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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編  作者: トモサン


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55/84

35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 55

なぜなら、この葉尊が、葉敬に対抗するためだ…


 葉尊は、いみじくも、さっき言ったように、葉敬が、嫌い…


 そして、それはまた、葉敬も同じ…


 葉敬も、ホントは、葉尊が、嫌い…


 ホントは、葉敬の弟の葉問を好きだった…


 しかしながら、葉問は、事故で、死んでしまった…


 だから、仕方なく、葉尊を後継者にしたに、過ぎないからだ…


 そして、それを、葉尊が、わかっているから、余計に葉敬を嫌いになる…


 そういうことだ…


 だから、葉尊は、葉敬に頼らず、自分の力で、クールの社長として、社内で、認めてもらいたい…


 そのためには、誰かの力に頼るのが、一番…


 誰かの後ろ盾を、得るのが、一番だからだ…


 そして、その後ろ盾が、あのアムンゼンの可能性がある…


 なにしろ、あのアムンゼンは、アラブ世界の実力者…


 サウジアラビアの王族だが、サウジアラビアに限らず、アラブ世界に多大な影響力を持っている…


 まぎれもない、実力者だからだ…


 だから、後ろ盾として、最適…


 いや、


 最強だからだ…


 私は、思った…


 思ったのだ…


 が、


 私が、そんなことを、考えていると、葉尊が、


 「…お姉さん…なにを、考えているんですか?…」


 と、聞いてきた…


 私は、つい、いつもの調子で、


 「…なんでもない…なんでもないさ…」


 と、答えた…


 これは、私の十八番…


 私の十八番だったからだ…


 相手に、私の考えを読ませない十八番だったからだ…


 だが、葉尊が、いつもとは、違った…


 「…なんでもない…なんでもないさ…ですか…」


 葉尊が、空になったグラスをグルグルと、手の指で、弄びながら、呟いた…


 「…お姉さんは、いつも、そうですね…」


 「…いつも、そう?…」


 「…肝心な質問は、いつも、逃げる…自分に都合が、悪い質問には、答えない…」


 「…」


 「…実に、自分勝手です…自分勝手のわがままです…」


 葉尊が、言う…


 当たり前のことを、言う…


 しかしながら、その当たり前のことも、これまで、私の面前で、言ったことは、一度もなかった…


 要するに、私に、気を使っていたのだ…


 だから、私も、つい、調子に乗って、自分に都合が悪くなると、


 「…知らんな…」


 とか、


 「…わからんな…」


 とか、言って、ごまかした…


 そう言えば、それ以上は、葉尊は、なにも、言ってこないからだ…


 だから、それをいいことに、このフレーズを多用した…


 多用=何度でも、言った…


 が、


 当然、葉尊も、それがわかっている…


 私が、ごまかしているのが、わかっている…


 そして、わかっていながらも、それ以上、私になにも言わなかった…


 つまり、葉尊は、我慢していたのだ…


 葉尊は、耐えていたのだ…


 が、


 今、葉尊は、酒を飲んでいる…


 ウイスキーを飲んでいる…


 だから、感情のタガが、外れたというか…


 感情のタガが、緩んだに違いない…


 いつもは、耐えていた感情が、プチっと切れたに違いない…


 いや、


 切れかかっているに、違いない…


 私は、それに、気付くと、震撼した…


 震撼=怖くなったのだ…


 これまで、散々、葉尊が、怒らないことをいいことに、葉尊をないがしろにした…


 そのツケが回ってきたのだと、気付いた…


 気付いたのだ…


 だから、私は、慌てて、なにか、言おうとしたが、言葉が、出て来んかった…


 出て来んかったのだ…


 なにしろ、この矢田は、気が小さい…


 自分でも、ビックリするほど、気が小さい…


 普段では、そうは、思わんが、今のような状態になると、自分でも、驚くほど、気が小さい…


 だから、なんと、言っていいか、わからんかった…


 どんな反応をしていいか、わからんかったのだ…


 ただ、黙って、葉尊を見るしか、なかったのだ…


 これから、葉尊が、どんな態度を取るか、見ているしか、なかったのだ…


 すると、だ…


 葉尊が、ジッと、私を見た…


 その端正な顔で、私を見た…


 私の童顔を見た…


 私は、まるで、蛇に睨まれた蛙状態…


 ただ、ジッと、睨まれている状態だった…


 ただ、ジッと睨まれている状態だったのだ…


 私は、ブルブルと、震えていた…


 ただただ、怖くて、震えていたのだ…


 すると、だ…


 葉尊が、ニヤッと笑った…


 いきなり、笑ったのだ…


 「…お姉さん…そんなに、緊張して、どうしたんですか?…」


 と、笑いながら、言ったのだ…


 私は、それを、見て、すぐに、ピンと来た…


 「…オマエ…葉問か?…」


 と、言った…


 つい、口にした…


 そして、私の問いかけに、葉問は、笑った…


 実に、楽しそうに、笑った…


 「…ハイ…お姉さん…その通りです…」


 と、葉問が、笑いながら、答えた…


 この葉問は、葉尊のもうひとつの人格…


 葉尊は、多重人格…


 いわゆる、一人の中で、複数の人間が、いるということだ…


 もっとも、葉尊の場合は、葉問ただひとり…


 葉尊は、元々、双子…


 葉問という一卵性双生児の弟が、いた…


 しかし、その葉問が、事故でなくなった…


 幼い葉尊の仕掛けたちょっとしたいたずらで、亡くなった…


 そのいたずらに、心を痛めた葉尊が、いつのまにか、蘇らせたのが、葉問…


 今、私の目の前にいる、葉問だ…


 いわば、葉尊は、自力で、事故で亡くなった葉問を蘇らせたとも、言える…


 私は、目の前の葉問を前にして、そんなことを、考えた…


 考えたのだ…


 同時に、気付いた…


 もしや…


 もしや、この葉問は、私を救うために、現れたのでは、ないか?


 そう、気付いた…


 なぜなら、葉尊は、今、酔っ払っている…


 だいぶ、酒を飲んだ反動だろう…


 いつもは、私に対して、決して、口にしないことを、言った…


 思っていても、決して、口にしないことを、口にした…


 ずばり、私に逆らった…


 私に、逆らったのだ…


 だから、このままでは、危ないと、葉問は、思って、葉尊と入れ替わったのでは、ないか?


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 だから、私は、


 「…葉問…オマエ、私を助けて、くれたのか?…」


 と、聞いた…


 私の細い目をさらに、細くして、聞いた…


 すると、


 「…なんのことです? …お姉さん?…」


 と、葉問が、返した…


 「…ごまかすんじゃ、ないさ…葉問…」


 私は、言ってやった…


 「…オマエが、私を助けるために、葉尊と入れ替わったのは、お見通しさ…」


 私が、言うと、葉問が、笑った…


 実に、楽しそうに、笑った…


 「…わかっているなら、わざわざ、聞かなくても、いいじゃ、ないですか?…」


 と、言って、笑った…


 笑ったのだ…


 「…お姉さん…それって、ダメ押しですよ…それとも、わざわざ、確認を取らなければ、気になりますか?…」


 葉問が、言う…


 笑いながら、言う…


 私は、葉問の言い分に、頭に来たが、怒ることは、できんかった…


 なんといっても、今、この葉問は、私を助けて、くれたのだ…


 酒を飲んで、酔っ払った葉尊が、私に、なにを、するか?


 考えただけで、恐ろしかった…


 これは、いつも、私に従っていた葉尊が、私に逆らう…


 だから、余計に、怖かった…


 怖かったのだ…


 いつも、おとなしい人間が、逆上したときほど、怖いものはない…


 なにしろ、いつも、おとなしい姿しか、見たことが、ないのだ…


 怒った姿を見たことが、ないのだ…


 だから、怖い…


 余計に、怖いのだ…


 そんな怖い葉尊から、救ってくれたのは、葉問だった…


 この目の前の葉問だったからだ…


 だから、


 「…そんなことは、ないさ…」


 と、私は、答えた…


 「…ただ、確認を取ったのは、オマエに、礼を言うためさ…」


 「…ボクに、礼を?…」


 「…そうさ…葉尊が、怒りだしたら、私は、どうして、いいか、わからんさ…なにしろ、葉尊は、大柄だし、私は、とても、太刀打ちできんさ…」


 私が、言うと、葉問が、笑った…


 実に、愉快そうに、笑った…


 「…お姉さん…仮に、葉尊が、怒ったとしても、お姉さんを、取って食うようなことは、ありませんよ…」


 「…」


 「…ただ、嫌味を言うのが、せいぜいです…」


 「…嫌味?…」


 「…そうです…」


 葉問が、笑って言う…


 私は、そんなものかと、思った…


 たしかに、葉尊が、力づくで、私をどうこうするとは、全然、思えん…


 だから、この葉問が、言うように、せいぜい、私に嫌味を言うのが、関の山というか…


 それ以上、なにも、しない公算が、大きい…


 私は思った…


 思ったのだ…


 すると、その思いが、表情に出たのだろう…


 「…お姉さん…ホッとした顔をしてますよ…」


 葉問が、笑いながら、言う…


 私は、それを、聞いて、言葉もなかった…


 たしかに、その通り…


 その通りだからだ…


 が、


 しかし、そんな私に葉問が、冷や水を浴びせた…


 直後に、


 「…でも、そんなに、ホッとするのは、今だけです…」


 と、言ったからだ…


 「…どういう意味だ?…」


 「…まもなく、抗争が、始まります…」


 と、葉問が、意味深に、言った…


 実に、意味深に、言ったのだ…


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