成人(1)
そろそろ冬が終わる頃。
桜が咲くより前、蕗の薹が芽吹く時期。
あたしたちは再び奥の山の集落に戻ってきた。まだ寒いので温かい綿の入った羽織を着て、お父さんと手を繋いで。先に出発していたテラスもちゃんと合流できた。
今度は帰る前に手紙を出していたので、みんなが出迎えてくれた。
口々におかえり、と言いながら村に迎え入れてくれる。
どれだけ遠くへ行っても、ここがあたしたちの故郷だ。
ランカお姉ちゃんの息子はすでによちよち歩いていたし、ジンさんはそんな息子に終始デレデレしていた。父親というものは娘だろうが息子だろうがとにかく可愛がるようだ。
クチバさんも初孫の男の子を非常に可愛がっていた。
一瞬羨ましそうに見た父が何か言いたそうにアギの方を見ていた。兄夫婦に圧力をかけないで欲しい。
そう、夫婦。
今は本当に目が回るような大忙しだから祝言はまだ先になるだろうけれど、アギもメイカ様も成人しているのでどこに行っても夫婦扱いされている。
何しろ今日は秋に成人したガーシャと、冬に成人したあたしと、ちょうど成人を迎えるアギの成人祝いの為に集落へ戻ってきたのだ。
どの都でお祝いをしてもよかったのだけれど、祝ってもらうなら故郷がいいと思い、言い出しっぺの特権でアケラ様が試験的に設置する影移動の朱印を最初に奥の山付近に設置してみたのだ。うまく動いたのでテラス以外は全く時間をかけずに移動する事ができた。
そうして今のところ問題なく稼働するソレは、今、各都を繋ぐ緊急の移動装置として七都へ設置予定だ。この移動装置があるかないかで最後の戦いの難易度が全く変わってしまう。今頃神都の研究員が各都に散って徹夜作業を行っているはずだ。
あたしたちも本当は手伝わないといけないんだけど、ここまで何か月か休みなしに頑張ったのでご褒美のお休みをもらっている。
もちろん、最後の神徒が出たらもう休んでいられないという意味でもあるが。
成人のお祝いをすると伝えたら、まずは菫都のアマナ様からとんでもなく高価な西陣織の着物がメイカ様も合わせて4人分――あたしたちはいつでも4人一緒と思われているらしい――贈られてきて、赤都からは4人分のお揃いの美しい細工の入った短刀が、黄都からは特産品の宝石をあしらった装飾が、翠都からは千年杉を使った寄せ木細工の美しい小物入れがそれぞれ届けられた。
嬉しいのは嬉しいのだけれど、こんな高価なものを置いておく場所がない。
短刀はありがたく普段使いするにしても、他のものは奥の山の家に置いておくには過剰なものだ。
それ以外にも蒼都からは海産物をはじめとしたたくさんの食べ物が届いて、奥の山で消費しきれる量でもなく、嬉しい悲鳴をあげている。
魚も保存食にしてお返しにするしかないだろう。
あたしたち家族だけではどうしようもなく、奥の山の村人総出で処理することになってしまった。
今日だって、死ぬほど忙しいはずなのにどうしても行く、と言い張ったアリ様がアヤハナ師範とその師匠、紅都のお医者さんを連れてきて、それからガオウじいちゃんたち赤都の面々、カラハたち外道衆の仲間、蒼都の町から駆けつけてくれた人たち、よく見ると旅一座の人たちまでやってきている。
メイカ様は恥ずかしがって嫌がるゴクジョウ師匠を無理やり引っ張り出してきてくれた。
本当はセイカやアケラ様、ハテルマ様も来たがっていたが、流石にこれ以上宗主をここへ集めるわけにはいかない。意図せず七都会議が始まってしまうので贈り物と手紙だけで我慢してもらった。
そのため、神都からも紅都からも知り合いから大量の贈り物が届けられた。
そう考えると、あたしたちが築いてきた人脈と言うのはとてつもない財産なのだろう。
真偽のほどは不明だが、ガーシャの呼びかけで数十年ぶりに七都会議を開催できてしまうほどに。
「どこかに倉庫でも建てて、アケラに頼んでどこからでも飛べるようにしてもらった方がいいかもね。アリヤシャさんに防御壁を設置してもらえば盗まれないでしょ」
神都と紅都の神徒狩りの長を便利屋とでも思っているのか、ガーシャが笑いながら言っていたが、本当にそうしてもらった方がいいのかもしれない。
お祝いの当日は菫都からいただいた着物を着つけて、紅都から来てくれたアヤハナ師範と村の姉ちゃんたちに寄ってたかって飾り付けられた。隣で同じようにメイカ様も着飾られていた。
「私はとうに成人したのだが……」
「メイカ様はあたしたちの大切な家族の一人なんだから、付き合ってよ」
しばらく待っていたら、こちらもきちんと身なりを整えた父とサイショウさんがやってきた。
「2年前にメイカの成人が見られなかったから、改めて立ち会えるのはとても嬉しいよ」
サイショウさんはそう言って優しい目を細めている。
メイカ様の衣装は華やかな西陣織そのもの、淡い桃色に金糸と色とりどりの花柄の入った最高級の布だ。亜麻色の髪をゆったりと結い上げて非常に大人っぽく。帯もまるで花弁のように大きく広げた鮮やかな結びになっている。アヤハナ師範が紅都の成人の時によく使う帯結びだと教えてくれた。
はにかむ様に笑うメイカ様は本当に美しく愛らしく、あたしはぼおっと見惚れてしまった。
うちの姉は世界一可愛いと思うのです。
対してあたしは白藍色だが、少しずつ新緑に変わっていくような美しいぼかしが入っている。染色もさることながら、織るだけでとてつもなく手間のかかる生地だという事は一目でわかる。とてもこんな田舎で、それも外で着るような着物ではないのは重々承知の上だ。
長く伸びた髪を顔の横に後れ毛を残して結い上げ、黄都から贈られてきた宝石をあしらった簪を差した。
「やっぱり俺の娘が一番可愛いな! この姿を見られただけでも、境界から生きて戻った甲斐がある。ありがとうな、サイショウ。俺を連れ戻してくれて」
父の言葉でサイショウさんも笑った。
けど、こう見えてサイショウさんも親馬鹿なので、内心はきっとうちのメイカの方が可愛いと思っているに違いない。絶対口には出さないだろうけど。
広場へ向かうために父と手を繋ぐと、眩しそうにあたしの顔を見て、姿を見て、ほうと息を漏らした。
「大きくなったな。本当に、綺麗になった。ずっと小さい娘だと思っていたのに、あっという間に成人だとは」
父は笑う。いつものように、本当に嬉しそうに。
「ナユタ、成人したって、遠くへ行ったって、何をしたって、お前は俺の娘だ。いつでも父ちゃんが守ってやるからな」
「うん」
あたしの返事に満足したのか、父は手を引いて広場へと向かった。
まるで嫁入りの日のように、父に手を引かれて集落の道を歩いていく。
芽吹き始めた春の花がほんのり温まってきた春の風に揺れ、日差しは影に残っていた雪も溶かしていく。この場所で四季を感じて育ったあたしに何度も何度も訪れた春の息吹だ。まだ冷たさの残る風を胸に吸い込む。
いつも祭りを行うお社前の広場には村の衆と赤都から来た職人が協力して大きな舞台を作っていた。広場にはすべてゴザを敷き、蒼都や方々からいただいた食べ物飲み物を大量に設置して誰でも入れるしいつでも帰れる状態にしてある。
黄都から父宛に大量の泡盛が届いているのも先ほど確認した。
すでに出来上がっている大人たちがやんややんやとはやし立てている。
最前列をアリ様が陣取っていて、その隣にお医者さんとじいちゃんが並んでいた。
あたしとメイカ様が舞台へ上り並んで座ったところへ、今度はクチバさんに連れられたアギと、カシギに連れられたガーシャがやってきた。
本当ならアギも父のラクシャに付き添われるはずだが、クチバさんが変わって欲しいとお願いしたようだ。
そうだね。だって、実際に10年間見守ってくれたのは、クチバさんをはじめとした村の大人たちだもんね。あたしたちは村の大人に育ててもらったのだ。
そして今日、あたしたちは大人の仲間入りをする。
両手を上げて皆を落ち着かせ、最初に口を開いたのはクチバさんだ。
「今日はこの村から、4人の若者が成人を迎える。一人は、出身ではないがもう皆も知っている通り、この村の人間のようなものだ。共に祝いたいと思う」
大きな拍手が巻き起こった。
神都や蒼都での厳かな会とはまた違う雰囲気だが、このくらい賑やかな空気の方が心地よい。
「一人目はアギだ。父はラクシャ、母はクティラ。皆も知っていると思うが6歳の頃からいなくなった父の代わりに神徒狩りとしてずっとこの村を守ってきた。その強さは疑うべくもない。村の危機を救ったことも一度や二度ではない。10年以上もの間、大人顔負けに働いてくれた」
クチバさんはそこで、アギの方を見た。
「お前は強い。心も体もな。だが、幼い時に庇護を失った所為で妹のナユタへの愛着が大きすぎたところがあった。他に何も見えておらず、視野の狭さを心配したこともあった。だが、旅に出て、いろんな経験をしたお前は本当に優しくなった。お前は体の大きさに似合わず人の心の機微に聡い。今までもナユタ相手にだけはずっと優しかったんだが、それを多くの人に向けられるようになった」
優しい声でクチバさんは言った。
「そして、多くの師に教えを乞い、本当に強くなった。最初にお前に戦い方を教えた者として誇りに思うよ。これだけたくさんの人がお前を慕っているのもすごい事だと思う」
ゴクジョウ師匠から武術の基礎と徒手での戦い方を学び、カラハから剣術の基礎を、父から実践的な戦い方を学び。蒼都では鍛冶屋に通い、赤都でガオウじいちゃんに弟子入りし、他の都でも工芸や細工を学び。
アギは本当にたくさんの人に師事して大きく成長してきた。
「成人おめでとう、アギ。これからも視野を広く、視座を高く持て。そして、まだまだ多くの事を学ぶといい。それから――お前もやがて誰かを導く存在になれ」
クチバさんの声は、少し震えていた。
アギはその言葉を受け取って、深々と礼をした。
観客から大きな拍手が沸き上がり、ガオウじいちゃんは袖で目のあたりを拭っていた。
「二人目は、メイカだ。父はサイショウ、母はレイリュウ。蒼都の神徒狩りで、まあ、この村の出身ではないがアギの嫁だから身内みたいなもんだろう」
蒼都の宗主一族、なんなら現宗主の叔父と従妹だというのに、急にうちみたいな田舎の集落で身内判定されて、メイカ様もサイショウさんも困惑してないだろうか。
と思ったけれど、二人ともにこにこと笑っていたのでほっとした。
「メイカ」
サイショウさんが娘の名を呼んだ。
「本当は16になった時に祝わなければならなかったのに、その頃は一緒にいられなくてすまなかった。あの頃、まだ子どものような年だったのに蒼都の神徒狩りの長になって、本当に大変だったと思う」
大きくはないのによく通る声。
あたしの知る宗主一族は皆、とても声の通りがいい。不思議と耳を傾けてしまうような、遠くにいてもはっきりと聞き取れる発声だ。多くの人の上に立つ資質の一つなのかもしれない。
「けれどもメイカ、君は一人でも進み続けた。そして、かけがえのない友人達を手に入れた……そして生涯の伴侶も。先ほどの話を聞いて納得したよ。アギはある意味で君と同じ立場にあったんだな。だからこそ、お互いを理解し、共に歩むことが出来るんだろう」
最初に蒼都を出る時に、アギはメイカ様に手を差し伸べて、メイカ様はその手を取った。いや違うな、無理やり拉致して連れて行ったんだった。
メイカ様がいなければ、あたしたちはあれほど遠くまで旅を続けることは出来なかっただろう。神徒を倒すのももっともっと苦労していただろう。これほどたくさんの人と繋がることなど出来なかっただろう。
あたしたちがここまで来られたのは、間違いなくメイカ様のお陰だ。
家族以上に大きな絆がある。
「遅くなってしまったけれど、成人おめでとう。これからもたくさんの人と支え合って生きて行って欲しい」
メイカ様はサイショウさんの言葉を聞きながらゆっくりと目を閉じた。
「三人目はナユタだ。父はラクシャ、母はテラス。お前は本当に誰に対しても平等で、屈託なく接していた。そして自分の力を惜しみなく捧げている。どこへ行っても愛される存在だろう」
クチバさんの言葉で、父はうんうんと頷いた。
そしてあたしの方を見て、言った。
「ナユタ。お前は意識的無意識的に人を助けることが出来る。そして自分自身で出来ない事は人に助けを求める事が出来る。それがお前の強さだ。だからお前の周りには人が絶えない。お前に相談すればきっと何とかなる、そんな安心感があるんだ」
父の言葉は、そのままそっくり自身を褒め称えるかのような言葉だった。
あたしが父に見ている憧れは、知らぬうちあたしに受け継がれているのかもしれない。
「お前は考え方が俺に似ているから悲観する事も多いし、自分の無力に打ちのめされることも多いだろう。何も出来ない自分に嫌気がさす事だってあるはずだ。だが、それは大概において勘違いだ。お前は十分、人の役に立っている。気づかないうちに人の心を動かしている。ちょっとばかし強くて何でもできる兄貴二人がいたくらいでお前の価値は失われねえよ」
あたしがいつもぐるぐる悩んでいる事なんてお見通しなんだろう。
10年間の欠落があっても、父親は紛れもなく父親で、あたしの先を歩いて道標になる存在だった。おそらくそれは、あたしだけでなく二人の兄にとっても。
「成人おめでとう、ナユタ。お前は本当に可愛い可愛い、自慢の娘だ。お前ならどこへ行っても大丈夫。何しろ俺の娘だからな」
父に背中を押されるとすべてうまくいくような気がする。
心のどこか暖かい光が灯ったような気がした。




