35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 79
これは、驚いた…
驚いたのだ…
が、
驚いたのは、私だけではない…
葉敬も、バニラもまた、同じだった…
驚かないのは、アムンゼンだけ…
アラブの至宝だけだった…
「…これで、もう逃れることは、できません…」
と、アラブの至宝が、意味深に言う…
「…袋のネズミです…」
と、アムンゼンが、続ける…
「…袋のネズミって?…」
と、葉敬…
「…それは、どういう意味だい?…」
と、聞いた…
すると、アムンゼンが、
「…ここは、サウジアラビア大使館の敷地内…治外法権です…日本の法律は、及びません…」
「…」
「…だから、袋のネズミ…ひとたび、他国の大使館の敷地内に入れば、日本の法律は、及ばない…日本人もまた同じ…日本にいても、各国の大使館の敷地内に入れば、そこは、日本ではない…日本人もまた、外国にいるのと、同じ…だから、各国の大使館の中にいる人間から、見れば、袋のネズミです…」
「…でも、それは、大使館の中から、見れば、だろ?…」
葉敬が、疑問を呈す…
「…それに、それは、まるで、犯罪者に言うようなセリフだ…この中に、犯罪者はいないよ…アムンゼン君…」
葉敬が、アムンゼンをたしなめるように、言う…
すると、アムンゼンが、
「…そうでした…袋のネズミとは、言い過ぎでした…」
と、言って、頭を下げた…
が、
一人だけ、そのアムンゼンの言葉に動揺したものが、いる…
他でも、ない、リンだった…
明らかに、緊張した様子だった…
私は、その様子を、見て、
「…どうした? …リン?…」
と、言って、やった…
すると、すぐに、
「…なんでも、ありません…」
と、リンが返した…
「…なんでもない?…」
「…そう、なんでも、ありません…」
リンが繰り返す…
が、
この
「…なんでもない…」
という言葉は、この矢田の十八番…
この矢田が、困ったときや、しらを切るときに、使う十八番だった(笑)…
それを、このリンに使われた…
この十八番をリンに盗られた…
…うーむ…
私としても、なんと言っていいか、わからんかった…
わからんかったのだ…
私が、そんなことを、考えていると、私たちの乗るロールスロイスのドアをコンコンと、叩く音がした…
私は、驚いた…
まさか、このロールスロイスのドアを叩くものが、いるとは、思わんかったからだ…
そして、それは、車内の誰もが、同じだった…
私のみならず、葉敬もバニラも同じだった…
私と同じように、驚いた顔をしていた…
「…一体、誰が?…」
葉敬が、口を出した…
たしかに、コンコンとドアを叩く音がする方の窓の外を見ると、誰かいる…
葉敬は、迷わず、ドアを開けて、ロールスロイスの中から、外へ出た…
すると、外には、大きな男が立っていた…
私は、ロールスロイスの中から、その男を見た…
そして、その男の傍らには、見慣れた顔の男もいた…
オスマンだった…
さっきから、何度も、話題になっていた、オスマンだった…
外に出た葉敬に対して、大柄な男が、
「…サウジアラビア王国駐日大使を拝命しているアブドルと申します…」
と、日本語で、挨拶をした…
しかも、流暢…
流暢な日本語だった…
「…これは、これは、丁寧なご挨拶…痛み入ります…」
と、今度は、葉敬が、頭を下げる…
そして、サウジアラビア大使に頭を下げながらも、傍らにいる、オスマンの存在に気付いた様子だった…
顔を上げた葉敬が、
「…アナタは…」
と、言って、オスマンを見たからだ…
その様子をロールスロイスの中から、見ていた私たちだったが、ふいに、アムンゼンが、
「…さあ、外に出ましょう…」
と、言った…
「…外へ?…」
と、私。
「…だって、目的のサウジアラビア大使館に着いたでしょ?…」
アムンゼンが、言う…
そう言われると、言葉もなかった…
私たちは、アムンゼンの言う通り、全員、ロールスロイスの中から、降りた…
全員というのは、私、バニラ、マリア、リンの4人…
ロールスロイスを運転する運転手には、
「…守衛の方に、聞いて、このロールスロイスを停める場所を聞いて下さい…」
と、アムンゼンが、告げた…
そして、アムンゼンが、戻ると、大使に、
「…葉敬さんと、大使閣下は、お茶でも、飲んで、ゆっくりしたら、どうですか? マリアも連れて行って下さい…」
と、突然、言った…
言われた、大使は、キョトンとした顔になった…
が、
すぐに、大使の傍らに立つ、オスマンが、
「…大使閣下…あの坊やの言う通りに…」
と、大使の耳元で、囁くように、言った…
途端に、大使が、
「…承知しました…」
と、恭しく、オスマンに頭を下げた…
そして、すぐに、
「…葉敬さん…さあ、行きましょう…」
と、大使が、葉敬を促した…
すると、オスマンが、
「…マリアさんも…」
と、葉敬に告げる…
「…おお…そうだった…」
葉敬は、言う…
そして、葉敬とマリア、駐日サウジアラビア大使の3人が、サウジアラビア大使館の建物に向かって、歩き出した…
残された、私とバニラ、リンの3人は、その後ろ姿を、見ていた…
いや、
3人では、ない…
アムンゼンとオスマンを含めた5人だ…
この5人が、揃って、在駐日大使と葉敬、マリアの3人が、歩いていく、後ろ姿を、見ていた…
その3人の後ろ姿を見ながら、これから、どうするのか?
私は、考えた…
私は、思った…
そして、それは、バニラも、同じだった…
明らかに、戸惑った顔をしていた…
傍らに、歩いてきた、オスマンに向かって、バニラが、
「…これは、一体、どういう?…」
と、聞いた…
明らかに、戸惑った表情で、聞いた…
そのバニラのカラダをオスマンが、いきなり、掴んだ…
バニラの両肩を掴んだのだ…
「…下がってろ!…」
と、強く短い口調で、言って、まるで、バニラを突き飛ばすように、カラダを動かした…
「…オスマン…なにを?…」
バニラが、言い終えるか、否や、リンが、オスマン目掛けて、突っ込んだ…
私は、一瞬、なにが、起こったか、わからんかった…
それほど、一瞬のことだったからだ…
が、
ふと、見ると、リンは、短刀を持っていた…
手に、ナイフのようなものを、持っていた…
…なんだ?…
…これは?…
私は、思ったが、声が出んかった…
あまりにも、一瞬のことだったからだ…
だから、声も出んかった…
が、
オスマンは、リンの持つ短刀から、あっさり、身をかわした…
さすがは、オスマン!…
私は、心の中で、拍手する気分だったが、リンの攻撃は、それで、おしまいでは、なかった…
当然、次の攻撃があった…
オスマンが、あっさりと、短刀を、かわすと、次に、すぐに、蹴りを入れた…
それも、見るからに、格闘技の心得のある、蹴りだった…
誰が、見ても、素人ではない…
それは、素人の私の目にも、明らかだった…
が、
その蹴りも、オスマンに通じなかった…
あっさりと、かわされた…
その様子を、驚きの目で、私とバニラが、見ていると、
「…離れて下さい…」
と、いう声がした…
声の主は、アムンゼンだった…
「…あの女は、危険です…」
アムンゼンが、告げる…
すると、間を置かず、
「…あの女の正体は、なに?…」
と、バニラが、聞く…
「…ボクを殺す刺客ですよ…」
アムンゼンが、あっさりと、言う…
「…ボクには、敵が多い…至る所、敵だらけと、言っても、過言ではありません…」
アムンゼンの言葉にバニラが、絶句した…
「…」
と、言葉もなかった…
「…どうして、わかったんだ?…」
私は、聞いてやった…
「…それは、オスマンの動画です…」
「…オスマンの動画?…」
「…そうです…オスマンが、ボクと矢田さんと3人で、ラーメンを食べたでしょ?…」
「…食べたさ…」
「…それを、誰かが、動画にアップした…」
「…それが、どうした?…」
「…矢田さんは、ご存じないと、思いますが、オスマンは、サウジアラビアで、結構、有名なんです…」
「…オスマンが?…」
「…長身で、イケメン…おまけに、王族です…だから、サウジアラビアで、人気がある…とりわけ、女性の間で、日本のアイドル並みの人気がある…」
私は、それを、聞いて、思い出した…
このアムンゼンが、かつて、国王にならんと、欲して、クーデターを企てたとき、このオスマンを国王にして、自らは、陰で、このオスマンを操ろうとしたことを、思い出したのだ…
それは、このオスマンが、サウジアラビアの女性の間で、日本で、言えば、アイドル並みの人気があるからだと、今さらながら、気付いた…
だから、このオスマンを国王にすれば、人気が出て、国民から、支持されると、このアムンゼンは、思ったに違いなかった…
「…それで、このオスマンを陥れるために、何者かが、あの動画をネットにアップした…」
「…なんだと?…」
「…肉食は、サウジアラビア…いえ、イスラム教では、禁止です…でも、あの動画では、オスマンは、うまそうに、分厚いチャーシューを食べていた…あの動画を見れば、オスマンに批判が、出るのは、当然です…」
「…でも、なぜ、オスマンに? オスマンに、そんな真似を?…」
バニラが、口を挟む…
「…おそらくは、オスマンの動きを封じるため…」
「…オスマンの動きを封じるって?…どういうこと?…」
「…オスマンが、普段は、誰かの護衛をしているのを、かぎつけた連中が、いるんです…」
「…誰かの護衛って、誰の?…」
「…アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の陰の実力者…すなわち、ボクの護衛であることを、見抜いた連中が、いるんです…」
アムンゼンが、言った…
アラブの至宝、そのひとが、言った…




