↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒竜の御曹司は、運命の伴侶を溺愛する  作者: ルミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

黒竜は、運命に出会う

 運命の伴侶に出会ったら、どうするのか。


 昨夜、柊にそう尋ねられたとき、俺は「そのときに考える」と答えた。今思えば、ずいぶんと呑気な返事だった。


 まさか、その翌日に答えを知ることになるとは、思ってもいなかったのだから。


 ***


「朔夜様。お顔の色が優れませんが、本当に大丈夫ですか?」


 ホテルのエントランスに足を踏み入れたところで、柊が声をかけてきた。


「問題ない」

「昨夜も結局、お休みにならなかったでしょう」

「少しは眠った」

「一時間を睡眠と呼ぶのは、いかがなものかと」


 隣を歩く柊の声には、隠しきれない呆れが滲んでいる。


 ここ数日、大きな案件が重なっていた。今朝になってようやく一区切りついたものの、まともな睡眠を取る時間はなかった。


 もっとも、黒竜の身体は人間より頑丈だ。多少の睡眠不足で倒れるほど、俺は軟弱ではない。


「会合が終われば休む」

「そのお言葉、今度こそ信じてもよろしいのですね?」

「ああ。善処する」

「……信用できませんね」


 柊のため息を聞き流しながら、俺は会場へ向かった。


 今夜の会合は、各界の有力者が集まる交流の場だ。企業経営者や政財界の関係者、その家族たちも招かれている。


 広々としたホールには、華やかな衣装に身を包んだ招待客が集い、穏やかな音楽が流れていた。


「久遠様。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 主催者に挨拶を済ませると、次々に声をかけられる。


 事業の話。新たな提携の打診。形式的な世間話。いつもと変わらない時間が過ぎていった。


 ようやく人の輪から離れた頃には、少しばかり疲労が増していた。


「朔夜様、少々よろしいでしょうか」


 柊が近づき、声を落とす。


「先ほどの件で、先方の担当者から確認したいことがあるそうです」

「急ぎか?」

「はい。私が対応してまいります」

「任せる」


 柊は一礼すると、人混みの向こうへ姿を消した。


 俺はグラスを手に、ホールの端へ移動する。少し静かな場所で休もうと思った、そのときだった。


「……久遠朔夜」


 背後から、低い声がした。


 振り返ると、見覚えのある男が立っていた。以前、久遠グループとの取引を打ち切られた企業の関係者だ。契約上の問題が発覚し、継続は難しいと判断した案件だった。


「何かご用でしょうか」


 仕事用の笑みを浮かべる。だが、男の表情は険しかった。


「お前のせいで、全部めちゃくちゃになった」

「契約については、すでに正式な説明を差し上げたはずですが」

「ふざけるな……!」


 男が突然、懐に手を入れた。


 刃物。


 そう認識した瞬間には、すでに身体が動いていた。


 本来なら、何の問題もなく避けられる程度の動きだった。だが、疲労で反応がわずかに鈍っていたのだろう。


 頬に、鋭い痛みが走った。


 次の瞬間、俺は男の手首をつかみ、刃物を床へ落とさせた。


「……随分と短絡的ですね」


 声を荒らげる必要もない。男の腕を押さえたまま、周囲の警備員に視線を向ける。


「この方をお願いします」


 駆けつけた警備員たちが男を取り押さえ、騒ぎを聞きつけた関係者が集まってくる。


 男はなおも何か叫んでいたが、興味はなかった。頬に指先を当てると、わずかに血がついた。


 ……面倒なことになった。


 大した傷ではない。黒竜の回復力なら、放っておいてもすぐに治るだろう。


 そう思いながら顔を上げた、その瞬間だった。


 人垣の向こうに、一人の女性が見えた。


 柔らかな栗色の髪。こちらを見つめる、澄んだ琥珀色の瞳。


 淡い色のドレスをまとった彼女は、周囲の騒ぎを気にするように、少し不安げな表情を浮かべていた。


 ただ、それだけだった。特別なことをしたわけでもない。名前さえ知らない、初めて見る女性。


 それなのに。


 ――見つけた。


 胸の奥で、何かが目を覚ました。


 心臓が強く脈打つ。視線を逸らすことができない。今まで感じたことのない衝動が、身体の奥底から湧き上がってくる。


 彼女だ。間違いない。


 理屈など必要なかった。俺の中に流れる黒竜の血が、たった一つの答えを告げていた。


 ――リュエル。


 生涯でただ一人、運命によって定められた伴侶。


 昨夜まで、出会うことなど考えもしなかった存在が、今、目の前にいる。


 女性がこちらへ歩いてきた。


「あの……大丈夫ですか?」


 柔らかな声だった。彼女の視線が、俺の頬に向けられる。


「血が……」


 彼女は小さく息を呑み、ためらうことなくそっと手を伸ばした。


 柔らかな手のひらが、そっと俺の頬に触れる。


 不意の接触に、思わず息を止めた。


 誰かに触れられたことなど、これまで何度もある。だが、こんなふうに心臓が跳ねたことは、一度もなかった。


 彼女の手のひらから、淡い白銀の光がこぼれる。細かな光の粒が静かに舞い、傷口を優しい温もりが包んだ。


 痛みが消えていく。


 ほんの数秒後、彼女が手を離すと、傷は跡形もなく消えていた。


「これで大丈夫です」


 彼女は、安心したようにふわりと微笑んだ。


 その笑顔に、思わず見惚れる。


 ……ああ。


 これは、困ったことになった。


 運命の相手だと認識しただけでも、十分すぎるほどの衝撃だったというのに。こんなふうに無防備に触れられて、優しく微笑まれてしまったら。


 ――もっと、触れてほしいと思ってしまうじゃないか。


「ありがとうございます。助かりました」


 どうにか平静を保って礼を告げると、彼女は小さく首を振った。


「いいえ。大したことはしていませんから」

「お名前を伺っても?」


 問いかけると、彼女は少し驚いたように瞬きをした。そして、丁寧に微笑む。


「白藤乃愛《しらふじのあ》と申します」


 白藤。聞き覚えのある家名だった。


 医療関連事業を営む名家で、久遠グループとも接点がある。


 だが、今はそんなことよりも。


 ――乃愛。


 その名前を、心の中で繰り返した。


「久遠朔夜です」

「存じております。久遠グループの……」

「ええ。ですが、今は仕事の話より、あなたとお話ししたいですね」


 そう告げると、乃愛は少し困ったように笑った。


「ありがとうございます。でも、そろそろ家族のところへ戻らないと」

「そうですか」


 引き止めたい。もっと話したい。彼女のことを知りたい。


 自分でも驚くほど、次々に欲が湧いてくる。だが、初対面の女性を困らせるつもりはなかった。


「では、またお会いできることを願っています」

「はい。失礼いたします」


 乃愛は丁寧に一礼し、人混みの向こうへ歩いていった。


 その後ろ姿が見えなくなるまで、俺は視線を逸らせなかった。


「……朔夜様?」


 聞き慣れた声に、ようやく我に返る。


 振り返ると、戻ってきた柊が眉をひそめていた。


「何があったのですか。先ほど、騒ぎがあったと聞きましたが」

「少しな。もう片づいた」

「少し、で済ませないでいただきたいのですが……」


 柊は周囲を見回し、それから俺の顔をじっと見つめた。


「……何か、ございましたか?」

「どうしてそう思う?」

「妙に機嫌がよろしいので」


 俺は思わず笑った。


 よく見ている。さすが、幼い頃から俺のそばにいる男だ。


「柊」

「はい」

「白藤家について、調べてくれ」


 柊が瞬きをした。


「白藤家、ですか?」

「ああ。特に、白藤乃愛という女性について」

「……承知しました。何か問題でも?」

「いや」


 俺は、乃愛が消えた方向へもう一度目を向けた。


 先ほどまで退屈でしかなかった会場が、まるで違う場所のように思える。


 彼女がいた。それだけで、こんなにも世界が変わるものなのか。


「問題どころか……」


 自然と、口元が緩んだ。


「ようやく、見つけたんだ」


 柊が息を呑む気配がした。


 その反応を確かめるより先に、俺は静かに微笑む。


 昨夜の俺は、リュエルに出会ったらどうするかなど、そのときに考えればいいと思っていた。


 だが、今ならわかる。


 彼女を知りたい。もう一度会いたい。できることなら、あの笑顔を自分だけに向けてほしい。


 ――乃愛。


 君はまだ、何も知らないだろう。


 俺にとって、君がどれほど特別な存在なのか。


 まずは、もう一度会いたい。そして、少しずつ君のことを知っていきたい。


 ……もっとも。


 ただ黙って待っているだけのつもりも、なかったけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。