35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 84
すると、つい、聞きたいことを、思い出した…
あのリンのことだ…
偽者のリンのことではない…
本物のリンのことだ…
だから、私は、
「…アムンゼン…一つ、聞いていいか?…」
と、聞いた…
「…なんですか? …矢田さん?…」
「…本物のリンのことさ…」
「…本物のリン?…」
「…オマエ…本物のリンを本当に好きだったのか?…」
私は、聞いた…
なぜなら、リンをイメージした天女の姿を、あのアムンゼンの豪邸に、描いていたからだ…
そして、
「…リン…」
と、呟きながら、このアムンゼンが、涙を流していたからだ…
だから、聞いた…
聞いたのだ…
「…ハイ…好きでした…」
アムンゼンが、即答した…
「…彼女のサクセスストーリーが、特に好きでした…」
「…なんだと? …サクセスストーリーだと?…」
「…苦労の末に成功する…そんなサクセスストーリーが好きでした…」
「…どうしてだ? …どうして、オマエが、そんなサクセスストーリーが、好きなんだ? …オマエは、サウジアラビアの王族で、大金持ち…なに不自由のない生活をしてきたんだろ?…」
私が、言うと、アムンゼンが、黙った…
「…」
と、口を利かんかった…
「…どうした? なぜ。黙っているのさ?…」
私が、聞くと、
「…同病相憐れむですよ…矢田さん…」
と、アムンゼンが、口を開いた…
「…なに? 同病相憐れむだと?…」
「…そうです…」
「…でも、オマエは、金持ちだろ? 生まれもいい…本物のリンとなにが、いっしょなんだ?…」
「…リンは、貧乏でした…それが、あの美貌を生かして、苦労の末に、成功した…」
「…それが、どうした?…」
「…一方、ボクは、サウジアラビアの王族として、生まれ、恵まれた環境で、育ちましたが、小人症です…だから、いつまで経っても、大きくなれない…大人になれない…」
「…」
「…言うなれば、コンプレックスですね…だから、同病相憐れむでは、ないですが、同じように、うまくいかない人間を応援したくなる…自分で、言うのも、なんですが、うまくいかない人間に、自分の姿を投影しているのでしょう…」
「…」
「…リンは、貧乏だったが、その美貌を生かして、成功した…それを、見ると、自分のことのように、嬉しくなった…自分も、もしかしたら、いつか、カラダが、大きくなるのでは? と、つい、妄想したくなった…そんなことは、ありえないのに、つい、そう思った…バカな話です…」
「…でも、リンは、色々噂の多い女だったんだろ? それでも、好きだったのか?…」
「…ハイ…好きでした…無名の人間が、努力の末に成功する、その姿が、好きでした…だから、大げさに、言えば、初恋です…30歳で、初めて、好きになった女性でした…」
アムンゼンが、断言する…
私は、そんなアムンゼンの告白を聞いて、納得した…
簡単に納得した…
これは、誰でも、同じ…
同じだ…
どんな人間も多かれ少なかれ、コンプレックスを持つ人間は、多い…
わかりやすい話、女であれば、テレビで、キレイな女を見れば、自分も、あんなに、美人に生まれたかったと思うのが、普通だ…
しかしながら、大抵は、そのとき、そう思うだけ…
深刻に考える話ではない…
なぜなら、真剣に考えても、どうにか、なる話では、ないからだ…
が、
稀に深刻に考える人間が、いる…
おそらく、このアムンゼンもまた、そういう種類の人間なのだろう…
自分が、推している人間に、自分の姿を投影して、まるで、自分のことのように、考える…
だから、リンを応援する…
リンを好きになる…
そういうことだろう…
私は、思った…
思ったのだ…
と、そこまで、考えて、ふと、気付いた…
あのリンの偽者…
あのリンの偽者が、消えても、葉敬は、なにも、言わんかった…
当然、なぜ、いなくなったのか?
聞くのが、当然なのに、聞かんかった…
これは、一体、どうしてか?
悩んだ…
悩んだのだ…
私が、悩んでいると、アムンゼンが、
「…どうしました? …矢田さん?…」
と、聞いてきた…
「…いや、お義父さんが、リンが、いなくなったのにも、かかわらず、なにも言わなかったのが、不思議でな…」
「…そんなことですか?…」
「…そんなこと?…」
「…葉敬さんは、とっくに、気付いてましたよ…」
「…気付いていた?…」
「…そう、気付いていました…」
「…あのリンが、偽者だって、ことに、気付いていたと、いうのか?…」
「…それは、わかりません…」
「…わからないだと?…」
「…でも、なにか、変だということには、気付いていたと思います…」
「…どうして、オマエにそれが、わかる…」
「…葉敬さんの態度です…」
「…お義父さんの態度?…」
「…今日、葉敬さんは、マリアとバニラさんと、いっしょに、ディズニーランドに行こうとしたでしょ?…」
「…それが、どうかしたのか?…」
「…おかしいと、思いませんか?…」
「…おかしい? …なにが?…」
「…葉敬さんは、来日して、家族サービスを優先しています…見方によれば、同行するリンを、最初から、ないがしろにしている…相手にしていない…」
「…」
「…つまり、葉敬さんは、最初から、わかっていたと、思います…」
「…なにが、わかっていたのさ…」
「…あのリンが、おそらく、偽者だと、わかっていたと、思います…」
「…なんだと?…」
「…葉敬さんは、商売人です…どこからか、情報を得ていたに違いありません…」
「…」
「…そうで、なければ、あのリンの偽者に、あんな態度は、取りませんよ…」
アムンゼンが、断言する…
私は、それを、聞いて、今さらながら、お義父さんが、リンの偽者が、いなくなったことに、なにも、言わない理由を、考えた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、アムンゼンが、
「…これで、お別れです…矢田さん…」
と、言って、私に手を差し出した…
3歳の子供の手を差し出した…
「…お元気で…」
「…わかったさ…」
私は、言って、アムンゼンの手を握った…
「…達者で、暮らせよ…」
「…矢田さんこそ…」
私たちは、互いに固い握手をして、別れた…
今生の別れだった…
私の太く、短い指と、3歳の子供に過ぎないアムンゼンの小さな手で、握手した…
まるで、傍から見ると、母子…
まさに、母子だった…
私は、家に戻ると、少しばかり、落ち込んだ…
アムンゼンのことを、考えて落ち込んだ…
あのアムンゼンは、いいヤツだった…
金持ちで、権力を、持っているにも、かかわらず、偉ぶったところのない、いいヤツだった…
私は、アムンゼンが、好きだった…
好きだったのだ…
もちろん、アムンゼンが、お金持ちだから、好きだったというのは、ある(笑)…
しかし、それを、抜きにしても、好きだった…
だから、あのアムンゼンと、二度と会えないとわかると、落ち込んだ…
少しばかり、落ち込んだ…
そして、それは、夫の葉尊にも、すぐにわかったようだ…
あっさりと、見抜かれた…
「…どうしました? …お姉さん…なんだか、落ち込んでいるようですが?…」
帰宅した葉尊が、聞くと、私は、悩んだが、今日あったことを、葉尊に告げた…
包み隠さず、告げた…
すると、私の話を、聞き終えた葉尊が、開口一番、
「…殿下は、お姉さんが、好きなんですよ…」
と、言った…
「…私が好き?…」
「…好きだから、お姉さんを危険な目に遭わせたくない…中途半端にお姉さんを好きなら、毎日でも、会いますよ…」
「…」
「…お姉さんは、すごいひとです…どんな人間にも、好かれる…」
葉尊が、真顔で、言う…
「…こんなことを、言うのは、なんですが、父が、葉敬が、お姉さんとボクの結婚を許してくれたわけが、今さらながら、わかりました…」
「…どう、わかったと言うのさ…」
「…人脈です…」
「…人脈?…」
「…お姉さんは、誰からも、好かれる…相手の地位にかかわらず、誰からも、好かれる…」
「…」
「…これは、ありえないことです…」
「…ありえないこと?…」
「…そうです…真逆に、嫌われる人間は、どんな場所でも、誰からも、嫌われる…お姉さんも、35歳…35年生きていて、わかるでしょ?…」
「…それは、わかるさ…でも、私は、そんなに、誰からも、好かれるわけじゃ…」
「…だったら、なぜ、殿下が、お姉さんと仲良くするんですか? リンダもバニラも、同じです…正直、お姉さんには、失礼ですが、お姉さんと付き合うことで、得られるメリットなど、なにもありません…」
「…」
「…しいて、言えば、あったかいこと…」
「…あったかい?…」
「…そうです…お姉さんは、あったかい…まるで、暖炉の前にいるように、お姉さんといると、ホッとする…」
「…私といると、ホッとする?…」
「…そうです…」
葉尊が、以前、私が、リンダやバニラに、言われたことと、同じことを言った…
もう何度目か、わからんが、同じことを、言った…
私は、なぜ、私といると、ホッとするのか、わからんかった…
が、
何人も、私を同じように、評価する以上、同じなのだろう…
私と、いると、ホッとするのだろう…
ひとの評価と言うのは、大抵、同じ…
同じだ…
だから、私といると、誰もが、ホッとするのだろう…
私は、そんなことを、考えた…
考えたのだ…
そして、考えながら、寝床に着いた…
着いたのだ…
翌朝になって、葉尊と、朝食を食べていたとき、ふと、葉尊に、
「…実は、今日の昼は、以前、アムンゼンといっしょに行ったラーメン屋に、行ってみるつもりさ…」
と、告白した…
「…どうして、ラーメン屋なんですか? …お姉さん?…」
「…いや、もう二度とアムンゼンと会えないとなると、アムンゼンといっしょに、食べたラーメンが、懐かしくてな…」
「…」
「…一人で、行ってみようと、思うのさ…」
私は、断言した…
すると、葉尊は、なにも言わんかった…
ただ、しばらく置いて、
「…お姉さんの気持ちは、わかります…」
と、だけ、言った…
そして、私は、その通りにした…
以前、オスマンとアムンゼンといっしょに、食べたラーメン屋に行った…
私の顔を見た、店員が、私を覚えていたらしく、
「…この時間では、当店限定の特性ラーメンを食べられませんよ…」
と、言って、くれた…
が、
私は、
「…構わんさ…」
と、だけ言った…
「…以前、知人とここで、ラーメンを食べたが、その知人とは、もう二度と会えんのさ…」
「…エッ? …そうなんですか?…」
「…そうさ…だから、ここで、一人で、知人を偲んで、ラーメンを食べたいのさ…」
私が、言うと、店員が、納得した…
「…わかりました…」
と、言って、納得した…
そして、しばらくすると、ラーメンが、運ばれてきた…
が、
そのラーメンは、特製ラーメンだった…
私が、註文したのと、違う特製ラーメンだった…
「…私は、これは、頼んでいないさ…」
と、大声を出した…
「…このラーメンは、限定品…私に持ってくるのは、おかしいさ…」
私が、言うと、その声が、店の大将のオーナーに、届いたらしかった…
大将が、
「…あちらの方から、頼まれて…」
と、言った…
私は、その方向を見た…
なんと、あろうことか、アムンゼンとオスマンが、いた…
もう二度と会えないと、思っていたアムンゼンとオスマンが、いた…
「…これは、一体、どういうことさ? 二度と私と会わないんじゃ、なかったのか?…」
私は、店内を歩いて、二人の元に行って、言ってやった…
「…いえ、そのつもりだったんですが…」
アムンゼンが、奥歯に物が挟まった言い方をする…
「…でも、矢田さんと、もう会えないとなると、寂しくて…」
「…寂しい?…」
「…矢田さんのように、面白いひとは、世の中に、めったに、いませんから…」
「…私が、面白い?…」
「…そうです…矢田さんのように、面白いひとは、お目にかかったことがありません…」
「…なんだと?…」
「…だから、この特性ラーメンをプレゼントしたのは、今後とも、矢田さんと付き合いたい、ボクの気持ちです…」
「…気持ち?…」
「…今回は事前に、この店に、サウジアラビア大使に来てもらって、この店の主人に、お金をはずみました…だから、特別に矢田さんが食べられるんです…」
「…そうか…だが、どうしてだ?…」
「…どうして、言われると?…」
「…私の身の危険を考えて、今後、会わないようにしたんだろ?…」
「…答えは、矢田さんの身のこなしですよ…」
「…身のこなし?…」
「…あのリンの偽者から、呆気なく、身を守りました…あれほど、運動神経が、いいのなら、そう簡単に暗殺されないでしょ?…」
あっさりと、言う…
私は、怒っていいか、わからんかった…
褒められているのか、バカにされているのかが、わからんと思ったからだ…
私が、二の句を告げずにいると、アムンゼンが、
「…どうしました? …矢田さん…早く自分の席に戻って、ラーメンを食べないと、麺が伸びちゃいますよ…」
と、言った…
言ったのだ…
<了>




