表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神徒奇譚  作者: 早村友裕
第五章 黄都編
PR
89/102

猫討伐(1)

 夕刻までの間に作戦会議を行う事になった。

「逃げ足の速さが想像以上だ。逃げ隠れ出来ない場所に追い込むしかないと思う」

 アギが断言した。

 森の中で実際に神徒を見て、全力で追いかけた上での結論だ。そこに異論はない。

 起きたばかりでまだ少し眠そうなガーシャも同意した。

 ハテルマ様とその子供たちも一緒に地図を覗きこんでいる。

「だがどこへ追い込む? 南部はほぼすべて密林だ」

「海だな」

 父が地図を指した。

「この、舳先(へさき)がいい。ここに追い詰めれば三方が崖で下が海、一方を潰せば……いや、許されるなら陸続きの地面を崩してしまえば離島に出来る。万一海に落ちたとしても逃げる速度は落ちるはずだ」

 父は生来の狩人だ。その判断はおそらく最善に近いはずだ。

「追い込む手段を考えろ」

 まるでアギとガーシャに対して何かを教えようとするように。

 受け取った二人も、最終的に最善を導くように思いついた案をいくつか列挙していく。

 父はそれを聞きながら、一言二言、助言していく。

 その輪の中にハテルマ様の子供たちも入り、皆で議論を交わし始めた。

 腕組みをしたハテルマ様がその様子を穏やかに見ている。

「お前の父親はすごいな、だからお前たちはこれだけ鍛えられているのか」

「そうだよ。あたしにとっても目標なの」

 面倒だなと思うし過保護だなとも思うけれど、誰より強い自慢の父親なのだ。

 もういなくても大丈夫だと思ったのか、父は静かに卓を抜け出した。

 そして静かに部屋の外へ出て行った。

 何故かその行動がとても不自然だった気がして。

 ハテルマ様に断って、あたしは父を追って部屋を出た。


 何故か胸騒ぎがしていた。

「ラクシャさん、無理しないで」

 部屋の外でガーシャの声がした。

 思わず手前で足を止めた。

「まだ……大丈夫だ」

 途中で深い咳が聞こえた。まるで血を吐くような音だった。

 影に入り込んだ後、瀕死の重傷を負った時と同じ音。

 心臓が(えぐ)られたかと思った。

 思わず飛び出すと、壁に寄り掛かった父をガーシャが下から覗き込んでいた。

 口元に当てた布に血が滲んでいた。

「……お父さん」

 声が震えた。

 ガーシャはちらりとこちらに視線を遣ったが、すぐに目を逸らした。

「ナユタ……アギ」

 はっとすると、あたしの後ろに兄が立っていた。

 口を真一文字に結び、怒ったように眉を吊り上げていた。


 ガーシャはあたしたちを連れて別の部屋に引っ込んだ。誰かに聞かれないようにするためか、父を休ませる為か。

 大きな棚に雑然と座布団や何やらが積まれた物置のような場所は4人入って座るともういっぱいだった。

「お前と親父が何か隠してるのは知ってた。いったい何が……何を隠してる?」

 アギが問う。

 父は一番大きな柱に寄り掛かるようにして座り込んでいた。

 ガーシャは父に目で合図し、父が軽く頷いた。

「……ラクシャさんは肺を病んでる」

「もしかして、影に引き込まれたときの怪我が治りきってないの……?」

「いや、違う。おそらくだが、『白』の境界の中で、長く、戦い過ぎたせいだ」

 再び咳をした父は手の甲で血を(ぬぐ)った。

「現世に戻った時に粉々になった刀を見たか? あれと同じだ。俺だけが10年前のまま、そのまま戻れるはずがない」

 息を呑んだ。

 現世に戻ったとたんに10年分の負荷を受けて砕け散った刀、ぼろぼろになった着物。あれらと同じ負荷が人間にもかかってしまったら。

「普通に生活する分には大きな支障はないけど、集中して戦おうとすると深い呼吸で肺に負担がかかる。さっき(ネコ)の神徒を攻撃したよね? だいぶ負荷がかかったはずだ」

 呼吸を整えた父は、あたしを膝の上に乗せた。

 父の顔が見えない。

 けれど、いつものぬくもりを背に感じて少しだけ心が落ち着いた。お腹のあたりに回された手を握ったら、握り返してくれた。

 アギはずっと眉間に皺を寄せたまま、言った。

「おそらくだけど……目も悪くなってるだろ。それも同じなのか?」

「気づいてたのか」

「目が悪いのは俺も同じだから、何となく」

 アギはそう言って、ふ、と何かに気づいたように口元に手を当てた。

「もしかして、俺もなのか?」

 父は答えなかったが、口元を笑みの形にした。

 よく出来たな、とほめる時と同じように。

「俺はずっと昔、『白』の境界に落ちたことがある――?」

 ガーシャはずっと下を向いていた。

 彼はすべて知っていたのだろうか。

「ああそうだ。アギ、お前も赤子の頃に『白』の境界に囚われたことがある。俺も自分がこう(・・)なるまで、『白』が原因だとは分からなかったが」

 父はあたしの頭を優しく撫でながら、ゆっくりと頷いた。

「いつだったか、お前の母親のテラスは向こうの世界から現れたと言っただろう。正確にはアギを連れ返ってくれたんだ。そのせいで、テラスは向こうからこちらに落ちた」

 ほとんど視力がなくなっているという目を細めて、父はあたしに笑いかけた。

「いつだったかガーシャが聞いたな。『テラスにこの世界を破壊する意図があったか』と。それは絶対に、ない。自分の世界を捨てる覚悟で俺の息子を救ってくれたあいつがこの世界を滅ぼす為に来たなんて、そんな事は絶対に有り得ない」

 確信を持って告げた言葉。強い口調ではないのに、あたしたちの心に重く響いた。

 何も言えなくなって、ただ父の手を握った。いつも優しく頭を撫でてくれる大きな手。

「ナユちゃんをずっと膝の上に置いてるのも、見えなくて不安だから? 視力はほとんどなくなっちゃってるじゃないか……」

 はっとして見上げたが、父は否定しなかった。

 ほとんど見えてないの? それなのに、あれだけ戦っていたの? どうやって?

「なあ、ガーシャ。親父は死なないんだよな……?」

「戦ったりせずに穏やかに暮らしていれば当分は大丈夫なはずだよ。あくまで今の状態なら、だけど。(カメ)の神徒を倒した時よりも明らかに進行してるから、今後もどうなるか分からない」

「だったら大人しくしてろよ……」

 アギが(うめ)くように言ったが、言ってからすぐに無駄だと気づいたようだ。

 そう、あたしたちの父だもの。

 大人しくしてるなんて出来るはずがない。

「どうせ俺はそのうち戦えなくなる。先が短いと分かってるなら、多少無理しても大好きな子どもたちと過ごしたいんだよ。お前たちは優秀な教え子でもあるからな。少し背中を押してやるだけで驚くほど成長していく。今はそれが楽しくて仕方ないんだよ」

 ガーシャが下を向いたままため息をつく。肩ががくりと下がった。

「それは卑怯だよ、ラクシャさん。そんな事を言われたらオレたち何も言えなくなっちゃう。だってオレたちもラクシャさんと一緒に戦うのが楽しくて嬉しくて仕方ないんだから」

「それは……嬉しいな」

 父は笑った。

 胸がぎゅっと苦しくなる。

 苦しい気持ちが胸から喉を通ってせり上がってきて、喉の奥から嗚咽が漏れた。

「出来れば気づかれたくはなかったが、そうもいかないよな」

 もう成人近いあたしをいつも膝の上に乗せる理由が分かってしまって、そのまま頭をぽんぽんと撫でられて、嗚咽が止まらなくなってしまった。

 もしかしたら、3歳くらいに見えてしまうのも、最近はあたしの姿がよく見えていないからなんだろうか。

 胸元に抱き着いたら、背中をゆっくり撫でてくれた。

「ごめんな、ナユタ、アギ。それにガーシャ……お前には秘密にするのを強要してしんどい思いをさせたな」

「違うよ、オレがアギやナユちゃんに知られたくなかっただけだよ」

 何かの間違いであってほしかったから。

 そうか、ガーシャは知っていたのか。もしかして、(ナマズ)の神徒を倒すときに父を連れて行かなかったのも、今回、父をあたしの護衛以上の戦力として数えていないのもその所為だったのかな。

 うまく誤魔化されていたから気づかなかった。

「泣くなよ、ガーシャ」

「泣いてないよ。勘弁してよ、オレもう成人したんだよ」

 そう言ったけど、ガーシャは顔を上げなかった。

「アギの視力と同じで、ラクシャさんの肺もオレの朱印では治せない。それは『白』関連だからなのか、老化や劣化に近い現象だからなのかは分からないけど。だからお願い、無理しないで」

「善処するよ」

 相変わらず優しい手があたしを撫でていて、涙が止まりそうにない。

 あたしは泣き過ぎてひっくひっくとしゃくりを上げた。

「泣くな。今すぐ死ぬわけじゃあるまいし」

 でも、無理したら死んじゃうんでしょう。肺を病んで、戦うと負担がかかるっていうのはそういう事なんでしょう。 

 泣くのを止めようと思ったけれど、どうしても無理だった。


 泣いて泣いて、たくさん泣いて、ついでに子供のように疲れ果ててさらにそのままちょっと寝てしまって、それから起きたらさすがに少しすっきりしていた。

 穏やかな声音でアギとガーシャと、話している声がした。

 大きな手が相変わらずあたしの背中を撫でている。

 温かくて優しくて、怖いものが何もない。世界で一番強い父の腕の中。

 でも例えば、父が戦えなくなったとしても、ここは世界で一番安心できる場所のままなのだろう。

 何しろあたしはとても愛されている自信があるから、もしあたしが危ない目に遭ったら、父は必ず戦うだろう。その程度の確信を持てるくらいにはこれまであたしへの愛を伝えてくれていた。

 その時あたしはいったいどうしたらこの人を止められるだろうか。

 あたしが起きたことに気づいたのか、優しい声であたしの名を呼ぶ。

 胸元に耳をあてると父親の低い声に包まれてとても落ち着いた。

「なあ、ナユタ。後でアギと同じ眼鏡を作ってくれないか。お前が作ったらよく見えるってアギが言ってたからな」

「うん、作る」

 いくらでも作る。

 すぐにでも朱印を固定化できるように練習して、あたしから離れても、遠くにいても、どこまでも見える眼鏡を作るよ。

 目の前にやるべき事が出来たら少し心が浮上してきた。

 まずは黄都の鍛冶屋を訪ねるべきだろう。出来れば神徒との決戦の前に作っておきたいから。



 すでに神都と菫都の医師団が到着していて、毒の解析が始まっていた。

 神都の器具を使って毒を分解、成分を分析し、それに合う材料をお互いの知識から出し合っていく。

 ガーシャも医師の集団に交じって色々と質問を重ねているようだ。実際何かあった時に現地で誰かを治療するのはガーシャになるだろうからな。

 アギたちは大方の作戦を決定して、並行して生存者の救出を決行するハテルマ様と打ち合わせをしていた。他にも南方にある村の人たちを都へ避難させる計画も立てている。

 アケラ様の意識は戻っていたがまだ起き上がれない様子だ。神都からきた医師が診察しているところだった。一命は取り留めたものの受けた毒が多すぎて治癒の朱印で間に合わず、今も弱っている状態とのことだったので、解毒剤が完成すれば少し良くなるはずだ。

 アリ様も寝転がっていたが、あの人の場合はいつも通りなのか毒でしんどいのか分かりづらい。

「ねえ、アリ様。朱印の固定化をもう少し詳しく教えて欲しいんだけど」

「んーしんどい」

「寝たままでもいいから」

「……お前、俺にだけは厳しくないか?」

「甘えてるんだよ、保護者だから」

 面倒見の良いあたしの養父は、やれやれ口ばっかりよく回るな、と言いながらも起き上がってくれた。



 数日後、解毒剤が完成して量産の体制に入った。材料の入手に黄都の力を借りつつ、菫都の医務室に残された古い薬草を使い、さらに神都から精製された薬液を取り寄せた。

 解毒剤の治験投与のおかげでアケラ様も元気になった。

 神徒は何度か黄都までやってきたが、アリ様たちが命懸けで設置した防護壁が防いでくれ、その間に南部に点在する村の避難はほとんど完了している。

 並行して神徒を追い詰めるための罠を予定通りに設置。


――解毒剤の生産量が想定値に達する3日後に狩りを開始する。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ