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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
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鷺討伐(1)


「ハイ、というわけで今日はさくっと討伐を終わらせます。全員心するように」

 10名ほど集まった神徒狩りの前で、ゴクジョウ師匠はそう告げた。

 どういうわけだよ、とザワザワする。

 そりゃそうだ……。

 と思っていたら、師匠はあたしを隣に呼んだ。

「この子は、俺の師匠にあたるラクシャさんの娘さんだ。理由あって、俺はこの子を蒼都(そうと)まで連れて行かにゃなんねえ。なるべく急いで行きたいから、討伐なんぞとっとと終わらせてえんだよ。あと、この子と、あっちの兄貴2人は奥の山から下りてきたばっかりだから知らないことも多い。みんな、困ってたら助けてやれ」

 みんながざわざわしつつも、はあいと返事をした。

 ケイくんより年上が多いだろうか、師匠が徒手の道場をやっているせいか、粗野な雰囲気の男の子たちと青年くらいの歳の男性ばかりだった。

 そういえば師匠っていくつなんだろう。

 あたしの父が師匠ってことは、それより年下だろうし。

 やる気のなさそうな年齢不詳の横顔を見ていたら、頭をわしわし撫でられた。この人は、あたしとテラスを同一視しているフシがある。

 ついでに言うと、アギもガーシャも同じように愛でる対象だと思っているようだ。あたしからするとしっかりした兄2人でも、師匠から見ればまだまだ子供なのだろう。

「それから、何があっても、うちの道場の人間は必ずこの子らの味方をしてやれ」

「何かある予定あるんですか……?」

 一人がおずおず聞くと、ゴクジョウ師匠は鼻を鳴らした。

「わからん! が、何かあるかもしれん」

 いつもこんな感じなのだろう。

 それ以上質問する人はおらず、このまま全員で討伐に行くことになった。


 師匠が先導し、あたしはケイくんと並んでその後ろを歩き始めた。テラスも隣を歩いてくれている。

 アギとガーシャはしんがりをゆっくり歩いてくる。どうやら年長らしい神徒狩りに声をかけられているようだ。ガーシャがよそ行きの笑顔でニコニコ答えているのが見えた。

 先日カエルを狩った平原から右手へ、山道に隊列を組んで分け入っていく。

 おそらくあの池と湿地を作ったであとう大きな沢が流れており、その沢に沿った道をどんどんとのぼって行った。もともと整備された林道だったのかもしれないが、最近人が通った形跡があまりない。

 獣の声が時折聞こえるが、それ以上に鳥の声がする。

 何より、獣臭いと感じるより先に――鳥臭い。鳥類の排せつ物が発酵した独特の鼻を刺す臭いがする。

「ここ、鳥が多いね」

 そう言うと、ケイくんはそうスね、と相槌を打った。

「もう少し上ったところに平地ぽくなってるところがあるんスけど、そこがまた湿地と池が混在してます。その一角が大きい鷺山(さぎやま)になっちゃってるんスよ。もともとは山菜取りでも入ってた山だったのが、神徒のせいで入れなくなったってんで、その付近の神徒が今回の討伐対象なんスよ」

 確かに上り坂が少し緩やかになってきた辺りで、木々の葉が白っぽく変色している箇所が増えてきた。匂いもきつくなってくる。

 これは思った以上に巨大な鳥の巣窟になっていそうだ。

 うっそうと生い茂っていた広葉樹がふっと開ける場所に出た。

 同時に押し寄せるひどい臭い。

 空気がゆがんでいるように感じる。

 そして、威嚇するような鳥の声が何重にも響き渡る。

 明るい昼間なのに、ここだけ薄暗く感じるのは木陰のせいか、それとも鳥の翼の影なのか。

 まず目に入ったのは巨大な鷺山。

 開けた場所を大きく流れる川の中州を占拠している。ギィギィギャアギャアと鳴くアオサギが、コサギが、数十羽、もしかすると数百羽ほど営巣している。この場所に長年根を下ろしているであろう一本の巨木とその周辺の木には鈴なりに巣が作られ、寄生された樹木の枝は大きくしなり垂れ下がっていた。

 営巣された木々とその周辺の木の葉は真っ白に染まり、まるで白骨のようになっている。地面もカサカサに乾いた葉が落ちていた。

 それだけではない。

 問題はその鷺山の頂点に居座っているモノだ。

「……なに、あれ」

 いや、何かはわかっている。

 真っ白に発光しているアレはおそらく神徒なのだろう。キキキキキ、と何かがこすれる音もする。少し開いた口の中は赤黒く、あたしの知る神徒の特徴と一致する。

 でも――

 幾重にも折り重なる翼、くちばしは見えるだけで3つ、目玉は鳥らしい豊かな胸元部分にぎょろぎょろと大量にうごめいている。部分部分を見ればサギに見えないこともないが、とんでもない。

 巨大な異形の化け物がそこに鎮座していた。

 これまで生き物とほぼ同じ形をした神徒しか見たことのないあたしは絶句した。

 あんなにも禍々(まがまが)しい姿をしていることがあるのだろうか。

「まだちょっと遠いスね。もう少し近づいてみないと……」

 ケイくんが目の上に手をかざして遠くを見る仕草をしたところで、あたしは思い出した。

 そうだ、遠くを見よう(・・・・・・)と思っていたんだった。

「『オン・ソラソバテイエイ・ソワカ』」

 光玉と同じ真言を唱える。

 あたしの光玉は、水だ。よく見ると伸び縮みする光る水がたゆんと宙に浮いているのだ。これで宙に飛び上がれるのも、加速するのも、水のように弾力のある光玉のおかげだ。

 あたしはその光玉を変形させる。

 あの村で、物知りの薬師のカシギが教えてくれたように。

 眼鏡の硝子と同じように紡錘形にした水は、光を屈折させる水晶体になる。

 小さい水球で光を湾曲させ、拡大、もう一つの水球を大きく広げて映し出す。

 こうして即席の望遠鏡を作り出した。

 遠くにいる神徒の姿が大きく映し出され、隣にいたケイくんはぎょっとした。

「なんスか、それ?!」

「ふふ、前に思いついてたんだけどね、光玉をうまく変形させたら遠くがよく見えるんじゃないかって。だから望遠鏡みたいに光の屈折を調節して、こっちの大きい方に投影して……」

「いや、そんなこと聞いてないっス。どうやったらそんな非常識なことができるか――あ、やっぱいいス。どうせ理解できないスから」


 と、足を止めていたあたしの後ろからアギとガーシャが追いついてきた。

 そして驚きもせずあたしの作った水鏡に拡大されて映った神徒を観察し始める。

「すっごいね、これ」

「これだけ翼で守られると、翼の数を減らしてやらないと攻撃通りそうにねえなあ」

「他の神徒狩りがどう動くかわかんないけど、少し様子見する?」

「いい。とっとと倒して戻ろう。ここは臭いがひどすぎる」

「違いない」

 いつも通りの二人を見て、何となくホッとした。絶望的な相手というわけではなさそうだ。

 でも、見上げたガーシャの顔がどことなく青ざめている気がして、若草色の着物の裾を引いた。

「ガーシャ、大丈夫? 疲れてない?」

「ん? ああ、さっきからちょっと頭痛いんだよね……大丈夫だとは思うけど……」

「無理すんなよ、ガーシャ。ここ何日もまともに休んでねえんだから」

「それはアギも同じでしょ」

 肩をすくめたガーシャは平静を保とうとしているようだったけれど、明らかに顔色が悪かった。

「ガーシャ、お前休んどけ。俺一人でもいけんだろ」

 アギは軽く腕と足を伸ばして準備運動。

 真言を唱えて三叉戟と赤い光玉を浮かべて臨戦態勢になると、先手必勝とばかりに飛び出していった。

 それを先方に神徒狩りが何人か追いかけて湿地を駆けて行った。

「……あいっかわらず話聞かないな、アギは」

 口をへの字に曲げたガーシャは、でもすぐには飛び出さなかった。

 やっぱり調子がよくないらしい。

 代わりにテラスがわおんと鳴いてアギのところへ駆けて行った。

「アギは討伐の主戦力だろうから、ナユちゃんはオレの近くにいてね」

 そう言いながら真言を唱えて緑色の光玉を足場に飛び上がる。

「あっ、待って! ケイくん、あたしも行くね!」

 慌ててあたしも水鏡を解除して光玉を蹴り、ガーシャを追った。


 空から見下ろした鷺山は大喧噪に包まれていた。

 よく見れば、鷺山の中でも普通の鳥と、神徒の鳥が入り乱れている。

 あの(ヌシ)みたいな異形の神徒はともかくとして、あの入り乱れた鳥たちをどうするんだろう?

 と思っていたら、ケイくんをはじめとした数人が弓をつがえ、神徒の鳥だけを選んで撃ち落とし始めた。

「大物はゴクジョウ師範が相手をして、残りを他の神徒狩りで一掃する作戦らしいね。なるほど、アギの力が必要なわけだ」

 ガーシャは楽しそうに笑った。

「どういうこと?」

「師範は強いけど、光玉を使えないから地上戦しかできないってことだよ」

 小さい神徒が倒され始めると、異形の神徒は幾重にも折りたたんでいた翼を広げてすさまじい鳴き声を上げた。鼓膜を裂くような甲高い音に、思わず耳をふさぐ。

 翼を少し動かすだけで白い人型の紙がぱっと散る。

 その動きに沿って、強い風が吹き荒れた。

 体勢を崩しそうになったあたしをガーシャが支える。

「気を付けて」

 優しい声が耳元に響いて、どきりとした。

 よくわからないけれど、このところあたしは少し変だ。ガーシャの近くにいると、安心するのに落ち着かない気持ちになる。

 再び神徒に視線を遣ると、ちょうど翼を大きく動かしながらその体を空に浮かせたところだった。

「じゃあ、アギの言ってた通り一枚ずつ翼を破壊していこうか。できるよね、ナユちゃん。地上に落としさえすれば、きっと師匠が片づけてくれるから」

 簡単に言うなあ。

 と思ったけれど、それなりに期待されているんだろう。

 期待には応えるしかないな。

 あたしは集中して、狙いを定める。

「右上から行くよ?」

 ガーシャはそう言うと、一番外側、右上の翼に掌を向け、ぐっと握りつぶした。

 若草色の糸がふわりと現れ、ぐるぐると翼の動きを止める。

 動きが止まっているなら撃ち抜ける。

「『撃ち抜け』」

 多重真言と収束で光の矢と化した朱印の光は、正確に翼の根元を撃ち抜いた。


 グギャアアアア、と鳥の断末魔のような声が響き渡る。

 神徒が怒っている。

 そこへ赤い光を帯びたアギが突っ込んでいって、三叉戟で翼を2,3枚切り落とした。

 異形の神徒はくちばしの一つでアギを追っていくが、ひらりひらりとかわしていく。

 攻撃、即、離脱。

 大きな敵と戦うときの基本だ。

「……次、左上」

 ガーシャの言葉で再び狙いを定める。

 若草色の光の糸が翼をぐるりと縛り付ける。

「――『撃ち抜け』」

 二枚目。

 しかしそこで、神徒はあたしとガーシャの存在に気づいたようだ。

 まだ十数枚残っている翼をぐりぐりとはばたかせ、鋭いくちばしをこちらに向けて飛んできた。

 逃げなきゃ。

 方向を変えようとしたあたしは、ガーシャが動かないのに気付いてすぐに戻った。

「ガーシャ!」

 顔を覗き込むと、頭を押さえ、その痛みに耐えるようにぐっと目を閉じている。

 やっぱり無理してたんだ。

 明滅した光玉が消えかかっている。

 すでに朱印の力を維持するのも難しそうだ。

 下に回り込み、体を支えようとしたが間に合わない。

 だめだ、落下する――

 そのまま急降下したあたしは地面に激突する衝撃に備えたけれど、代わりにふわりとやさしい感触があった。

「テラス!」

 わふんと鳴いたテラスが、あたしとガーシャを受け止めて、地面に下ろしてくれた。

「ありがとう。助かった」

 でも、あたしの膝に頭を乗せたガーシャは、完全に気を失っているようだ。

 血の気が引いた。

 無理にでも休ませるべきだった。

 しかもそこへ、上空から異形の神徒が降ってくる。

 ガーシャを守らなくては。

 あたしは小さな体で精いっぱい彼に覆いかぶさった。


「何しやがんだお前ぇっ!」

 猩々緋色の衣が飛び込んできて、神徒の横面を弾き飛ばした。

 しかし、くちばしが1本ではない。

 アギの背後から別のくちばしが迫り、間一髪で避けたが着物を大きく裂いて、ぱっと血が散った。

「お兄ちゃん!」

「大丈夫だ、ナユタ、ガーシャを遠くまで逃がせ! こいつは俺が何とかする!」

 アギは光玉を大量に増やし、自分の足場を確保しながら、その一つを炸裂させた。

 ぱあんと大きな音と光をたてて破裂したので、神徒はその胸のあたりに数十個ついている目玉を残らずぎょろぎょろさせた。

 その間に頭上へ回り込んだアギはくちばしの一つを切り落とす。

 再び神徒はすさまじい悲鳴を上げる。

 テラスがあたしのお尻をぐいぐい押す。

 今のうちに逃げろ、と言わんばかりに。

 動かなければ。

 そこへ、もう一人飛び込んでくる人影があった。

「すまん、遅れた。ガーシャどうした?!」

 ゴクジョウ師匠だ。

 そういえば、空中移動できないってガーシャが言ってた。

 急いで走ってきてくれたんだろう、息を切らしている。

「わからないんです。頭が痛いってさっきから言ってたから、きっと体調が悪かったんだと思うけど……」

 師匠は聞きながらガーシャの体を軽々担いだ。

「いったんこいつは退避させる。ナユタ、お前はアギを手伝え。そこの犬、お前もだ」

 犬じゃない。

 けど、師匠が来てくれてよかった。

「……お願いします」

 ガーシャを師匠に任せ、あたしはアギを追って空中に飛び上がった。


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