灰005 開坑する明朝
宴会が終わり、次の日の朝。
随分と飲んだくれた覚えがあるものの、寝起きはわりと快適だった。
久々の実家での目覚め。安心感はあるけど、なんだか不思議な気分。
「……」
古びた時計に目をやれば、およそ五時。
多分、まだジバハグリを告げる汽笛は鳴っていない。開坑前の時間帯だ。
「うっし」
私はベッドから飛び起きて、素早く着替えにかかった。
「おはよう、父さん」
「おうロッカ、おは……」
私が階下に降りて挨拶すると、水を飲んでいたらしい父さんがこっちを見て固まった。
「おめぇ、なんだその格好……」
「ヤマにいく」
腰回りに工具と金属ホルダーをこれでもかと備え付けた、重々しいカーゴパンツ。
肌の保護よりも、暑さを和らげるためだけに着ているタンクトップ。
そしていつもお世話になっている、父さんから譲ってもらった大きめのオイルジャケット。
肩にツルハシを担いでやれば、立派な女鉱夫の姿の完成である。
「じゃ、行ってくるね」
「おい待てや」
「ごふっ」
私は爽やかに外へ出ようとしたのだが、通り過ぎる間際に襟を掴まれてしまった。
「昨日の今日に帰ってきたばっかのくせにいきなりヤマ仕事に入ってんじゃねえよ。何のための帰郷だと思ってやがる」
「別に私が休もうが働こうが勝手じゃん。久々に来たからやりたいんだって」
「馬鹿野郎、おめえはもう理学学校の学徒だろうが」
「だから、鉱夫を辞めたつもりはないって言ってるでしょ」
父さんの睨みと私の睨みが交錯する。
この押し問答は、昨日の宴会でも何度か行われたものだ。
父さんはどうやら、私にヤマ仕事に戻ってほしくないらしい。決して短くない帰郷中は、なるべく勉強とか読書のために時間を使えと言ってきたのである。
けど、そんなのおかしい。
確かに私はミネオマルタの学園に言って沢山勉強したし、いくつも魔法を覚えはしたけれど、鉱夫をすっぱりと辞めたつもりなど毛頭無いのだ。
そもそも留学することになった事の経緯も、ほとんど父さんの強制的な勧めによる押し付けが始まりだった。
留学は、まあ良いだろう。向こうに行って良かったと私は思っている。
しかし、こうして一時的にでもデムハムドに戻ってきたのだ。その間はどうしようと私の勝手だろう。
「行くったら行く!」
「おいこら!」
私は父さんの制止も待たずに家を飛び出していった。
ふん、昨日私が突き返そうとした四倍返しの仕送りを頑なに拒んだ仕返しだ。
私がデムハムドにいる間は、私の好きに仕事をさせてもらう。
后山もやってやんねえ。スラも同じの使ってやんねえからな。へっ、ざまあみろ。
「おおロッカ、入るのか?」
「うん。久々に鈍った身体を動かしたいからさ」
「ははは、久々なんだから無茶はすんなよ」
「当然、わかってるって」
懐かしい鉱夫仲間の面々と共に、現在掘削中の坑道前へと歩いてゆく。
朝の開坑前の時間なだけあって、既にちらほらと鉱夫の姿が確認できた。
もうここを離れてから数ヶ月も経っているので、内部の様子もかなり変わっているに違いない。入ってすぐの計画地図を確認して、クランブル専用の切羽がどこにあるかを見ておかなければならないだろう。
「お? なんだロッカじゃねえか。昨日来たばっかだってのに、良いのかこんなところで」
「私は大丈夫。ただ、父さんがうるさくて」
「ははっ、まあ、あまり心配かけてやるな。ヘイブルも、あいつなりに心配してるんだから」
「そうかなぁ」
「そういうもんだよ」
釈然としないながらも、入坑前に最後の装備確認を行うことにした。
作業着、よし。ランプ、よし。エポーレットランプ、よし。工具、よし。各種ピック類、良し……。
「……良し」
最後に右手に収められているデムピックの尻を確認して、私は掌部分の金属蓋をパチンと閉じた。
準備は完了。これでいつでも入っていけるだろう。
「おーい、ロッカー」
「……ん? って、おいおい」
肩に提げたツルハシの突端を確認していると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
幼く、走りながら息の上がった声。こんな風に私の名を呼ぶのは、このデムハムドでは一人しかいない。
「タタミ、どうしたの」
「はあ、はあ……いや、もしかしたらロッカが、今日入坑するんじゃないかと思って、それで……はあ……」
やってきたのは、タタミだった。
ちみっこい背丈。ボサボサの長い黒髪。茶色の瞳。
私の周りをうろちょろと走り回って少々煩わしいところもあるが、彼女はこのデムハムドを管理するクロエ家の一人娘だ。
「だからってお前なぁ……勝手に屋敷を抜け出したらクロエさん達が心配するだろ?」
「いい。じいやが腰痛めてたから簡単だった」
「……大変だな、あの人も」
きっと抜け出す時にも、色々と奮闘劇があったのだろう。世話係も鉱夫並みに大変そうだ。
しかし、こうしてタタミは抜け出したつもりではいるものの、きっとどこか遠くでは、しっかり誰かが彼女を見守っているのだろう。
莫大な地下資源を管理するクロエが、その点で手を抜くことはあり得ない。
「……で、タタミは何しに来たんだ? 悪いけど、私は今日切羽に出るから、ボタ石集めは……」
「私も切羽について行く!」
「……は?」
切羽とは、坑道の最深部のことだ。
実際に穴を掘り、掘削し石を集めてゆく、空洞の最奥部である。
当然ながら未開拓地なので、そこの作業における危険度は非常に高い。
落盤、バンガヤリ、ガスケ、鉄砲水。常に危険と隣合わせの場所である。
「お前、あんまりヤマ舐めてるとな……」
「許可はもらってる」
「……クランブル専用切羽入坑許可証……おいおい」
断ろうとした私に対し、タタミが得意気に突き出したのは、クロエ専用の自由入坑許可証。これをみせれば坑道内のあらゆる場所を移動できるという、経営者ならではの最高権力だ。
「これ……いや、だからってなぁ……」
「ふふん。ロッカ、私の入坑は鉄国の王家ロッドヘイムにより認められている。大人しくつれてけ」
「……」
ちょっと見ない間に、また一段と生意気になってきたな、タタミめ。
「……じゃあ、行くけどな。絶対に危ない作業はさせないし、一人では出歩かせないからな」
「うん。誰か一人以上付き添いでって書いてあるもん。ついてく」
「全く……ヘルメットはちゃんと被ってから入るんだぞ」
少々邪魔臭い荷物を抱えることにはなってしまったが、久々のヤマ仕事である。
私は安全面に最大限配慮することを改めて心に刻み、坑道へと入っていった。




