釜010 水切る放物線
地下水道と落水口を利用した、兵器の密輸。
スケールはデカい。事実だとすれば、それは五大国の危機と言って良いだろう。大砲ごときでミネオマルタがどうこうできるとは思えないけど、一時的にでも恐慌状態に陥るのは間違いない。
しかし推測でしかないこの話を、下手に他人に話すことはできない。
無闇な邪推で国家権力を振り回すのは罪であるし、単純に間違っていた時のしっぺ返しが怖すぎる。
私だって懐疑的な話なのだ。例えこれを寛容な性格のマコ導師に話したとしても、心配そうな顔で“今日はもうゆっくりされたほうが”とか言われるに決まってる。
モヤモヤは、する。
最近ずっと、煮え切らない思いだけが積み重なり続けているから、腹に溜まった鬱憤の重みが良くわかる。
未解決。中途半端。倒せない強敵。深まる謎。
まったくもってスカッとしない。早い話がムカついてくる。
何なんだ、近頃の私の身の周りは。これといって突出した不満があるわけじゃないけれど、何をやっても不完全燃焼に終わってばかりで、とにかくイライラが無くならない。
「あーもう、なんだってんだ、よッ!」
岩石質の棒を握りしめ、水路に向かって思い切り投げ飛ばした。
大して平たくもない石は一度だけ水面を跳ねて、大きな飛沫と波紋を残し、沈んでゆく。
ナタリーから教えて貰ったスティ・レットも暇さえあれば練習しているけど、どう頑張ったってタクトを超えるサイズには出来上がらなかった。
そもそも魔術投擲ができないので、せっかく尖った物が作れるようになっても、手持ち無沙汰だ。現状、当てようと思うならさっきのように、物理的に全力投球する必要がある。
魔術で手元に石を作り出し、それを身体強化でぶん投げる。
なんじゃそりゃ。私は蛮民かっつーの。
畜生め、今のところそれが一番現実的ってのが尚更むかっ腹が立つわ。
私はいつまで魔術投擲の練習してんだよ。そろそろちゃんと覚えやがれ、馬鹿女。
「どうしたのよロッカ、怖い……ホント怖い顔ね。どうしたの? お財布でも盗まれたの?」
怒りのままに二つ目の石を水路に叩き込もうとした時、横からソーニャの声がかけられた。
彼女の声を聞くと、思わず全身の力がシュッと抜けてしまう。
私は、どうやら怖いらしい顔を左手で揉みほぐしてから、ソーニャの方に向き直った。
「やあ、ソーニャ」
「荒れてるわねー」
「うん、ちょっと、むしゃくしゃしててさ」
「むしゃくしゃねぇー」
ソーニャはいつも通りのふわふわした態度で私と並び、おもむろに足下の小石を手に取った。
「こうして投げて収まるなら、ロッカも悩んでないんだろうけど……えいっ!」
なんともいえない不慣れな格好で放り投げ、石がボチャリと水に落ちる。
バウンドどころか、飛沫すら最小限に抑えたような、静かな投擲であった。
「ソーニャ、発表会、どうだった?」
「んー?」
しばらくソーニャと出会っていなかったので、私は訊ねてみた。
同時に、私の現状について根掘りと聞かれると、嫌な気分が澱のように舞い上がりそうだったので、話を変えたかったというのもあるけれど。
「発表会ねぇー。なんだか、二、三年前の発表の焼き直しとか、そういう物が多かった……って印象だったかしらね」
「えっ、そういうのもあるの」
「当然あるわよ。名門とはいえ、一介の学徒だもの。誰しも目新しいものだけを発表できるってわけじゃないしね」
「……そうなんだ」
私は目に映るものがみんな新鮮だったけど、他の人から見れば、また別のように映っていたのだろうか。
ソーニャはもう五年も学園にいるし、つまり発表会も……ええと、年二回だから、十回くらい経験していることになるわけだ。
五年の間に十回。そりゃあ、新しい発見なんて出尽くしてしまうだろうな。
在学中に十二回も新発見を発表しなさいなんて、冷静に考えたら導師さんでも無茶だろう。
「けど、表でやってたゴーレムの発表はなかなかね」
「ああ、イツェンさんのドライアね」
「そうそう、学徒であれほどのゴーレムを作れるっていうのは、なかなか無いものだから。招待されてた人も、かなり珍しそうに眺めてたわ」
「ほー……イツェンさん、どこかのお偉いさんの目に止まってると良いな」
「招待客の中には、魔具工房の人もいるらしいからね。もしかすると、お誘いがあるかもしれないわ」
「スカウトってやつか。なんか、格好いいなぁ」
イツェンさんの製作した人造ゴーレム、ドライア・ゼクス。
文字通りの体当たり的な耐久試験も行ったので、私としては最も印象深い出し物の一つである。
最初に見た時は、ゴーレムが……なんて先入観で思っていたけど、話を聞いてゆっくり観察していくうちに、それがとても良く出来た“自動人形”であることに気付かされた。
サードニクスなどという、とんでもなく物騒な人造ゴーレムも世の中にはあるけれど、使いようや使い手によって、ゴーレムも立派に人の役に立つのだ。
「あ、そういえばお偉いさんといえば」
「ん?」
「前に廊下で“魔女会”っていう人達に誘われたんだけど……」
「ロッカ、そこだけは絶対に断りなさい。口も聞いたらだめよ」
「え、あ、うん。わかった」
結構真剣な顔で止められたので、私は魔女会のことについては忘れることにした。
クリームさんも似たような対応を取っていたし、触らぬ神に何とやら、ということなのだろう。
詳しい事情は知らないけど、お偉いさんの中にもあまり関わらない方がいい人達もいるようだ。またひとつ勉強になった。
寮に戻り、オイルジャケットを椅子に掛け、ベッドに腰掛ける。
共同浴場で身体を流した暖かさと、階段を早足で登った分の熱が、石造りの寒々しい部屋の中で心地良い。
けど、こんな心地良さが続くのも数分ばかりだ。夜になれば、義腕を容赦なく冷やす寒さが訪れる。
今夜は、滅多にない晴れ模様。きっと、いつも以上に冷えるだろう。早めに暖を入れなくては、湯冷めしてしまうかもしれない。
「水暖炉、便利だけどそんなに暖かくならないんだよね……」
私は億劫ながらも立ち上がり、水暖炉の沈んだ金属皿へ石を足した。
無事にぷくぷくと気泡が浮かび上がるのを確認すると、私は無意味に一度だけ“うむ”と頷き、机に向き合う。
立ったついでに、椅子に掛けたジャケットを取り、机上に広げる。
最近、匂いが薄くなった気がする。近頃やっていなかったし、メルゲコ石鹸によるメンテナンスでもやっておこう。
イツェンさんから譲ってもらったメルゲコ石鹸は、使いかけだったとはいえまだまだ余裕がある。まだケチケチ擦らずとも良さそうだ。まぁ、こうして豪快にジャケットに塗りたくってるから、すぐに減っていくんだろうけどさ。それは仕方ない。メルゲコ石鹸には、使えば使うほど、次に使う量を増やしたくなるような、そんな魅力があるのだ。
私がジャケットの左袖口へ重点的に石鹸を押し当てている、そんな時、不意に玄関の方から、小さな物音が聞こえた。
「うん? ああ、郵便物か」
ネズミでも出たかと目をやって、そこに郵便受けがあったことを思い出す。
こうして寮室にいる間に投函された経験が無かったので、ちょっとびっくりした。
軽い音からして、学徒指令だろうか。
今日こんな時間に送られてきたって事は、明日やることじゃないんだろうけど……。
「お?」
私が受け取り口を開くと、そこには予想を裏切る物が入っていた。
紙一枚の薄っぺらな学徒指令などではない。
もうちょっと厚みを持った、白い封筒である。
「……これって!」
斜めの急角度からでも確認できた刻印を見て、私は驚きのあまりほとんど反射的に手紙を引っこ抜いた。
そのまま慌ただしく机に戻り、洞窟探索以来使っていなかった石灯カンテラをガンガンに振りまくって明かりを灯し、手紙と向き合う。
……間違いない。ヨモギの紋、これはデムハムドを治めるクロエ家の刻印だ。
デムハムドの住人が望んで重要な手紙を送る際には、デムハムドの領主クロエを、正確にはクロエと縁の深い絢華団を経由することで、通常よりも遥かに厳重な体制で運ばれることとなる。
もちろん、粗野で金使いの荒いデムハムドの連中が高い金を払って手紙を送ることなどほとんど無いだろうし、クロエがそんな事をしてくれると知っている鉱夫自体も少ないだろうが。
けど、私は知っている。
私はこのミネオマルタにやってくる前に、故郷の手紙のやり取りの方法や、その仕組などを、付け焼き刃ではあるものの、しっかり勉強したのだ。
他ならぬ、ヤマの外では物覚えがとんと悪くなる父さんと一緒に。
「……へイブル=ウィルコークス」
表面が見えるように手紙を返せば、そこには見慣れた、けれど懐かしい、荒々しい筆跡で、父さんの名前が書かれてあった。
以前、私が絢華団に出した、仕送り付きの手紙。それがちゃんとデムハムドに届き、父さんがその返事を書いてくれたのだ。
そう理解した途端、不意に目頭が熱くなる。
いけない、駄目だ。いきなりで覚悟してない分、涙腺にきた。
不意打ちはやめてよ、父さん。手紙を出すなら、前もって手紙で教えてくれっての。
「ああ、もう……もっと早く届けてくれよなぁ」
私はクロエの刻印を何のありがたみもなく真っ二つに引き剥がし、封を開ける。
待ちに待った父さんからの返信だ。
正直なところ、この街での日々が壮絶すぎて返事のことをすっかり忘れていたけれど、断じて待っていなかったわけじゃない。
「どれ……ん?」
私は封筒を開き、まずは中を改めた。
何が入っているのかの確認である。当然、中には手紙が入っているのだし、その時点では特に、私から思うような事は無いはずだった。
しかし、封筒の中を見やれば、何かある。ひと目でわかる、おかしな物がはいっている。
「……金」
紙幣。
私が父さんに向けて送ったお金が、なんと封筒の中に入っていたのだ。
いや、そればかりではない。それどころじゃなかった。
しっかり中身を取り出して確認してみれば、紙幣の数が多すぎる。
多すぎる……倍だ。私が父さんに送った金額の、丁度二倍になって戻ってきやがった。
「あ、あんの、頑固オヤジ……!」
せ、せっかく私が、私が抜けて大変だろうからって送ったってのに、そ、それを、返すばかりか、あろうことか二倍にして突っ返して来やがった!
もう、手紙の中を検めずともそれだけで内容がわかってしまった気がする。
父さんめ、畜生! 絶対にこの手紙、得意げな顔して書いてやがったな! 私には見えてるぞ!
せっかくの仕送りだっていうのに、まさか突っぱねるとは!
いや、今にして思えばあの父さんがそう簡単に受け取るはずがない。私からのプレゼントを、あの父さんが大人しく人並みに破顔して受け取るはずなど、なかったのだ。
“俺よりも遅いくせに生意気だぞ、ロッカ”
……しかも、父さんの幻聴まで聞こえてきた!
畜生、返せ! 金は返すけど! 私がさっき流した涙だけ返しやがれ!
「も、もも、もう怒ったぞ……! 私は怒ったからな!」
私は椅子から立ち上がり、手紙に向かって叫んだ。
そして胸の中に、深く誓う。
この突き返された二倍の仕送り金を、更に倍にして返してやると!
それでもまた父さんが突き返してくるってんなら、更にまた倍にしてやると!
「……ぬあーっ! 金欠じゃねーか! ド畜生!」
挑戦的な衝動のままに財布を開いた私だったが、そこにあった紙幣は到底倍には足らないもの。猫の額、雀の涙、クラインの思いやり。
受け取った高額の報酬金など、気付けばもはや、見る影もない。
そりゃそうだ。
高い学園の食堂、物価の違いで無駄に値が張るグログ、金銭的余裕にかこつけて行く頻度を増した共同浴場。金が減らないはずがなかった。
日頃の荒遣いがここで祟る。
私の仕送り二倍返し計画は、いきなり頓挫を迎える事となってしまった。




