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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第五章 黄都編
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猫討伐(2)

 アギとガーシャが何度か神徒に実際に接近して試して、山猫(ヤマネコ)の神徒を追い詰めるには音が有効だと結論付けた。

 そこで、(サギ)の神徒を討伐した時に有効だった光玉の破裂音を主に使って追い詰める事にした。黄都の神徒狩りと一緒に色々と試して、最も音が大きくなるように調整した改良版だ。

 それを森の中に大量に設置し、うまく統制をとって神徒の動きを矯正、狙う岬まで追い詰める作戦だ。

 森の中に大量に設置した音の罠には密林に慣れたハテルマ様の子供たちと黄都の住人が担当してくれる。もちろん、神徒に襲われそうになったら命優先で逃げてもらう。神徒に逃げられてもいい。何度も繰り返せばいいだけだ。

 出来る限り無事に戦いを終える。

 怪我をした場合はすぐに離脱し、本部へ戻って治療を行う。神都と菫都の医師たちが待機している。

 各拠点の同期をとるのが難しいが、黄都の父と、神都にいるアラージャさんとサイショウさんがうまく地図を使って地点間の連絡を取る事になっていた。そちらでは七都会議の途中で残留したセイカやガオウじいちゃんも手伝ってくれる。

 実際に狩人役をやるのはアギとハテルマ様だ。

 土地勘のあるハテルマ様と狩りに慣れているアギが神徒を予定地に向かって追い込み、メイカ様とガーシャは基本的に決戦地の岬に待機する。

 何かあった時の移動の為にガルトさんは岬に、アケラ様は本部に待機する。

 これだけ遠い地点で協力体制をとるのが初めてだから、正直、やってみないと分からない事も多い。

 また、一日では終わらないであろうこの狩りを数日継続するのだ。交代や休憩も考えるとあまり長期戦は難しい。

「こういった連携は、ルドラの能力があればかなり楽なのだが」

 アケラ様はぽつりと言った。

 それを聞いたガーシャが、じゃあ次までに仲間に入れないとね、と言った。


 アケラ様の影の移動に入らなかったテラスも、何日か前に黄都へ到着していた。

 一通りあたしたちと再会を喜んだが、作戦本部となるお社の朱色の建物には入れないので、アギやガーシャと一緒に密林を駆けまわる事になった。

 足も速く神徒をかぎ分ける鼻を持つ賢い白狼はきっと狩りの役に立つはずだ。

 本当はあたしも一緒にいたいけれど、今回あたしは役に立てないどころか足を引っ張りそうなので本部で待機だ。これは、父を無暗に戦場に出して戦わせないためでもある。

 また、あたしがアリ様に教わりながら頑張って作ろうとした眼鏡は残念ながら完全には作ることが出来なかった。

 でも、アリ様の助言を受けて研磨していない硝子(ガラス)に朱印を固定化することだけは出来た。一定の効果が得られるようにはなっているが、硝子なしの枠に水の膜を作った方が明らかに効果が高い。しかし、硝子のない状態だとうまく固定できずすぐに崩れてしまうのだ。

 それでも、アギと父にはとても感謝された。

 父は、眼鏡をかけた後、今の姿を記憶に焼き付けるようによくまじまじとあたしの顔を見て、たくさん撫でていた。

「大きくなったなあ」

 と何度も言いながら。

 次にアギの姿を見て、ガーシャの姿を見て、メイカ様の姿を見て。本当に嬉しそうに笑っていた。

「ありがとうな、ナユタ。これでお前たちの顔をまた見る事が出来る」

 もっと早く知っていれば、という思いがない事もないのだが、父の笑顔を見たらそんな事はどうでもよくなってしまった。

 これで地図もよく見える、と言った父だが、そう言えばこれまでも地図を見ながら話していた時はどうしていたんだろう。

 音と、人の気配と、あとは空気や言葉で大体の予想をしていたと言うが、本当に人間業なのか。

 いつだったかアギも眼鏡なしで外道衆を追い詰めた事があったが、ものすごい集中力が必要なはずだ。

 うちの家族はどんどん人間離れして行ってしまうなあ。



 狩りを始める日の朝、全員が配置についた。

 ここまでの準備を思い出して大丈夫だと落ち着ける心と、遠目に見た神徒を倒せるのかという不安。

 密林の地図を前に最後まで父とガーシャが打ち合わせをしている。

 その時、連絡係を担当している黄都の少女が叫んだ。

「第17番で神徒と接触しました!」

「分かった」

 それを聞いた父がすぐに紙に筆を滑らせて指示を出す。

 指示を見たアラージャさんがサイショウさんに伝え、そこから各地点への連絡を行う。

 30秒後に16番、90秒後に20番を破裂。

 端的な指示を出し、地図の上の水晶の小石を動かす。

 これは神徒の位置を想定したもので、地図上を動かしながら作戦を立てているのだ。

 他に紅玉と黄玉を転がす。これはアギとハテルマ様。それからメイカ様は藍玉、ガーシャが翠玉。黄都付近では非常に良質な宝石が産出しており、紅都にも大量に輸出している。

「第16番接触しました!」

「想定通りだ」

 その直後、20番と接触したとの連絡。

 アラージャさんが各地点と本部と、あちこちを同時に確認している。それを書き出すしかないから多少の時間差が生じる。

「次、600秒ほど数えたら18番だ、もし現れなければおそらくその直後に23番」

 父はそう言いながら、未だ本部に留まっていたガーシャに言った。

「思ったより順調だ、夜には追い込めるかもしれん。戦闘の難易度を考えると昼間の方がよかったんだが」

「大丈夫、ありがとう。ラクシャさんがここで指令を出してくれるのが本当に心強いよ」

「気負うなよ。一度で仕留める必要はない。失敗したらもう一度やればいいんだからな」

 ガーシャは待機していたガルトさんと共に影移動で岬へ向かっていった。

 その会話の間に、神徒の位置が移動していた。

 父は先ほどの予測を補正して水晶の位置を動かす。

「第23番退避が遅れました、神徒と接触」

「逃げられるか?!」

「指示出してます」

 数名の少年少女が入れ代わり立ち代わり、情報を伝達する。

 かなりの情報が無作為に順序通りではないものが入ってくるはずなのによく教育されている。聞けば、普段はとび職の見習いをやっているそうだ。大きな声で相互に意思疎通することに慣れていて、普段から一緒に作業しているので互いの会話に難もない。

「駄目です、3名が負傷」

「アケラ! 回収に向かえ! 23番だ」

 父の言葉ですぐにアケラ様が影に沈んだ。

 待機している医師も怪我人の受け入れ準備をする。

「第34番が神徒と接触」

「くそ、進路変えたか。30番台に警戒出せ。特に33番は近くを通る。先に逃げろ」

「いえ、第32番が南西に神徒を確認」

「33番を避けたか、アギたちだな。助かる。このまま40番台に追い込みたいが……」


 その時、アケラ様が怪我をした人を運び込んできた。

 肩に毒の棘を受けている。

 あたしは駆けよって、毒を触らないように布を巻き付けて一気に引き抜く。そして、水の光玉で傷口を洗浄した。

 待機していた医師が肩の怪我の止血をしつつ、解毒剤を投入していく。

 手際がいい。

 毒の棘は厳重に包んで外に掘ってある穴に捨てていった。

 もう一人も同じように腹に刺さった棘を抜き、洗浄して医師に渡した。

 最後の一人は毒ではなく足を怪我していたので、医師手伝いに入っている屈強な石工の人たちが救護所へ運んでいく。

 救護所の手伝いには黄都の薬師たちも入っている。

 都全体が今回の討伐に手を貸してくれている。すべてはハテルマ様の人徳の賜物だ。


 目を細めて地図の上に神徒に見立てた水晶を移動させながら。

「10番で退避した神徒狩りを90番台に回せるか? 出来れば西を重点的に。時間がかかってもいい。夜までにいてほしい」

「連絡します」

 父の眼鏡を作っておいてよかった。

 多少なりとも視界があった方が状況把握しやすいし、指示も細かく出せる。

 まるで盤遊戯のように少しずつ神徒を追い詰めていく。

 もちろんあの神徒は風よりも()く樹林を駆け抜けるので、一瞬で状況をひっくり返される可能性もあるのだが、それをさせないように、アギとハテルマ様が駆けているのだ。

 時間がかかったら狩人の交代も視野に入れていたが、どうやら今日中に追い詰める事が出来そうだ。

「神徒が進路を変えました! 40番台が軒並み接触! 負傷者が多数出ています!」

「くっそ、やっぱり気づいたか」

 言われるより先に、アケラ様が負傷者の回収の為、影に沈む。

「気づかれたら、事前に設置した砲台があまり機能しなくなるな。頑張れよ、アギ」

 ころりと指で紅玉を転がし、岬までの距離を測る。

「出来れば陽のあるうちに追い詰めたかったが……最速で夜になるな。狩る側の体力を考えると、出来れば明日に引きずりたくない。この速度なら今日中にカタを付けたい」

 父は目を細めて地図を見た。

 何かを考えているようだ。

 あたしもずっと怪我人の救護に入っている。

 毒を受けた後に洗い流す作業が、あたしの朱印だと簡単に済むからだ。朱印の水の光玉でないと、洗い流した後の水を適切に処理しなければ毒の感染者が増えてしまう。

 次々運び込まれる患者のうち、毒の棘を受けた人の一次処置を引き受け、洗い流してからどんどん治療へ流していく。救護室もだんだんいっぱいになってきた。

 胸元に何本も棘の刺さった重症患者もいたが、あたしに出来るのはとにかく患部の毒を流すところまでだ。

 その後の様子を確認している時間はない。

 一通り処置が終わった辺りでガーシャの声がした。

「ナユちゃん、手が空いたらこっち来て」

「いつ戻ったの?」

「つい今だよ、ラクシャさんと相談したくて」

 地図を見ると、神徒は80番台、8番目の円まで追い詰められているようだった。アギとハテルマ様は二手に分かれている。

「設置罠が神徒に見破られて、あと一息が追い詰められない。狩人を増やしたい」

 父が言った。ガーシャも同じつもりで戻ってきたんだろう。静かに頷いた。

 地図を指でなぞる。

「アギが西、ハテルマが南、東に誰か入って欲しいが、ガーシャを置いていいか? 神徒を追って山の中を駆け抜けられるのが今はお前くらいしかいない」

「うん、大丈夫。地図は頭に入ってるし、太陽が出てる間は方角も分かりやすい。東は海岸線まで開けてる箇所が多いしね」

「頼む。負傷者の数を考えると、できれば今日終わらせたい」

「この感じだと戦闘は夜になるね。視界確保の為にはナユちゃんも一緒に来てくれると助かるんだけど」

 そこで父はうーん、と眉間に皺を寄せて考えた。

「ナユタ」

「なあに、お父さん」

「お前はガーシャと一緒に行け。そのまま指示に従え」

「えっ、うん。分かった!」

 まさか父から出撃の許可がもらえると思わなかったので驚いた。

 声にも驚きが出ていたのだろう。父は苦笑しながら言った。

「昨日、アギから割とガチ目の説教くらったんだよ。いつまでナユタを閉じ込めてんだ、って」

「え」

 兄は父相手に何してるの。

「お前は大型の神徒も一人で倒せるし、アギたちとずっと肩を並べて主級の神徒と何度も戦ってきた戦力だってのにな」

 あたしの頭を撫でる手は相変わらず優しかったけれど、眼鏡をかけて15歳のあたしの姿を見た父は少しだけ認識を改めたようだ。

「ナユタ、お前も奥の山の集落で育った狩人だ。お前達であれを追い詰めるんだ。俺が指示出すとおそらくお前をうまく動かせない。だから任せる」

 そう言えば、あたしの成長を最初に信じてくれたのはアギだった。あたしは守られるだけの存在から、一緒に戦える存在に少しだけ成長したのだ。

「大丈夫、ナユちゃんだけはオレが必ず守るから。追い込めばメイカさんもアギもいるなら、絶対大丈夫」

「頼んだぞ」

 ガーシャの肩にとん、と手を置いて。

 戦いの場で父が兄以外にあたしを託すのは、もしかすると初めてだな。

 そんな事をぼんやりと思った。


「60番以下の設置罠を放棄して、全員撤退させる。神徒狩りだけは残って90番へ向かってくれ。おそらく眷属が湧くはずだから討伐したいが、暗い中で小さな山猫(ヤマネコ)を狩るのは至難だろうから無理はしなくていい。夜の狩りに自信のある者だけ残れ」

 完全にこの夜を決戦にすることを確定し、人を動かしていく。

 父の決断力と指示は、明らかに人の上に立つ才覚を持つ者のソレだった。


「アケラ、この辺りに出られる?」

 ガーシャが地図上の位置を指し示す。

「大丈夫だ。少しずれても構わないか?」

「うん。海岸線の形で場所は特定できる」

 アケラ様の影がぞわりと動く。

「行こう、ナユちゃん」

「うん」

 ガーシャの手を取って。

「いってきます」

 父の背中にそう呼びかけて、あたしは影の中へと飛び込んだ。


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