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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編  作者: トモサン


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75/84

35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 75

いかに、アラブの至宝といえども、自分の惚れた女には、勝てない…


 あらためて、それが、わかった瞬間だった…


 あらためて、それが、証明された瞬間だった…


 私は、それに、気付くと、つい、吹き出しそうに、なった…


 つい、吹き出す=笑い出しそうになった…


 が、


 さすがに、この場で、吹き出すわけには、いかん…


 笑い出すわけには、いかん…


 だから、必死になって、自分を抑えた…


 抑えたのだ…


 すると、だ…


 アムンゼンが、


 「…なんですか? …矢田さん、その顔は?…」


 と、いきなり、私に聞いた…


 私は、そのアムンゼンの言葉に、頭に来た…


 だから、


 「…私の顔に、なにか、ついているのか?…」


 と、しらばっくれた…


 いわば、しらを切ったのだ…


 当たり前だが、アムンゼンは、頭に来た…


 頭にきて、この矢田を睨んだ…


 睨んだのだ…


 が、


 この矢田は、負けんかった…


 いかに、相手が、アラブの至宝といえども、負けるわけには、いかんかった…


 いや、


 ここは、日本だ…


 サウジアラビアではない…


 だから、この矢田もデカい態度が取れた…


 これが、サウジアラビアであれば、こんな態度は、取れん…


 なにしろ、サウジアラビアは、このアムンゼンの出身地…


 いわば、ホームグランドだ…


 そんなところで、この矢田が、威張った態度を取れば、どうなるか、わからんからだ…


 いや、


 サウジアラビアに限らず、アラブ諸国でも、どうなるか、わからん…


 いわば、ここは、安全圏…


 この矢田にとって、安全圏だった…


 だから、大きな態度が取れた…


 取れたのだ…


 絶対的な安全圏から、ものを、言う…


 あるいは、石を投げる…


 相手が、石を投げても、決して、自分には、届かない場所から、相手には、石を投げる…


 それが、私だ!…


 それが、この矢田トモコだった!…


 それゆえ、この矢田を睨む、アムンゼンを睨み返した…


 この矢田の細い目をさらに、細めて、睨み返したのだ…


 私は、腕を組み、このアムンゼンに圧をかけた…


 すると、このアムンゼンも、負けじと、腕を組み、この矢田を睨み返した…


 両者互角…


 互いに、一歩も引かんかった…


 引かんかったのだ…


 が、


 私とアムンゼンが、睨みあっていると、


 「…二人とも、凄く仲がいいんですね…」


 と、いう声がした…


 その声の主は、リンだった…


 私は、


 「…仲がいい?…」


 と、いう声に反応した…


 別に、私は、アムンゼンと、仲が良くも、なんともないからだ…


 しかも、今、互いに睨みあっている最中だからだ…


 そして、それは、アムンゼンも、いっしょだった…


 仲がいいとリンに言われたアムンゼンもいっしょだった…


 「…ボクと矢田さんは、決して、仲がいいわけじゃ…」


 と、でも、言いたげな、表情で、リンを見返した…


 それを、見て、リンは、


 「…まるで、母子みたい…」


 と、続けた…


 「…母子?…」


 私とアムンゼンは、同時に叫んだ…


 そして、その直後に、お互いの顔を見た…


 穴のあくほど、ジロジロと、見た…


 「…そう母子…仲がいい…母子…羨ましい…」


 リンが続ける…


 「…私も、そんな息子が欲しい…そんな母親が、欲しい…」


 リンが、口走る…


 私は、それは、冗談かと、思った…


 あるいは、私やアムンゼンをわざと持ち上げたのかと、思った…


 が、


 それは、なかった…


 たぶん、なかった…


 なぜなら、リンは、真剣…


 真剣な表情で、言ったからだ…


 それに、気付いたのは、私だけでは、なかった…


 アムンゼンもまた、いっしょだった…


 だから、


 「…どうして、リンさんは、そんなことを、言うんですか?…」


 と、アムンゼンが、聞いた…


 すると、リンが、


 「…楽しそうだから…」


 と、呟いた…


 「…楽しそうだから、羨ましい…」


 と、続ける…


 私とアムンゼンは、またも、思わず、目を合わせた…


 あまりにも、意外なリンの言葉だったからだ…


 「…失礼ですが、リンさんは、家族が、仲良くなかったんですか?…」


 アムンゼンが、聞く…


 アムンゼンの質問に、無言で、リンは、首を縦に振って、頷いた…


 それから、


 「…だからかな…」


 と、言って、笑った…


 「…明るい家庭に憧れる…坊やとお姉さんのような、仲の良い家庭に、憧れる…」


 「…」


 「…たぶん、この気持ちは、坊やには、わからない…大人になっても、たぶん、わからない…」


 「…どうして、ボクには、わからないんですか?…」


 「…坊やは、男だから、わからない…」


 「…どうして、男だから、わからないんですか?…」


 「…男は、子供を産まないでしょ? 子供は、女を産むものでしょ?…」


 「…それが、なにか?…」


 「…いわば、女は、男より、子供と近い…自分が、産むから、当然よね…だから、つい、大人になる過程で、自分は、将来、こんな男と、結婚して、こんな子供を持ちたいと、考える…こんな家庭を持ちたいと考える…」


 「…」


 「…坊やと、お姉さんのやりとりを見ると、私の理想に、思える…互いに、距離が、近く、言いたいことを言いあえるほど、仲がいい…だから…」


 リンが、告白する…


 あまりにも、意外な告白をする…


 そんなリンの告白に、私は、どうして、いいか、わからんかった…


 そして、それは、アムンゼンも同じだった…


 いや、


 アムンゼンだけではない…


 葉敬も、バニラも同じだった…


 おそらく、そのリンの告白から、リンが、不幸な家庭に育ったことは、誰にも、わかることだったからだ…


 だから、沈黙した…


 あたりが、急にシーンとなった…


 誰もが、なにか、口にすることが、ためらわれるような雰囲気になったからだ…


 だから、沈黙した…


 なにも、言わなかった…


 が、


 いつまでも、誰もなにも、言わないわけには、いかなかった…


 と、いうことで、やはりというか…


 ここは、一番年長な葉敬が、口を出した…


 「…ということは、リンさんには、失礼だが、リンさんは、あまり、家庭に恵まれなかった?…」


 と、聞いた…


 ずばり、直球で、聞いた…


 葉敬のあからさまな質問に、リンは、無言で、首を縦に振って頷いた…


 それを、見て、葉敬は、


 「…では、さっき、リンさんが、言った、アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の実力者と会いたいのも、もしかして、リンさんの家族と関係があるの?…」


 と、優しく、聞く…


 その問いにも、リンは、無言で、頷いた…


 それを見て、私とアムンゼンは、またも、互いの顔を見合わせた…


 おそらく、このリンの家族が、アラブ世界で、囚われているとか…


 あるいは、リンの家族が、どういう形か、わからないが、アラブ世界と関係がある…


 例えば、リンの家族が、囚われていて、その家族を開放する条件として、アラブ世界のなにかが、必要となる…


 それが、アラブの至宝と呼ばれる、アラブ世界の実力者と知り合いになれば、可能になる…


 そういうことでは、ないか?


 私は、思った…


 思ったのだ…


 そして、それを、見て、


 「…わかりました…」


 と、アムンゼンが、言った…


 アラブの至宝が、言った…


 「…オスマンさんを紹介しましょう…」


 と、言った…


 すると、リンより先に、


 「…それは、ホントかね?…」


 と、葉敬が、言った…


 喜色満面の笑顔で、言った…


 「…ハイ…ホントです…」


 アムンゼンが、答える…


 が、


 答えながらも、アムンゼンは、葉敬の顔を見なかった…


 リンの顔を見ながら、言った…


 「…ボクで、良ければ、微力ですが、リンさんのお力に…」


 と、言う…


 アラブの至宝が、言う…


 そして、いつのまにか、アムンゼンが、リンの手を握ろうと、リンの手に、自分の手を伸ばした…


 握手しようとしたのは、明らかだった…

 

 火を見るより、明らかだった…


 が、


 その手を、マリアが、ひっぱたいた…


 思いっきり、ひっぱたいた…


 そして、


 「…その手は、なに?…」


 と、怒鳴った…


 アラブの至宝に怒鳴った…


 「…いや、これは…」


 アムンゼンが、戸惑った声で、言う…


 「…だから、その手は、なんなの!…」


 マリアが、続ける…


 アムンゼンは、言葉もなかった…


 ただ、黙って、マリアを見た…


 「…」


 と、黙って、マリアを見たのだ…


 そして、その危機を救ったのは、意外にも、葉敬だった…


 マリアの実父の葉敬だった…


 「…マリア…アムンゼン君を叱るのは、やめなさい…」


 と、やんわりと、マリアをたしなめる…


 そう、葉敬に言われると、今度は、マリアが、黙った…


 「…」


 と、黙った…


 いかに、マリアといえども、父親には、逆らえないのは、明らかだった…


 「…そんなことより、それは、本当かい?…」


 と、アムンゼンに聞く…


 「…それは、本当とおっしゃると?…」


 と、アムンゼン…


 「…今、アムンゼン君が、リンに、オスマンさんを紹介すると、言った話だよ…」


 葉敬が、アムンゼンに身を乗り出して、聞く…


 アムンゼンは、葉敬のあまりの熱意に圧倒されながらも、


 「…ハ、ハイ…」


 と、小さく言った…


 それを、聞いた葉敬は、すかさず、


 「…だったら、そのオスマンさんを私にも、紹介してくれるね…」


 と、続ける…


 アムンゼンは、誰が、見ても、嫌な様子だった…


 だから、助けを求めるように、周囲を見た…


 私やバニラや、マリアを見た…


 しかしながら、ここで、アムンゼンを助けるものは、皆無…


 皆無=誰もいなかった…


 しかも、マリアは、怒った顔で、アムンゼンを見ていた…


 アラブの至宝を見ていた…


 だから、アムンゼンは、諦めた…


 自分が、この場で、孤立無援な立場で、あることを、悟った…


 「…わかりました…葉敬さん…オスマンさんを紹介します…」


 と、言った…


 力なく言った…


 「…それは、ありがとう…」


 と、葉敬が、アムンゼンの手を握って、喜んだ…


 傍から見ていて、恥ずかしいほど、喜んだ…


 が、


 その姿を見て、リンが、ニヤリと笑った…


 ごく一瞬だが、ニヤリと、笑った…


 唇だけで、笑った…


 私は、それを、見逃さんかった…


 見逃さんかったのだ…


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