鑿003 手を結ぶ刺突者
「ナタリー、鉄魔術教えて」
「死ね」
鉄専攻の連中がたむろしているデリヌスのバーを訪れてから十秒。
ナタリーから最初に来た返事は、“帰れ”ですらなかった。
「ろ、ロッカ=ウィルコークスじゃないか。何しに来たんだよ……」
「ここは私達の溜まり場だぞ! 勝手に入ってくんなドラゴンキラー!」
ジキルはこっち見るなり怯え始めるし。
ロビナはなんか私に不名誉な二つ名を付け加えてくるし。誰がドラゴンキラーだ。確かに殺したけどさ。
「ロッカ=ウィルコークス。ここに来るなとは言わんが、その時は事前に俺達に伝えてもらえると助かる」
「はぁ!? デリヌスさん本気っすか!? こいつは特異科の……!」
「あら、別に良いんじゃないかしらロビナ。特異科生とはいえ同郷だし、一緒に飲んだ仲じゃない」
「……レドリア、なんか甘くない?」
「そう? 普通よ?」
時刻は夜。夕食も食い終え、そろそろ酒盛りでも始めようかというくらいの時間帯だ。
この地下酒場は、デリヌスが以前の持ち主からまるごと譲り受けたという、いわゆる彼らの秘密基地である。
今こうして見回しているだけでも、ナタリーとロビナとレドリアはテーブル席で酒を飲んでいるし、ジキルはカウンターで本を読んでいる。カウンターの向こうでは、デリヌスが刃物を研いでいるようだった。
それぞれが思い思いの過ごし方をしている姿は、なんだかちょっとうらやましい。
それに混ざりたくないといえば嘘になるんだけど、私が今日ここへやってきた理由はそれだけじゃない。
私は今よりも強く……というか、まともに闘えるようになるために、彼らに魔術を教わりにやってきたのだ。
「ナタリー、これあげる。未開封のグログ」
「……」
私が鞄から瓶を取り出すと、ナタリーはどこか疑わしい眼差しを向けてきた。
が、それでも無言でグログを受け取る辺り、嫌いではないのだろう。酒の味覚は同じだろうから、気持ちは良くわかる。
「あのなぁロッカちゃん? アタシは確かに酒も好きだけどねぇ……」
「あ、ナッツも買ってきた。ほら、好きだろこれ。カシューナッツ。はい」
「……おい」
前にナタリーがおすすめだとか零していた屋台のカシューナッツだ。
買ったばかりなので紙袋はまだ暖かいし、少しでも口を開ければ香ばしい香りが漂ってくることだろう。
「あとこれ。コビンのもも肉の串焼きもあるよ。あ、でもごめん、四本あるけど一本私のね」
「……お前、アタシが酒と食い物に釣られるような人間だと思ってんな? そうなんだな?」
ナタリーはギラついた笑顔で椅子から立ち上がり、紙袋のナッツをつまんでバリバリと咀嚼し始めた。
言った途端に食い物に手を付けてるって、どうなんだろう。一応喜んでもらえてるのだろうか。
「いや……だって、教えてもらおうってのに、手ぶらで来るのはさすがに悪いじゃん」
ナタリーは鉄魔術にかけては、私の知る限りは多分一番上手な魔道士だ。
以前に一つだけ魔術を教わったこともあるし、彼女の教える上手さについても知っている。
だから今回の悩みも、どうにかナタリーに解決してもらおうと思ったのだが……。
「……よこせよ」
望み薄だろうか、と私が諦めかけていると、ナタリーはコビンの串焼きに手を伸ばし、むしゃむしゃと我が物顔で食べ始めた。
どうやら、このチョイスはそれほど間違ってはいなかったようである。少しだけ安心した。
「で? 具体的に鉄魔術の何を教えりゃいいんだよ。言っとくけどアタシは忙しいし、覚えの悪い奴に構うほど暇じゃねぇからな」
右手にナッツ、左手に串焼き、そして正面にグログのロンググラスを構えたナタリーが威圧するようにそう切り出した。
私はナタリーの向かい側の席に座り、ちびちびと同じ酒を飲んでいる。
「つーかよぉ、前に教えた“スティ・レット”はどうなったんだよ」
「一応できるようになったけど……」
「けど、なんだよ。つうかできんのかよ」
「てめーナタリーさんがせっかく教えてやった魔術を差し置いて、面倒だからやっぱ別のにしようとか考えてんじゃねーだろうなっ」
隣のロビナがキーキーうるさいが、こいつに反応してると話が全く進まなそうなので、努めて無視することにしよう。
「……理式科の導師さんに見てもらったんだけどさ。私、魔術投擲ができないみたいなんだよね」
「……魔術投擲ができない?」
ナタリーが険しい顔で聞き返してくる。
隣の女二人も首を傾げたり難しい顔を作ったりと、どこか反応が硬かった。
「うん。特異理質の影響で、投擲は無理なんだって。だから、ごめん。“スティ・レット”はちょっと、私には合わないみたいだった」
私は浅く頭を下げ、ナタリーに謝った。
そう。私の特異理質は、ただ鉄魔術が岩になるだけでは終わらなかったのである。
鉄属性の魔術投擲ができないという、鉄魔術使いにとってはかなり致命的な欠陥を抱えていたのだ。
そりゃあ何度も何度も投擲が失敗するわけである。成功しないのも納得だ。
苦労したのは主に私である。しかしナタリーにも魔術の勉強を手伝ってもらったことがある。
本当は“スティ・レット”を投擲して、ナタリーのような遠距離でも強い魔道士を目指してみたかったんだけど……それは叶わぬものとなってしまった。
ナタリーの教えを故意ではないとはいえ無駄にしてしまったのは、正直ちょっと申し訳ないと思っている。
「だから、今度は強そうな防御魔術を教えて欲しくてさ。それなら投げなくてもいいし、遠くからの攻撃に耐えられるでしょ?」
「……」
「聞いてる? 頼むよ、ナタリー」
「……ああ、聞いてるよ。うっせぇな」
ナタリーは不機嫌そうな表情でナッツを齧り、皿の上を睨みつけている。
「ナタリーさん。ここは……」
「レドリア、お前は黙ってろ」
「……はい」
しばらく険しい顔で考え事をした後、ナタリーはロンググラスのグログを一気に半分近くまで煽った。
私も晩飯を食べてなかったので、さっき買ってきた串焼きを温かいうちに一気に頬張る。
口の中で肉汁が溢れ出しそうになって、超美味い。
学園でもすごく高い串焼きのセットがあったけど、この屋台の串を沢山買った方が安く済むし、味だって文句はない。……今度から学園の串はやめておこう。
「……わかった。ロッカ、教えてやるよ。鉄魔術」
「まひへ? あひはほうははひぃ!」
「テメーおちょくってんのか? あ?」
「ほ?」
「ちょ、ちょっとナタリーさん。ロッカさんも、食べてからで良いので……」
とりあえず、なんとかナタリーから教えてもらえることになった。酒とかつまみとかを色々買っておいて正解だったかもしれない。
クラインから教わったのではまた弱点を突かれて瞬殺されてしまうだろうし、何より負けた手前、その相手からすぐに特訓を受けるというのもちょっと恥ずかしい。
となると他に鉄魔術に詳しそうな人は、私の知る限りではナタリーしかいない。
断られるんじゃないかという不安は正直ものすごく大きかったけれど、彼女が首を縦に振ってくれたのは幸運だ。
「言っとくけどねェ……前の魔術の教えが無駄になったんだ、今度は中途半端には終わらせねえからな? 覚悟しとけよ、ロッカちゃん」
「おう」
こうして私は、ナタリーから魔術を教えてもらうことになった。
あと、事前に声をかければいつでもここに来て良いことになった。
やったね。
デリヌスのバーに彼ら鉄国出身の仲良しメンバーが集まっているのは、ただ仲が良くて酒盛りをしたいがため……というだけではない。
彼らは特異科生とは違い、そこそこの学費を払って学園に通っている。
優秀な学徒ならば中には一部免除されている者もいるかもしれないが、基本的には高い学費を払って通うものだ。
逆に私のように、お金を貰った上で寮まで提供されるような立場は、まさしく特異中の特異なのである。
それ故に、普通の学徒の中には手持ちのお金が少ないがために、ミネオマルタでの生活に苦労する者もいる。住み込みで働きながら学園に通う学徒だって珍しくはない。
だからナタリー達もこうして一つの場所に集まり、定期的に食事を共にすることで食費を浮かせているのだとか。
なるほど確かにそれならば、酒場で飲んだ食ったするよりも安く済むだろう。
私から聞いたわけではないが、酒を飲んで酔っ払ったロビナが自らの境遇を零していた。
なんでも、自分の家はそんなに裕福ではないので、ここに来るのは大変だったんだと。けれど皆が支えてくれて優しかったからどうにかやっていけてるんだと。
グラス片手に真っ赤な顔で管を巻くその言い方は、やはり酒飲み特有の大げさなところもあるのだろうが、嘘ではないのだろうと私は思った。
「うわぁああナタリーさぁん! いつもありがとぉございまぁあああぁああ」
「うっせ」
「おぼォ」
そしてロビナはナタリーの腰の入ったブローで沈み、うつ伏せの状態で沈黙した。
息してるのかどうかもわからないそれを、ジキルがそそくさと店の奥へ担いでゆく。まるでゴミ処理のような淡々とした光景であった。
「悪いな、ウィルコークス。あいつはどうも酒癖が悪くてな。調子に乗るとすぐにあれだ」
デリヌスはロビナが飲んでいたグラスを片付けながら、私に苦笑いを向ける。
確かにロビナの酒癖は悪かったけど、それにしたってナタリーの一撃はちょっと重かったんじゃないだろうか。
「皆で飲んでる時ならいざしらず、食後の一杯だけで毎度あそこまでガーガー言われたらめんどいッつうの。ったくよぉ」
「え、あれ一杯で?」
「あいつ昔から弱ぇんだよ……って、ロビナのことはどうでもいいんだ。さっさと魔術の話に入るぞ」
「あ、うん」
ロビナがいなくなってから店内は静かになり、勉強の準備が整った。
これから私はナタリーから魔術を教わるのだ。こいつのことはそんなに好きじゃないけど、頭を下げることに関してはなんとなくクラインよりも癪に障らないので、いつも講義を受けるように真剣に取り組もうと思う。
「ふーん……あの“名誉司書クライン”が厳選した指導書か……」
「うん。その三冊なんだけど……どんな魔術を覚えたらいいのか、数が多すぎてよくわからなくて」
「確かにな。なんだこの分厚さ。骨董品みてーだな……」
適当に分厚い本をバラバラとめくり、ナタリーが苦笑する。
私にとっては魔導書とか指導書というのはこんなのばっかりだったので、大抵はこのくらいの分厚さだと思ってたんだけど……そうでもないのだろうか。
私が机に出した本に興味を惹かれたのか、一歩距離を開けてではあるが、レドリアやデリヌスも近づいてきた。
ジキルはロビナの運搬を終え、やれやれと一息ついている。
「“防衛魔術”、著者クラームト……あら? ナタリーさん、クラームトといえば」
「大昔の貴族だな。この本はアタシも知ってんぜ」
「そうでしたか……私の不勉強でした」
内容がわかっているからか、ナタリーはその“防衛魔術”には手を触れず、別の書物をパラパラと捲る。
「こっちは……“魔道士の接近戦指南書”? 名誉騎士ゴディエ……ちょっとわかんねーな」
「ゴディエといえば、レコルヘイム戦役の英雄の一人だな。名鑑で見たことがあるぞ」
横から口を挟んだのはデリヌスだ。
ついでにナタリーと私の前に、ブドウ水らしきグラスが配られる。私は恐縮して小さく頭を下げた。
「レコルヘイム戦役なんて英雄多すぎてわかんねぇ……この手のはよく知ってんなぁ、デリヌスさん」
「ふっ、まぁな」
レコルヘイム戦役といえば、鉄国における大昔の闘いだ。
海を超えてやってくる魔族の大軍勢に対し、鉄国の各地から数多くの騎士や勇者が立ち上がり、闘った。
デムハムドでもその手の英雄譚が好きな男は多かったけど、私はそこまで興味がなかった。この鉄専攻の彼らの前では間違っても言えないことであるが、剣に対する憧れというのは本当によくわからない。
「んー、しかしこっちは魔術の指南というよりは闘い方に近ぇな。個人的に本の内容に興味はあるが……で、最後の一冊は……シコーズ著。誰だコイツ……デリヌスさん、レドリア、知ってるか?」
「ふむ……いや、俺も聞いたことがないな」
「私もですね」
二人も思い当たる著者ではなかったのか、すぐに首を振った。
かくいう私も聞いたことはない。有名人でも絶対に知らないけど。
「そうか。無名の魔術師かね。それにしちゃあ分厚いが……」
ナタリーは興味なさげに最後の本をぱらぱらとめくり、片手間に水を飲む。
態度はぶっきらぼうだが、それでも著者はそこそこ知られている人が多いようだし、ナタリーの評価も悪くはない。
クラインがおすすめしてくれた本が悪く言われなくて、なんとなく安心した。
「……なんだこら。おいおい……」
そう思っていたところで、急にナタリーが口の端からポロリとナッツを落とす。
赤い目は鋭く細められ、広げた本を強く睨み始めている。
「ナタリーさん、いかがされました」
「……いや。すげぇ本だなと思ったんだ」
「え、それがですか?」
素直に本を賞賛するナタリーに、傍の二人ばかりでなく私も驚いた。
本自体が実は凄かったというよりも、むしろナタリーが素直にほめた事に対してではあるが。
「式も、構築も、まぁ相当古臭いんだが……どれも部分的にかなり洗練されている。こっちなんかは当時の“ステイ・バーマル”にしちゃー、第三の所は現代の形に近い」
「え……あら、本当ですね。今のにそっくり」
「そんなにすごいの? それ」
「地味だけどすげェな。本の書き方にセンスはねーけど、術と式への理解はかなり深そうだ……」
どうせ私は見てもわからないので、本を覗き込むことなくただ静かにブドウ水を飲むことにした。
「……よし。なるほどわかった」
しばらく三人は本を眺めていたが、ナタリーは満足したのか、分厚い本を勢い良く閉じた。
「ぇほっ」
本にはまだ埃がついていたのだろう。
その際に僅かに舞った埃で、ナタリーは大きく咳をした。正面から一部始終を見ると、結構間抜けな姿である。
「おいっ」
「ご、ごめんごめん」
ちょっとにやけていたのがバレたか、コツコツと軽くすねを蹴られた。
私のせいじゃないのに、なんか理不尽だ。
「……本は参考になった。あの眼鏡野郎がテメェに教えたいことも、なんとなく想像できた」
「私は何をしたらいいの?」
「防御系の術を覚えろ。ただし、“スティ・バーマル”みてえな中途半端な防御魔術じゃねえ」
ナタリーは分厚い本を縦に置き、ニヤリと不敵に微笑んだ。
「ロッカちゃん。ちーとばかしレベルの高い術にはなるけど……まず手始めに“スティ・ドット”を覚えてもらうわよん」
“スティ・ドット”。
それは私が愛用する“スティ・ラギロ・アブローム”などと同じ、床設置系の魔術である。
私はアブロームの他にもラギロールも覚えたが、スティ・ドットはこの二つよりも難しいのだという。
二つの魔術はそこそこ楽に使えるようになったが、果たして……。
「あーっと、んー……これだ。おお、これこれ。こいつだ」
幸い、その魔術は有名なものらしく、私が持ち込んだ三冊の指導書の全てに載っていた。
この魔術自体は闘技演習で見たことがあるし、最近この本でも少しは目を通していたものだったので、まるっきり知らないものというわけでもない。
が、見聞きしているだけで使えるようになるほど魔術は甘いものではない。
これから始まる暗記のことを考えると、私はもう既に頭が痛くなる思いだった。
「魔術で頑丈なドットを作り、身を守る。それがこの魔術の役割だ。ロッカちゃんの扱ってるアブロームよりも数倍は式が複雑よん?」
ナタリーがニタニタと笑いながら指差すページは、なるほど。確かに私が覚える中でもかなり複雑な理学式が描かれている。
それと同時に、以前このページを読んでいた時に“あ、面倒くさそう”なんて思って読み飛ばしたことを思い出した。
「……壁を出すなら、アブロームもあるけど」
「バカか」
罵倒と共に頭を引っ叩かれた。
いてえ。しかもムカつく。けどクラインから貶されるよりはそんなに苛立たない。不思議。
「柱を出すのと壁を出すのとじゃ全く違ェんだよアホンダラ。防御特化魔術舐めんなカス」
「ええ……いや、まぁこれ使うとでかい壁が出てくるのはわかるけど……」
「一発でへし折れる柱と一緒にすんじゃねーよド素人。この魔術の重要な所は炎や風や水でさえも防げるって所にあンだから……ちょっと見てろ」
ナタリーが席を立ち、薄暗い店内の奥へと歩いて行く。
テーブルも椅子もないそこには、壁にいくつかの杖や武具が立てかけており、ナタリーはその中のメイスを手に取ると、何度か華麗に振り回して構えた。
ちょっと遠くからロビナの“さすがナタリーさんかっけー!”とかいう声援が聞こえてくるが、なんか邪魔臭い。
「スティ・ドットはただ壁を出すだけじゃねぇ。それはそれでまた別の魔術があるしな」
「そうなんだ」
「わりと基礎にな。マジで素人だなお前……」
「ごめん」
「はー……」
私のことを白い目で見ながらも、ナタリーは説明を続けてくれる。
「……まぁ、理屈捏ねるよりは見た方が早いだろ。……“スティ・ドット”!」
メイスを手元で半回転させた後、床を先石で小突いて魔術が発動。
流れるようなその動きの最後に、ナタリーの前方を大きな鉄の壁が覆い隠した。
厚さは十センチ。高さは店内の天井ギリギリまで。
頑丈かつ面積の広い、頼もしい鉄壁がそこに聳えていた。
確かにこれは、城塞と呼ぶに相応しい威容を誇っている。
私の生み出すアブロームのように、蹴って倒すなんてことは不可能だろう。
「こっち見ろ、こっち」
「え……あ、それって、前からの衝撃を抑えるための?」
「そゆこと」
よく見れば、スティ・ドットは斜めに聳えていた。
両端にはその傾きを支えるようにしてつっかえ棒のような頑強な足が伸びており、しっかりと壁全体を支えている。
この足があれば、正面からの攻撃を受けてもそう簡単に倒れることはないだろう。
また壁全体がわずかに傾いているので、壁に身を密着させれば真上からの攻撃も防げるかもしれない。
「この魔術は発動時の式構築次第で、幅や高さ、角度から厚みまで自在に変えることができる。便利だろ?」
「おー! じゃあ、状況によって……」
「そ。使い分けができるってこった。“スティ・ドット”!」
再び魔術を発動させると、今度は小さな壁が出現した。
が、その角度は先程の壁よりも随分と急で、四十五度はありそうなもの。壁の高さ自体はそれなりにあったが、角度のせいでかなり小さく見えてしまう。
しかし、今ナタリーはその壁の中にすっぽりと覆われている。
「こうやって大げさな角度をつけてやりゃあ、相手の風や水は完璧に近い状態でやり過ごせる」
「おおー……!」
水と風を防げる。風の方は闘ったことがないからいまいちわからなかったが、水魔術を防げるというのはかなり心強い。
ルウナが使っていた“キュールズ・ミドヘテル・ディアモット”でさえも、この壁魔術なら防げてしまうんじゃないだろうか。
いや、それだけじゃない。この壁があればこっち側の地面を守ることができるし、床の環境を守ることだって……。
「けど、ロッカちゃんの場合はちょっと問題がある」
「何……あ」
自分でも頑強な鉄壁を生み出せるようになると妄想していたが、それは叶わぬ夢だ。
私の鉄魔術は全て岩になってしまう。鉄壁ならぬ岩壁だ。
「そう、特異性。……てか、アタシまだロッカの特異理質未だによくわかってねーんだけど? ちょっと軽く岩出して見してくんない?」
「え、私の岩? 別にいいけど、そんなの見て何かわかるの?」
「見ないよりはマシだろ。場合によっちゃ別の魔術にしてもらうかもしんねえし」
ナタリーがメイスで壁の一箇所を殴りつけると、それだけで頑丈そうな鉄壁は消滅した。
何気ない光景に一瞬驚いたが、おそらく彼女はバトルメイスを強化していたのだろう。強化された鋭利な部分で鉄壁の中にある芯を壊したから、一撃で魔術が消滅したのだ。
「あら、特異魔術だったら是非私も。興味があります」
「おおっ、私も見たい!」
「ふむ。特異魔術を落ち着いた場所で見るのは初めてだな」
私が魔術を披露するとあって、周りに皆が集まり始めた。遠くからはジキルもチラチラとこっちを伺っている。
以前は“スティ・レット”の練習でもちょっとは横目に見たはずなのに、まだ新鮮な興味を保ってくれているらしい。
特異科ではみんな変わった魔術を扱うので麻痺しがちだが、特異魔術はやはり、珍しいものなのだろう。
「えーっと、じゃあ……適当に初期魔術でいいか」
「おう、さっさと出せ」
私は胸の内ポケットから鑽鏨のタクトを取り出し、先石を左手に向けた。
「“ステイ”……うおっと」
発動と同時に、私の左手の上に大きな丸い岩が乗った。
強化をしていなかった私の身体は、突然手のひらを襲った重量に少しだけもたつく。
「おー、何度も見ちゃいるが……マジで岩だなこいつは」
「ふうん……これが……」
「鉄の面影ねえなぁ」
「ほう。表面はかなり凹凸があるのだな」
四人ともそれぞれ別の感想をこぼしながら、私が生み出した岩を眺めている。
その光景はなんとなく気恥ずかしい。
ナタリーはメイスで岩を砕いてみたり、ロビナがその破片を拾って“まだ消えてねーすげー”とか変にはしゃいでたり、随分と楽しそうである。
「んー……」
限界まで小さくなった私の岩の砂を手の上で弄びながら、ナタリーは真剣そうな顔で唸る。
「……普通の鉄魔術よりも頑丈さじゃあ比べようもねえけど、芯の全く無いこいつだったら、ひょっとすると普通の“スティ・ドット”よりも便利かもしれねぇなァ」
「え、ほんと?」
私の言葉に、ナタリーは無言で頷く。
「ん。特に問題にはなんねえだろ。ロッカちゃん、ちょっくらこの魔術覚えてみろ」
「おお! わかった!」
「二日でな」
「え?」




