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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 這い寄る幻影

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箪001 逸れる朝道

 袖をよく擦って、温める。


「……」


 すんすん、と鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。

 鼻腔をくすぐる独特な石鹸の香りは、機人の関節部に使われる油にも似ている。

 けど、私が長年使ってきた石鹸とは違う香りだ。

 新品だからとか、そんな些細な差ではない。原料が違うが故の、もっと根深い部分での違和感を感じてしまう。


 そんな調子で朝の通りをえっちらおっちら歩いていたら、前から歩いてきた男と肩がぶつかってしまった。

 半分よろけた相手に対し、私は少しだけ足元をよろめかせる。


「あ、ごめん」

「……」


 男は非難するような目を投げかけてきたが、私を見ただけで、文句の一つも飛ばさずに道を歩いてゆく。


「……そういう無視もなぁ」


 他人に罵倒されたいわけではないが、今ぶつかったのは私の不注意だ。相手に非がある以上、去り際にバカヤローの一言でも飛ばせばいいのに、なんて思ってしまうのは、この街で過ごしているからこその感覚なのだろう。


 ポケットの中の財布がスられていないことを確認してから、私は自らの不注意を猛省する。

 郷の雰囲気に慣れたら慣れたなりに、その型に自らの自然体を合わせていかなくちゃいけないな。




 ソーニャと一緒に探しまわってようやく買った石鹸は、メルーク石鹸であった。

 メルゲコ石鹸とは原材料に差はあるが、似たような原産地と似たような効果、似たような色をしていたので買ったものだ。

 しかしどうにも、肝心の使用感はいまいちといったところ。

 数日間使っているうちに石鹸の香りも染み付いてきたが、その香り自体がちょっと慣れないもので、困っている。

 ソーニャには申し訳ないが、また別のものを探さなくてはならないだろう。

 今の私はそれくらい、この香りが気になっている。


「マルタ杖士理学研修院でーす」

「ん?」


 眉間に皺を寄せながら歩いていると、目の前にチラシを差し出された。

 丁度両手で収まる程度の、印字も紙質も整った、上品な広告チラシである。


「研修院からの募集のお知らせです。良かったら、お受け取りください」

「あ、はい」


 何のことやらさっぱりであったが、手頃で受け取りやすい紙だったので、ついつい手に取ってしまった。

 劇団や読売りの販売の低質な紙のチラシは通りでよく目にするものの、数YEN取られてしまうので手を出したことはない。

 こうして配られる広告を受け取るのは、私の人生において初めてのことだ。

 ちょっとだけ、感動。その勢いで、ついつい道の端に移動し、じっくりと読んでしまう。


「マルタ杖士理学研修院、学徒募集のお知らせ……理学校の広告か」


 ミネオマルタ国立理学学園とは違うようだ。けど、名前からしてここ、ミネオマルタにある学園らしい。

 文字からに滲み出る雰囲気も、私の通う理学校に負けず劣らず、上昇志向の強そうなものだ。


 募集要項も、初等学校卒である他、属性なんたらかんたらという項目がいくつか、小さな文字で印字されている。

 上質な紙を羽振りよく振る舞う程だ。相当に格式の高い学園であることは、疑う余地もなかった。


「まぁ、既に名門校に在学している僕達には関係のない広告じゃないかな? ロッカ」

「え? あ」


 じっくりと受け取った広告を読んでいると、同じ紙を持ったヒューゴが目の前にいた。


「やあ、ロッカ。おはよう」

「おはよう、ヒューゴ……って、なんかヒューゴからおはようって言われるのも珍しいな」

「おいおい、どういう意味だよ」

「そーいう意味。毎朝遅刻ギリギリの時間に来てるくせに、白々しいぞ」

「はは、そう言われるとな」


 いつまでも同じ場所で立ち止まっているのも何なので、私とヒューゴは一緒に学園に向かうことにした。

 ソーニャやライカンと出会う事なら何度かあるけど、ヒューゴ。これは本当に珍しい事だ。

 今日のミネオマルタには、雨が降らないかもしれないな。




「ちょっと前から、マルタ杖士理学研修院の活動は多くなってたからね。今朝もこの通りで宣伝してるっていうから、見に来たんだよ」


 もらったチラシを二つ折りにしながら、ヒューゴが先を歩く。


「へー……ヒューゴは学園の噂話には詳しいイメージはあったけど、こういう事にも通じてるんだな」

「自慢じゃないけど、街のことにだって詳しいよ? 面白そうな話を聞いたら、とにかく足を運んでみてるのさ」

「私は、そうはなれないな……」

「とにかく歩くことだね。知らない道を歩いて、色々なものを見て回る。結構面白いよ」


 私からしてみれば、学園内でも探索という言葉が必要になるほどの広さだというのに。この街に詳しいとなると、その規模は想像ですら掴めそうにない。


「そう、噂話といえばさ、ロッカ。ライカンにね、あの闘技演習から細々と、ファンみたいなものが増えているらしいんだ」

「え、うそっ」


 なんて驚いてはみたが、納得できる心当たりは多い。

 マコ導師にあれだけ善戦してみせたのだ。魔道士の学園とはいえ、その姿に心動かされた人がある程度いても不思議ではない。


「といっても、女の子は居ないよ。気学科の男子学徒がほとんどさ」

「気学科かよ」

「実戦級の魔術に真っ向から対抗してみせたライカンの姿を見て、学園内では日陰者になりがちな気学にも未来はあるって思ったんだろうね。しばらくは、ライカンも人気者になりそうだ」

「……ほんと、ライカンって男ばっかりだな」


 マコ導師に気学科の男子学徒。

 偏った彼の学園生活に、思わず乾いた笑いが出てしまう。

 彼自身が望むかどうかはわからないが、赤の他人のファンくらい、女子がついてもいいじゃないか。


 ぐだぐだと歩きながらそんな話をしているうちに、私達は学園に到着した。


「あれっ」

「ん?」


 そして正門を踏み越えたところで、いつもは閑散とした貝煉瓦の広場に、妙な人だかりが出来上がっていることに気付く。


「なんだなんだ、面白そうな事でもやってるのかな」

「あっ、おいヒューゴ、せっかくいつもの時間に来たのに……」


 その人混みに良い予感でも悟ったのか、ヒューゴは一足先にと、そちらの方へ小走りを始めた。


「……しょうがない奴だな」


 ヒューゴの度重なる遅刻は、ひょっとしたらああいう好奇心旺盛な寄り道癖が原因なのかもしれない。

 と、そんなことを思いつつも、私も一緒に見に行くんだけどね。




「動力源は?」

「主動力はサードニクスの黒魔石です。試運転用に何度か使った程度なので、まだ充分な余力が残っていますよ」

「動くのか! すごいなぁ、学徒で作り上げるなんて」

「ありがとう。どうぞ短い間ですが、ぜひともご覧になってください」


 人だかりの肩の隙間から見えたのは、うつ伏せに倒れた灰色の甲冑だった。

 いや、よく見れば甲冑ではない。人形かとも思ったが、それも違うようだ。


「ロッカ、見てみなよ。魔具科が作ったゴーレムだってさ」

「ゴーレム」


 先ほどから聞こえてくるサードニクスという単語といい、あまり穏やかな話題では無さそうだ。

 ところが私以外の皆は、不思議とどこか楽しそうな顔で、話も弾んでいるように見える。

 彼らはゴーレムを囲んで、何をしようというのだろう。


「おお? もしや、そこにいらっしゃるのは、“クランブル・ロッカ”ではありませんか」

「え、私」


 倒れ伏すゴーレムのすぐ隣に立っていた黒髪の男が私を見て、歩み寄ってきた。


「おお、本当だ。あの番長……」

「しっ、よせ。ロッカさんと呼んでおけ」


 ギャラリーらしい男達の好奇の視線も集まって、居心地は非常によろしくない。

 時の人の座はライカンに譲り渡したつもりでいたけど、まだ私の有名人扱いは終わっていないようである。


「初めまして、噂はかねがね。私は魔具科の五年、イツェンといいます」

「あ、ロッカ……です」


 イツェンと名乗る長身の真面目そうな男は、薄汚れた皮手袋を外し、私に握手を求めてきた。

 分厚い作業用の手袋から抜き出された手はどこか湿っぽく見えるが、求められた礼を突っ張ねて返すわけにもいくまい。

 私は、想像通りちょっと嫌な感触であったが、彼の握手に応えた。

 が、内心で嫌々と手を握り交わした瞬間に、ふと、嗅ぎ慣れた匂いに気が付く。


「……あれ」

「どうかされましたか」

「メルゲコの石鹸」

「! よくわかりますね」


 イツェンは驚いたように手を離し、私はその反応に、勘に近い幽かな気付きが正しい事を悟る。

 メルゲコの石鹸。まさか、こんな所に転がっていようとは。


「イツェンさん、早くゴーレムを動かしてみてくださいよ」


 “メルゲコの石鹸を”と私が言おうとしたその時、外野からぶーたれた声が投げ込まれた。


「いつまでもうつ伏せたままじゃあかわいそうだ」

「イツェンさん、はやくはやく」

「ああ、すみません。そうですね、では早速」


 外野の声に押され、魔具科のイツェンは慌ただしくゴーレムの整備に取り掛かる。

 どうやらこの倒れたゴーレムは彼が創作したもので、今からをそれを動かすつもりらしい。


 本格的に動かそうという雰囲気になると、いよいよ興味津々な野次馬たちも、一旦ゴーレムから距離を取り始めた。

 私とヒューゴは始業の時間を気にしながらも、その様子を遠巻きに眺めている。


「ゴーレムって、魔族だろ。危なくないのかな」

「自然が生み出すゴーレムもあれば、人が作り出すゴーレムもあるからね。そりゃ、人の作る物は人に対して有効なゴーレムが多いけど、中には人の生活に役立つものだってあるんだよ」

「人の作るゴーレムねぇ……」


 仕事の最中に襲いかかってくる中では最大級の厄介者、というのが私の中でのゴーレムだ。

 人が作ろうが勝手に生まれようが、岩と石くれの暴力の権化であることには変わりない。

 ヒューゴはゴーレムの有用性に理解があるようだけど、私はゴーレムによって大きな怪我を負った人々を沢山見ているだけに、この抵抗感は拭えそうになかった。


「えーでは、魔具科五年の私、イツェンが作り上げた命令式駆動ゴーレム、“ドライア”の始動実験を始めたいと思います」

「おー」


 距離を置いた疎らな観客たちが、慎ましい拍手を送る。

 ちょっとした浮かれた様子の一角に、正門からやってくる学徒達も、足を運ばないまでも、何事かとこちらを伺い始めた。


「協力していただいたのは、理式科のベルキンス導師、理式科五年のリブリック、エイケイン、そして特異科のユノボイド君です」


 おい、なにさりげなくクラインが混じってるんだ。

 お前ホントどこにでも顔出してるな。


「そして、人造ゴーレムと魔族の関連性について研究されている魔族科の……」

「紹介はもういいから、早く」

「講義始まっちゃうから」

「あ、す、すみません」


 野次馬や外野っていうのは、どこにいっても身勝手なものである。

 まぁ、私も本音では御託はいいから、って思ってるんだけどね。


「それでは、背部に理式楔晶(りしきけっしょう)を差し込みます。押し込んで少ししたら、起き上がるはずですよ」


 イツェンは厳重に巻きつけられた布の中から、薪割用の鉄楔のような形の石を取り出して、その鋭角を、うつ伏せに倒れるゴーレムの背中に押し込んだ。

 楔は予め空けられていた空洞の中に丁度良く嵌り込み、最後まで入ると、ガチッと強く固定されたような大きな金属音が、辺りに響く。


 石を押し込むと、製作者であるイツェンも、慌ただしくゴーレムから距離を取った。

 おそらく心臓に近い働きをするのであろう最後の部品を与えられたゴーレムは、伏せた顔の眼光ランプに輝きを灯す。


「動きますよ」


 動く。言われなくとも感じ取れる予感に、取り巻きは息を飲んだ。


『……』


 ゴーレムが、ゆっくりと両手を地につける。

 上体を上げる。膝をつく。足を立てる。

 そんな一連の動きを目で追っている間に、ゴーレムは綺麗な姿勢で起き上がった。


「おおー」

「すげえ」


 とても、人の魂が介在していないとは思えないような、滑らかな動きである。

 すっと背筋を伸ばし、眼光に安定した煌きを浮かび上がらせる等身大のその姿は、全機人の兵隊さんと言われても信じ込める程だった。


「おーおー、立った」

「いや、落ち着け、立っただけだ」

「だけなんてものじゃない、あんな細身のゴーレムを二本足で立たせるのが、どれだけ大変かわかってるのか」


 立ち上がったゴーレムの姿に、取り囲む学徒達は大興奮だ。

 盛り上がるが故の口論まで発生しているが、さすがは学園の優等生、言い合う言葉もどこか知的である。


「……うん、試運転はこんな感じです。今はまだ、命令に待機や防衛などしかありませんが、将来的には重い荷物を抱えたまま人の後を追って歩くなどといった、複雑な動きをさせてみたいと思っています」

「おおー」


 ここで“自分で持てばいいじゃん”なんて、多分つぶやくだけでも駄目なんだろうな。


「イツェンさん、でしたか。すごいゴーレムですね。感動しました」

「いえ、ありがとうございます」


 いつの間にか私の隣から消えていたヒューゴは、製作者のイツェンと握手を交わしていた。

 野次馬根性に、さりげない顔売り。赤の他人の外野からちょっとした顔見知りまで持っていくヒューゴの性格は、商人に向いていそうだなと思う。


「……しかし、人の作ったゴーレムかぁ」


 騎士の甲冑のような姿の凛々しいゴーレムに歩み寄り、その機人のような顔をじっと眺める。

 私の記憶にある、赤い眼光を宿す無骨なゴーレムなどとは、似ても似つかない勇姿だ。

 これくらい格好良ければ、ゴーレムでも有りなのかも。

 ……でも。


「本当にゴーレムかな。もしかして、ゴーレムの真似してるただの機人だったりして」


 しかし先ほどの滑らか過ぎる立ち動作が頭から離れなかった私は、つい疑い混じりにゴーレムの頬に手を伸ばしてしまう。


『ガ』


 それが、致命的にまずかったのだろう。


「え」


 突如、ゴーレムが素早く腰を落とし、硬質な右腕を振りかぶる。

 握りしめた文字通りの鉄拳は、私の顔を的確に捉えていた。

 風を切る拳が頬に当たる寸前で、しかし私はなんとか右手を滑り込ませる。

 反射的にかけた身体強化はどうにか間に合い、ゴーレムの鈍色の拳が鉄塊の掌に衝突した瞬間も、大した痛みは無くて済んだ。


「ドライア!?」

「ロッカ! 何してるんだ!?」


 イツェンとヒューゴの叫び声が聞こえるが、しかしそれに答えるほどの余裕はない。

 容赦なく振りかざした拳を受け止められても尚、ゴーレムは暴力をやめようとはしなかったのだ。


『ゴッ』


 物音のような機械音声が堰を切り、重量級の身体は型も流儀も無い、乱暴な拳の嵐を繰り出してきた。

 静かな直立から突然の猛攻には驚愕したが、相手がゴーレムであった故に、私の心には小さな危機感が残っていたのだろう。

 振るわれる数々の拳から、私はなんとか身を守ることができた。


「痛っ! いったい!」


 しかし、強化した腕や掌で防いでいても、相手は石だか鉄だかわからない、重く硬質な塊だ。

 一発一発が着実に、私に鈍痛を与えてゆく。


「ロッカ、離れるんだ!」

「ロッカさん危険です! ドライアから距離を……!」

「痛いって……」


 人の声が騒がしいが、腕を襲い続ける痛みに勝るものではない。

 納得させるだけの理由もなく一方的に与えられる痛みは、私の怒りを直接刺激する。


「言ってンだろうがギチ人形ッ!」

「あ」


 右の鉄拳をゴーレムの胸部に潜り込ませ、殴り上げる。

 沸騰した怒りをバネに本気で振りぬいた一撃は頑強なゴーレムをわずかに打ち上げ、拳の届かない間合いまで吹き飛ばした。


『ガコ』

「やるのか、来いよ」


 普通のゴーレムなら着地を誤って足ごと砕け散っているところだが、こいつは見た目なりに器用さも備えているようで、後方への衝撃にも負けず、転倒することなく両の脚で踏ん張ってみせた。


 ゴーレムのくせに人並みにガサガサ動きやがって。

 いけ好かねえゴーレムだ。首をへし折ってやろうか。


「ストップ、ストップだロッカ、殴るなよ」

「いてっ、やめろヒューゴ!」

「殴るなってのは僕のことだぞ、落ち着けよ」


 私が追撃をかまそうと踏み込もうとした瞬間、ヒューゴがジャケットを襟を思い切り引っ張った。

 前に踏み込む力と、引き戻される力が私の身体を食い止める。ジャケットの前は開いているから首は苦しくないけど、かわりに腋が圧迫されて、すごく痛い。


「離せ、ヒューゴ、目の前に……あれ」


 中途半端に身動きできぬまま、再びゴーレムからの一方的な猛攻に曝されるのを覚悟していた私は、想像に反した静けさに、頭に上った血を冷ました。


『……』

「動かない……?」

「今はまだ待機中です、近付かないでください!」


 イツェンは、ゴーレムよりもむしろ私の方が危険だとばかりに、こちらに顔まで向けて警告する。

 そうする間にも、彼は手に握った短い棒状の石をゴーレムに向け、何かをしているようだった。


「ドライア、楔晶緊急解放」

『……』


 紋様が刻まれた石が薄く発光し、輝きに呼応するようにして、ゴーレムの目からは光が消え失せた。

 するとゴーレムは、立ち上がった時の滑らかな動きが嘘のように、膝から力なく崩れ落ちる。


 脅威の無力化を見届けてか、離れた外野から安堵の声が漏れて聞こえてきた。


「ドライア……」


 イツェンは動かなくなったゴーレムの背から楔形の石を取り除き、それを布に撒いて鞄にしまい込む。

 俯いた彼の表情は深く沈んでいて、栄えある始動実験開始直後の喜びなどは、微塵も見られない。


 あれ、これってもしかして。

 腕の痛みに被害者寄りの不快感を覚えていた私だったが、さすがにこの状況の雲行きの怪しさは感じ取れる。

 胸部にわずかな凹みがついたゴーレムの物言わぬ姿に、思わず頬から汗が流れ落ちた。


「ヒュ、ヒューゴ……」

「……なんだい」

「私、もしかして不味いことした?」

「いや、どうだろうね……」


 こんな時だからこそ、こっちを向いて喋ってくれ、ヒューゴ。


「……私のドライアが、ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」


 ひと通りゴーレムの調子を確認したイツェンが、申し訳無さそうに私に謝った。

 けど、彼の沈みきった顔は、どう見ても害を被った側のそれである。

 周りから放射状に集中する視線も、どこか私への批難が込められているようにすら感じる。

 “気にしてないよ”などと口にする機会でないことは、馬鹿な私でもよくわかった。


「……ゴーレム、大丈夫? ごめん、私、つい殴っちゃって」

「まぁ、なんとか……」


 大事故から一命を取り留めた家族を労るような手つきでゴーレムの胸を撫でながら、イツェンは重く喋る。


「一番大切な理式楔晶は無事なので、動作に問題はありません。ただ、外装の内部に埋め込んだサードニクスの反駁石が砕けてしまって……」

「反駁石……?」

「とても貴重な石だよ、ロッカ」


 貴重、聞きたくなかった単語の登場に、冷や汗が二粒増えた。


「いえ、良いんです。それがなくとも、ドライアは問題なく動きますから……ロッカさん、ドライアの挙動に驚かれたことでしょう。怪我をしたかも。申し訳ございません」

「い、いや、そんな、あの。ごめんなさい」


 ああ、だめだ。相手の謝り方から察するに、どうやらゴーレムが誤作動を起こしたわけではなさそうだ。

 間違いない。これは絶対に、私のせいだ。私がゴーレムに触れたから、この事故は起こってしまったんだ。


 私がどうにかしようと頭の中をごちゃごちゃにかき混ぜている間に、学園から古びた鐘の荘厳な音色が響き渡る。

 始業寸前の予鈴であった。


「本当に、私の方は大丈夫ですから」


 しばらく私とイツェンの間で押し問答ならぬ引き問答が行われたものの、向こうは頑なに、私の行動に非があるとは言わなかった。

 結局、この騒動はゴーレムが破損した不慮の事故であるとして、イツェンは私達の講義が始まることを理由に、強引に事なかれの方向で話を通してしまった。


 事故を招いたのは、私のせいだったのに。




「君は馬鹿な奴だと思っていたが、まさかそこまで度を越した馬鹿だったとはな」


 クラインの言葉が、怒りの琴線全てをすり抜けて、私の心に直撃する。

 けど、既に私の心はズタボロだ。

 マコ導師による一限目の講義中も、ずっと自責の念に押しつぶされ続けていたのだ。これ以上は、傷つきようがないというものである。


 むしろ、傷ついて許されるのなら、傷つきたい……。


「イツェンさん、ロッカに責任がないとは言っていたけど、あれは結構無理をしてたなぁ。あの顔、相当ショックだったと思うぜ」


 私の左側から、ヒューゴが分析結果を公表する。

 うん、そうだよね。無茶してたよね。


「当然だ。サードニクスの反駁石(はんばくせき)だぞ。小さなものであっても、下級魔術の余波程度は無効化できる。戦闘に携わり得るゴーレムにとって、対魔術の機構として欠かせない希少な石だ」

「うう……それっていくらくらい……」

「数千YEN程度で入手できると思うなよ、ウィルコークス君」


 万でございますか。

 最後の砦の腕枕から、頭が机の上にごつんと落ちる。


「……ロッカ、朝から気分最悪みたいね」

「ソーニャぁ……私、どうすればいいかな……」

「うーん……謝り倒して解決することじゃないからねぇ……やっぱり、お金?」

「お金だよなぁー……」


 万でございますよなぁ……。


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