35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 68
私たちは、全員、家から出て、外に向かった…
厳密には、地下にある、マンションの駐車場に向かった…
そこには、葉敬が、乗って来たクルマが、あるはずだからだ…
だから、私たち全員、そこに向かった…
そして、歩きながら、バニラが、
「…葉敬…そういえば、リンさんって、言ったっけ…台湾のチアガールの女のひと…彼女は、どうしたの?…」
と、聞いた…
いきなり、言った…
すると、その質問に、葉敬が、面白そうに、
「…どう、していると、思う?…」
と、聞いた…
バニラの質問に、質問で、返したのだ…
「…わからない…」
と、バニラ…
すると、葉敬は、面白そうに、今度は、私に、
「…お姉さんは、どうしていると、思いますか?…」
と、聞いた…
私は、少し考えて、
「…案外…これから、行く、お義父さんのクルマの中で、待ってたりして…」
と、言った…
わざと、適当なことを、言ったのだ…
わざと、ありえないことを、言ったのだ…
が、
それが、当たったらしい…
葉敬が、驚いた…
「…お姉さん…よく、わかりましたね…」
と、言って、驚いた…
が、
私は、少しも、驚かんかった…
なぜなら、この葉敬は、リンを試そうとしている…
そんな情報を葉問から、受けていたからだ…
だから、驚かんかった…
リンが、どんな人間か、知りたい…
それが、今回、来日した葉敬が、リンを同行させた真意だと、葉問から、聞いていたからだ…
そのためには、いつも、リンといっしょにいるのが、一番…
一番、いい…
一番、わかる…
リンが、どんな人間か、わかるからだ…
だから、もしかしたら、リンが、クルマの中で、待っているかも、と、思ったのだ…
そして、それに、気付くと、急いで、アムンゼンを見た…
アラブの至宝を見た…
このアムンゼンも、なんらかの目的で、リンに興味を抱いているのが、明白だったからだ…
だから、どんな表情をしているのか、見た…
急いで、見た…
が、
とりたてて、アムンゼンは、反応しなかった…
別段、表情に変化はなかった…
が、
それゆえ、この矢田には、かえって、アムンゼンが、怪しく思えた…
あえて、表情を隠しているというか…
自分の感情が、表情に出るのを、隠していると、思ったからだ…
だから、わざと、
「…リンですか? …お義父さん…」
と、驚いた声を出した…
「…やっぱり、リンが、いるんですか?…」
と、わざと、アムンゼンに、聞こえるように、大声で、言った…
が、
反応は、なかった…
アムンゼンの反応は、なかった…
しかしながら、葉敬は、
「…そんなに、驚きましたか? お姉さん?…」
と、実に、愉快そうに、言った…
正直、私は、リンが、いても、いなくても、どうでもいい…
しかしながら、ここで、私が、わざと、驚いたフリをしたことで、葉敬も、嬉しかったのだろう…
台湾で、一番のチアガールと、いっしょにいることが、嬉しかったのかも、しれない…
そして、もしかしたら、それは、リンが、美人だからかも、しれんかった…
男も女も同じ…
老いも若きも、ルックスが、よい若い子が、好きだからだ…
だから、六十代の葉敬も、自分の娘ぐらいの年齢のリンといっしょにいることが、嬉しいのかも、しれんかった…
それは、ちょうど、例えば、ポルシェやフェラーリに乗っているのと、同じ…
同じだ…
「…エッ! あんなに、凄いクルマに乗っているの!…」
と、周囲から、驚かれるのと、同じだ…
周囲から、羨望の眼差しで、見られるのと、
同じだ…
男が、
「…あんなに、キレイなコと、付き合っているんだ!…」
とか、
女が、
「…あんなに、カッコイイひとと付き合っているんだ!…」
と、言われるのと、同じだ…
つまりは、周囲に自慢できる…
その結果、自分のプライドが、満たされる…
そういうことだからだ…
が、
予想外のことが、起こった…
想定外のことが、起こった…
あろうことか、バニラが、怒ったのだ…
バニラが、不機嫌になったのだ…
バニラが、
「…ちょっと、葉敬…そのリンって、女と、なにか、あるわけじゃ、ないでしょうね?…」
と、怒ったのだ…
これは、想定外…
まさに、想定外だった…
が、
バニラの立場から、してみれば、当たり前…
当たり前だった…
自分の事実上の夫が、若い美人と、いっしょに、いるのだ…
二人の仲を疑っても、当然だった…
私は、急いで、葉敬を見た…
葉敬が、どんな対応をするのか、気になったからだ…
が、
葉敬は、上機嫌だった…
「…バニラ…そんなに、怒ることじゃないよ…」
と、あっさり、バニラをたしなめた…
「…リンと、いっしょに、いるのは、商売だ…」
「…商売?…」
と、バニラ…
「…いや、仕事と言い換えても、いいかな…今、私は、台湾で、プロ野球の三星球団の買収を持ちかけられているんだ…リンは、その三星球団に所属するチアガールでね…」
葉敬が、バニラに説明する…
「…だが、その三星球団では、一番人気は、選手じゃないんだ…リンなんだ…」
「…どういうこと?…」
と、バニラ…
「…リンが、三星球団の試合で、試合を盛り上げるために、チアガールの姿で、応援することで、三星球団の価値が上がったんだ…ちょうど、歌手で言えば、歌じゃなく、ルックスが、話題になるようなものかな…とにかく、三星球団のウリは、リンなんだ…」
「…」
「…それで、仮に私が、三星球団を買収するにしろ、しないにしろ、三星球団の一番のウリが、リンなら、そのリンが、どんな人間か、確かめるのが、一番だ…そうだろ? …バニラ…」
「…」
「…リンといっしょにいることで、どんな人間か、わかる…ちょうど、クルマを買う前に試乗するのと、いっしょだ…どんなクルマか、わからなければ、買うわけには、いかないよ…」
葉敬が、説明する…
バニラに、わかりやすく、説明する…
すると、バニラは、なにも言わんかった…
不思議なことに、一言も文句を言わんかった…
これは、おそらく葉敬が、商売を口にしたからだろう…
商売=仕事を口にしたからだろう…
これは、日本でも、よくあることだ…
男が、
「…これは、仕事だから…」
と、言えば、妻は、口出しできない…
それと、同じだ…
実際には、仕事ではなく、不倫をしていて、そのために、仕事で、遅くなったと、言い訳しても、妻は、気付かない…
それと、似ている(笑)…
しかしながら、バニラは、まだ23歳と、若い…
が、
この矢田は、35歳…
酸いも甘いも嚙み分けた、35歳だ…
だから、葉敬には、失礼だが、葉敬の言葉を、鵜呑みにできない…
もしかしたら、リンといい関係になっているのかも、しれんと、気付いた…
あるいは、リンを狙っているかも、しれんと、気付いた…
邪推ではないが、気付いた…
下種の勘繰りでないが、気付いたのだ…
だが、
まだ、若いバニラは、葉敬の言葉を信じた…
葉敬の言葉を信じた…
そういうことかも、しれん…
私は、そう見た…
私は、そう睨んだ…
と、私が、そんなことを、考えていると、アムンゼンが、
「…リンさんって、どういうひとですか?…」
と、いきなり、葉敬に聞いた…
これは、私も驚いたが、葉敬は、もっと驚いた…
子供が、そんなことを、言うとは、思っても、いないからだろう…
だから、驚いた…
が、
子供の質問に、怒っても、仕方がない…
「…どういうひとと言っても、まだいっしょにいて、丸一日しか、経っていない…そんな短い時間で、リンを評価することは、できないよ…」
葉敬が、真摯に答える…
それを、聞いたアムンゼンが、
「…そうですか…」
と、だけ、言った…
あるいは、アムンゼンは、なにか、別のことを、期待したのかも、しれない…
が、
当たり前だが、それ以上に、葉敬は、驚いた…
そんな質問をする、アムンゼンに、驚いた…
「…キミは…まるで、大人のようなだね…」
と、言って、驚いた…
驚いたのだ…
が、
しかしながら、アムンゼンは、冷静だった…
アムンゼンは、平気だった…
アムンゼンは、表情ひとつ変えず、
「…いえ、さっきも、言いましたが、ボクは、大人ばかりの中で、育ったんで、つい、行動が、大人びて、しまうんです…」
と、言い訳した…
あるいは、説明した…
そして、それを、聞いた葉敬は、
「…やっぱり、そうなのかな…そういうものなのかな…」
と、ひとり、ブツブツ呟きながら、納得した…
すると、それに、追い打ちをかけるように、
「…そうですよ…」
と、アムンゼンが、言った…
「…そういうものです…」
と、言って、話をまとめた…
が、
真実を知る、私もバニラも、なにも、言わんかった…
アムンゼンの正体を知る、私もバニラも、なにも、言わんかった…
アムンゼンが、怖くて、なにも、言えんかった(涙)…




