いから、悪いことばかりでもない。
「代わりに荷物持っちゃるよー」
「その重さ、全部私にかかってくるんだけど。……っていうか何ボウマこれ、何買ってきたの。また変な干物かよ」
「すっげー安かった! 一匹まるごと十YEN!」
ボウマの振り回す袋の中には、何やらぐるぐると巻かれた大きな干物が入っているのだが……。
「……ちなみに、なんだよ、それ」
「ウミヘビ」
「……食えるの? それ。私食べたことないからわからないんだけど」
「ライカンだったらヘーキじゃね? それにあいつ、ジキルもいるじゃん。あいつの料理美味かったなー」
「あー……そういえば美味しかったな。じゃあ平気か」
食材がどんなものかは一切不明だったけど、確かにジキルの作る料理は全部美味しかった記憶がある。
特にレモンパイは良かったな。クラインが一切れくれそうだったけど、一切れ二切れでもな。欲を言えば、ホールでまるごと食べたいくらいだった。
今日もああいった料理が出るのだろうか? ……早速、腹の虫が鳴ってきたぞ。
「でもなぁ。鉄専攻の奴らなぁ。結局ナタリーとジキル以外、みんな負けちゃったからなぁ」
ああ、そうだった。鉄専攻、今日の試合結果は、なんというべきか……あまり良くなかった。
ナタリーとジキルは勝ち進んだものの、ロビナ、レドリア、そしてデリヌスまでもが敗退してしまったのだ。
五人中、一気に三人が脱落。これはちょっと、というかかなり……酒場が荒れそうな予感しかしない。
「でもまあ、相手も強かったし、しょうがないよ。ロビナの対戦相手なんて、私でも勝てるかわからないし」
「ロッカなら絶対勝てるじぇ!」
「おー、ありがとう」
私なら勝てる、か。
そう言ってもらえると、やっぱり嬉しいね。
「国に帰れん……」
「うわっ……」
旧フォーニャに踏み入ると、いつもは奥のバーカウンターにいるデリヌスが、今日は入り口際のテーブルに座っていた。
ただでさえ彫りの深い顔に、更に濃い影を滲ませて。何事か、ぶつぶつと呟きながら。
なんとなく関わっちゃいけない雰囲気をひしひしと感じたので、私は小さく“お邪魔します”とだけ言ってから、奥へと向かう。
幸い、重苦しい空気に包まれているのはごく一部だけのようで、店の中央では既に準備が進んでいるようだった。
「よう、ナタリー」
「やっと来たか。おせーよノロマ。厨房でもう色々作ってンぞ」
「うるせえ。これでも急い……ではねーや。もうちょっと早く済ませれば良かったなぁ」
「カシューナッツは?」
「今日は屋台出てなかったよ」
「クソ」
ナタリーはいつものテーブル席で酒盛りを始めていた。
食料調達の早さに文句をつけるわりに、こいつ自身は特に料理を手伝ったりはしないようだ。良いご身分である。
「お、ロッカも来たか。今ライカンさんとヒューゴがキッチン使ってるから、食材持ってってやれよ」
「ほい」
デリヌスのかわりにバーカウンターに立つのは、どこか上機嫌そうに見えるジキルだった。
何をやっているのかと思えば、何やら水魔術で氷を作り、色々冷やしているらしい。
火照った体に冷たい飲み物。ありがたい限りだ。こういう時、氷系の魔術が使える人がうらやましい。
……いや、風魔術でも涼は取れるか。鉄魔術でもひんやりしてるし、できなくはなさそうだな。
私の岩魔術は……やめておこう。これ以上考えても暑くなりそうだ。
『おうロッカ、先に始めさせてもらっているぞ』
厨房ではライカンとヒューゴが何やらスープのようなものを作っている最中だった。
始めさせてもらってるというのは、あまりこういう時に使う言葉じゃない気もするんだけど、まぁいいや。それだけ料理自体を楽しみにしてるということなのだろう。
「なーなーライカン、今日のメシなにー? それなにー?」
『これは野菜のスープだ』
「うげー」
『おかわりしていいぞ』
「うげぁー」
どうやら野菜で出汁を取るタイプのスープのようだ。
具材は根菜が多い。芋もたくさん。でも不思議と良い香りはする……けど、少しでいいから肉も欲しかったな。
「もっと芋は小さく切れ。それでは火が通っても大きすぎる」
『ふむ、そうだったな』
どうやらクラインが調理を監督しているようだった。
しかしこの店には指図するだけで手を動かさない奴が多いな。
「クライン、あんたも自分でやりなよ」
「オレだってやっている。あまり作法として好きな作り方ではないがね」
そういう彼の仕事は、お茶作りであった。沸かしたお湯で大量のお茶を作り置きしている最中らしい。
香りからしてハーブティーだ。……ここのメンツでそんなにそのお茶飲むかな。まぁいいけどさ。
「おーいロッカ、そっちの買ってきたもの見せてくれよ」
「うん。ヒューゴは何……ええ、サラダ? 野菜ばっかじゃん……クラインコースかよ……はい、これ」
「おいウィルコークス君、クラインコースとはなんだ」
私は買ってきた大きな袋をヒューゴに手渡した。
彼は重量にちょっとよろめいたが、どうにか持ちこたえて中身を調理台の上に並べてゆく。
「ふんふん、色々あるね。これなら満足いくものが……うん? ロッカ、この干物は一体なんだい? 大蛇? いや、ウナギ……?」
「ウミヘビだって」
「ええ……」
ものすごい苦い顔された。でも私も似たような心境だ。もちろん買ってきたのはボウマだぞ。ちょっと面白そうとは思ったけど。
「おーいライカン、これどうする? ウミヘビの干物らしいんだけど……」
『は、ウミヘビ? 食えるのか? 食ったことないからわからんなぁ……ふむ、見た目はウナギのようだが、はて。海鮮には弱いからな。どう食ったものか……クライン、調理法知らないか?』
「オレが動物類の調理法など知っているはずがないだろう」
『沿岸出身なのに知らんのか』
「家族は皆ほとんど食わん。特産品もな」
どうやらキッチンにいるメンバーもお手上げらしい。どうするんだよボウマ。あれ? ボウマいねえ。
「おーいボウマ?」
どこにいるんだと思って店の中を見てみると、端っこの方でロビナと一緒に藁人形に向かって槍の練習をしているようだった。
“違う、こうしてこう!”とか言われながらも、小さい体をいっぱいに使って、わりと真面目にこなしている様子だ。
……まぁ、あれはあれで良いのかな。放っておくか。人と仲良くしているところを邪魔するもんでもない。
「あの、ロッカさん」
「お、レドリア。手伝うよ」
「ありがとうございます」
キッチンに戻ろうかというところで、サラダボウルを両手に持ったレドリアと鉢合わせた。
そのうちの一つを持って、一緒にテーブルに配って回る。
「ウィルコークスさんは、料理はできるのでしょうか」
「私? まぁ少しは。ジキルほど美味しいのはできないよ。自分で食べる用の、スタミナがつくものばっかりだね」
その方が父さんの好みだったし、私自身も肉料理とか、簡単に作れるものの方が舌に合った。
盛り付けるよりも挟んだり一緒に炒めたり焼いたりが楽だし、せっかちには丁度いいのだ。
「……でしたら、あの。何かお酒に合う肉料理など、作っていただけない?」
「酒に合う肉料理? おお、もちろん。私も好きだし……けどなんでまた?」
レドリアはどこか隠し立てでもしているかのような様子で、ちらりと入り口際にいるデリヌスの姿を盗み見た。
「……随分と、落ち込んでいる方もいますから。元気づけるためにも。お願いできる?」
ああ、なるほど。そういうことなら。
「そういうことね、任せといて」
レドリアとデリヌス。二人は確か、付き合っているんだっけ。
前に酒屋で会った時は“内緒にしてくれ”みたいなことを言われたし、他の鉄専攻の人たちには内緒なんだろう。
……肉料理か。要はあのいかにも男らしいって感じのデリヌスに合うような、そんな肉々しい料理を作ってほしいということか。お安い御用だ。
「ありがとう、ロッカさん。貴女、怖そうな顔に似合わず良い人なのね」
「オイ、腕相撲するのか? いいぜ、やろうか」
「あ、ちょっ、あっヅぁ!?」
一勝したので、ひとまず良しとしておこう。
「肉料理を作るよ」
私はコビンの四角鹿の背肉を鉄板に並べてそう宣言したのだが、男連中は蒸したんだか焼いたんだかしたウミヘビを相手に格闘している最中だった。
「へえ、ロッカが厨房に立つのって、なんだか意外だわ」
隣にはソーニャもいる。が、彼女はスープをよそったり料理を運んだりをするので、調理には参加しないそうだ。既に厨房もいっぱいだしね。
「ソーニャも後で食べる?」
「少な目でいただこうかしら。楽しみにしてるわね」
「おー」
そう言って、ソーニャは配膳しに行ってしまった。
……私としては、これから作る私の肉料理を食べてお腹を満たした方が良いと思うんだけどな。なにせ……。
「なんだろうこれ……生臭……え、これ食べられるのか……?」
『とても食欲をそそる香りとは言い難いな……』
「さっさと捨てろ。食わないオレの食欲まで落ちる」
隣で作られているものが、並々ならぬ難敵のようだしな。
ウミヘビはかなりの曲者のようで、こっちにまで届いてくる海の臭い部分だけを集めてきたような香りからも、その厄介さは十二分に伝わってくる。それでもまだ調理を諦めない辺り、ヒューゴもライカンも研究熱心というか、物好きというか。
「こっちはこっちでやっていくか」
まぁ、私はできる事にだけ集中した方が良いタイプの人間なので、気にせず肉と向き合っていこうと思う。
とはいえ適当に切ったり調味料で揉んだりするだけなので、これといった特別な調理などは必要ない。
いつも通りの、普段食べているような私好みの料理にすればいいだけだ。難しく考えるまでもないだろう。
「うっわ、なんだこれ! 内臓!? いや違うか、なんだ……? 見た目はウナギでしかないのに……」
『どうするヒューゴ……もう少し臭みを取り続けてみるか……?』
「うん、それしかないと思うけど……なんだろうな。僕も自信が無くなってきたよ」
……近くの調理台では何やら不穏な会話が繰り広げられてるんだけど、本当に大丈夫なのか?
腹壊したりしないだろうな。いやでも元が十YENだって話だからな……何が入ってるのかわかったもんじゃないし……。
「ウィルコークス君、それはなんだ」
私が向こうのウミヘビ料理にやきもきしていると、それに全く興味を惹かれなかったらしい暇そうなクラインがやってきた。
「カルンガのソテーだよ。レモンと油で……」
「そうか」
行っちまった。肉料理っていうだけでこれか。猫みたいな奴だな……。
『うおっ!? 水の色が!?』
「げー、なんだこれ。鍋の色おかしくなってないか!」
……アンタら、本当に料理得意なんだよな?
信じてはいるけど、死人は出してくれるなよ?




