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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第十章 焼き尽くす業火

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釜007 消し飛ばす過程

 肌寒い日の懐かしさと、朧気なまどろみの中で、私は重い瞼を開けた。


「……ん?」


 そこには、借りてきた何ぞのように大人しく縮こまるボウマと、その頭を撫でる私の右腕があった。


 ……どうやら、うっかり眠っていたらしい。

 その上、寝ぼけて夢の中と同じ行動を取っていたようだ。起きてびっくり、タタミがボウマに変身でもしたのかと思って、物凄く焦ってしまった。


「う、うひひ……」


 撫でられているボウマは、なんか変な笑い方してるし。


「おはようロッカ、随分とぐっすり眠っていたね」

「ああ、おは……ヒューゴ、随分と、ぐっすりって?」


 椅子に座ったまま眠っていた私が悪いのだ。寝顔を見られたそういう些細なことはどうだっていい。

 けど、ヒューゴの言い方からは、私がうたた寝ではなくて、長時間眠っていたかのような気配が……。


「えっ、今何時!?」


 嫌な予感に、私は跳ね起きた。

 部屋には、変わらず皆がいる。けど、皆の状態は、私の最後の記憶とは違った状態だ。

 みんな余所行きの服装で身を固め、席からは立ち上がった状態で私を見つめている。

 その表情は、どこか生ぬるい。


 って、私どうしたんだ、本当に。私が眠ってる間に何があった。


「ウィルコークス君が惰眠を貪っている間、オレ達は中央の役所に足を運んでいた」

「えっ!?」

「話は既に通してきた。……が、手間取る事態もあって、その結果、戻るのが昼過ぎになってしまったわけだが」

「えーっ、もうみんなで行って来ちゃったの! ていうか、もう昼過ぎ!?」


 何時間寝たんだ、私!


『うむ、あの状態のロッカを起こして連れて行くのも、可哀想だと思ってな。すまなかった』

「んー……いや、ありがとう」


 まぁ、行きたかったといえば、行きたかったけど。

 けど、皆の気遣いは嬉しいし。


「ほ、ほへー……」

「で、このボウマは何なの」


 さっきから私の手の下で丸くなってるけど。


「そういう生き物なんじゃない?」

「そうなのか……」


 これだけ無防備に撫でられてる今なら、ボウマの前髪を捲れるかもしれない。

 未だ私も見たことのないボウマの目が今日、明らかになるか。


「ふんッ」

「あっ、惜しい」


 駄目だった。




 なんて、馬鹿なことをやってる場合じゃない。

 皆が私の代わりに、役所に足を運んでくれたのだ。結構距離があるし、受付で随分と時間もかかったらしい。

 その間私はぐっすりと眠っていたのだから、まったく頭が上がらない。


「結論から言おう。成果無しだ」

「……マジか」


 クラインの真っ直ぐすぎる刃物のような言葉に、私は項垂れた。


「役所は頑固だったが、要求する資料と、学園の身分を証明すれば快く応じてくれた」

「そこは意外だったよね。僕はもう少し揉めるかと思ったんだけど」

「じゃあ、地図は見せて貰ったんだ?」


 地図を提供してもらえたなら、全く問題はないと思うんだけど。

 それで成果無しっていうのは、どういう事なんだろう。


『地図は見せてもらったんだがなぁ……どうも、落水口という機構自体が古すぎるせいか、載っていないようなのだ』

「載ってないだって?」


 ライカンが申し訳なさそうに金属質の頭を掻きながら、一枚の紙切れを手渡してきた。

 しきりに頷くヒューゴを横目に、恐る恐る紙を受け取って、それを地図だと確認すると、テーブルの上に広げてゆく。


「……」


 地図。紙質は良く、さほど古くはない物だ。

 複雑なそれをじっと眺め、いくつかの種類の記号を目で追っていく内に、私は心に冷や汗が伝い、滴り落ちるのを感じた。


 ライカンが差し出した地図には、どうにも、落水口らしいものが載っていなかったのである。


 もちろん、記号自体は沢山ある。警官駐在所、役場、灼灯……でも、落水口らしき記号は、どうにも見受けられない。

 路肩にあるいくつかの記号の意味はわからないけど、落水口のサイズから考えて、それは違うだろうし……。


「見知らぬ記号については、オレもザイキに訊いてみた。だがどれも、落水口を示すものではないそうだ」

「……そっか。ええと、この地図は、じゃあ……これしかない?」


 私が地図を取ってひらりと撓らせると、ヒューゴが難しい顔を作った。


「地図は用途に応じて、いくつかあるみたいだよ。けど、複数あるどれもが地下に続く落水口については、載ってないらしくてね」

「せいぜい、現在使われている下水道のマンホールの在処を記した、その地図だけだそうだ」

「……んー、そう、か……そうなんだ……参ったな」

『ああ、参った参った』


 落水口。それは、現在では使われていない、過去の遺物。

 当然だ。地下水道でさえ、闇市くらいでしか役立っていないのだ。そこに繋がる入り口の在処なんて、複雑な現代の地上地図に残しておく理由がない。

 書物に残るとすれば、出入り可能な地下一階の落水口くらいのものか。けど地下一階では意味が無い。地上にある落水口でないと、こうして熱心に調べる理由が無いのだ。


「……あー、ていうことは、もう手詰まりぃ……?」


 寝起き早々、私はテーブルの上に突っ伏した。


『そういうことだな……残念だったな、ロッカ』

「ロッカ、元気だせー」

「畜生ー、こればかりは、手応えあると思ったのになぁー」


 ボウマに後ろ髪を引っ張られ慰められても、気持ちはズブズブと、どこまでも深く落ち込んでゆく。


 役場でも、地上の落水口の在処はわかっていない。

 となると、もはや迷宮入りだ。どこの資料にも残っていないことになってしまう。


 独自に落水口の位置を割り出そうとするには、地下の経路図と異なる地上の地図を照らし合わせ、落水口が存在するであろう家屋を一つ一つ地道に特定するしかない……。


 そ、そんな作業……面倒臭いって次元じゃないぞ……嫌すぎる……。

 むしろ、私にそんな作業ができるのか……。


「……なーロッカ、起きたばっかで腹減ってない?」

「……んあー」


 減ってる。昼すぎだし。朝もろくに食べてないし。


「んじゃ一緒に行こうじぇ! 嫌なことがあったら、とにかく美味いもの食べるのが一番だよ!」


 私の曖昧な返事を正確に汲み取って、ボウマは魅力的な提案を掲げた。

 皆もそれなりの徒労で腹が減ったのだろう。反対の意志を示す者は、一人もいなかった。

 意外なことに、付き合いの悪いクラインさえも含めて。




 遅めの昼食である。

 学園内は屋台にしても食堂にしても高くつくので、外に出る事となった。


 今日の昼食は、ヒューゴが何度か行ったことのあるという飯場。

 水の国らしい薄切りパンを使った料理が豊富で、値段の方もかなり安い店なのだそうだ。

 個人的には、安くて量が食えれば何も文句はない。

 というより、多分ここにいる皆がそう思っていると思う。


 良く言えば選り好みしない。悪く言えばガサツ。

 学園の食堂よりもライカンの男鍋に喜んで群がるような私達だ。ヒューゴの紹介する店も庶民向けらしいが、それでも普段から比べると、高級志向かもしれない。




「いやぁ、しかし残念だったね」

「うん……」


 水色煉瓦の積まれた店の奥まったテーブルで、私達は五人分の料理を前に、少し疲れたような口調で労いあった。

 私が寝ていただけ、というのはこの場では言わない約束である。昨日は頑張ったんだから。


『だがロッカ、今回は残念な結果になってしまったが……落水口なんてものに、よく気がついたな。俺は今でも、ロッカの疑っていることは正しいんじゃないかと思ってるぞ』

「ありがとう、ライカン……けど落水口に気付けたのは、ほとんど偶然みたいなもんだよ。ヒューゴの貸してくれた本がなければ、多分ずっと迷宮入りしてたと思う」


 古きサナドルの職人が書き記した、ミネオマルタ地下水道の工事資料。

 国でさえ持っていないようなものが現存していたなんて、それだけでも驚きなのに、それをヒューゴが“借りてきた”なんて軽く言ってしまえるのも凄いと思う。人脈が広いというか、何というか……。

 もう少しヒューゴが頑張って情報や噂を集め続ければ、事件の謎が解き明かされるんじゃないかとさえ思えてしまう。

 今回、謎の答えに手が届かなかったのは残念ではあるけれど、自分の納得の行くところまで突き詰められたのは、とても嬉しかった。

 そこまで導いてくれたヒューゴには、おかず一皿分以上の気持ちで感謝せねばなるまい。


「久々に頭を動かす機会ができたかと思えば、もう終わりか。全く残念だ」


 残念なのは私も同じだけどなクライン、その言い方は私とは随分とニュアンスが違うな。


「もう終わりかって、クライン、暇なの?」

「暇……ではない。オレは忙しい」

「ふーん……やっぱり光魔術?」

「ああ。ゾディアトス導師からの直接講義は無いが、自分でやるべき領域は多い。自習は基本だな」


 クラインは小さなトマトを二つ、フォークの端と端の歯で突き刺して、両方を口の中に放り込んだ。器用な真似をしよる。


「でも、発表会の時には本を売ってたよね。色々な人を手伝ったりもしてたし」

「オレも、光魔術ばかりに向き合ってもいられない。息抜きも必要だ」

「息抜き……」

『息抜きか……』

「息抜きねぇ」

「肉うめー」


 クラインの“息抜き”という言葉に、テーブルについたほぼ全員が何か言いたげな顔に変わる。


「……何だ君達は。オレが息抜きして何が悪い?」

「いや、僕は意外だなって思っただけだよ」

「アンタ、息抜きするんだな」

「オレだって休息くらいとるに決まってるだろう。人間だぞ」


 無理矢理に何度も魔術を使い続けてぶっ倒れてた男の言う台詞とは思えないけどな。

 クラインといえば、常に読書と研究に耽ってるってイメージしかないし。


 そんな雑談に久々の朗らかな笑いを交えながら、美味しい昼食に舌鼓を打ってゆく。

 皆との学外での集まりは酒を煽りながらというのが多いので、素面で食事を味わうのはいつも新鮮だ。

 とはいえ、こうして残念会を開くのが夜だったなら、酒に手を出していたんだろうけど……。


「そだそだ、なークライン、本とか売った金ってさぁ、どうするん?」

「俺の金の使い道か」


 ボウマが口の周りに焦げ色のソースをくっつけながら、クラインに椅子を向けた。


「私も気になってたんだよね、それ。本も大分売れてたけど、そろそろ使うつもりなの?」


 そういえば、クラインは常に金を集めてはいるけど、それを使ったという話はなかなか聞いていない。

 私達で何度か仕事に赴いたりして、臨時収入もそれなりにあるはずだけど。


「そうだな、そろそろ貯まってきた……ふむ、確かに、そろそろ乗り換えの頃かもしれん」

「乗り換え?」

「杖の話だ」


 クラインがフォークを持った手を掲げ、中指に嵌められた銀の指輪を見せる。

 美しいレリーフが刻まれた、黒っぽい石を据える銀の指輪。クラインが愛用する、指輪型の杖だ。


「なんだいクライン、また次も指輪型の杖を買うつもりかい?」

「当然だ。二点一組、両手に付けて常に邪魔にならない指輪型こそ、最高の魔道具と呼ぶに相応しい」

「僕はロッドも良いと思うけど?」

「邪魔になる」

「はは、否定はできないな」


 そういえば、金を集めている理由については、前にも言っていたっけ。

 新しい杖を買うために必要なんだって。


 ……確か、杖が必要な理由っていうのも、強くなるためで……どうして強くなりたいのかっていうところまで掘り下げると、多分、姉のクリームさんを倒すためなんだろうなぁ。


 実の姉を負かすために強い武器が必要って、今でも私にはその意味が理解できないな。


「クライン、その指輪じゃ駄目なの?」

「……悪くはない。効率は良いし、理学式の保持時間も長く、逸品ではある。だが、最高品質ではない」

「あくまで、一番良い奴に拘るってわけか」

「そういうことだ」


 クラインが指輪を輝かせ、その手の中に一本のガラス棒を創出した。

 まっすぐ透明なガラス棒は手元の紅茶に突っ込まれ、中身をグルグルとかき混ぜる。


「倒したい相手が一番ならば、一番に成り代わる他あるまいよ」

『ま、そうだな』


 ライカンには通じるものがあったらしいが、相変わらず頑固な男である。

 私はクラインにはわからないように、ヒューゴと見合わせて一緒になって肩を竦ませた。




「あー、なんだかもう、やる気が出てこねえなぁ」

「だなー、さすがのあたしも疲れちったぜぃ」


 昼過ぎちょっと。夕時と呼ぶにはまだまだ早い時間なので、私達は学園に戻ってきた。

 私達、といっても、ヒューゴとライカンは居ない。

 何やら“途中で見つけた鉄片模型屋に寄っていこう”と計画していたらしく、今日はそこに行ったらそのまま帰るのだそうだ。


 男にしか分からないロマンだとか何だとか言っていたので、私は放っておくのが良いだろう。

 故郷でもたまにいたんだよな。ああいう、よくわからない物に興味津々になるような男共が。


「ボウマ、今日は一緒に行けなくてごめんな」

「んーん、全然へーきだじぇ。発表会は、ずっと暇だしねー」


 今のボウマは、私の肩の上に座っている。

 ボウマが“ロッカの肩に座らせてくれい”なんて言ったので、“私はライカンじゃねーぞ”と言ってやったのだが、それでもなお諦めなかったので、じゃあものは試しと持ち上げてみたら、なんと見事に乗ってしまったのだ。

 よく考えてみれば、土嚢を四つ抱える時もこんな感じで持ち上げるのだ。チビで痩せたボウマを抱え持つくらいのことは余裕である。


 周囲の注目を集めるのはちょっと恥ずかしかったけど、“できるもんならやってやるわ”と言った手前、言葉を翻すわけにもいかない。

 そんなわけで、ボウマを担いでの学園入場と相成ったわけである。


「笑うなよ」

「あ、はい、ごめんなさい」


 正門前でパンフレットの受け渡しを行っている男共が私の姿を見て頬を緩ませていたので、ちょっと怒ったら物凄い萎縮してしまった。


「よーし、ロッカぁ、すすめー」

「学園ついたんだから、もう降ろしていいでしょ」

「もうちっと!」

「なんだよもー」


 まあ、今日はお世話になったから言うこと聞いてやるか。


 けどボウマよ、この遊び、私も故郷でやってあげた経験があるんだけどさ。

 楽しんでいたのは全員、十にもならない子供達ばかりなんだからな。


「やれやれ」


 それはともかく、五メートル後ろからついてくる他人面のクラインが、すっげえムカつく。




 さて、発表会も大詰めだ。

 最終盤にはリゲル導師による、招待された人も含めた大規模な光属性術の講義があるので、賑わいはここにきても尚、絶えることはない。

 むしろ、最終日に盛況ぶりはピークに達するはず。そのためか、学園内は期間中であるにも関わらず、準備のために大道具を移動させる人々の働く姿で慌ただしい。


「あー、ロッカあそこ見て、あっちに張ってあるの変わってる!」

「え? おー、ほんとだ。前は、なんだっけ。変な牙がいっぱい貼り付けてある掲示物だったよな」

「うんうん」


 ボウマの指し示した壁に顔を向ければ、一昨日くらいまでそこにあった掲示物が変わっている。

 今貼られているのは、まるでタペストリーのように大きな、楯衝紋の一覧。

 巨大な記号の下には魔族だか魔獣だかの種族名があり、横には細かい文字で、解説などが添えられている。


「ごちゃごちゃしてるけど、綺麗だなー」

「……まぁ、確かにね。色が沢山ついてれば尚良しなんだけど」

「うひひ、言えてるじぇ」


 けど、私とボウマに細かい文字を読もうなんて考えはない。

 見るのは、理学式のように複雑な、複雑な紋様。ただのねじり曲がった図を見ては、“ここが舟っぽい”とか、“ここがじいさんの顔っぽい”とか、そんな評価を下すのみである。


「君達はもう少し、真っ当な楽しみ方ができないのか」


 と後ろのクラインは言うけど、私達からしてみればクラインの言う楽しみ方というのは、極端なのだ。

 馬鹿な私達に秀才らしい楽しみができるはずがないだろう。




 そんな風に、三人でだらだらと構内を歩く。

 一度歩いたことのある廊下でも、そこに展示されているものは大きく変わっていることもあるので、退屈さは微塵も感じない。


「はい、どいてどいてー」

「おっと」

「わっぷ」


 廊下は時々、荷台を押して通るような人もいるので、ぼーっとしてもいられない。


「さっきから、よく通るなぁ」

「ねー」

「発表会終盤の学園裏昇降口は、常時満員状態だからな。使える昇降口ならば棟が少し離れているくらいなら使ってしまった方が早いんだろう」

「へえ、それでこうして、棟の間を移動する荷物が多いわけか」


 掲示物が変わるということは、引っ込める物があるということ。

 その引っ込めるものを片付けるために、階下に降ろすこともあるだろう。となれば昇降口は一度上がったら、なかなか下に降りることもなさそうである。


「第四棟と第五棟が使えない今、昇降口の数には限りがある。荷運びの連中は忙しいし、待ちぼうける。損な役回りだ」

「なるほど、函殴(はこなぐ)れみたいなもんだな」

「はこ……なんだ?」


 あれ? なに、知らないの?




 目新しい展示を求め、貪欲かつ順当に建物を登ってゆくと、とうとう九階まで辿り着いてしまった。

 催しも普段の人気の多さも、上に行くほどに段々と過疎になってゆくのがこの学園の特徴だが、九階と十階は、実のところ少し違う。


 最上階、棟の十階にデカデカと存在する闘技演習場だけは、発表会の期間中に限り、満員御礼なのだ。

 その真下である九階ロビーも、対戦の予定を貼りだす掲示板のおかげでなかなかの熱気に包まれている。もしかしたら、導師さんらの目を盗んで賭け事に興じる奴らもいるのかもしれない。

 マコ導師は、前に賭け事に参加したらいけませんよーって言ってたから、やらないけど。


「やっぱり九階でも人がすごいなー……」

「普段は闘技演習に出ないような連中も、この期間は顔を出すからな」


 九階のロビーを見渡せば、人、人、人。

 学園の魔道士だけでなく、外部から訪れている招待客の姿もちらほらと見えるために、人混みがまるで市場のように色鮮やかだ。

 普段は着飾らない学徒達も、もしかしたらこの機会に着飾っているのだろうか。


「なーなー、ロッカぁ、クライン。闘技演習見にいこーよー」

「おう、良いね」

「そうするか」


 元々闘技演習の観戦が好きなクラインの了承は、簡単に取り付けることができた。

 観覧席でグチグチと駄目出しするのは鬱陶しいけども、的確に実況してくれる説明役として隣に置いておくには、最高の友人ではあるだろう。


 ……クラインの解説は、ちょっとトゲトゲとした言い方を除けば、すごくためになるものばかりなのだ。

 私は腕っ節だけでなく、魔道士としても強くなりたい。今はまだ、全然ミスイなんかに及ばないかもしれないけれど、こうして人の戦いを見るだけでも、きっと勉強になると思う。

 それに、連日焦ったり急いだりで、そろそろ私の疲れも溜まってきたというのもある。ここらで本格的に骨を休めたって、罰は当たらないだろう。




 闘技演習の観戦が決まったところで、さて三人掛けの席が取れるかどうかという問題に差し掛かったが、まぁ人気の無い組み合わせになれば、自然と人も掃けていくだろうということで、一試合分は粘ることになった。


 で、いざ十階へとまたしんどい階段を登って行こうかという所になって、私は視界の隅に、見覚えのある男の姿を捉え、無意識で身体が固まった。


「じゃあ、飼料はこういったものでなくとも……」

「ああ、本来は肉でもいいんだ。ただ、学園の中を汚すわけにはいかないからな。それで、そのシャベルで、口の隙間に注ぎ込めば……」


 幼竜を封じた鉄檻の前に、イズヴェルがいた。

 イズヴェル=カーン。激昂のイズヴェル。冷徹のミスイとよく行動を共にしている、ボウマと同い年くらいの、まだまだ幼い少年だ。


 一度だけ仕事を邪魔されたことはあったけど、以前に話した雰囲気から察するに、性根の悪い奴でないのは確かである。

 でも、あのミスイと一緒にいる奴……そんな先入観を間に挟んだだけで、私の中に苦手意識が芽生えてしまった。


「ですが、エルドレッドさん。こうも頑丈に竜の顎を拘束具で封じたのでは、上手く飼料が……」

「あー、だが取るわけにはいかないからな、わかってくれ」

「……はい」


 イズヴェルは幼竜の檻の前で屈み、小さなシャベルのようなもので餌をやっているようだった。

 わずかに開いた竜の口の隙間へと、餌を注ぎ込むように与えてゆく。

 それは“飼う”というよりは、“生かす”という冷淡な目的が透けたような、飼育風景であった。


 あの幼竜は発表会後に屠殺され、生体素材は学園の魔族科に寄贈されるのだそうだ。

 イズヴェルは、それが悲しいのだろう。竜の小さく開いた口に飼料を注ぎながら、悲しそうに目を潤ませていた。


「おや、君は確か……ああ、ロッカ君、だったかな?」

「え」


 私がイズヴェルに目をやっていると、その隣で指示を出していた男が気さくな声をかけてきた。

 動きやすそうな服には傭兵団“カナルオルム”の紋章が貼り付けられ、その隣には招待者を示す銀色のバッジが輝く。

 実用性重視のブーツは使用感があるものの、学園への配慮か、しっかり磨かれており、泥臭さは感じられない。


 彼は、何度か顔を合わせたことがある。“カナルオルム”を指揮する、ギルド団長のエルドレッドさんだ。


「どうも」


 声をかけられては無視するわけにもいかない。

 私は悲しそうなイズヴェルには目をやらず、あくまで彼とだけ話すように視線を固定し、小さく頭を下げた。


「ああ、ロッカじゃないか……久し振りだね」


 すると隣のイズヴェルも目元を拭い、明るい口調で挨拶を交わす。

 ……黙って、そのまま闘技演習場に行きたかったんだけどな。まぁ、捕まったならしょうがないけども。


「イズヴェルは、餌やりの手伝いでも買って出たの?」

「うん、まさにその通りだよ。この竜を見ていると、どうも不憫でならなくてね」


 いつぞやのウサギの時も、同じことを言っていたっけ。

 イズヴェルは檻を撫で、中で背を丸くした竜を、淋しげに眺めている。本当に、この竜に対して、心底同情しているのだろう。


「おいウィルコークス君、何をしているんだ。さっさと行くぞ」

「あ、ごめん。待たせたね」


 クラインに急かされたのを好機と、私は片手で簡単な別れを告げてイズヴェルから離れる。

 イズヴェルも、“じゃあ”とだけ言って、私に手を振った。


 私が先をずんずんと歩いてゆくボウマの後を追い、小走りで進む最中。

 その後ろでクラインとイズヴェルが鋭い視線を交錯させていたのを、私が気付くことはなかった。



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