35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 83
諸行無常…
盛者必衰…
なぜか、わからんが、そんな平家物語の冒頭の言葉が、この矢田の頭の中に、突然、浮かんだ…
目の前で、リンの偽者が、撃たれ、片や、今、目の前で、葉敬が、駐日サウジアラビア大使と、知己を得たことで、喜んでる…
まさに、真逆…
真逆の出来事だからだ…
だから、つい、脳裏に、そんな言葉が、浮かんだのかも、しれんかった…
あまりにも、リンの偽者と、葉敬の姿が、対照的だからだ…
だから、思った…
だから、考えた…
平家物語の冒頭の言葉が、脳裏に浮かんだと、思ったのだ…
そして、そんなことを、考えていると、
「…帰りましょう…」
と、突然、アムンゼンが、言った…
「…用事は、済みました…」
「…用事って、まさか、アムンゼン君…このサウジアラビア大使館で、トイレに行くことが用事じゃ、ないだろうね…」
と、葉敬が、聞く…
アムンゼンは、照れ笑い浮かべながら、
「…実はその通りです…」
と、言った…
「…エッ? …その通り?…」
「…ここの大使館は、以前、何度か、来たことがあるから、トイレの場所が、わかっていたんです…だから…」
アムンゼンの告白に、葉敬が、目を白黒させた…
それほどの驚きだったようだ…
「…アムンゼン君…失礼ながら、キミは、子供にもかかわらず、大人のように、しゃべるが、やっぱり、中身は、子供なんだね…」
と、しみじみと、葉敬が、言う…
「…ボクは、この通り、子供です…」
と、アムンゼンが、返す…
「…そうか…」
と、葉敬…
「…でも、安心したよ…」
「…安心ですか?…」
「…そうだよ…安心だよ…なぜって、マリアと同じ3歳の子供が、大人のように、話すのを見るのは、なんだか、気持ち悪いじゃないか?…」
「…」
「…だから、安心したよ…」
葉敬が、言う…
おそらく、心の底から、言う…
私は、それを、見て、もっともだと、思った…
葉敬の言うことに、おかしいところは、なにもない…
たしかに、このアムンゼンは、おかしい…
3歳の子供にしか、見えないにも、かかわらず、いつも、大人のような口ぶり…
しかしながら、アムンゼンが、ホントは、30歳だとわかれば、誰もが、納得する…
30歳と知らないから、誰もが、
…変だ!…
とか、
…おかしい!…
と、感じるのだ…
ホントは、30歳とわかれば、まったく違和感がない…
そういうことだ(笑)…
私は、目の前の葉敬とアムンゼンのやり取りを、見ながら、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう思っていると、
「…では、帰りましょう…」
と、アムンゼンが、繰り返した…
私は、内心、
「…エッ?…」
と、思ったが、アムンゼンが、なぜ、そう言ったのか、わかった…
アムンゼンが、この駐日のサウジアラビア大使館にやって来たのは、あのリンの偽者を、捕まえるためだからだ…
だから、すでに、その目的は、果たした…
それゆえ、アムンゼンが、
「…帰る…」
と、言うのは、当たり前だった…
当たり前だったのだ…
アムンゼンの言葉を受けて、
「…そうだね…じゃあ、帰ろうか…」
と、葉敬が、言い、皆も、その通りにした…
「…とにかく、今日は、駐日サウジアラビア大使に、お目にかかる、奇遇を得た…実に、いい日だ…」
葉敬が、言う…
「…これも、すべて、アムンゼン君のおかげだ…感謝するよ…」
「…いえ、偶然、知り合いが、いただけですから…」
「…偶然…そう言えば、まだ私は、オスマンさんと、会ってない…今度、ぜひ会いたいと、思う…アムンゼン君…よろしく頼むよ…」
葉敬は、つい、今、アムンゼンが、子供のくせに、大人のような口を利くのは、気持ち悪いと、言いながらも、またも、アムンゼンを大人のように、扱った…
まるで、大人に頼むように、
「…今度、ぜひ、オスマンさんと、会わせてくれ…」
と、アムンゼンに言った…
私は、それを、見て、思わず、
「…プッ!…」
と、吹き出す寸前だった…
が、
我慢した…
まさか、この場で、吹き出すわけには、いかんからだ…
それから、私は、またも、バニラの顔を見た…
バニラが、どんな表情をしているのか、知りたかったからだ…
バニラを見ると、やはり、私のように、吹き出す寸前とまでは、言わんが、笑い出す寸前だった…
誰が、見ても、無理やり、笑いを嚙み殺している表情だった…
その後、私たちは、葉敬のロールスロイスで、私の住む、マンションまで、戻った…
私の住む、マンションまで、葉敬に送り届けて、もらった…
「…では、お姉さん…今日はこれで…」
葉敬が、言う…
「…ディズニーランドには、行けませんでしたが、実に、有意義な一日でした…」
葉敬が、感慨深げに言う…
私は、
「…そうでしたか…」
と、ただ、相槌を打った…
他に、言う言葉が、見つからんかったからだ…
私が、ロールスロイスを降りると、アムンゼンも、またロールスロイスから、降りた…
「…キミも、ここで、降りるの?…」
葉敬が、驚いた…
「…ハイ…ここが、家から、近いので…」
アムンゼンが、言う…
しかしながら、私は、アムンゼンの自宅が、私が、住む、マンションと全然違う場所にあるのを、知っていた…
そして、それは、バニラもまた、同じだった…
だから、怪訝な表情で、アムンゼンを見ていた…
が、
さすがに、それを、口に出すことは、できん…
だから、バニラは、なにも、言わんかった…
代わりに、私を見た…
今、ロールスロイスから、降りたばかりの私を見た…
葉敬は、私には、目もくれず、アムンゼンに、
「…今日は、どうもありがとう…今度、ぜひ、オスマンさんと、会わせてくれ…」
と、しつこく言った…
「…ハイ…わかりました…」
と、アムンゼン…
「…ぜひ、頼むよ…」
葉敬は、傍から見ても、しつこいほど、繰り返し…それから、私に、
「…お姉さん…また、今度…」
と、いつものように、愛想よく言った…
「…ハイ…わかりました…ぜひ…」
そう言って、私たちは、別れた…
葉敬とバニラ、マリアの親子を乗せたロールスロイスは、去って行った…
私はそのロールスロイスの後ろ姿を見ながら、
「…アムンゼン…オマエ、どうして、ここで、降りた?…」
と、聞いた…
「…オマエの家は、こことは、全然、違う場所だろ…」
私が、言うと、
「…矢田さんに、お別れを言うためです…」
と、アムンゼンが、返した…
「…私にお別れを言うため?…」
「…そうです…」
「…なんでだ? …なんで、いきなり、そんなことを、言うんだ?…」
「…矢田さんを、これ以上、危険に遭わせないためです…」
「…なんだと?…」
「…今日が、いい例です…」
「…」
「…矢田さんも、怖かったでしょ?…」
「…それは、怖かったさ…」
「…ボクが、矢田さんと、親しくしていれば、これからも、今日のようなことが、何度も起こります…」
「…」
「…矢田さんに、それが、耐えられますか?…」
アムンゼンが、直球で、聞く…
が、
私は、答えれんかった…
答えれんかったのだ…
たしかに、アムンゼンの言うことは、わかる…
これ以上、危険な目には、遭いたくなかったからだ…
なにより、そんな危険な目に遭って、この矢田が、耐えられるとは、思えんかった…
この矢田トモコ…
実は、気が弱い…
おまけに、気も小っちゃい…
そんな矢田が、これ以上、危険な目に遭って、耐えられるはずがなかったのだ…
だから、私が、黙っていると、
「…やはり、耐えられませんね…」
アムンゼンが、決めつけた…
私は、それを、聞いて、ふと、思い出した…
本物のリンのことを、思い出した…
だから、
「…オマエ…最初から、あのリンが、偽者だって、知っていたのか?…」
と、アムンゼンに聞いた…
直球で、聞いた…
「…知ってました…」
と、ぶっきらぼうに、アムンゼンが、答える…
「…さっきも、言ったように、あらかじめ、情報は、得てました…」
「…そうか…」
「…ボクの日常は、いつも、こんなふうです…」
「…こんなふう?…」
「…危険と隣り合わせの毎日です…」
「…」
「…矢田さんに、そんな毎日が、耐えられますか?…」
「…耐えられんさ…無理さ…」
「…ですよね…」
「…」
「…だから、お別れです…今日で、お別れです…」
アムンゼンが、言う…
きっぱりと、言う…
私は、それを、聞いて、このアムンゼンと、会うのも、今日が、最後だと、気付いた…
この言い方は、本気…
誰が、見ても、本気だからだ…
だから、もう二度と会えない…
だから、もう二度と会うことはない…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




