灰004 盛り上がる宴
久々に再会したデムハムドの鉱夫達は、私の帰りを暖かく迎えてくれた。
完全に冗談めかした“竜砕き”とかいうふざけた二つ名を添えて。
当然、そうして囃し立てた阿呆面の男共は、私の右手で引っ叩いてやった。
ここぞとばかりに人のこと馬鹿にしやがって。私だって竜となんか戦いたくなかったってえの。
「というか、まだ昼じゃん。皆仕事はどうしたんだよ」
私は引っ叩いたおかげで多少は静かになった男連中に訊いた。
今はまだ日も高く、真っ昼間だ。鉱山での仕事に休日はあってないようなもの。働かなければ金は増えない。本来であれば、力の有り余ってる男たちは坑道で汗水流してなけりゃならない時間のはずだ。
「おいおい、せっかくロッカが帰ってきたんだ。んな日にわざわざ働きに出るとでも思ってんのか?」
「……は? てことはここにいるの皆……」
「おう! 今日は無しじゃ! 久々に宴会じゃ!」
「宴会っておま……」
「よーっし! じゃあみんな、酒と飯もってヘイブルさんとこいくぞー!」
“おおー!”とかいう野太い歓声が上がり、私の心を置き去りにして皆が歩き出してゆく。
仕事すっぽかして飲んだ食ったとは、貧乏のくせになかなか肝の座った連中である。
しかも、どうやら盛大らしいその宴会は、私の家で行われるのだそうだ。
……いや、無理だ。私の家にあの数十人近い連中が集まれるはずがない。
そもそも、宴の規模があの連中だけとも思えない。夕時になれば、確実に坑道から上がってきた奴らも参加するだろう。
「父さん、いいの、あれ……」
「俺が許す」
「まじかよ」
父さん公認だったのか。いや、私は別に構わないんだけど、家が破裂するぞ。
「……ロッカ、正直に言って良い。ヤマの連中と一緒に酒を飲むのは、嫌か?」
「は?」
私が実家の広さを思い浮かべながら、酒に弱い連中を効率よく詰め込むためのスペースを計算していると、急に父さんが心配そうな顔で訊ねてきた。
「俺は鉄の国から出たことがない。だから実際には知らん。だが、水の国は良いところだったんだろう」
「ん……まぁ」
鉄の国と水の国。
鉱山資源と工業に恵まれた祖国と、海洋資源と富に恵まれた異国を思い比べる。
ほんの数ヶ月ではあったけれど、ミネオマルタは良い場所だった。最初こそ、どこかよそよそしくて、大人しくて、陰気な風にも感じられる水の国の人柄は好きにはなれなかった。
でもそこにはそこなりの作法があって、習慣があって、どことなく形成された“空気”のようなものがあったという、それだけなのだ。
次第にミネオマルタで暮らしていくうちに、私がそんな環境に染まったとは思えないけれど、慣れたのは確かである。ああいう静かな雰囲気の街も、悪くはない。
けど。
「何言ってんだよ。嫌な訳ないでしょ」
だからって、ここを嫌いになるはずがない。
確かにデムハムドはド田舎だし、仕事はヤマにしかないし、男共は馬鹿だし、何よりもみんな貧乏だ。
でもここは間違いなく私の故郷だし、やかましいここの男連中と一緒にいるのは賑やかで面白いし、何よりヤマの仕事は私の誇りだ。
「ロッカ……」
「向こうじゃグログがあり得ないくらい高くてさぁ……まぁ向こうも住み心地は良かったけど、やっぱり馴染みの酒は何本も飲みたいじゃん」
「……よし! んじゃあ、行くか!」
「おう! よーし、今日は飲むぞー!」
久々の故郷。久々の酒宴。
ミネオマルタじゃ無駄に高かったグログも、ここでは一番安い酒の一つだ。
今日は飲んで、食って、それで今まで手紙には書き切れなかった色々なことを皆に話して、思いっきり楽しんでやろう。
私と父さんが暮らしていたウィルコークス家。
……の前に、何枚ものシートを広げて、大所帯が酒盛りを行っている。
何十人もの人を家に入れられないのは、やる前からわかりきっていた事だ。彼らは最初から、うちの前で酒盛りする気満々だったらしい。
まぁ、近くに清水の流れもあるので、給水には何ら困らない。その点では、うちの近くというのは便利である。
「へえ、じゃあロッカは偶然そこに居合わせただけかぁ」
「まぁ、偶然……といえば偶然だね。私もまさか、竜が来るだなんて思わなかったし」
でかいグラスを打ち鳴らした直後の話は、やはり新聞に載った事件に関することであった。
まぁ、ヤマを出ていった普通の鉱夫が竜を殺して帰ってきたんだ。そりゃ何事かって、真っ先に話題になるわな。
馬車の中で熟読したチェックスには、私が灼鉱竜を殺したという事件の他にも、ミネオマルタに潜んでいた脅威の影についてもある程度書かれていた。
なんでも、今回ミネオマルタ国立理学学園を襲撃した黒幕は、実際に竜をけしかけたカナルオルムの他にもいたのだという。
そのバックにはマルタ杖士理学研修院という小さな理学学園が存在しており、そいつらが裏で全ての糸を引いていたのだそうだ。
黒幕連中は全て、杖士隊、警官、その他有志の人々の投入によって速やかに捕縛された。
水の国の警察組織は今、末端の根がどこまで行き届いているのかを調査し、追い詰めている最中らしい。
聞けば聞くほど、私とは何ら関わりのない事件である。本当に私とクラインとソーニャは、ただ巻き込まれただけだった。
「しっかし、前々からロッカが強いってのぁわかってたが、まさか竜まで殺しちまうとはなぁ」
「ロッカ、竜はどうだった? でかいのか?」
「んだあ、おめー新聞に写真載ってんだろがよ。でけーぞこいつは」
「竜殺せば勲章貰えるんでなかったか」
「スカタン、そりゃ鉄の騎士団だけだろうよ」
私にはいまいちよく分からなかったが、男連中には竜の話がなかなか評判が良いようだ。
こっちはそいつに殺されかけたってのに、こいつらは抜け抜けと私に“どうだった”とか聞いてきやがる。気遣いに何も感じられやしない。
けど、楽しげに話をする男達の目は、少年のように輝いていた。
男は竜という生き物が好きなのだという。絵本や童話などでも、よく騎士の相手に竜が登場するし、それらは男の子たちに人気が高い。
女の私には、蛇に手と足と羽が生えたバケモノの一体どこらへんが好きなのかはわからなかったが、そこは男たちだけが理解できるものなのだろう。
私は空想混じりの竜談義で勝手に盛り上がる男衆を眺めながら、久々に遠慮無く飲めるグログを一気に煽った。
「ところでロッカ、向こうで男はできたのか?」
「は?」
「男だよ男。うるせえ親から離れて一人になったんだ、向こうで浮いた話の一つや二つ……」
「馬鹿野郎! そんなわけあるかァ!」
「ごへぁっ」
私が質問を意図を掴むのに目をしている間に、訊いてきた男は父さんにぶん殴られてシートの外側へ吹っ飛んでいった。
「どうなんだ!? ロッカ!」
どうなんだって、父さんも聞くのかよ。さっき殴ったの何だったんだ。酷いとばっちりじゃねえか。
「いや……別に、男って言われてもなぁ」
気づけば、みんなの視線がこっちに向いていた。酒を片手にニマニマと笑っていて、どことなくムカつく顔ばかりである。
期待されてるんだろうけど、向こうで男と言われても、別に……。
クラスで友達は出来たけど、結婚するような相手はいない気がする。
唯一ぱっと思い浮かんだ色恋沙汰といえば、マコ導師とライカンを取り巻く複雑すぎる恋愛模様くらいである。両方男じゃねえか。
「無い」
私は断言する。無いものは無いのだと。
その後の皆の“あちゃー”だとか“はっはっはっ”だとかいう反応が、やっぱりどことなくムカついたので、手近なところで大笑いしていた酔っぱらいの頭を引っ叩いておいた。
日がある内には、仕事をすっぽかしたスカブラ共と一緒に酒を飲み、水の国でどんな男と知り合ったのかを聞かれ。
日が傾いて女衆が坑道から上がってくる頃になれば、逆に男衆は追い出されて、しかし話の内容は全く同じものを反復し。
夜にはデムハムドの大勢の鉱夫が集まって、我が家の前では盛大な宴が催された。
長い酒宴である、当然、私は向こうで体験した様々な事を、ほとんど全て吐き出した。
ミネオマルタは大人しい人達ばかりだとか。
向こうの買い物は何にしたって高いだとか。
建物が綺麗で道も真っ平らで凄かっただとか。
とにかく、私が見聞きした色々なことを、訊かれる度に全て答えていった。
しかし意外だったのは、私がクラスメイトにライカン=ポールウッドという機人の男がいると話した時に、“それは本当か”などと驚いたような反応をした鉱夫がちらほらといたことであった。
どうやらライカンは故郷のアンダマンでは有名な闘士であったらしく、同じアンダマン出身でデムハムドにヤマカエしてきた鉱夫にとっては、知っていて当然の有名人であったそうなのだ。
ワルフ闘技場とかいう場所で闘士をやっていたという話は、属性科鉄専攻のデリヌスの話からなんとなく聞いていたが、まさかそれほど有名だとは思わなかった。
じゃあライカンが有名ならばと、私はマコ導師についても何か知っていないかと皆に訊いてみたのだが、それに関しては誰も知らなかった。まあ、遠い異国の魔道士の話なんて普通は知らんわな。
また、理学学校に通ったということで、当然魔術の話にもなった。
それまでずっと、男だの都会だのと、私は何しに水の国へ行ったと思ってやがるんだと言いたくなるような的はずれな質問攻めから、ようやく魔術の話に切り替わった時、私は待ってましたとばかりにその場で立ち上がった。
なんだなんだとざわめく男衆と女衆の前で、私はオイルジャケットの内ポケットから一本を杖をぬらりと取り出してみせると、野太く静かな歓声が上がっていた。
当然、取り出したのはミネオマルタのジューア魔具店で買った鑽鏨のタクトである。
本物の魔道士の杖を目の当たりした鉱夫たちの驚く顔は、なかなか愉快だった。
ところが、肝心の魔術のお披露目をやってみせると、反応は私の予想に反してしょっぱいものである。
まずは小手調べにと“スティ・ラギロ・アブローム”を唱えて四メートル近い石柱を出現させてみたのだが、鉱夫たちのリアクションは虚無の一言。何も言わずにぼーっと見ているだけの姿を見て、彼らの頭の中に“え、それだけ?”という感情が浮かんでいることを悟った。
唯一隣でお酌してくれていたタタミだけは“すごい”と一言で褒めてくれたが、私の魔術が相変わらず岩属性である以上、デムハムドの鉱夫連中の気は全く惹けやしないんだなと思い知った出来事であった。
飲んで、食って、話して。
そんなことを続けていく内に、一人二人と男が潰れ、三人四人と女衆が旦那を引きずって帰路に就き、大きな灼灯に仕込んだ油もそろそろ切れかかるだろうということもあって、自然と酒宴はお開きになった。
気がつけば、空には丸く黄色い月。
空に雲はかかっていなかったが、夜会の暖をと古い坑木を詰め込んだ篝籠の大きな炎から吹き出す煙が空に登り、うっすらと月に陰を作っていた。
「いやぁ、飲んだ飲んだ」
私は今日何本目かもわからないグログの空き瓶をシートの上に転がして、大皿の上に残った最後の兎肉をひょいと摘み、口の中に放り込む。
既にタタミもお付の人に連れられて屋敷に戻り、今いるのは私と父さんの二人だけである。
父さんは私の向かい側にどっかりと腰を降ろし、同じく更に残った余り物の摘みを平らげている最中だった。
元々、私はそこそこ酒に強い。身体強化ができるという理由もあるし、体質的なこともある。
一気にグイグイと注ぎ込むような真似さえしなければ、飲もうと思えば一晩中でも飲んでいられるだろう。
デムハムドの男鉱夫にしたってそういう人は多いだろうが、しかし連中は見栄張って勢いで飲むもんだから、ぶっ潰れるのは結構早かった。
「ロッカ」
「んー」
私が襲い来る眠気に目元を擦っていると、父さんが野太い声で私の名を呼んだ。
「ロッカ、水の国はどうだった」
今日、何度目かも分からない質問である。
「良かったよ」
当然、私の答えは何度目かもわからないなりに、ぞんざいだ。
「そうか」
父さんの反応も、まぁそんなところであった。
「……父さん」
「ん」
「私、ミネオマルタに行って、学校に入って良かったよ」
「……そうか」
「うん」
私が持ってきた件の厚刷新聞には、鍋の古い油が掃いて捨てられていた。
ドロドロした汚い油に汚れた新聞の片隅には、綺麗な活字で印刷された私の名前が躍っている。
「怪我もしたんだろ」
「うん」
もちろん、沢山した。
下手すりゃ、ヤマにいる頃より頻繁にした。
「嫌な奴とも会ったんだろう」
「うん」
もちろん出会った。
暴力的な奴から陰気な奴から嫌味な奴まで、嫌な奴の博覧会みたいなもんだった。
「でも、すっごく楽しかった」
「……そうか」
けれど、私はそんなミネオマルタで楽しくやっていた。
慣れないことや難しい事ばかりで、置いてきぼりにされることも多々あった日々ではあったけれども。
それでも、私は向こうでの生活が好きだと、心の底から言うことができた。
「父さん、また……休みが明けたら、向こうに行っていいでしょ?」
愚問だと思いながら、私は父さんに訊ねる。
父さんは馬鹿にしたようにハッと笑い、実際に“馬鹿野郎”と零してから、言った。
「勉強するのが、学徒の本分ってやつなんだろ。行ってもいい、じゃねえ。絶対にいけ」
「うん」
「そこでの生活は、お前のためになるんだからな」
「……うん」
夜はまだまだ続く。
私は、大きな篝籠に灯った焚き火が灰になって消えるまで、父さんと静かに酒を酌み交わした。




