箪002 枯渇する仕事
クラインの読む“逆流の抑制”という題の分厚い本が閉ざされ、小気味良い音を鳴らす。
「ゴーレムに触れるなんて迂闊な真似もそうだが、オレが提案したドライアの内部防御機構を破壊した事にも呆れ果てる。よくもまぁ、これほど少ない行動で効率よくオレの機嫌を損ねられるな」
「うう……そうか、クラインもイツェンさんのゴーレム作りを手伝ってたんだっけ……」
「ゴーレムじゃない、ドライアと呼べ」
「ドライア……」
考えてみれば、ドライアを作ったのはイツェンさん本人だけではない。
動かす直前に、イツェンさんは色々な協力してくれた人の名前を挙げていた。その中には親しい友人などもいるだろうけど、真面目に手伝ってくれた導師さんなどもいる。
私は、そんな彼らの知恵と工夫の結晶に、躊躇なく鉄拳をお見舞いしてしまったのだ。
「……稼がなきゃ」
机から起き上がり、決意を新たにする。
クヨクヨ悩んでいても仕方ない。一万なんて払えないから何もしないなんて論外だ。
一万という大金、果てしない道ではあるけれど、傭兵紛いの真似をして地道に働いてでも、稼いで弁償する他に道はない。
「稼いでどうするつもりだ」
「稼いで、イツェンさんのドライアを直すんだよ! そりゃ、作り方とか直し方なんて知らないけど、材料を集めるために働くくらいなら……」
「魔術投擲もできない魔道士が何を言っているのやら」
「うぐっ……うるせえ、今練習中なんだよ!」
細々とやってはいるけど、全く進歩がないだけだ。
私だって、さぼってるわけじゃないんだ。
「でもロッカ、一万YENなんてそう簡単に稼げる金額じゃないわよ?」
けどソーニャの言う通り、魔術投擲ができない中途半端な魔道士である私では、主な一攫千金の手段である“討伐”という分野は、あまり現実的ではない。
ネムシシ手帳のランクCにあるような苦戦を強いられること間違いなしの害獣でさえ、死闘を繰り広げた先にあるのは数百YENがいいところだ。
それに、ラビノッチのように、厄介な魔獣がこの街の中に湧いたのであればともかく、街道から外れた人気のない僻地で討伐したところで、もらえる報奨金は微々たるものだ。
さすがの私にも、百回も命を賭ける度胸はない。
「ヤマさえありゃあなぁー……」
入坑できる鉱山。それさえあれば、私だって稼げるのに。
けどこの一帯では、学園の高い場所から見回したところで、見えるのは遠くに霞む低い山のみだ。
鉱山どころか、魔獣が好んで巣を作る山があるかさえ怪しい。
「馬車の護衛も時間が掛かるしね。首都に傭兵が稼げるような都合の良い仕事なんて、そうあるものじゃないよ」
ヒューゴの残酷な言葉に、私は眉を寄せた。
「でも、ミネオマルタには傭兵みたいな人が沢山いるじゃないか。ギルドだって、絢華団も賑わってるし」
以前、仕送り手続きのために入った絢華団では、多くの傭兵を見かけた。
帯刀、帯剣は当然のこと、外套の下に軽めの鎧を着込んだ男たちが列を成し、受付で報奨金を受け取ったり、また仕事を受注していたりといった姿を、この目と頭はしっかり覚えている。
宿だって、首都の顔として恥じないような、馬鹿高いものばかりではない。裏通りでは、彼ら傭兵のような人を標的とした格安の宿も多いのだ。
彼らが稼ぐ手段が、ミネオマルタにはある。
仕事は多いはずだ。
「護衛、または運搬だろうな」
「でも大勢いたし……」
「そのほとんどが、護衛と運搬、セイバーとブリンガーなんだろう。魔獣を狩るハンターなどは、ミネオマルタよりもエクトリアやミトポワナの方が多いはずだ」
水路街エクトリア、濃霧街ミトポワナ。
いずれも海に近い街だ。
内陸で、付近がよく手入れされている首都とは違い、魔獣の脅威もある程度被っているのだろうか。
「街の治安は警官、杖士隊、道行く魔道士、様々な要因もあって、世界でも有数の安全な街として名高いのだがな。それでも一歩外を出れば、豊富な物資を運ぶ馬車を襲う盗賊などは存在する」
「ああ……まぁ、確かに」
この街に来た直後、馬車荒らしに出会ったしな。
逃げようとしたから顎を思い切りぶん殴ってやったけど、その後あの盗賊はどうなったのだろうか。
……って、そうやって反射的に拳が出るから、今回みたいな事が起こるんだよな。
反省しないと。
「畜生、ギルドでも仕事は無しかぁ……」
しかし、参った。
金は稼ぎたい。だけど、仕事がない。
地道に討伐をするにしたって、私じゃ二三体目で返り討ちに遭うのが関の山だ。
「どうすればいいんだろ……」
私の右腕に収まっているピックを売れば、一生遊んでも余りある金を手に入れられる。
けどそんな事をするくらいなら、大人しくCクラスの魔獣共を百体討伐した方がマシだ。途中で殺されたって、文句はない。
売れるものは一つとして無い。どうにかして、この身一つで金を稼ぐ方法さえあれば……。
「ヒューゴ=ノムエル」
二時限目の講義が終わってもまだ、私は無い頭で打開策を模索し続けていた。
「ヒューゴ=ノムエルはいるか」
学徒たちが帰り支度を始めたそんな中、講義室の戸を開き、一人の導師が入ってくる。
長い髭に気難しい顔の属性科導師、ゲルーム導師であった。
ゲルーム導師は講義室の奥の私とクラインを見て、フンと鼻を鳴らした。
音は聞こえなかったが、鼻がそんな風に動いていたので、絶対に鳴らしたに違いない。
「ノムエルは僕です。何でしょうか」
「お前に客が来ている。第一棟四階の来賓室に向かえ」
「客? はあ、客……心当たりはありませんが」
「国からの客だ。向こうさんも忙しいだろう、さっさと行け」
ヒューゴに国からの客?
尋常で無さそうな予感を察知して、講義室中の顔がゲルーム導師に向けられる。
が、ゲルーム導師はそれらに答えることなく、用は済んだとばかりに去っていった。
「僕に客か……」
どうやら、ヒューゴ自身にも心当たりはないらしい。
……まさか。
「ねえヒューゴ、それももしかして、私のせいじゃ……」
「ロッカ、さすがに気にしすぎ」
違うらしい。良かった。
でも、ヒューゴへの来客。悪い知らせなどが無ければいいんだけど。
ヒューゴは第一中央棟に向かい、講義室からは続々と人が去ってゆく。
一足早い昼食に有り付く算段なのだろうが、今の私はそんな気分じゃない。
食欲に負けてつい高めの屋台で買い食いしてしまわないのは嬉しいが、代わりに胃に収まった不快感が私を悩ませる。
金欠。これだ。
「ロッカぁー、金がないって顔してるぞー」
「どんな顔だよ……そんな顔だけどさぁ」
今の私は、ボウマが後ろから髪を引っ張ったくらいでは怒る気力も湧いてこない。
「あれ? ロッカ、ジャケットの匂い変わった?」
「あー、わかる?」
「うん、なんか全然別の匂いになってる気がするじぇ」
「うん……そうなんだよ、ああ、そうだ、それもなんだよなぁ」
イツェンさんは、間違いなくメルゲコの石鹸を刷り込んだ手袋を使っていた。
あの香りは紛れも無くメルゲコ石鹸のもの。つまり、イツェンさんが石鹸を持っているということである。
本来なら、ゴーレムが動くさまを大人しく見学した後でイツェンさんに売って欲しいとか買った場所はどこかとか、石鹸をどうにかするために動いていたはずなんだけどな。
今ではもう、とてもではないが、彼に対してそんな真似はできない。
一万近い損害を与えられた上に“これ欲しかったからちょうだい”なんて、反省のハの字もないことである。
そう、メルゲコの石鹸だ。
私は石鹸のためにも、なんとか一万、稼がなきゃいけないんだ。
「ほれロッカ、腹減ったら喧嘩はできないぞ。飴あげるじぇ」
「おー」
いや、喧嘩はもうしないよ。頑張りはするけどさ。
ボウマから受け取った紅色の飴を口の中に放り込み、さて、どう頑張ってやろうかと考える。
ギルドで受注できる仕事もアリだとは思うけど、さっきのクラインの話からすると、ミネオマルタのギルドにあるのは護衛や運搬ばかりだという。
学園に通いながらできるものは少ないので、あまりギルドをあてにした金稼ぎばかり考えるのも……って、辛っ!?
「がっ、辛っ! なんだこの飴はぁ!」
「うへへー! 引っかかった引っかかったー! アレチコショウ入りスパイシー飴だじぇ!」
「てめーボウマこのやろー!」
「うきゃー!」
ここまでされると、さすがに怒る気力も湧いてきた。
逃げるボウマを追いかけて、講義室をどたばたと駆けまわる。
『なんだ、ロッカは落ち込んでいると思ったが、随分と元気そうじゃないか、ソーニャ』
「……私からしてみたら、ライカンが少しもへこまずにそうして平然としている方のが不思議なんだけどね」
『はっはっはっ! なに、壁は高ければ高いほど、登りがいがあるというものだろう! 逆にやる気が出てきたというものだ!』
「あ、壊すわけじゃないのね、壁……」
私がボウマの首根っこを掴み、前髪掻き上げの刑のためにボウマと腕力比べをしている間に、入り口からヒューゴが戻ってきた。
お客というものだから、かなり込み入った話をするのかと思ったが、あれからそんなに時間は経っていない。
「やあ、戻ったよ」
「あれ、どうしたのヒューゴ。随分早かったね」
「ぬぐぐぐ……前髪だけは触るなぁー……!」
「うん、まぁね。といっても、話が終わったわけじゃないんだけどさ。というか、僕からしたらロッカの今の状態の方がどうしたのって感じだけど……あー、ちょっと騒がしいですが、居ました。入ってください」
言いながら、ヒューゴは廊下に向かって殊勝な口を利く。
誰かいるのだ。それも、きっと偉そうな人が。
私は素早くボウマから手を放し、その場で扉に向き合った。
「……フム、いるようだな。顔までは見えんが」
入ってきたのは、大きな平たい靴を履いた、背の低い僧衣姿。
足と同じく、大きく平たい顔をこちらに向ける彼を見て、私とボウマは同時に呆けた声を漏らした。
「受付やってた、魔族の……」
講義室に入ってきたのは、なんと魔族だった。
目のない肌色の這竜のような顔が特徴の、しかし見た目とは裏腹に言葉は流暢で知識も豊富な種族。
ザイキ。役場で一度会っている人だ。
彼はゲルーム導師を後ろに携えながら、講義室の教壇まで歩みを進め、大きな口を開いた。
「この中にいるロッカ=ウィルコークス、前に来なさい」
「私?」
「そうだ」
突然入ってきて、前に来い。意味はわからないが、相手はお偉いさんである。
特に考えるまでもなく、それだけに緊張しながら、私は背の低いザイキの前までやってきた。
「洞窟深部調査の結果を教えておこう。同じ場所に、より専門的な調査員を派遣した結果だ」
「え、何かあったの……ですか」
どうやら、以前みんなで行った洞窟に、再び調査が入ったらしい。
一度目の私達の調査は仮のもので、次にやったのが本調査なのだろう。
しかし、思い出してもあそこには特に目ぼしいものはなかったような気がするんだけど。
「何も無かった。お前たちが報告した内容と全く同じでな。二手の道も遭遇した魔族についても、何ら変わりなくそのままだったとのことだ」
「ああ、まぁ、そうですよね」
あれだけ目を皿にして探索したのだ。奥にやっぱり進めるところがあっただの、財宝が埋まってただの、実はまだ他の魔族が生息していただの、そんなことがあっては私の自信に響いてしまう。
「報告書を書いたのは、主にお前だということだな。ロッカ=ウィルコークス」
「え、はい。まぁ、そういう所に一番詳しいの、皆の中で私だったんで……」
「それは本当か」
「は、はい」
書いている途中、クラインが横から字が汚いとか、綴りが間違っているとか色々と駄目出しをしてはきたけど、些細なミスはその都度直していたし、内容に誤りはなかったはずだ。
しかし、何度も確認を取られると、何か不備でもあったのかと不安になる。
「……導師ゲルーム」
「ふむ。学園側としては、学徒の活動に反対する理由はありません」
ザイキの顔が、後ろのゲルーム導師に向けられ、互いに頷き合う。
役場の人と、学園の導師。今朝の私の大失態も相まって、“退学”という単語が頭をよぎった。
「す、すみません! 退学だけはやめてください!」
「何を言ってる」
「えっ!?」
「洞窟内の魔獣遭遇時の的確で優れた対応力、平凡な化石を見逃さぬ洞察力と探索力。なにより、地質を見抜く知識。第二次本調査隊は、お前たちが提出した報告と実際の洞窟とを見比べて、お前たちの仕事振りを高く評価した」
あれ? なんだか私、退学しなくてもいい感じだぞ。
「今日は、お前たちにやってもらいたい仕事があって、ここに来たのだ」
「仕事!?」
ザイキの役人は私の言葉に対して、大きな頭でゆらりと頷いた。
「ミネオマルタ旧地下水道の調査。頼みたいのは、それだ」
なんだそれ。
でも仕事なら任せろ。




