表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神徒奇譚  作者: 早村友裕
第六章 神都編
PR
96/101

神都へ(1)

 この二人はもしかして初対面なのではないだろうか。

「珍しい組み合わせだね。何かあったの?」

「ええ。いつかこの村を訪れる事があれば是非お話してみたいと思っていたのですよ。何しろガーシャ、君を育てた養父ですから」

 サイショウさんが言った。

「御託はいいから本当の事を教えて」

 ガーシャの顔が少し曇った。

 こういう感情を隠さない辺り、サイショウさんにもすごく甘えているなあと思う。ゴクジョウ師匠やうちの父に甘えるのとはまた違う信頼があるのだろう。

 サイショウさんは少し考えたが誤魔化す必要はないと判断したらしい。

「カシギさんが何者なのかを聞きたかったのですよ」

「どういう意味?」

 食い気味に聞くガーシャはおそらく何かしら予想を立てていると思う。

 きっとその予感が当たって欲しくなくて聞いている。

「……ここで隠しても仕方がないので言いますね。実は、アラージャがこの方をうまく知覚できません」

 その言葉で、全員が息を呑んだ。

 遠くまで見えるアラージャさんが近く出来ないのは今のところ『白』の境界やアリ様の牢獄など、限られた場所だけだからだ。

「君の養父ですから大丈夫だとは思うのですが、不安要素は取り除いておきたかったのですよ」

 本当は誰にも知られずに。

 とはいえ、見られたのなら隠しておくのも不自然だと思って今、暴露したのだろう。

 新緑色の光玉の下で、カシギはいつものように穏やかに笑った。

 数十年前に菫都(キント)で神徒狩りとして活動していたカシギ。菫都の荒廃の切っ掛けになったという彼は、大山脈の尾根を伝って翠都へ移り住み、そしてガーシャを拾ってこの奥の山の集落に辿りついた。それからはずっと村に一人だけの薬師としてここではずっと皆の心の拠り所だった。

 それがあたしたちの知るカシギだ。

 年齢的には50代以上だと思うのだけれど、今も20代と言われても信じられるほどに若々しい。

 言われてみれば不思議ではある。

 そう、まるでずっと『白』の境界に落ちて10年前と同じ姿で戻ってきた父のように。

「大丈夫、僕は味方だ。それだけは間違いない。僕は、この世界の誰よりも君たちを助けたいと思っている」

 穏やかな声でカシギは告げた。

「ただ、僕が何者かと聞かれると非常に答えづらい。かつては菫都の神徒狩りであったかもしれないし、今はガーシャの父親で、この村の薬師だ」

 その言葉でガーシャは押し黙った。

 あたしはそっとガーシャの手を取った。握り返す強さが彼の複雑な感情を示していた。

「貴方を知覚できないのは何らかの朱印の力ですか?」

「いや、おそらく僕自身の問題だ。そう、例えば……ナユタちゃんの母親と似た理由かな」

 あたしの母親。

 『白』の世界で迷子になったアギを助けるために異界からこちらの世界へやってきたという母。白狼のテラスを置いてどこかへ消えた母。

 カシギも同じように、別の世界からやってきた存在だと言うのだろうか?

「カシギはどこから来たんだ……?」

 アギが聞いたけれど、首を横に振って、答えてはくれなかった。

 サイショウさんは目を細めて何かを考えているようだった。

「この回答だと僕は疑われたままになってしまうかな?」

「……いえ、彼らの不利益になる事が起きないのであれば、それで十分です」

 ガーシャとサイショウさんは少し似ているから、最後まで疑うのが自分の仕事だと思っているのだろう。

 けど、養父に対してガーシャは絶対にその疑いを向けることが出来ないから、サイショウさんがこうやって問答をしてくれたんだ。

 カシギが絶対に嘘をつけないだろう、ガーシャの目の前で。

 案の定カシギは嘘をつけず、隠している事を隠したまま答得ることしか出来なかった。

「代わりに一つお願いできますか」

「何かな」

「我々と共に戦っていただけませんか?」

 サイショウさんの提案に、カシギは驚いた顔をした。

「カシギさん、貴方はかつて菫都で名を馳せた神徒狩りでした。そして、菫都の失われかけた医術を繋いだ医師でもあります。それだけ有能な人材をこの山奥に眠らせておくほど我々には余裕がないのですよ」

「来て欲しい」

 考えるより先に言葉が走っていた。

「あたしはカシギが神徒狩りだった頃の事を知らないけど、今のカシギの事はよく知ってる。一緒に来て欲しい」

 カシギはびっくりした顔であたしを見ていた。

 でも、すぐに穏やかな笑顔に戻った。

「そうだね、ナユタちゃん。君は、そういう子だ。だから僕は君に賭けた(・・・・・)

 曖昧な言葉で何かを示唆したカシギは、穏やかに笑った。

「僕も一緒に行っていいかい? ガーシャ。あんまり力にはなれないかもしれないけど」

「……何でオレに聞くんですか」

「だって反抗期の男の子は父親の事なんて嫌いなものだろう」

「反抗期なんてなかったでしょ!」

 珍しく声を荒げたガーシャがはっと気づいて深呼吸した。

 メイカ様はその様子を見てくすくす笑っていた。

「オレも、一緒に来て欲しいと思う。旅の途中で何度も、今カシギがいたらいいのにって思ってた」

 育て親の前で素直に感情を言葉にしたガーシャは、ちょっと恥ずかしそうにしていた。

 今日から大人だって言われたって、急には変われないよねえ。

「では僕も一緒に行きましょう。サイショウさん、よろしくお願いします」

「ありがとうございます」

 サイショウさんはゆっくりと頭を下げた。

「父上……わざわざ回りくどい事をせず、勧誘したかったのなら最初からそうすればよかったのに」

 メイカ様が呆れたように言った。

 サイショウさんはにこりと笑って肩を竦めただけだった。


 最初に成人のお祝いをしていた事なんて完全に忘れているだろう。宴会は深夜まで続いていた。

 それでも忙しい中駆けつけてくれた人たちは少しずつ帰路についていく。神都と紅都に戻る人たちは設置した影移動の朱印で帰って行ってしまったし、師匠も久々に麓の町に戻ると言って早めに出てしまった。

 あたしは舞台の端に座って足をぶらぶらとさせていた。

 まだ寒い季節なのに外で転がっている人もいたので、移動させたり布団をかけて回ったりする。薬師のカシギとガーシャは風邪をひきそうな人がいないかを一通り見回っていた。

 春の夜は寒い。

 温かい綿の入った上着を着ているけれど、肌が出ている部分はまだまだ冷える。見上げれば朧月(おぼろづき)。ゆっくりと流れていく雲に淡い光が反射する。

 星が見えないのは残念だ。

 神都や紅都は夜も明るいから、奥の山ほど星が見えない。

「寒くない?」

 一仕事終えたガーシャがやってきてあたしの後ろに座った。

 あたしを膝の間に入れて、自分が着ていた大きな上着の中に包み込んでくれた。あったかい。

「今寒くなくなったよ」

 そう言うとガーシャは嬉しそうに笑った。

「カシギも一緒に来てくれるって。嬉しいね」

「……うん。心強いよ」

 あたしもガーシャも、神徒狩りとしてのカシギを知っているわけではないけれど。

 少し離れた場所にいた父が、あたしとガーシャがくっついて座っているのに気づいて引きはがしに来ようとした。

 が、カシギにたしなめられて、クチバさんに笑われたので、我慢して地面に突っ伏していた。

 おお、すごい。進歩した。

 それを見たガーシャも笑う。とても楽しそうに。

「本当に認めてくれてるんだ」

 投地して嘆く父を周囲の大人たちが慰めている。

 テラスがふさふさの尻尾を振りながら膝に乗っていた。これからは夫婦仲良くしてていいよ。あたしの手を離すのは、父だけでなく母もなのだから。

 生まれ故郷でお祝いしてもらって、たくさんの大切な人たちに囲まれて、心の中が温かい気持ちでいっぱいになって。

 大好きな人と一緒に月を眺めながら。

 ああ、今、どうしようもなく幸せだ。

 ガーシャも同じ気持ちだったのだろう。

 あたしをぎゅうと抱きしめながらしみじみ呟いた。

「どうしよう。今、ものすごく幸せかも」

「あたしも」

 視線を合わせて、笑い合う。

「……このまま時間が止まればいいのに」

 そうはいかない事をあたしたちは知っている。

 彼らが見た未来のその先を全員で目指すのだ。

 今日と言う幸せな日を、たった一日で終わらせないために。



 次の日にはあたしたちも一度神都へ戻る。

 計画の進行状況と人員の最終配置を確認する。

 うちの里から向かうのは、あたしとアギ、ガーシャ、メイカ様。それからサイショウさん、アラージャさん、カラハ。それから父とカシギだ。

 村の石碑のすぐ外に設置した大きな石板には大黒天(ダイコクテン)様の朱印が刻まれている。朱印自体は風雨にさらされていても全く平気なのだが、気持ちの問題で、お社のように立派な屋根が設置されていた。広場に舞台を作った職人たちの仕業だ。

 石板の上に古銭をいくらか投げて奉納すると黒い光(・・・)が放たれて起動する。

 もう慣れたもので、皆順番に影の朱印へ飛び込んでいった。


 お社に守られた都の中に固定化した影移動の朱印設置できなかったので、出先は禁忌の森の研究所の倉庫だ。

 戻ったら、おそらくルドラが事前に察知していたのだろう、コウライバさんが出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。カルラ様とアケラ様がお待ちです」

 皆でぞろぞろと武陽城へ向かう道すがら、コウライバさんが影移動の朱印の設置が完了したことを教えてくれた。研究員たちがそれぞれ徹夜でやり切ったらしい。


 神都の武陽城(ぶようじょう)の天守閣は、今回も作戦実行の中心になる。

 サイショウさんやアラージャさんだけでなく、研究所の職員が交代で全土の情報を集約し、各地へ届けるための広い場所を確保している。

 アラージャさんだけでなく、紅都の著名な絵師に何人も協力してもらって精巧な地図を量産、配布し各都が同じ地図を見ながら話が出来る体制を整えている。

 各所の連絡を担当するのはサイショウさんの手紙と、ルドラ様だ。

 ルドラ様は、全土へ影の(ネズミ)や兵をを配置する能力もさることながら、とんでもない数の(ネズミ)から同時に入ってくる情報を処理して適切に出力する事が出来る。正直なところ、アラージャさん並みにとんでもない情報処理能力の持ち主らしい。性格さえ除けば、神徒狩りとしては最上級の能力なのだ。


 全体の指揮をとるのはカルラ様。

 ほんの数か月で神都の宗主としての地位を確立し、右竜派と左天派の対立を表面上緩和し、七都のそれぞれの宗主との懸け橋として動き、また寺社組織の各部門への指示を的確にこなしていた。

 神徒狩りとしてはルドラ様に近い影の能力を持っているらしいが、彼女ほどの処理能力はない。が、情報を集めるには十分で、アケラ様が宗主だった間も絶えず城内の情報を集め把握していたようだ。宗主を交代しても特に混乱もなく、ほとんど引継ぎもなく事を進めていた。

 何より、大黒天(ダイコクテン)様の(かんなぎ)という肩書は強い。信仰の対象から直接言葉をいただけるのは(かんなぎ)であるカルラ様だけなので、神都の宗主としてこれ以上の能力はない。

 まるで元々カルラ様が宗主である事が当たり前だったかのように、神都は動き出していた。


 広間で久しぶりにアケラ様とカルラ様と会い、近況の確認をした。

 予定通り影移動の朱印は設置済、各都からの動作確認も完了している。神都側の設置個所が今は禁忌の森の付近になってしまっているので、今後の事を考えて朱印を移した石板ごと明日から移動予定、海側に設置するつもりのようだ。

 今後は各都の神徒狩りの長たちと連携して戦力分散をして行く事になる。

 ここは父とアギが中心になっている。

 影移動の朱印を設置したとはいえ、使えなくなる可能性も視野に入れて、各個撃破できる程度の体制を各都で整える。主級の神徒を倒した経験と、自分の知る各都の戦力と、地形、倒し方、得手不得手。

 様々な要素を組み合わせながら一体一体の倒し方を模擬的に想像する。

 それこそまるで盤遊戯のように。

 父が最も得意とするところだ。同じように盤遊戯の得意なカシギは自然にその輪の中に入っていった。

 アケラ様にカシギが誰か聞かれたガーシャは自分の父だと答え、妙に納得されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ