釜008 閃く火花
鉄魔道士と火魔道士の闘技演習が、会場を大いに盛り上げている。
一方で灼熱が矢のように放たれれば、もう一方では鉄片が射出される。
外しても場に残ってじわじわと相手を削る火属性に、当たれば一発かつ防御の難しい鉄魔術。
両者とも攻撃性の高い属性なだけに、勝負は接戦で、一時も油断ならなかった。
当然、激しい戦いは闘技演習場の観戦者達にとっては歓迎されるものであり、私の右隣のボウマも、燃え上がる炎を見てはキャーキャー騒いでいる。
ただ、やはり私の目が肥えてしまったのだろうか。壇上で繰り広げられる戦いは確かに激しいものなんだけど、数々のハイレベルな戦いを経験してきた私にとっては、そこまで心を震わされるものではなかった。
あれよりも、もっと恐ろしく、凄まじい炎を知っている。
あれよりも、ずっと早く飛び、無慈悲に襲いかかる鉄の使い手を知っている。
他と比べるものではない。でも、確かに私の心はどこか冷めており、普段はやるような“どっちを応援しようか”なんて考えも湧いてこない。
私はどこまでも冷静に二人の魔道士の戦いを眺め、今はどっちが優勢か、今の動きはどうだったなどを考察しているのだ。
まるで、左隣のクラインのように。
「上の空だな」
壇上に視線を落とすクラインが、そんな私を見抜いたように呟いた。
「どっちの魔道士が?」
私はなんとなく普通に返すのが癪で、ひねくれたように答える。
「君のことを言った」
「私のことか。普段はずっと壇上を見て解説ばかりしてんのに、珍しいじゃん」
「特別目をくれるほど価値のある試合でもないからな」
なるほど、私でちょっと物足りないと思うなら、クラインにとってはそれ以上だろう。素直に納得できた。
けど、彼の言い方がまるで私に目をやるのは価値があるのだと言っているようで、自分から呆けてみせた手前、ちょっと恥ずかしくなる。
「……なんか、私もあまり緊張しないっていうか……ぼーっと見てるだけって感じなんだよ」
「初めて闘技演習を見たような感動は、消えたか」
「……そうだね、残念だけど」
そういえば、と思い出す。
私が初めてこの闘技演習にやってきた時は、とても心が躍ったものだった。
初めて観戦した、魔術と魔術の打ち合い。
常に迫力があって、息を呑む隙さえなくて……奇しくもそれは、現在行われている闘技演習と同じ、火属性対鉄属性の闘技演習であった。
感動が薄れてしまったのは、きっと慣れというやつのせいなのだろう。
最初に覚えた感動というものは、繰り返す内に色褪せて、新鮮味を失うものである。
見慣れて、まして、当事者としての経験が加わってしまえば、なんてことはない。
私もクラインの普段と同じで、眼下で繰り広げられる華美な戦いの一部を切り出しては、“そこはそう避けられる”だとか、“もっと踏み込めばいいのに”だとか、無遠慮な事を考えてしまうのだ。
ナタリーや、ルウナとの戦いが、地下水道での死闘が。
私に、魔術戦というものの新鮮味を失わせていたのである。
けど、それは当然のこと。この道を進むのであればむしろ必然であり、必要なことである。
いつまでも同じ攻撃に慣れぬまま、感動や驚きばかりを抱いていては、到底魔道士には至れない。
慣れとはつまり理解であり、私があの場にいても、少なくとも冷静でいられることを示している。驚いていないということは、何度か見ているという経験であり、それは咄嗟の判断を鈍らせない、重要な精神安定の要素になるだろう。
私は経験を重ねるに連れて、確かにこういった場での娯楽性を、多少失ってはいる。それでも、そんな心を貧しいとは思わない。
この心の退屈さこそが、私が成長している、何よりの証なのだから。
「やーッ!」
若い男の雄叫びが響き、投げ放たれた巨大な鉄の四角柱が、もう一方の術者へ迫る。
「うわっ!?」
中級保護とはいえ、生命が脅かされた危機感を抱かずにはいられない、強大な一撃。火属性の魔道士は紙一重でなんとか回避すると、ロッドを振るって炎にて応戦した。
炎は拡大し、拡散し、既に場に満ちていたものの力もあり、落下した四角柱は瞬く間に蝕まれ、芯を焼かれて消滅した。
残されたのは、石の壇上に残された四角柱の傷跡のみ。魔術による生成物は、顕れている間はその力は実際のものと何ら遜色なく強力ではあるが、その実壊れやすく、儚く消える。
魔術は使われている時こそが強いものであり、後に残るのは、その結果だけ。魔力なしには存在を維持できない、刹那の力。
しかし、刹那でも奇跡が起こるからこそ、できる事がある。
刹那の奇跡を行使するからこそ、魔道士は魔道士たりえる。
奇跡の瞬間を見定め、自らのモノと出来る者こそが……強い魔道士であり、勝者なのだ。
壇上に数多の炎と、一際大きな傷跡が残され、試合終了を告げる導師の声が轟いた。
勝ったのは、二つ名から察するに、火属性使いの方らしい。
うまく冷静に相手の鉄の魔術を避け、堅実に反撃し続けたことが勝利へと繋がったようだ。
「ま、そんなものか」
どうでもよさそうなクラインの一言と共に、壇上の炎がゆっくりと鎮火し、巨大な柱に寄って削られた傷も溶けて、均されてゆく。
九十度の角によって抉られた、白い石。たとえ鈍角に近いものであっても、鉄は鉄。それが相応の質量や勢いさえ持っていれば、この闘技演習場の石を掘削するのはさほど難しくない。だが壊れやすい分直しやすいのか、傷口は瞬く間に塞がってゆく。
九十度の傷跡。
直角の、傷……。
「……なんだ」
私の頭に、退屈とか、慣れとかではない、何かが掠めた。
確かな違和感と、警戒すべき何か。今、私は一体、何を考えたというのか。
思い出せ。
いや、思い出すほど遠くに追いやったものではない。すぐ近く、さっき思い浮かべたばかりの、新しい言葉と、イメージだ。
「ロッカ? どしたん?」
両手で頭を抱える私の肩を、ボウマが揺らす。
しかし私は心配そうな彼女の言葉も無視して、浅い記憶の水面に手を突っ込んで、必死にかき混ぜる。
思い出せ。今何を考えた。それは何だ。大事なことか。
わからない。でも、思い出すんだ。私の勘が、予感がそう告げている。
……石。ほとんど鈍角、直角の傷。
そう、こんな傷は、なかなかつくものではない。付けられるのは硬質な金属に限られるし、勢いだって必要になる。
一般人が鈍角のノミを握って、石を綺麗に彫れるかといえば、それは限りなく難しいと言う他ないだろう。
それと同じ。直角の傷とは、それだけ異質なものなのだ。
「……地下四階の、傷跡……?」
私は頭の隅から拾い上げた引っ掛かりの断片を、そう読み取った。
「なんだ?」
「どした?」
クラインとボウマが問いかける。でも、まだ。まだ私の頭で、整理しきれていない。
何だと問われて、私はその答えを持っていない。
「地下四階の調査の時……クライン、私と一緒に傷を調べたよね」
「そうだが」
「その時、傷跡って、魔族が付けたものじゃない、ってなったよね」
「ああ。顕現でも魔獣でも、魔族の手でさえ不可能。となれば、別の要因しか考えられない……そこで現れたのが、サードニクスだろう」
サードニクス。球体の身体に短い手足を持つ、守りに重きを置いた人造のゴーレム。
その身体は石や魔金などによって造られ、私達が遭遇したそれは、全体にアカガネをふんだんに使用していた。
熱に熔けやすく、魔金といえど世界中で呆れるほど産出される劣等金属、アカガネ。
赤錆によく似た付着物を残したその引っかき傷は、確かに、サードニクスの爪がつけたものなのかもしれない。しかし……。
「その傷がサードニクスによるものじゃなかったら?」
「は」
クラインが首を傾げる。
ボウマも気になったようで、私の頭の上に顎を乗せてきた。
「だって、おかしくないか。私達が見た傷は、本当に真っ直ぐで、直角だった」
「サードニクスの爪でも不可能ではないだろう」
「無理だよ。いくらゴーレムだって、あんなに綺麗な直角の傷はつけられない」
「それを言うなら、どうすればあの傷が出来上がるというのか」
「簡単さ」
地下水道の湾曲した壁面に、直角の溝を、床と平行につける。
ゴーレムなら、不安定だ。絶対につく、とは言い切れない。けど、他の方法なら、同じ状況を生み出すのは簡単だ。
「擦だよ」
「……スラ」
「スラ。金属製の、箱のこと」
目ぼしい原石や鉱石、石炭などを詰め込むための、底面にソリをつけた大きな金属箱。それが、スラである。
狭い坑道内でスラを曳くのはとてつもない重労働であり、男も女も汗を流しながらの、危険な作業になる。なにせ、そこが坂道で、何かの拍子に手が離れたとなれば、スラに潰されかねない、命さえ危ない工程なのだ。
神経質にゆっくり進めようとすれば、自然と力持ちだって冷や汗を流してしまう。
それでもたまに、石を大量に積み込んだスラが人の手を離れ、坂道を下り落ちることはある。
人に当たれば大惨事。当たらなくても金属製の箱がぺしゃんこになり、地下坑道にとてつもない音が響き渡る。
それを、函殴れ……と呼ぶ。他のヤマでも同じ名前なのかは、知らないけど。
「硬い箱状のものが勢い良くぶつかれば、壁には同じ傷がつくよ。何度も見たことあるし、間違いない」
「……箱状、いや、そうか……箱とは限らないが、なるほどな」
クラインが俯き、頬骨に指を当てて考え始めた。
彼が真面目に考えてくれたということは、それなりに筋の通った話だということだろう。
「……杖士隊が下した、サードニクスが付けた傷という判断は……間違っていたのかもしれんな」
「だろ? でしょ?」
「え? じゃああの傷、なんだったん?」
それは私にもわからない。
あんな何もない地下水道で、魔道士が何を企んでいたのか。サードニクスではない、何を使って、あんな不可解な傷をつけたのか。
「あり得るのは、兵器の類か」
「兵器!?」
「武器のこと?」
クラインの一言で、空気が一気に物騒なものに変わる。
「何も、傷を付けるものが箱状とは限らないだろう。スラという道具は、ウィルコークス君の故郷で使われていたものだから、例えとしてすぐに出てきたのだろうが、同じ条件であれば、他にも様々なものがある。例えば……」
「例えば?」
「大砲とかな。あれも重さは相当だし、下には車輪がついている」
大砲。古代に用いられていた、攻城兵器。
今のミネオマルタでも小午砲という小さな砲が時間を知らせる道具として使われているが、大砲はまた、もっと別物だ。
火薬を詰めて、鉄の塊を射出する。それだけを聞けば、鉄魔術と似たようなものと思われるかもしれないが、威力は詰める物によっても変わってくる。
例えば、鉄ではなく、着弾した際に火を撒き散らすようなものだとか。金属片を詰め込み、それが雨のように降り注ぐ、対人用の物騒なものだとか。
それが、魔術とは違って射程何百メートルにも渡って届くのであるから、それらの脅威は、冗談にもなっていない。
魔金の柱を使っているこの学園でさえ、そんな武器をいくつも使われれば、無事では済まされないだろう。
「……でも、誰がそんなことを」
「三年前も、世界を陥れようという事件があったばかりだろう。別段、国を滅ぼそうという目論見は珍しいことでもない」
「え? 水の国、戦争するのん?」
は、話が物騒どころじゃなくなったぞ。この話、私達の手に負えるのか。
「もちろん、傷の付き方が“それもあり得るだろう”というだけで、大砲どころか兵器という確証も無い。とはいえ、オレ個人はウィルコークス君の目の付け所は、それなりに真実に近いと思っただけだ」
「……物でついた傷」
「そうだ。物資の運搬。密輸。それならば、関税や検問を避け、落水口を使う理由としては成り立つのだから」
物資の運搬のための落水口。
謎の物資は、どこから来て、どの落水口へと向かうのか。
これは、あくまで仮説だ。私達特異科が打ち出した、言うなればただの妄想に過ぎない。
けど私はどうにも、これが単なる妄想とは思えなかった。
こういうのを、魔力的予感……と言うんだっけか。
理屈ではない。もっと原始的な本能の部分で、嫌な予感がする。
「……まさか、本当に戦争なんて起こらないよな」
「戦争かぁー、なんか楽しそうだなぁ」
ボウマ、やめなさい。




