35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 82
「…オマエ、怖くはなかったのか?…」
私は、聞いた…
つい、聞いてしまった…
場違いな発言かも、しれんが、つい、聞いてしまった…
「…それは、怖いですよ…」
アムンゼンが、あっさりと、言った…
目の前に、リンの偽者が、倒れているのを、見ながら、呟いた…
「…何度、同じ目に遭っても、慣れることは、ないですよ…当たり前ですよ…」
「…当たり前?…」
「…これは、お芝居でも、映画の撮影でも、なんでもありません…ボクが、殺されても、なんの不思議でも、ありません…」
「…」
「…事前に対策を練り、どうすれば、よいか、あらかじめ、何度もシュミレーションを試みても、その通りになるか、やってみなければ、わかりません…」
「…」
「…だから、何度、やっても、緊張します…当たり前です…」
「…オマエ、こうなることが、わかっていたのか?…」
「…それは、当然…」
「…当然、なんだ?…」
「…わかってました…」
「…」
「…ありきたりですよ…矢田さん…」
「…なんだと? …ありきたりだと?…」
「…そうです…矢田さん…中東では、幾度となく、こんな経験をしました…平和なのは、この日本ぐらいです…」
「…」
「…だから、ボクは、いつのまにか、人前に姿を見せなくなりました…暗殺される危険が、増えたからです…それゆえ、人前に出なくなったことで、いつのまにか、世間が、ボクを神格化したのです…」
「…なんだと?…」
「…実は、それ以前にも、アラブの至宝と呼ばれていました…アラブの至宝と呼ばれたのは、割と単純な経緯です…要するに、ボクは、このカラダですから、ボクの実年齢を知らないひとたちが、ボクのことを、とんでもなく、頭のいい、子供だと、思ったからです…そんな声が、サウジアラビアのみならず、アラブ世界で、徐々に広まり、いつのまにか、ボクのことを、アラブの至宝と呼ぶようになったのです…」
「…」
「…そして、今も、矢田さんに言ったように、ボクは、暗殺の危険が増えたせいもあって、公に姿を見せなくなった…それゆえ、世間は、よりボクを神格化した…まあ、公に姿を、見せなくなったのは、ボクは、小人症だから、何年経っても、カラダの大きさは、そのまま…それが、世間にバレるのが、困るのも、一因にありました…」
「…」
「…いずれにしろ、世の中の伝説とか、神話なんて、元を辿れば、同じようなものです…ボクが、アラブの至宝と呼ばれるようになったのと、それと同じ、単純なものです…」
「…」
「…では、今日は、これで…」
アムンゼンが、突然、頭を下げた…
そして、私に頭を下げた後、武装した集団にも、ペコリと頭を下げた…
それから、
「…行くゾ…」
と、一言、声をかけた…
すると、すぐ、その声に呼応して、オスマンが、
「…ハイ…叔父さん…」
と、言って、アムンゼンの後を追って、歩き出した…
目の前のサウジアラビア大使館に向けて、二人で、歩き出した…
私とバニラは、その場に置いてきぼり…
どうして、いいか、わからんかった…
だから、残された二人で、顔を見合わせて、
「…どうする?…」
と、聞いた…
二人とも、どうして、いいか、わからんかったからだ…
が、
しばらくすると、サウジアラビア大使館の職員らしきひとが、来て、
「…こちらへ…」
と、残された、私とバニラを、大使館内に、案内してくれた…
大使館内の応接室に案内してくれた…
そして、その応接室で、しばらく二人きりで、待っていると、今度は、サウジアラビア大使に連れられて、葉敬と、マリアが、戻って来た…
「…今日は、有意義な時間を過ごせました…」
と、葉敬…
「…いえ、それは、こちらこそ…」
と、サウジアラビア大使…
二人とも、応接室のソファに座る、私とバニラの前で、握手して、別れた…
そして、別れ際に、サウジアラビア大使は、私とバニラに向けて、片目をつぶって、ウィンクをした…
きっと、葉敬とマリアの前では、あのリンの偽者を処刑するところを、見せたくなかったのだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、葉敬が、
「…実に、有意義な時間だった…」
と、声を弾ませて、言った…
「…これで、わが社も、サウジアラビアで、製品を販売するお墨付けを得たというと、おおげさだが、駐日サウジアラビア大使に知己を得たというのは、悪い話でも、なんでもない…あのアムンゼン君に感謝しなければ…」
と、続けて言う…
私とバニラは、お互い顔を見合わせ、どう答えて、いいか、わからんかった…
だから、気を利かせたバニラが、
「…そう、それは、良かったわね…葉敬…」
と、相槌を打つと、葉敬が、
「…良かったどころじゃないよ…とんでもなく、良かった…まさに、大収穫だ!…」
と、喜びを爆発させた…
そんな葉敬の様子を見て、私とバニラは、またも、互いに、顔を見合わせた…
どう言っていいか、わからんかったからだ…
だから、その話題から離れるために、機転を利かせたバニラが、今度は、娘のマリアに、
「…どうだった?…」
と、声をかけた…
すると、マリアが、
「…うん…美味しかった…」
と、バニラに返した…
「…美味しかった?…」
と、バニラ…
あまりにも、意外なマリアの返答だったからだ…
マリアの返答を補完するように、葉敬が、
「…サウジアラビア大使の方が、マリアに気を使って、ショートケーキを出して、くれたんだ…それを、マリアが、二個もたいらげてね…」
と、嬉しそうに言う…
六十歳近い葉敬にとっては、3歳のマリアは、孫に近い年齢…
その年齢の娘だから、葉敬にとっては、可愛くて、仕方がないのだろう…
まさに、目の中に入れても、痛くない…
それほどの溺愛ぶりだからだ…
「…それは、そうと、アムンゼン君は…」
と、葉敬…
私とバニラは、その葉敬の問いかけに、どう答えていいか、わからんかった…
「…ぜひ、アムンゼン君に会って、礼を言いたいのだが…」
と、葉敬は、呟く…
「…アムンゼン君は、どこかな?…」
と、さらに、葉敬が、続ける…
私とバニラは、もう何度目か、わからないくらい、顔を見合わせた…
どうして、いいか、わからんかったからだ…
アムンゼンが、戻って来るか、どうかも、わからんかったからだ…
だから、葉敬に、どう答えて、いいか、わからんかった…
わからんかったのだ…
が、
私とバニラが、そんなふうに、当惑して困っていると、あろうことか、アムンゼンが、戻って来た…
何事もなく、戻って来て、私たちの前に姿を現した…
アムンゼンの姿を見るなり、葉敬が、
「…どうしたんだね? …アムンゼン君?…」
と、声をかけた…
「…どこに行っていたんだね?…」
葉敬の問いかけに、
「…トイレです…」
と、アムンゼンが、即答した…
「…トイレ?…」
と、葉敬…
「…ボクは、子供だから、子供のボクには、この建物が、大きすぎて、どこにトイレがあるのか、わからなくて…」
アムンゼンが、説明する…
すると、その説明を聞いたマリアが、
「…トイレの場所が、わからないなんて、バカみたい…アムンゼン…アンタ、ホントのお子ちゃまね…」
と、アムンゼンを非難した…
が、
アムンゼンは、
「…マリア…そんなこと、言うなよ…」
と、言うだけだった…
アムンゼンは、マリアの前では、頭が上がらない…
マリアに惚れてるからだ…
マリアに首ったけだからだ…
外見が、3歳にしか、見えんから、子供に見えるが、ホントは、30歳のアムンゼンが、正真正銘の3歳のマリアに首ったけなのは、まさに、ロリコンそのものだが、嫌な感じは、まったくしない…
なぜなら、それは、ピュアな愛情だから…
ただ、アムンゼンが、マリアを好いている…
それだけだからだ…
30歳のアムンゼンが、ただ、3歳のマリアを好いている…
それだけだからだ…
そこにあるのは、愛情のみ…
他になんの感情もないからだ…
が、
マリアは、
「…だから、アムンゼン…アンタは、ダメなのよ…」
と、容赦がなかった…
「…ダメ? …なにが、ダメなの?…」
「…さっき、ここの大使さんから、すごく、美味しいケーキをもらったの…でも、アムンゼン…アンタ…いなかったでしょ…」
「…」
「…だから、ダメなの …アンタ、いつも、肝心のときに、いないから、ダメなの!…」
マリアが、容赦なく言った…
容赦なく、アムンゼンを叱った…
それを、見かねたバニラが、
「…マリア、そんなことを、言うものじゃ、ありません!…」
と、マリアを叱った…
娘を叱った…
「…でも、ママ…」
と、マリア…
「…いいんです…マリアさん…トイレを探していたボクが、悪いんです…」
と、アムンゼン…
アムンゼンが、そう言うと、バニラは、
「…」
と、なにも、言えんかった…
「…」
と、なにも、言えんかったのだ…
アムンゼンの正体を知っているバニラだから、なにも、言えんかったのだ…
そして、アムンゼンの正体を知らない葉敬が、能天気に、
「…これでは、将来、アムンゼン君が、マリアと結婚したら、間違いなく尻に敷かれるゾ…」
と、言い、陽気に笑った…
私とバニラは、そんな葉敬の姿を見て、どう言っていいか、わからんかった…
わからんかったのだ…
だから、ただ、お互い、顔を見合わせて、黙った…
どうして、いいか、わからんから、黙った…
私にとって、天敵のバニラと、これほど、顔を見合わせるのは、これが、初めての体験だった(笑)…




