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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
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鷺討伐(2)

 テラスが大きく吠える。

 それに気づいたアギは、あたしとテラスの参戦を知った。

「ガーシャは師匠が連れてったから大丈夫!」

 それを聞いてアギはホッとしたようだった。

 ガーシャに何が起きているのかはわからないけれど、師匠がついてくれるなら少なくとも外敵に襲われることはない。

 目の前にはくちばしを切り落とされて猛り狂った異形の神徒。

 翼はまだ十数枚残しているだろうか。

 アギは一瞬迷ったが、心を決めたかのように告げた。

「懐に入って機動力を削ぎたい。目と、くちばしの方を頼めるか?」

 きっといつもなら、相棒(ガーシャ)に頼むことなんだろう。そうやって二人は一緒に戦ってきたはずだ。

「任せて」

 アギだって背中に大きな怪我をしていて万全の状態ではない。

 あたしがガーシャの代わりに、アギの相棒になるんだ。

 神徒が起こす豪風が耳元でごうごうと渦を巻く。

 豪風に巻かれた人型の紙があたしの頬をかすめていって、ぴっと赤い線を引いた。ピリリとした痛みが風で沁みる。

 あたしは光玉を操作し、小さい水の玉をいくつも作る。

 そしてそれを、ばらばらに操作して神徒の胸元の目玉の一つ一つをふさいでやった。

 先ほどのように遠くが見えるような形ではない。

 グニャグニャと内部を動かし、視界を乱すような水の玉。

 この異形の生き物の、あの目玉のように見えるものが果たしてあたしたちの目と同じ役目をするのか、そもそも視覚という概念があるのかどうなのか知らない。

 でも、あの目玉に見えるモノはそれに近い器官のようで、あたしの作戦は一定の効果を得られたようだ。

 アギは何故だかとても嬉しそうに笑った。

「よくやった。あとは離れて、怪我しねえように引きつけといてくれ」

「わかった」

 あたしはさらに光玉を増やし、先ほどアギが見せてくれたようにくちばしの近くで炸裂させた。

 ぱあん、と大きな音がして、神徒は狙いを音の方向に定める。

 目をつぶしているから、音の誘導の効果が高い。

 テラスはその隙を見て、神徒の頭上に飛び乗った。危険だけど、邪魔をするには一番いい方法だ。

「アギ!」

 敵から目をそらさず、大きな声で叫んだ。

「あの、一番大きい樹のところに誘導する!」

「わかった」

 短い返事で、アギがそちらに向かったのが分かった。

 まるでガーシャが指示した時のように、あたしの言葉を信じているように。


 自然に、自分が戦い方を学んでいたのを知った。

 アギが、ガーシャが、実は今までずっと見せてくれていた。どうやって敵をかく乱するか、どうやって自分の思うように敵を動かしていくのか。そのために自分の手札を並べて、使えるものを選択し、実践し、確認していく。その積み重ねた経験が、さらにたくさんの選択肢を示してくれる。

 なるほど、これは確かに、楽しいかもしれない。

 アギが只管(ひたすら)に自らを鍛え上げていく気持ちが少しだけわかった気がした。

 化け物の胸元の目玉を封じながら、距離を置きながら、破裂音で誘導する。

 目をふさいだ時点で、きっとアギはもう一人で大丈夫だと思うけど、もう少し削っておきたい。

 空中を移動しながら計算する。

 いける。

 と、その時、あたしの目の前にグギャアグギャアと鳴くアオサギが突っ込んできた。鋭いくちばしがあたしの目に迫り、ひゅっと息をのんだ。

 しかし、次の瞬間にはそのアオサギを横からの矢が射抜いていた。

 はっとその方向を見ると、ケイくんが木の上からあたしの方を見ていた。

 援護してもらっている。

 そうだ。今はアギと二人でも、ガーシャとテラスの4人だけでもないのだ。

「大丈夫」

 うん、大丈夫。

 あたしはまだ戦える。

「テラス!」

 あたし自身の相棒は、短い言葉ですべてを察し、身をひるがえして離脱した。

 大きな光玉を作り出し、今までで一番大きな破裂音。

 神徒が驚いて方向を変えた瞬間、鷺山の真ん中の巨木にぶちあたった。

 どしいぃん、と重く大きな音がして巨木が揺れる。

 揺らされた葉と、作られていたサギたちの巣がその振動で地面に落ちていく。

 そして巨大な神徒もその動きを止めた。


 狙い通りの場所に、アギが空中から急降下する。

 真っ赤な衣に深紅の光を纏ったアギは、凄まじい勢いで神徒に突っ込んだ。

 神徒も残っていた翼すべてで防御するが、アギの炎に焼かれていく。

 一枚、二枚……燃え落ちた翼が人型の紙に戻り、それすらも燃やし尽くされて灰になって消えていく。

 すさまじい悲鳴が上がっている。

 これは本当に音なのか、空気ではなく脳が直接揺さぶられるような振動に襲われた。

「あと、一、枚、だ!」

 アギはぐるりと三叉戟を一振りすると、最後に残った翼を容赦なく刈り取った。

 翼を失った神徒は、自重に耐えられず落下していく。

 巨木の枝を折りながら、地面へ向かって転がり落ちて行く。


「落としてさえくれりゃあ、あとは俺の仕事だ」

 地上で待つゴクジョウ師匠が、左右の拳をぱあんと突き合せた。

 背中と両手に朱印を重ねる。

 そして、完全に地上に落ちた神徒の腹に正拳突きを叩きこんだ。

 その一撃で神徒はほぼ沈黙したが、師匠は追撃していく。

「おおおおおおお」

 連撃で神徒の巨体は再び宙に浮き、上からきたアギがそれを蹴り飛ばす。

 師匠はそれを迎え撃つように、右拳を前に突き出した。

 その一撃で神徒は弾けるように散り散りに、最後は人型の紙をばらばらばらばらと風に飛ばして消えていった。

 周囲から一斉に勝鬨(かちどき)が上がる。

 アギもあたしの隣に戻ってきた。

「よくやったな、ナユタ」

「アギも、お疲れさま」

「……もっと妹を頼れ、って、村を出る時にクチバさんが言ってたな。いつの間にか、ナユタも大きくなってたんだなあ」

 アギはしみじみそう言って、あたしの頭を撫でまわした。

 なんだろう、もしかしていっぱい褒められてるんだろうか。

 だとしたらとても嬉しいぞ。

 思わず、にまにま笑っていたら、わおん、とテラスが鳴いて着物の袖を引っ張った。

「……ガーシャ」

 テラスの顔を見て思い出した。

 ガーシャはどうしたんだろう。

 頭が痛いって言って、倒れてしまったんだ。

 テラスは着いて来いというように着物の袖をくいくいと引っ張った後、駆け出した。


 周囲では神徒狩りたちが古銭を集め始めている。

 鷺山もめちゃくちゃになってしまって、木々の剪定も必要だろうし、異形の神徒は倒したけれど小さい神徒は残ってしまうだろう。

 これからまだまだ大変だろうが、ひと段落だ。

 皆の間にもなんとなく緩い空気が流れていた。


 ガーシャは、鷺山から離れて林に入ったところで地面に寝かされていた。

「ガーシャ!」

 大きな声で読んだけれど、彼はぴくりとも動かなかった。

「……やっぱり無理させてたのかな」

「こいつはそんな(ヤワ)じゃねえよ」

 とはいえ、現に意識が戻っていないのだ。

 変な病気にかかっていないだろうか。奥の山にはない毒とか。

 ガーシャ自身が薬師だから、あたしとアギはどうすることもできやしない。無力だ。

 放っておいてそのうち目を覚ますのだろうか。

 わからない。

「おい、アギ」

 そこへ師匠がやってきて、古銭が詰まった袋をアギに渡した。

「ガーシャは……まだ駄目か。夜まで目が覚めなかったら医者を呼ぶが、いったん先に戻って奉納しといてくれるか? そんで、お前らはそのままお社のところにいてくれ。言いたかねえが、ナユタがここにいる限り無限に神徒がわき続けるんだよ」

 最後の方は、声を潜めながら。

「あっ、すみません。すぐ離れます!」

「あと、お社の鍵を開けといたから中に入っててくれ。後でまた迎えに行く」

 アギはガーシャを担いで、古銭の入った袋をテラスが加えて、あたしたちは急いで下山した。



 古銭を奉納し、お祈りをしてからあたしたちはお社の中に入った。

 テラスは、外で待っているようだ。お利口な狼は一人でも大丈夫だろう。

 お社の中は手狭ではあるが板敷きの空間になっていて、床にガーシャを寝かせることもできた。

 あたしとアギはその左右に座り込む。

「こういう時に何していいかわかんねえな」

 アギがあたしと全く同じことを思っていたことにほっとする。

「ね、どうしたらいいんだろう」

 村を出る時に、どうして二人でも大丈夫だなんて思ってたんだろう。

 だって、生まれてからずっと三人でいたのに。

「起きてよお」

 いつもガーシャがそうするように、頬を撫でるように指を滑らせた。

 よく見るとまつげが長くてきれいだな、とか、思ったりもする――そういえば、ガーシャはとっても綺麗なんだって言ってたっけ。

 普段はにこにこ穏やかで村の薬師のカシギとよく似た空気なんだけど、アギと一緒にいる時は年相応の悪ガキに見えるし、真剣な顔をしていると近寄りがたいほど美しいと思った時もある。

 ガーシャの瞼は固く閉じられていて、手を取ってみるとひどく冷たい。額に手を当てたけれど熱はなく、呼吸自体は安定しているようだった。

 心臓が動いているか不安になって、胸元に耳を当ててみると、しっかりとした拍動が伝わってきた。

 よかった。とりあえず生きてるみたい。

 その時に、ガーシャが首から下げている勾玉に少し、触れてしまった。

 カチリ、と小さな音がして、小さく朱印が弾けた気がした。


 その瞬間、はっとガーシャが目を覚ました。

 あたしとアギが上から覗き込んでいるのに気づいて、視線をめぐらし、ほう、と息を吐く。

 そのまま少し、肩で息をしているようだ。

「よかった、気が付いた。苦しくない? 頭痛はもう治った?」

 覗き込んでそう問うと、ガーシャはまだ混乱しているように視線を惑わせた。

 そしてあたしの手を掴み、金色の瞳でまっすぐにあたしの目を見つめた。

「……ナユちゃん、キミは、いったい誰……?」

「え?」

 ガーシャの言葉に困惑した。

 どうしたんだろう。

 あたしのことを急に忘れてしまったんだろうか。でも、ちゃんとあたしの目を見てあたしの名前を呼んでいるのに――?

「どうしたんだ、ガーシャ」

 アギの声ではっとしたガーシャは、パッとあたしの手を放して、両手で顔を覆った。

「何でもない。何でもないんだ。大丈夫、ちょっと、変な夢を見ただけだから」

 らしくない、焦った声で言うガーシャは、言葉通りひどく混乱しているように見えた。

 唇が震えている。

 きっと寒さではない。

「アギ」

「なんだ?」

「ああ、いるよね、アギ。オレのこと、忘れてないよね」

「何言ってんだ?」

 ガーシャの支離滅裂な言葉に、アギも混乱している。

「よかった、まだいる。覚えてる。今度は――でもオレ、何ですぐに思い出せなかったんだろう――何で今回だけ――」

 ガーシャはゆっくりと体を起こした。

「ごめんね、二人とも。ちょっと、混乱してただけなんだ」

 そうして、あたしとアギの頭を抱くように引き寄せた。

「変なこと言ってごめん、ナユちゃん。さっきのは忘れてほしい」

 ガーシャの肩が震えている。

 こんな彼の姿を見るのは初めてだった。きっと、アギも初めてに違いない。

「大丈夫、きっとキミは福音。オレの望んだ世界への道標――お願いだから、傍にいて。絶対にどこにも行かないで」

 震えを止めたくて、ガーシャの背に手を回した。

 アギも同じように手を回して、あたしたちは三人で抱き合った。

 ガーシャの震えが止まるまで長い間ずっと、そうしていた。



 ガーシャがどんな夢を見て、どんな気持ちであたしに誰だ、と問うたのか。

 この時は何もわからなかった。

 もし知っていたなら、迷わずあたしを選んでくれた(・・・・・・)ことに、どれだけの深い覚悟を含んでいたのかを理解することもできたのに。


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