盥004 捻り潰す腕
騎士団の輝かしい栄光に近づくため、白星を掴む努力を惜しまない。
話に聞けば、ナタリーら鉄専攻は粗暴な所は数多くあれど、そういう真っ直ぐな連中なのだという。
ナタリーは、ルウナとも戦ったことがある。
その時は、ルウナの方から挑んでいたのだろう。彼女は、ナタリーに対して壇上で怒りを露わにし、ナタリーの残虐さや、横暴な振る舞いを糾弾していた。
曰く、ルウナの友人がナタリーとの闘技演習で傷つけられ、杖を握れなくなってしまった、だとか。
観覧席で聞いていた時は、それまでの印象も相まって、ルウナの友人とやらが可哀想でならなかった。けど、それも見方を変えれば、正々堂々と勝負をして、ぶつかり合った結果だ。
確かにちょっと過激に傷つけるきらいはあるかもしれないが、彼女ら鉄専攻の言う通り、そこで潰されるようなら、魔道士を目指すべきではないのかもしれない。
魔道士は、魔術を行使する者。
当然、戦いに赴く事だってあるだろう。
闘技演習は魔道士の未来の縮図であり、属性科のAクラスともなれば、その将来はより身近なものとなる。
この名門の学園に籍を置いている者は、誰もが本気だ。
本気でぶつかりあい、蹴落とし合い、その結果、脱落者が出た。
悲観的な、悲劇的な目線で見なければ、なるほど、杖を持てなくなったという女学徒の一例もまた、取るに足らない属性科の日常なのかもしれない。
「まぁ、せっかくだ。一杯くらい飲んでいけ」
「あ、ども」
「おお、デリヌス太っ腹だな」
「来客なのだ、当然だろう」
デリヌスからグラスを差し出され、そこにグログを注がれた。
せっかく、という割には景気良く波々と満たしてくれたのは、なかなか嬉しい歓迎である。
こういう所でケチるような男は大成できない。しかしその点、デリヌスの将来は安泰に違いない。私が保証してやってもいいだろう。
「んぐ、んぐっ」
「おお」
「ぷぇっはぁッ」
敬意を込めて、一気に飲み干す。
ああ、やっぱり美味い。欲を言えば一日一本は飲みたいところだ。
……金があるだけに、ちょっと欲深くなってるかな。
気をつけないと。
ああ、でもやっぱ美味いものは美味い。
「っはー、疲れた……」
摘みにチョイチョイと手を出していると、御役目を終えたナタリーが肩で息をしながら、テーブルへ戻ってきた。
連れて行かれたロビナは、部屋の隅で転がったまま動いていない。
……本当に死んでないんだろうな、アレ。
ともあれ、先ほどまでの癇癪を見るに、ロビナと同じような話題を持ち出すのは不味そうだ。
珍しい顔が見れるからといって、身の危険を冒したくはないし、そもそもあまり人をからかうのも好きではない。
「私が来た時、槍振り回してたよね。あれ、何してたのさ」
だから私は、適当に気になっていた事を話すことにした。
「ぁあ、そりゃ、槍の鍛錬に決まってるだろ」
「槍の鍛錬って……ああ、騎士団」
「そーだよ」
ナタリーは座ったばかりの身体を再び椅子から引き剥がし、今度は壁際の布達磨の前に向かい合った。
「魔道士ったって、身体が動かなきゃ役には立たねぇ。そこんとこ勘違いして、座学と棒立ちでの実戦しかやってこない連中が多すぎるんだよな」
壁に掛けられた槍を取ると、ナタリーは脚を開き、構えを取った。
なるほど、私はてんで素人だけど、雰囲気だけで、なかなか様になっていると分かる姿だ。
「おらッ、おりゃぁッ!」
最初に見た時のように、ナタリーは槍を振り回し始めた。
切っ先は刃引きされ、鈍いのだろう。縦横無尽に振り回される槍は、斬りつける動きにおいては布の塊を傷つけることはなかった。
しかし、突きは強烈だ。
「はッ!」
力強い踏み込みと共に突き出される槍の刺突は、布の塊を深く貫いている。
その威力は、きっと薄っぺらな金属鎧では防ぎきれないものに違いない。
「戦う人間なら、避けるにせよ、接近戦を仕掛けるにせよ、身体は資本ってワケ……よッ!」
最後に、数歩後退したナタリーが槍を肩に構え、勢い良く放り投げる。
槍は矢のような早さで空を切り、布達磨に深く突き刺さった。
「とま、こんなもんよ」
「おー」
してやったり、な顔のナタリーに、しかし練り上げられた技術に素直に感動していた私は、惜しみない拍手を送った。
隣ではレドリアも感激しきったように目を潤ませ、手を叩いている。
「闘技演習場では、身体強化もできねーからな。アタシはそっち込みのが得意なんだがよ。けど使えねえもんはしょうがねえ」
「ああ、郷に入れば、というわけだ。実戦に近い形式の戦いとは言いがたいが、互いに条件が同じならば、言い訳は見苦しいというもの……」
「相変わらず武人だねぇ、デリヌス……」
なるほど、騎士団志望の面々は、元々武術で騎士団を目指している。
確かに、このミネオマルタの闘技演習のような身体強化なしのルールは、彼らにとってはちょっとしたしがらみなのかもしれない。
それでも強者として一派閥を形成できるっていうのが、凄い所だけども。
「そういえば、ロッカよ。お前も身体強化を使えるのだったな」
「ん? まぁ、そうだけど」
そりゃあ、仮にもクランブルだ。
身体強化くらい使えなきゃ、私のような小娘は鉱山では生きていけない。
「この国に来てから、理学だの魔術だのばかりで、気が滅入っている事だろう。ならばどうだ、ここはひとつ」
「お」
デリヌスが皿をどかし、デーブルの中央に大きなスペースを作った。
そこで、不敵な笑みに固い握り拳を作るデリヌスを見て、私は彼の意図を確信する。
「力自慢でもしてみないか」
デムハムドにおいては見慣れた光景である。
ちょっとスラが殴れた時には、時間つぶしに男に混じってよくやっていたものだ。
「面白いじゃん」
腕相撲。それは、腕っ節の強さを証明するための、非常にシンプルで、しかも負けたくない戦いだ。
ルールは簡単。
肘ついて、互いに手を握って、相手の甲を机に叩きつける。たったのこれだけだ。
身体強化が公認されていれば不正のしようもない勝負なので、馬鹿でもできる遊びと言えよう。
「ふふ、私だって騎士志望だから。手加減はしないわ」
まず私の前の席についたのは、レドリアだ。
どうもこれから、私はここにいる鉄専攻の面々と続けざまに腕相撲を挑まなくてはならないらしい。
強さの序列を決めたがるあたりの精神は、鉱山の連中と似たり寄ったりなので、別段嫌でもないけれど。
「せっかく来たんだ。腕っぷしの強さくらい、見せて見ろや」
「お、レドリアとロッカがやるの!?」
ナタリーはグログの瓶をそのまま飲みながらカウンターの上に腰掛け、地に伏していたロビナは生き返り、ボロボロの身体で観戦の体勢に入った。
誰もが私とレドリアを、とても興味深そうに見つめている。
闘技演習なんかよりも人数は少ないけど、これはこれで、負けられそうにないな。
「うし、やるか」
「!」
私は右肘をテーブルに叩きつけ、手を構えた。
当然、右手だ。金属製の無骨な義腕が、レドリアの目の前に鎮座する形となる。
彼女は僅かに唾を飲んだようだが、すぐに不敵な笑みを浮かべ直して“面白いじゃない”と強がってみせた。
「では、尋常に」
互いに握った私達の手を、審判役のデリヌスが両手で軽く包み込む。
実際の所どちらが勝ったかなんて明白なので、審判なんて必要ないんだけど、そこはそれ、気分だ。あるならあったほうがいいのである。
「はじめっ!」
「オラァッ!」
「きゃっ!」
けどまぁ、やれば大抵の場合、決着は一瞬でついてしまう。
私が力任せにねじり込んだ手は、鈍い音と共にテーブルを軋ませた。
「勝者ロッカ……おいレドリア、大丈夫か?」
「い、痛いわぁ……」
「ごめん」
私の速攻が強すぎたか、レドリアは手を痛めてしまったようだ。骨は折れてないだろうけど、涙をにじませている。
けど、ここにいる皆は身体強化を使えるのだ。相手が華奢でも、一瞬足りとも油断はできない。
相手の力が未知だからこそ、手は抜けないのだ。
「お前本気だな……」
「勝負だしね」
容赦無い決着に困惑気味のジキルに、私は鼻を鳴らして応えた。
「次は私だよ! へへん、非力なレドリアなんかとは違うからね!」
「どうせ私は非力よ」
次に出張ってきたのは、ロビナだった。
手を握り合う前から既に服のあちこちが汚れてるんだけど、大丈夫なのか。本当に。
「ていうか私さ、これ全員とやるの?」
「ったりめーだろ、アタシの酒のつまみになれよ」
ナタリー、お前既にナッツをひょいひょいと食べてるんだけど、それでもまだつまみが足りないってか。
「ここに来たが運の尽きという奴だ。腕力順に並べてやってるから、いけるとこまでいってみるといい」
「……デリヌスはそう言うけど、私、あんたには勝てる気しないよ」
「おいっ、今は私だぞ! こっち見やがれロッカ!」
「はいはい」
強い順番に戦って、勝ち抜きか。
多分最後がデリヌスになるんだろうなぁ。さすがに武道の心得があるガタイの良い男と本気でやるのは、難しい。
「では、尋常に」
まぁでも、それまでは細身な連中しかいないし。
「始めっ!」
「オラァッ!」
「ぎゃー!」
久々にこの勝負を楽しませてもらおうか!
「いだいよー……」
「大丈夫? ロビナ」
二勝目。ちょっとした手応えはあったけど、まだまだいける。
これでもクランブル名乗ってるんだ。同い年くらいの女にゃ負けるわけにはいかないって。
「おいおい、レドリアもロビナもそれなりに使えるはずなのに……」
「よし次、ジキルの番だな」
「げぇっ、やっぱ俺かよ!?」
戦々恐々としていたジキルの番が、ついに回ってきた。
誰もが好戦的な中で唯一自信なさげな表情の、この男。始める前から負け犬の雰囲気を纏ってはいるが、それでも五人中三番目の腕力を持つというのだから、勝った気ではいられない。
「ジキルは、ナタリーより弱いんだ」
「ほっとけ……」
ジキルが席につき、私の手を握った。
細身の腕だ。しかし均等に、程よく鍛えられてはいる。
「よーしジキルゥ、ロッカに五秒以内に負けたらナッツガンの刑な」
「くそっ! 負けられねえ!」
「では、尋常に」
ナタリーから謎の檄が飛ばされ、ジキルの戦意が一気に増した。
突然変わった目つきには少しびっくりしたけど、しかし五秒と聞いては、こちらもどうにかそれを達成してみたくなるものだ。
「始めっ!」
「オラァッ!」
「んぐぉっ!?」
三人目の腕相撲。対ジキル。
ここにきてようやく、私の瞬発力をなんとか堪える奴が現れた。
「おおっ! いける、ジキルいけるよ!」
「頑張れジキルー!」
「ふおおおお……!」
お互いに身体を沈ませ、腕に全体重を込める。
拮抗する力は震えを生み、私の義腕もカタカタと音を鳴らし始めた。
が、しかし、五秒。そうと聞いては、こちらもリクエストに応えざるを得まい。
「オラァ!」
「おぎゃんっ!?」
「はぁい罰ゲームゥ!」
「ぐほぉっ!?」
私がなんとかギリギリ五秒以内に組み伏せると、すかさず全力投球されたナッツの弾丸が、ジキルの額に直撃したのだった。
「くっそーなんだあの腕力はぁ……!」
部屋の隅っこでは、ジキルが額を撫でながら一人反省会を開いている。
悲しげな背中だが、しかし誰も彼に構おうとはしない。可哀想に。
だが実際、ギャラリーもそこまで暇じゃないってのは、事実である。
なにせこれから始まるのは、属性科三年鉄専攻の総大将の戦い。
ナタリーと私との対決なのだから。
「ナタリーさんやっちまってくださいよぉ!」
「頑張ってください、ナタリーさん!」
女二人の応援も、酒が入ってなかなかの盛り上がりだ。
わかっちゃいるけど、私は完全なアウェイである。
「キヒヒヒ……ごめんねぇロッカちゃん。アタシの土俵で勝負してもらっちゃってさァ」
「アンタの土俵?」
ナタリーは私の右手を握り、好戦的に笑う。
たかが腕相撲。されど腕相撲。
今や互いに噛みつく理由はなくとも、いざ勝負となれば、空気は決して穏やかなままではいられない。
「闘技演習場なんてシケた場所じゃあ、アタシは全力を出せねーんだよ」
「ふん、それを言うなら、私だってこっちのが得意だよ」
魔術と気術。
今の私が使ってみてどちらの方が強いかと言えば、当然勉強中の魔術……と言いたいところだけど、気術の方だろう。
ナタリーと闘技演習場で真正面から戦うよりは、身体強化で殴りあう方が望みがあるというものだ。
彼女はどうしてか自信満々だが、この勝負で都合がいいのは、むしろ私の方である。
「ロッカちゃん、この前の借りをここで返してやンぜ……」
「は、いらねーな」
お互いの握る手に、魔力が注がれた。
身体強化と身体強化。異なる二つの魔力が干渉し合い、ジリジリと焦げるように消耗してゆく。
……前に戦った三人よりも強力な、噴き出すような魔力。
ナタリーの力を肌で感じた私に、油断はなかった。
「いざ尋常に……」
さっさと始まれ。
声が合図だ。
冷や汗垂れる緊張の中、思考がゆっくりと流れていく。
「始め!」
が、始まれば息をつく暇など無い。
声と共に込められた腕力が、それまでの戦いと同じように、ナタリーの腕を捻り込む。
「んぐっ……!」
「ぎっ」
が、動かない。
私は確かに全力で、ナタリーの腕をテーブルにめり込ませる勢いで、叩き込んだつもりだった。
しかし腕は、最初の地点から少しも動こうとしない。
「お、おおおっ! な、なにぃ、あのナタリーさんと互角ぅ!?」
「ナタリーさん、本気よ! 本気でやっちゃってください!」
「おおおっ……本気だぜチキショウ……!」
テーブルが軋む。義腕が震える。
正真正銘の全力を、今私は振り絞っている。
畜生! 悪態付きたいのはこっちの方だ!
なんであのナタリーがこんな腕っ節つえーんだよ!
お前、魔術が得意なだけのチビじゃねーのかよ!
「うおおおおっ!」
「おおお!?」
尚の事、負けてられねえ!
前の闘技演習で私がナタリーに勝ったのは、相手が油断してくれたからだ。手加減があったからだ。
もし実際にナタリーが油断なく本気でやりあっていたなら、違った結果になっていたかもしれない。
それはつまり、ナタリーが勝っていたかもってことだ。
魔術も負けて、しかも気術も負ける。
私は、確かに頭も悪いし、今まで鉱夫としてやってきただけの、魔術も気術も素人の馬鹿野郎だけど……。
でも、ナタリーにその両方で負けるのは、なんか、絶対に嫌だ!
「死ねぇナタリィイイイ!」
「うおおおっ!? し、死ぬかクソぉおおおッ!」
ナタリーの手首を押し込み、カタツムリが全力疾走するくらいの速度で追い詰める。
少しずつ。でも確実に。
私がナタリーの腕を傾ける毎に、外野の女二人がきゃーきゃーと悲鳴を上げる。
大袈裟な外野だが、ナタリー本人の顔色の悪さはそれ以上だ。
短時間の間に滴る汗。紅潮する顔。それだけならなんとなく色っぽい表現だが、やっているのは本気の腕相撲だ。
「クソッ……! アタシより強化が使えるってどーいう……!」
「これがっ、クランブルの力だぁああ!」
「ぎゃほっ!?」
長時間の拮抗により力が弱まったナタリーに引導を渡し、勝負は決した。
「勝者、ロッカ! おお、まさかナタリーに勝つとは!」
「よっしゃー!」
「チキショー!」
「いてえ!?」
私が勝利に歓喜の叫びをあげ、ナタリーが悔しさにナッツを投げ、そのナッツがジキルの額に襲いかかる。
勝った。
腕力勝負でナタリーに勝ったぞ!
「どーだ、これが私の実力だ!」
「ぐわぁあああ! クソったれ畜生クソクソクソッ!」
「痛い痛い! やめて! やめてください! ピスタチオの殻はやめて!」
腕を掲げても誰も褒めてくれねえ!
歓声より悲鳴の方がデカイって、そりゃないだろオイ。
畜生、誰のだか知らねえけど、この酒飲んでやる。
ナタリーをぶっ倒した記念だ。どれ、もう一杯。
「ナタリーもかなりの気術の使い手だが、それを上回るとは……強化の持続力と瞬発力、その調整の上手さ、なかなかの身体強化じゃないか」
騒がしい中で、唯一私の勝利を讃えてくれるのはデリヌスだけだった。
他のみんなはショックを受けてたり、ナッツ投げてたり、逃げまわったり……好き勝手な連中である。ボウマと良い勝負だ。
「掘削作業は、効率よく強化を使うのが大事だからね。ここぞという時は強く込めるし、普通の時にはちょっとだけ、って感じで使い分けるんだよ」
「ほう、器用なものだ。魔道士の道を進ませるには惜しい才能だぞ」
「へへ、そうかな……」
いや、おだてられても、魔道士を諦めるわけじゃないけどね。
だけど他の才能もあるって言われて悪い気はしないし、そっちの“あるかもしれない道”の可能性があるとわかれば、素直に嬉しいものだ。
……魔道士だけじゃなくて、まさか私は騎士にもなれたりするのだろうか。
騎士かぁ。剣を持って、鎧を着込んで、あれだ。戦うやつだ。
格好良い、格好悪いはともかくとして、鉄国の中でも特に重要な、誇り高い仕事である。
そんな崇高そうな、縁遠いものにまで手が届くかもしれないなんて……。
むふ。
「よし、ならばロッカ、最後は俺の番だ。俺は気術だけならばナタリーよりも強いが、どうする。やるか」
「へへ、当たり前っしょ。丁度良いぜ、デリヌスで五人抜きの箔をつけてやっか」
酒を一気に煽った私は、机の上でデリヌスと手を握り合う。
筋肉質で、皮の分厚い硬い手だ。そこから感じ取れる魔力も当然、大きいもので……。
「では、尋常に……」
ってあれ、まずい。
今の私の疲れ具合と、相手のこの強化じゃ……。
「始めッ!」
「わぁ!?」
デリヌスの開始の宣言と共に、私は簡単にひっくり返されてしまったのであった。




