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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
12/24

蒼都へ(1)


 生まれ育った集落を出てからおよそ2週間。

 ようやくあたしたちは目的地だった都に到着した。


 蒼都(ソウト)と呼ばれるその都は、奥の山のさらに奥に連なる巨大な山脈より流れ出でる壮大な神通川(じんづうがわ)の終焉、海と交わる平野にあった。

 別名を水の都と呼ばれるその所以、都の中をそこかしこ水路が走っている、水運により発達した都市だ。

 道程の最後の丘を越える時に大きな川の流れを見たが、渡るだけでも難儀しそうなその大きさに眩暈がした。

 そして都のさらに先、キラキラと輝いていたのは。

「もしかして、海?」

「海だね」

「海だな」

 続けてテラスがわおーん、と鳴いた。

 壮大な川が作る平野に作られた都。その玄関口の港と、瑠璃紺色に輝く海があたしたちを出迎えてくれた。

 ああ、なんて美しいんだろう。

 思わず、ほう、とため息をついた。

「感動してるとこ悪いが、とっとと行くぞ。もう疲れてんだ。早めに都の範囲に入りたい」

 一番後ろをついてくる師匠が、あたしたちのお尻を一人ずつ雑に蹴り飛ばした。

 だんだんあたしたちの扱いが雑になる師匠だが、それも仕方ない。

 本来なら3日で到着するところを10日もかけてしまったのはあたしたちのせいだからだ――主に、あたしのせいだけど。

 こんなにもお社から遠く離れて歩いたのは初めてだったのだけれど、黄昏時と言わず、昼夜問わずに神徒に襲われ、冗談抜きで休む暇がなかった。

 でも、師匠がいてくれて本当に良かった。

 アギとテラス、あたしとガーシャ、そして師匠、3つの組に分かれ、順に休息を取りながら、ひたすら周囲を警戒しながら、何とかここまでたどり着いたのだった。師匠がいなかったら、疲れ果てて、下手したら途中であきらめてしまっていたかもしれない。

 それでも何とか誰も怪我をせず、目的地までたどり着いたのは奇跡かもしれない――まあ、あたしがいなければよかったんですけどね。

 出会った当初こそあたしの境遇に同情していた師匠だったのだが、あまりの神徒との遭遇率に怒りの臨界点を突破してしまったのか、普通にあたしの体質を(ののし)るようになっていた。

 お前が神徒を呼んでんだろおおお! と肩を掴んでがくがくされたのは昨夜のことだ。

 おかげであたしも神徒を呼び寄せてしまう体質を必要以上に悲観しなくなった――それがいい事か、悪い事かは分からないけれど、アギとあたしがずっと持っていた自責の念が軽くなったのは確かだった。

 その代わりと言っては何だけど、あたしのおかげで師匠もめでたく大金持ちですよ!

 とんでもない数の神徒を狩ったうえ、途中に奉納できるお社もなかったので、あたしたちの懐はとても潤っている。ゴクジョウ師匠が、古銭の入った袋を暗い目で見つめながらよからぬことを考えていそうだなあと思う時がある程度に。

 まあでも、今日は久しぶりに全員でしっかり眠れそうだな。

 師匠に蹴られたお尻を撫でながら、都への坂を下り始めた。


 都はこれまで経てきた村や町とは全く異なっていた。

 周囲をぐるりと木の塀で囲んでおり、きちんとした関所があって、素性の知れない者は通さないようになっているようだ。

 案の定、あたしたちは止められた。

「だから、蒼都の神徒狩りに所属させるために連れてきたっつってんだろが! 登録あるわけねえだろ!」

 師匠が門番にブチ切れていた。

 無所属の神徒狩りは問答無用で怪しいから止められるらしい。そりゃそうだ。

 でももしこのまま関所を通れなかったら、今夜もまた神徒が出現し放題の夜が待っている。都のお社がかなり強力らしく、昨日くらいからは昼間に神徒が出なくなってきたが、黄昏時は無理だろうし、夜もどうなるかわからない。

 師匠の怒りも仕方ないと思う。

 ごめんね、師匠。師匠だけ先に都に入っててもらってもいいよ?

「あ、そうだ」

 師匠の姿を見ていたガーシャが唐突に思い出したように言った。

 懐をごそごそ探って、手紙のようなものを取り出した。

「それ、お父さんの手紙?」

 すっかり忘れていた。

 村を出る時にクチバさんが渡してくれたものだ。どうやらあたしたちの父が残していったという。

「忙しくて中見るの忘れてたんだけど、確かこの都の朱印が押されてたと思ってさ」

 ぱらりと開くと、朱印が押されており、その下にあたしたちの名前が三人分、書かれていた。

「……なんだ、これ?」

 アギは眉間にしわを寄せたが、ガーシャはニコッと笑ってそれを師匠に渡しに行った。


「ねえガーシャ。あれ何だったの?」

「オレたちの神徒狩りの所属証だった」

「え?」

「ラクシャさんは、オレたちがここに来ることを予想してたのかな。関所を通れるように、蒼都(ソウト)の神徒狩りとして登録しておいてくれたんだ……10年前だけど」

「しかし、お前らが認証済みなら手間が省けた。ちっと話を通してくるからお前らは休んでろ。俺も今日は久々に眠れそうだ。奉納も俺が行っといてやるよ」

 師匠はそう言うとどっさり重い古銭の袋を担ぎ上げた。

「ちょうどいい、お前らも練習だ。ちゃんと、宿を取って、ちゃんと、屋根の下で寝て、ちゃんと、飯屋で飯を食え。そして目立つな」

 古銭の代わりだ、と言って普通の通貨の袋をあたしたちに渡し、師匠は都の中心に向かって消えて行ってしまった。


 残された田舎者3人と白狼。

 ものすごく不安なんですけど。

 うん、知ってる、あたしたち、存在するだけですごく目立つんだよね。師匠はものすごく無茶を言っている。

「じゃあ、行こうか」

 ガーシャが気にせず歩きだした。

 テラスもわふんと鳴いて歩きだす。

 アギもそのまま歩き出した。

 みんなもう気にしてないね。じゃあ、あたしも気にしないことにするね。



 ガーシャはすぐに道沿いに宿を見つけ、あっさりと交渉し、当面3日間暮らす部屋を手に入れた。どうやら、あたしたちと別行動していたほんのしばらくの間に、あたしたちよりずっと常識に近い知識を身に着けたようだ。

 お宿のお姉さんがガーシャに見とれていたようだが、ガーシャはその熱視線もさらりとかわしていた。

 一番奥の広い部屋にテラスも一緒に入れたことに驚いたが、そのあたりも色々交渉してくれたらしい。廊下からすぐに勝手口があり、そこから庭に出ることもできた。

「今は閑散期なんだって。秋になるとお祭りがあるから、いろんな場所から蒼都までお参りに来る人がいるけど、その直前だから人が少ないんだ」

 裏庭が見える障子をあけながらガーシャが言う。

「さて、せっかくだから黄昏時まで中心街を見てこようか。アギもナユちゃんも、大きな町は初めてでしょう?」

「ガーシャは初めてじゃないの?」

 そう言うと、ガーシャはにっこり笑って唇に指を立て、内緒だよ、というようにその指をあたしの唇に移動した。

 その仕草が何故だかすごく気恥ずかしくて、眉をハの字にしていると、にこにこ笑ってごまかされた。


 テラスはいつの間にか姿を消していて――知らない場所が楽しくて、どこかに遊びに行ったんだろう――3人だけで中心街へ歩き出した。

 と、先を歩いていたアギが不意に足を止めた。

 かあん、かあんと鉄を打つ音が聞こえたからだ。

 おそらく鍛冶屋が近くにあるのだろう。

 きょろきょろと見渡し、その音の元を見つけると、アギはそのままふらふらと行ってしまった。

 あっさり別行動になってしまったその動きがあまりに自然すぎて、ガーシャと顔を見合わせて笑い合った。

「やってることがテラスと同程度なんだよね。師匠は野生の獣って言ってたけど、ただ脳みそが5歳で止まってるだけじゃないかな?」

「あたしには、きょろきょろするなとか、はぐれるなって言うくせに」

「ほんとにね……まあいいか。アギももう幼子でもないんだし。宿に戻るくらいできるだろ」

 楽しそうに笑うガーシャは、あの日あの時、震えて混乱した日以外は、以前と同じように穏やかな様子に戻っていた。

 でもそれは、まるで心の奥底に何か大きな感情を封印しているだけのようで。それがいつか発露するんじゃないか疑う心を、あたしのどこかに、しこりのように残していった。

 それは隣にいてもぬぐえない不安。

 ふいにガーシャの手を取ると、どうしたの、ナユちゃんから手をつなぎたがるのは珍しいね、と言いながら握り返してくれた。

 彼は変わらず優しいままなのに、不安は消えない。

 そのままじっと横顔を見つめていたら、照れるからやめて、と言われた。

 けどやめない。

 見ていないと、どこかへ行ってしまいそうで。

「あのね、ナユちゃん。普通ね、可愛い女の子に手をつながれて、そんな風に熱烈に見つめられると勘違いしちゃうんだよ」

 本当に、心から困っていそうな声音で。

「他の人にそれ、しちゃダメだよ」

「しないよ。アギとガーシャだけだよ」

「……うん、知ってる。オレは二人目の兄だもんね」

 ガーシャはあたしのおでこにこつりと自分のおでこをくっつけて、やさしい声で囁いた。

「大丈夫だよ、オレはどこにも行かないから」

 野生児ではない、もう一人の兄は、不安に思うあたしの気持ちなんてお見通しなんだろうか。


 でもね、さすがのあたしでもちょっと気づいてる。

 アギに対する愛情と、ガーシャに対するソレが、少しずつだけどずれてきていること。

 同世代の友達が他にいなかったあたしは、その違いに名前を付けることもできなかったし、持て余すその感情をどこに置けばいいのか分からなかった。

 同じ時間を共有するだけで胸が温かくなるこの気持ちが何なのかはうっすら気づいていたのだけれど。



 お昼時の中心街はとても賑わっていた。

 大通りに店が立ち並び、飲食のできる店も多い。軒先に縁台が出ていて、外で甘味を頬張っている女の子もいる。緋毛氈(ひもうせん)が目に鮮やかだ。大きな看板が上がっていて、服屋、八百屋、米屋、食器屋、いろいろなお店が並んでいる。

 砂利を固めた地面は固く、まっすぐに伸びている。

 この大通りをまっすぐ行けば、蒼都(ソウト)のお社、恵比寿(エビス)様のお(やしろ)があるのだという。

「奉納は師匠が行ってくれるって言ってたけど、最初にお参りだけ行っておこうか。きっと、お世話になるだろうからさ」

 ガーシャがそう言ってあたしの手を引く。

 歩く人が多いので手を繋いでおいてよかった。

 こんな状態できょろきょろしていたらすぐにはぐれてしまっていただろう。

「ナユちゃんが楽しそうでよかった」

 不意にガーシャが言った。

 楽しそうなナユちゃんはとっても可愛いからね、といつものように軽口を叩いて。

 いつものようにハイハイいつもは可愛くないですよ、と流していると、ガーシャは手を少しだけ強く握った。

「ちゃんと聞いてよ、ナユちゃん。ナユちゃんは黙っていれば本当に可愛いから、心配なんだよ。誰かに(さら)われやしないかって」

「あたしのこと可愛いなんて言うのはガーシャだけだよ」

「そんなことないんだってば。普段はアギがそれこそ強固に守ってるからいろんなものが近づいてこないだけ」

 言われてみれば、助けようとしたときにケイくんの手を叩き落としたり、いろんな人を威嚇したり、思い返してみればあたしの周りには同世代の男の子が近づいてくることがなかった。

「だから、アギがオレ相手にだけは特別甘いのは幸運だったよ」

 ガーシャは、悪戯ぽく笑った。



 二人でこんなにゆっくりと話したのは久しぶりだった。

 言葉として認識するほどではない人々の談笑する声と、足音、どこからともなく響いてくる残暑の風鈴の声。秋が見えはじめ過ごしやすくなってきた空気。街歩きには絶好の日和だ。

「お社にご挨拶したら、何か食べて帰ろうか。それと、替えの服や秋の羽織は買っておきたいね。師匠がたくさんお金をくれたからほしいものがあったら買ってもいいよ」

「うん!」

 中央の道をずっと歩いていくと、大きな鳥居と石段が目の前に現れた。

 これがきっと恵比寿様への入り口だ。階段の上に村にあったお社とは全く規模の建物があるに違いない。

「この蒼都(ソウト)のお社は、神徒狩りじゃなくて寺社組織が管理しているらしい。だからきっと、前の時みたいにお社の裏で寝てたら捕まっちゃうかも」

「寺社組織って?」

「うーん、このお社、ひいてはこの都全体を管理、支配している組織だね。法を敷いて治安を守ったりして、都が正常に動くように運営しているんだ。お社を管理清掃して、古銭を奉納して町を守っていたりもするね。だから、形式上だけど、神徒狩りは寺社の下部組織ってことになってる」

「じゃあ、都で一番偉いってこと?」

「まあそういうことになるね。できれば敵対したくないけど……まあ、そのへんは師匠に任せておくよ」

 石段を登りながら考える。

 寺社組織って、師匠があたしを狙ってくるかもしれないって言ってたやつのひとつでしょ。ちょっと怖いなあ。しかもあたしが属しているっていう神徒狩りよりも上なんでしょ? 無茶言ってきたりしないかなあ。

 眉間にしわを寄せていると、すぐに石段が途切れて目の前に大きなお社が現れた。

 鳥居の内側は空気が違うと思うことが多いけど、まさにこの場所もそうで、思わず深呼吸したくなるような清浄な空気に満たされていた。

 朱塗りの柱に白い壁。大きな注連縄(しめなわ)が屋根の下を横断している。中央のお社だけでなく、その左右に建屋があり、欄干のある廊下でつながっているようだ。

 それだけでなく奥の方にもいくつか建屋があり、非常に広い敷地を持つようだった。

 広さにクラクラしていると、近くにいた男の子が声をかけてきた。

「お兄さんたち、お参りに来たんですか?」

「そうなの。でも、お社が広くてびっくりしちゃった」

 そう言いながらその子の顔を見て、あたしは今度こそびっくりした。

「……ケイくん」

 師匠のところで神徒狩りをしていた彼と、ほとんどそっくり同じ顔をしていたから。


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