盥005 受け継ぐ力
結果、四勝一敗。
乗り込んでいきなりやったにしては、まずまずの戦績といったところだろう。
最後のデリヌスにあっさりと負けたのは悔しいけれど、疲れていたという言い訳でもさせてもらおうか。
私としては、ナタリーに勝利できただけでも十分である。
「だり」
そのナタリーはというと、現在テーブルに突っ伏して脱力状態だ。
皆の飲み食いするテーブルの面積の半分近くを意味なく占有する辺り、流石ナタリーであると褒めるしかない。
私の腕試しの結果は、彼ら鉄専攻にとって思いもよらぬ衝撃をもたらしたようだが、それでも嫌な盛り上がり方というわけではなかった。
彼らは悔しさに酒を煽っているが、まぁ、自分らが勝ったとしても酒盛りは変わらなかっただろう。
「……で、ナタリーはどうすんのさ」
酒を煽ったせいでカウンターで爆睡しているロビナの近くに水を差し出しながら、私は訊いた。
「あー?」
「闘技演習だよ。ミスイとの」
「ああ、だから、やるっつってんだろ」
「勝てるの?」
腕相撲の勝利と酒の勢いを借りて、素直に訊ねる。
私が問うと、騒ぎの余韻を楽しんでいるデリヌスとレドリアの顔が、それとなしにこちらに注目した。
ナタリーは突っ伏したまま、動かない。
「勝つ見込みがあるから喧嘩売ったんだろが」
けど、彼女は平坦な声色のまま平然と言ってみせた。
「そうなの?」
「アタシを誰だと思ってんだテメェ」
「ナタリー?」
「“パイク・ナタリー”だ」
ナタリーが突っ伏したまま右手を掲げ、ピンと立てた人差し指を、部屋の隅の布達磨に向けて振り下ろす。
するとその瞬間、僅かな魔光の輝きと共に黒い鉄針が顕れた。
腕を振り下ろした勢いによって撃ち放たれた鉄針は、布達磨に深々と突き刺さった。
重々しい音と、ひと目でわかる刺突の深さ。ナタリーの振り回していた槍による一撃と同等か、それ以上の威力であることは間違いないだろう。
ナタリーが最も得意とする投擲魔術、“スティ・レット”の無詠唱。
私も彼女との戦いでは、随分とこの術に苦しめられたものである。
今や良い……思い出には流石になってないけど。印象に残っている技だ。
「ミスイは水魔術使いで、こっちは鉄魔術。環境戦にうるせぇ水国の魔道士連中からしてみりゃ、アタシは不利なんだろうがよ」
「でも環境、取られるときついよ」
「ふん」
「うむ、確かにな」
私はルウナとの戦いで、環境戦の難しさをよく思い知った。
自分の周囲や地面が相手の魔術によって満たされているだけで、ああまで思い通りに戦えなくなるとは。あの時は偶然勝ったから良かったけど、今にしたって対策し難いタイプの魔道士だ。
「ロッカちゃんみたいに床環境に依存してねーから、アタシにとっちゃそこまでなんだよ。……そっちの、特異科担当のマコ導師みてーな、水環境を空中にまで広げるようなバケモノが相手だと別だけどな」
マコ導師をバケモノ扱いするとは。
ここにライカンが居なくてよかったな。居たら多分、大変なことになってたぞ。
「ま、試合当日には、アタシの雄姿を良く見ておけってわけだ」
ナタリーが余裕そうに言って、再び指を振る。
すると今度は、布達磨に刺さった鉄針が逆方向に向けて射出され、目にも止まらぬ勢いでナタリーの手中に収まった。
「無詠唱での正確な“スティグマ”。素晴らしいですわ、ナタリーさん」
「へっ」
……これだ。
鉄の針を撃ち出して、それを更に撃ち直す魔術。
ナタリーの魔術投擲は、ただ投げっぱなしにするだけのものではない。
撃ち出したものを、彼女は再び再利用できるのだ。
例え一度避けたとしても、背後からの一撃が増える。事前に知っていても知らなくても、対処は非常に難しい。
……私にもそんな魔術があれば良いんだけどな。
岩の柱を出して蹴倒したり、床を敷いてから串刺しにしたりだけでは、彼女らのような物を投げ放つ魔道士達とは、いつまでたっても対等に渡り合えないだろう。
たとえそれが岩の槍投げであっても、習得できるもんなら習得してみたいなぁ……。
「……ロッカちゃんよ。アタシのこの魔術、覚えてみるか」
「えっ」
ナタリーの口から漏れた一言に、私は一瞬、理解が追いつかなかった。
「だからぁ、“スティ・レット”。覚えてみるかって言ってんだよ。耳聞こえてんのか」
「“スティ・レット”って、あれだよね。今の、針っぽいのを投げる奴だよね」
「針とは限らねぇけど……まぁ、そうだ。覚えておくと、ただの“スティ・ボウ”以上に役立つ事は間違いねえ」
ナタリーがそっぽを向き、ピスタチオの殻を噛んだ。
「どーするんだよ」
「覚える! ていうか、教えてくれ!」
初心者用の指導書は色々と読んでみたが、“スティ・レット”はなかなか見当たらなかった。
本にはない魔術。それも、結構強いとわかっている魔術だ。
ここで私が食いつかないはずはなかった。
「な、なんだ、やる気だけはあるんだな」
「そりゃそうさ」
魔道士として強くなりたい。その気持は確かなものだ。
だからこそ、私はそのために努力を惜しまない。物覚えの悪い馬鹿は馬鹿なりに、とにかく何でも覚えなければならないのだから。
「おーい、俺のグログないんだけど、誰か飲んだりした?」
「ぁあ? うっせージキル、今教えてんだ、黙ってろ」
「あ、うん」




