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矢田トモコ冒険譚 35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編  作者: トモサン


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47/84

35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 47

ぶん殴ってやるさ!…


 思いっきり、ぶん殴ってやるさ!…


 頭に血が上った私は、まっすぐに、リンに向かって、突撃した…


 許せん!


 許せんかった!…


 一度ならず、二度までも、この矢田を馬鹿にするが如く、笑ったのが、許せんかったのだ…


 私が、リンをぶん殴るべく、リンに向かって、走って行くと、その前に、なぜか、バニラが、立ち塞がった…


 身長159㎝の矢田の前に、身長180㎝のバニラが、立ち塞がったのだ…


 「…なんだ? …バニラ?…そこをどけば、いいさ…」


 私は言った…


 言ったのだ…


 「…いいえ、どきません…」


 「…なんだと? …どかないだと?…」


 「…ハイ…どきません…」


 「…なぜ、どかん?…」


 「…お姉さん…今日は、葉敬が、久しぶりに来日したんです…騒動は…」


 そう、言われると、私は、なにも、言えんかった…


 何度も、言うように、この葉敬は、恩人…


 この矢田と、葉尊の結婚を認めてくれた、恩人だからだ…


 だから、葉敬の名前を出されると、なにも、言えんかった…


 なにも、言い返せんかった…


 また、バニラにしても、この場で、騒動を起こされては、たまったものでは、なかったのだろう…


 なにしろ、このバニラは、葉敬の愛人…

 

 今回、同行したマリアは、この葉敬と、バニラの間に産まれた子供…


 葉敬とバニラは、父子ほど、歳が、離れているが、実質的な夫婦だからだ…


 だから、事実上の夫の葉敬が、珍しく来日したのに、その葉敬の前で、騒動を起こすのは、このバニラにとっても、たまったものでは、なかったのだろう…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 「…わかったさ…」


 私は、言って、矛を収めた…


 このリンをぶん殴ることを、断念した…


 「…今回は、勘弁してやるさ…」


 私は、言った…


 私は、言ったのだ…


 ホントは、はらわたが煮えくり返っていたが、言ったのだ…


 臥薪嘗胆…


 耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだのだ…


 この矢田トモコ…


 常識のある女だった…


 なにより、世間体を気にする女だった…


 この空港で、騒動を起こせば、下手をすれば、週刊誌のネタになりかねない…


 日本の総合電機メーカー、クールの社長夫人が、台湾のチアガールのリンをぶん殴った…


 そんな記事が出かねない…


 それを、思うと、とてもではないが、このリンをぶん殴ることなど、できるわけがなかった…


 なかったのだ…


 同時に、気付いた…


 この矢田も、地位を得ているということを、だ…


 クールの社長夫人という地位を得ていることを、だ…


 正直、これまで、考えたことも、なかった…


 自分の地位など、考えたことも、なかった…


 なぜなら、私は、地位を得ても、なにも変わらないからだ…


 例えば、このリンのように、台湾で、チアガールとして、有名になる…


 そうなれば、どこに行っても、注目される…


 あるいは、夫の葉尊のように、クールの社長になれば、会社に出社すれば、社長として、扱われる…


 しかしながら、私には、それがない…


 ハッキリ言えば、私が、葉尊と結婚したことによって、このリンダやバニラのような有名人と知り合い、知己を得た…


 が、


 それだけ…


 それだけだ…


 私自身が、どこかに、出かけて、なにかをするわけでも、なんでもない…


 だから、正直、自分が地位を得たことを、実感したことは、これまでなかった…


 なかったのだ…


 しいて言えば、地位を得たことを、実感したのは、クールを訪れたときぐらい…


 クールを訪れ、社長夫人として、扱われたときだけだ…


 私は、それを、思った…


 今さらながら、思った…


 しかし、


 しかし、だ…


 なぜ、このリンは、この矢田と敵対する?


 どうして、この矢田が、頭に来るようなことを、わざと、する…


 それが、謎だった…


 大きな謎だったのだ…


 しかし、そんなことは、考えても、仕方がない…


 悩んでも、仕方がなかった…


 答えが出んからだ…


 だから、悩んでも、仕方がなかった…


 私は、ただ、黙って、葉敬一行の後について、ホテルに向かった…


 

 結局、その後、葉敬一行は、日本の定宿のホテル、帝国ホテルに泊まった…


 実は、この帝国ホテルは、この矢田にとって、実に、思い出深いホテルだった…


 なにしろ、半年ちょっと前に、この矢田と葉尊が、結婚式を挙げたのが、この帝国ホテルだったのだ…


 それを、思うと、感無量…


 実に、思い出深かった…


 あれから、実に、いろいろあった…


 いや、


 いろいろ、あり過ぎた(笑)…


 それも、これも、わずか、半年ちょっと前に、葉尊と結婚してから、起こった出来事だった…


 葉尊と結婚する前までは、この矢田は、実に平凡…


 平凡だった…


 平凡そのものの人生を歩んでいた…


 具体的には、短大を卒業して、就職もせずに、バイトや派遣社員や、契約社員をして、生きてきた…


 35歳まで、生きてきた…


 短大を出て、就職しなかったのは、ただ単純に、就職氷河期だったからだ…


 だから、自分の周りにも、就職しないで、短大を卒業した人間が、多かった…


 いや、ハッキリ言えば、就職しないのではなく、就職できなかったのだ(涙)…


 なにしろ、就職の間口が、狭すぎた…


 バブルが崩壊して、ちっとも、景気が回復せず、日本中、どこの会社も、新卒の採用を絞った…


 具体的には、それまで、毎年100人採用していた企業が、30人しか、採用しなかったり、中には、それどころか、採用を停止した企業も、いっぱいあった…


 要するに、大学卒業度、入社する企業が、なくなったのだ…


 採用枠が、突然、とんでもなく、狭まり、日本中、大学を卒業しても、就職できない若者が、珍しくなかった…


 私は、その一人だった(涙)…


 だから、私と同じ世代で、私のような境遇の者は、格別、珍しくもなんともなかった…


 しかし、それが、半年前の葉尊との結婚を契機に一変した…


 私が、35歳で、葉尊と結婚したから、


 「…35歳のシンデレラ…」


 と、世間で呼ばれ、その名称が、世間に定着した…


 おおげさでなく、半年ちょっと前には、日本中、私を知らない者はいないほど、有名になった…


 しかしながら、それは、一瞬…


 一瞬だけ…


 ものの三か月もしない間に、すっかり世間から、忘れ去られた…


 まあ、世の中、そんなものだ(笑)…


 日本で、まったく平凡な女が、台湾の大財閥の御曹司と結婚する…


 まるで、現代のシンデレラだ…


 だから、私を35歳のシンデレラと、呼んだのも、わかる…


 また、今や日本は、晩婚…


 女が、三十代での結婚も珍しくもなんともない…


 だから、私が、35歳で、台湾の御曹司と結婚したのは、今や結婚が遅れた、日本の女たちに、夢を与えられると、思って、宣伝したのだ…


 話題にしたのだ…


 しかしながら、それは、一瞬…


 一瞬だけ…


 結婚してしまえば、それまで…


 後の話題が続かない…


 だから、ブームは、一瞬だけ…


 私が、葉尊と結婚したときだけで、すぐに、そのブームは、終わった…


 まるで、打ち上げ花火を、打ち上げたかのごとく、終わった…


 終わったのだ…


 まあ、今度、私が、話題になるとしたら、葉尊と離婚したときぐらいだろう(苦笑)…


 しかしながら、仮に葉尊と離婚したとしても、葉尊と結婚したときのようなブームは、起きないだろう…


 なぜなら、それは、世間に夢を与えないからだ…


 むしろ、


 やっぱり、平凡な家庭の女と、大金持ちの御曹司との結婚は、ダメだった…


 うまくいかなかったと、世間に思われる…


 しかし、それでは、世間に夢を与えられない…


 だから、仮に、私が、葉尊と離婚したとしても、ブームには、ならない…


 やっぱりダメだったと、世間に落胆を与えるだけだからだ(苦笑)…


 私は、今、この帝国ホテルに、半年ぶりに、やってきて、今さらながら、それを、思い出した…


 私と葉尊の結婚を思い出していた…


 そして、私は、部屋の面子を見た…


 ずばり、帝国ホテルの同じ部屋にいる、面子を見た…


 葉敬、リンダ、バニラ、リンダの子供のマリア、そして、この矢田…


 いつものメンバーだ…


 ハッキリ言って、葉敬一族といっていい、メンバー…


 それに、リンと、葉敬のボディーガード二人…


 合計、9人…


 空港のときに、葉敬と、共に、同行した他のメンバーは、他の部屋にいる…


 なにしろ、同じ部屋に入るには、人数が、多過ぎるからだ…


 葉敬は、20人を優に超える人間を従えて、この日本にやって来た…


 が、


 考えてみれば、それも当たり前なのかも、しれない…


 なにしろ、この葉敬は、何度も言うように、台湾の大実業家…


 台北筆頭の創業者…


 もはや、教科書に載る、台湾では、有名な立志伝中の人物だからだ…


 だから、そんな有名な人物が、日本にやって来るのに、一人きりというのは、考えられない…


 普通は、これほどの大物ならば、ずらずらと、大勢の人物を、引き連れてくるものだからだ…


 これは、おおげさに言えば、日本の首相が、他国を訪れるのと同じ…


 日本の首相が、他国を訪れるのに、一人きりというのは、ありえない…


 やはり、今回の葉敬のように、ずらずらと、大勢の人間を引き連れて、行くものだ…


 その方が、威厳が出るし、目立つ…


 そういうことだ…


 もちろん、目立つだけでなく、同行する人間には、それぞれ、役目があるのかも、しれない…


 いや、


 役目がないはずが、ない…


 しかし、それにしても、やはり、びっくりするほど、大勢の人間を引き連れて歩くものだ…


 そして、それを、考えたとき、ふと、ある考えが、私の脳裏をよぎった…


 よぎったのだ…


 それは、ずばり、リンのことだった…


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