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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
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町へ(4)

 ケイくんから色々なことを教わりつつ道場内を回っていたら、外はいつしか夕刻の気配が漂っていた。

 鶏小屋の掃除を終えて空を見て、そわっとした。

「ケイくん、ごめんね、この時間ちょっと苦手なの。アギの傍にいていいかな?」

 そう断って、道場に向かう。

 黄昏時が近づいている。

 自然と(はや)る。

 耳元で心臓の音がする。

 朝、お社に古銭を奉納したから大丈夫だと思っていたけれど、よく考えたらこの道場自体がかなり町はずれにある。お社の効果がどこまで続いているか読めないから、最悪、ここに神徒が現れてしまう可能性もあった。

 ここ自体が神徒狩りの本拠地とはいえ、迷惑をかけることに変わりない。

 できれば、アギかガーシャの近くにいたい――図らずも、あたしの過保護な守り手たちが口を酸っぱくしてそう言うように。

 村の中に神徒が現れた日のことを思い出して、胸の底がずんと重くなった。


 テラスがあたしの姿に気づいて駆けてきた。

 撫でながら道場の縁側から中をのぞいてみると、アギは修行で疲れ果てているのか、畳の床に転がっていた。

「お兄ちゃん!」

 大きな声で呼ぶと、アギは反応してばっと飛び起きた。

 そして外を見て、暗くなり始めているのに気づいたのか、師匠に断りをいれてこちらに来る。

 珍しく息を切らし、汗だくで疲弊したアギがこちらにやってきた。

「すまん、気付かなかった……もしかして、まずそうか?」

「どうしたんだ?」

 ゴクジョウ師匠に問われて、あたしもアギも一瞬、口をつぐんだ。

 言うべきか、言わざるべきか、とっさの判断ができなかったのだ。

 アギは数回、呼吸を深くして乱れた息を整えた。

 夕陽が薄らいでいく。

 夜闇が下りてくる。

 暗鬱と下りてくる重い空気と共に、白い人型が生垣の向こうにざわざわと湧いてきた。

 キキキキキキ、と擦れる音がする。

「なんだ……?」

 追ってきた師匠が、庭の生け垣の向こうを睨みつける。

 あたしはアギの手を取った。

 アギはあたしの手を握り返してくれた。

 テラスがそっと寄り添ってくれた。

「ナユちゃん!」

 同時に、入口のほうから大きな声がした。

「ガーシャ!」

 戻ってきてくれたんだ。

 黄昏時だから。もしかしたらこうなるかもしれないって思って。

 思ったよりほっとした自分に驚いた――みんなの傍にいれば、きっと大丈夫。


 白い人型の紙がぞわぞわぞわと盛り上がり、少しずつ押し固められていく。

 ぎゅむぎゅむぎゅむ、と何かで圧縮するように固められていく。

 固められた白色の発光体は、少しずつ生き物に形作られていく――そういえば、なぜ神徒は生き物の形をしているのだろう。

 ふと浮かんだ疑問は、すぐに消え去った。

 生垣の向こうに、体高がアギの倍以上もありそうな巨大な牡牛が現れたから。

「……冗談だろ」

 師匠の呟きが黄昏の風に溶け入った。


―― ノウマク サ マン ダ


 アギはすぐに三叉戟を召喚し、向かっていった。

 駆けてきたガーシャがアギの代わりにあたしをかばうように立ち、若草色の光の糸を伸ばして牡牛を囲むように巻き付ける。

 ぐっと掌を握り締めたが、牡牛はそれをまるで感じないかのようにこちらに向かって突進した。

「だめだ、強い……アギ、止められない!」

 ガーシャが叫び、アギは咄嗟に三叉戟を縦にして思い切り振り下ろした。

 牡牛の鼻先が裂け、白い人型の紙がぱっと散る。

 勢いは殺せたが余計に怒らせたようだ。

 前足を大きく振り上げた牡牛は、猛り狂って地面を踏みならす。

「ナユちゃん、オレも行くけど、一人で大丈夫だよね?」

「もちろん」

 テラスも、任せろというようにわふんと鳴いた。

 にっこり笑ったガーシャは、アギのもとへ駆けて行った。


「……お前ら、ずっとこんな生活を続けてるのか?」

 呆然としていたゴクジョウ師匠が、ぽつりと言った。

「そうです。だから、村に迷惑をかけたくなくて、アギとガーシャはあたしを連れて村を出たの」

 あたしは師匠の目を見て、言った。

「あたしは――神徒を呼び寄せてしまう体質だから」

 このことをはっきりと言葉にして他人に伝えたのは、もしかすると初めてかもしれなかった。


 それを聞いた師匠は、大きく息を吸って、吐いて。両手で顔を挟むようにして、ぱあんと叩いた。

 まるでどうしようもない感情をどうにかして押し込めるかのように。

 そして、大きな拳を握り締めると、静かに真言を呟いた。

「――『オン・マカキャラヤ・ソワカ』」

 その瞬間、師匠の背に大きな朱印が現れ、周囲を黄金の炎が渦巻いた。

 背中と、両手に朱印をまとった師匠は、ゆっくりとした足取りで牡牛の方へ近づいて行った。

 牡牛もそれに気づき、前足を大きく上げて師匠を踏み抜かんとした。

「師匠!」

 アギの声が響く。

 ガーシャの糸が効かない程度に力の強い神徒だ。

 渾身の力で踏み抜かれてしまったら、人間なんてひとたまりもないはず。

 が、師匠は立っていた。

 ほんの片手で牡牛のひづめを受け止めて、何事もないかのように立っていた。

 そのまま太い前足を抱え込むようにして引っ張り、

「うおりゃああっ!」

 大きな気合と共に、なんと牡牛を放り投げた。

 牡牛の巨体は軽々と宙を舞い、アギの頭上を越え、生垣の向こうへ飛んでいく。

 なんて力だろう。

 単純な筋力が強すぎる。それとも、朱印の力なのか。

 どしん、と地を揺らす音を立てて背から転がった牡牛の上から、アギが三叉戟を構えて降下した。

「足をやれ、アギ!」

 師匠の声でアギははっと武器を持ち換え、横向きに薙いだ。

 太い二本の前足が、切断されて宙を舞う。

 残った二本の後足をガーシャの糸が絡めとった。

「よくやった」

 師匠は動きを止めた牡牛の腹に乗ると、右手に朱印の力を集中させる。

 燃え上がるような炎が巻き上がり、牡牛の腹を撃ち抜いた。

 牡牛は断末魔の悲鳴を上げて、白い紙片と古銭になって崩れ落ちて行った。


 撃ち抜いた拳をじっと見つめながらゴクジョウ師匠はしばらく黙りこんでいた。

 黄昏時を過ぎ、夏の終わりの宵闇が辺りを満たし始めた。

「……ふざけてんな」

 ため息とともに、師匠は吐き捨てるように言った。

 それは、とてつもない怒りを含んでいるように聞こえて、あたしたちは動けなかった。

「アギ、ガーシャ。これは、お前らが思ってるよりかなり深刻だ」

「……どういうことだ?」

 アギが首を傾げた。

 師匠は答えようか迷って、眉間にしわを寄せて頭をがりがり書いて、うーとかあーとか言いながらいろいろと考えているようだ。

「ケイ!」

「……あっ、ハイ!」

 師匠に突然呼ばれたケイくんは、ぴしいっと背筋を正した。

 そういればずっといたのか。気配が薄くて気づかなかった。

 巻き込まれて怪我してないみたいでよかった。

「今日は人払いしとけ。この後、誰が来ても帰せ」

「はい、了解っス」

「そんでもって、明日の朝から討伐に行く。討伐が終わったら、そのまま俺はこいつらを連れて都に行くから、準備するぞ」

「あっ、は? えっ?」

「あと、お前ら3人こっちこい。いや、その犬もついでに連れてこい」

 アギとガーシャとあたしを手招きして、ついでにテラスも道場に引き入れて、師匠は扉を全部閉めた。

 でもね、テラスは犬じゃないよ。狼だよ。



 よくわからないまま師匠の向かいに3人そろって正座する。テラスも並んでお行儀よくお座りした。

 全員で何か叱られるんじゃないだろうか。

 おそらくアギも同じことを思っている。ちょっと目が泳いでいる。

 その予想に反して、師匠は穏やかな声で話し出した。

「まず最初に認識しておいてほしいのは、ナユタ、お前のその体質は知られないようにしてほしいってことだ。絶対に。もし、それを知られたら、ありとあらゆる勢力が目の色変えて獲りに来ちまう」

「はあ?」

「えっ、なんで?」

 アギとあたしは同時に声を上げたが、ガーシャは少し顔を曇らせただけだった。

 その様子を見て、師匠は軽く笑った。

「ガーシャはどうやらわかってるようだな……いや、村を出て、昨日今日で気づいたか? いずれにしても勘がいいな」

 どういうことだろう。

 周囲に害を与えこそすれ、あたしと一緒にいてもいい事なんて何もないのに。一緒にいてくれるアギとかガーシャが例外なだけで。

 困惑したあたしたちに、ガーシャが淡々と告げる。

「どうやら、町では――いや、この世界では、と言い換えてもいいと思うんだけど、古銭の価値がものすごく高いんだよ。オレたちはナユちゃんのために全部神社に奉納しちゃうけど、実は他にもいろんな使い道があるらしくてね。もちろん町に神徒が入ってこないようにする奉納分も必要だし……とんでもなく高額で取引されてるようなんだ。さっき当たり前に倒した牡牛の古銭だけで、普通の人なら何年も遊んで暮らせるくらいにはね」

 高額で取引、っていうのは、古銭とは別の通貨に大量に交換できるってことだよ、と注釈を入れて。

「嫌な言い方するけど、ナユちゃんをお社から遠い場所に放置するだけで古銭のタネが向こうから集まってくるんだ。神徒を倒すだけの力を持っていて、手段を選ばなければ、まさに金の生る木ってわけだ」

 どうやら、町で情報収集していたガーシャは、その可能性に気づいて急いで道場に戻ってきたらしい――もしかしたら、万一のことを考えて。

 そしたらちょうど神徒が現れていたわけだ。

「俺も、ガーシャと同じ懸念を持っている。寺社組織は確実に来るだろうし、うちは大丈夫だが他の神徒狩りの組織に、外道連中も――全員疑ってかかるに越したことはねえ」

 ゴクジョウ師範がきっぱりと告げた。

 急にそんなことを言われても、ふわふわとしていて、まだ現実を現実として受け入れられてない。

 話を聞いても自分のことだと認識できない。

 あたしはただただ首を傾げた。

「しかも、十五、六の子どもだってのに化け物級の神徒を狩り続けてる。それも毎晩? そりゃあ野生の獣にもなるわな。そしてその古銭を全部奉納してるってのが……どんな生き方だよ。ふっざけんな」

 吐き捨てるように言い放ち、ゴクジョウ師匠はうめいた。

「どれもこれも、世間知らずのガキ3人が背負うようなもんじゃねえよ……」

 師匠が苦々しげに言う。

「……助けてくれる大人はいなかったのか?」

「村の人は、みんなよくしてくれたよ。アギと二人でも生きていける力をくれた」

「一応聞くが、親は?」

「母親はナユタを生んですぐ亡くなったと聞いてる。親父は10年前に失踪した。俺と同じ、神徒狩りだったらしいけど」

 それを聞いてゴクジョウ師匠は天を仰いだ。

 冗談かよ、と言いながら。

「10年前、確かに10年前だ。確かに奥の山のどこかに住んでると言っていて、よく町にも来てくれていたあの人がふっといなくなったのは。そうか、子どもがいたのか……それで……そうか……」

「もしかして、親父を知ってるのか?」

 アギが驚いた声を出した。

「……師匠だ」

「え?」

「師匠なんだよ。俺の師匠の名前は――ラクシャ。おそらくだが、お前らの親父だ」

 もう一度大きなため息をついて、ゴクジョウ師匠は言った。

「つまりアギ、お前は俺の師匠の息子で、俺の弟子ってことだ。大丈夫、俺は全面的にお前たちの味方だ。俺自身にお前たちを害する意図はない。古銭の話をした後で、こればかりは信じてくれと願うしかないが……」

 そうか、今の話で言うと、あたしが呼び寄せる神徒をやすやすと倒せる師範は、あたしを欲しがる側になるんだ。

 でも――

「信じるよ」

 あたしの体質を知って、人払いをして、いろんな話をしてくれて。危険であることを指摘してくれて。

 あたしたちの父親だという人を知っていて。

 苦悩するようにあたしたちの境遇をうめいてくれた。

 それ以上はいらない。

「あたしが願うのは、アギもガーシャも、みんなで楽しく生きていける場所を手に入れることだけなの。それには一体どうしたらいいのか、今は何の手掛かりもないけど……」

 きっとこの人は大きな力になってくれる。

「お願いです、あたしたちに力を貸してください」

 あたしは畳に額を付けて頭を下げた。

 続けてアギが同じように頭を下げた。

「ナユちゃん、一つだけ訂正。その楽しく生きていける中に、ナユちゃん自身も忘れずに入れておいてね。あと――」

 ガーシャは師匠に向かってにっこり笑った。

「オレは最後まで疑うよ。二人が信じても、オレだけは二人のためにすべてを疑う。そのうえで、オレからもお願いしたい。ゴクジョウ師匠、あなたの力を貸してほしい」

 それを聞いた師匠は、豪快に笑った。

「いいんだ、ガーシャ。お前はそれでいい。お前はお前のやり方で二人を守ってやれ」


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