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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
13/22

蒼都へ(2)

 その名を出した瞬間、その子の雰囲気が一変した。

「お前ら……神徒狩りか」

 あたしたちから距離をとり、警戒の空気をあらわにする。

 それはこちらも同じだった。

 ガーシャがあたしを背にかばう。

「たぶん偶然なんだけど、オレたち、キミと同じ顔をした神徒狩りの子を知ってるんだよね。最近お世話になったばかりでさ」

 腰に据えた短刀にすぐ手が伸ばせる、いつでも動ける状態で。

「関係者としか思えないんだけど、キミは誰?」

「……お前らこそ何者だ」

 よく見ると、声はハスキーだし髪は短いし口調も荒いけど、たぶん女の子だ。

 ケイくんに似ているからちょっと間違えちゃったけど。


「ルシャナ、どうした?」

 背後から不意に声がした。

 何の気配もないところから聞こえた声に、ぞわっとする。

 師匠と同じだ。

 ガーシャもそれに勘づいて、あたしの手を引き寄せて抱くように(かば)った。

「……ちょっと、こいつらが嫌な名前を言うもんだから嫌な気分になっただけスよ」

 うわあ、しゃべり方も声も似てる。

「ルシャナっていうの? 本当にケイくんにそっくりだねえ」

 あたしが思わずそう言うと、ガーシャはやめなさい、とあたしの口を手でふさいだ。

 背後から現れた男はくっくっく、と笑った。

「ああ、なるほどな、嫌な名前ねえ」

 アギの衣の色によく似た緋色の羽織、浅黒くなるまで日焼けしている健康そうな大人だった。それなのに、くわえ煙草を燻らせてにやにや笑っている。首から下げている勾玉で神徒狩りらしいことがわかる。

「噂は聞いてる。ルシャナ、お前の師匠が田舎から誰か(・・)を護衛しながら移動したってな。コイツらには、普段ものぐさなゴクジョウにそうさせるだけの理由があるってこった」

 ふぅっと煙草の煙を吐きながら。

 その人はあたしたちの素性を言い当てた。何者だろう。

 ガーシャはあたしの口を押さえたまま、穏やかに問う。

「最初に聞くけど、オレたちに危害を加えるつもりはある?」

「いや、ない。まったくない。今のところは、になるが……だからその物騒な殺気をしまえ。野生の獣かよ」

 男は両手を上げて言った。

 ガーシャはそれを聞いて、いったんあたしの口の手をどけた。ちょっと苦しかったから助かる。

「野生って言われちゃうのって、アギだけかと思ってた」

「オレだって同じ集落で同じように育ったんだから仕方ないでしょ。でも、あいつは自覚のない野生で、オレは自覚ある野生なんだよ。だからあいつはいつまでたっても頭が五歳児なんだ。あと、言っておくけどナユちゃんもそれなりだからね」

 さらっと悪口を言われた気がしなくもないが。

 聞いていた男も、なんだそれ、とぶはっと噴出した。

 ガーシャは余所行きの笑顔で男に話しかけた。

「オレたちは田舎者だから、キミたちが何者なのか見当もつかなかったんだ。ごめんね、殺気立っちゃって」

 声音は穏やかだったけど、警戒は解いてない。

 あたしの肩を抱く手に力が込もったままだった。

「そいつは悪かったな。だが、(わり)ぃけどこちらもお尋ね者でね、名乗ることは出来ねえんだ」

「この子の名前は聞いちゃったけど?」

 ガーシャがルシャナを指さす。

 よく見るとケイくんより少し年上に見える。本当にそっくりだけど。もしかしたらケイくんと姉弟なのかな?

「忘れてやってくれ、悪いな。新入りなんだよ」

 男は肩をすくめた。

「あと、危害を加えるつもりはないが――気になる話を聞いててな。うちの大将がそっちの娘さんに興味持っちまったんだよ」

 あたしに興味?

 首を傾げたところで、師匠の言葉を思い出した。

 お前のその体質を知られたら、いろんな組織が獲りに来る、と。

 ガーシャは談笑しながらも、最初から百も承知だったんだろう。

「……逃げるよ。鳥居を越えたら、空に飛んで」

 耳元で小さく呟くと、あたしの背をトン、と押した。

 その瞬間、あたしは弾かれるように駆け出した。

 ガーシャからの指令は反射的にこなすよう、あたしたち兄妹はみっちり仕込まれている。

 石の階段を転がるように数段飛ばしで駆け下りた。


 すぐに男が追って来ようとしたが、ガーシャは短刀を抜いて牽制した。

 男はちっと舌打ちをして腰の刀を抜く。

 抜刀、横薙ぎの攻撃をガーシャは後ろに跳んで避けた。

 クチバさんに短刀の使い方を習い、ランカお姉ちゃんに鍛えられ、毎日アギと手合わせしていて、さらに師匠から対人戦闘も学んだガーシャだ。簡単にやられたりはしないだろう。

 あたしの方にもルシャナが止めに来たけれど、そんな簡単には止まらないよ。

 光玉がなかったとしても、身軽さならあの二人にだって負けないから。

 坂道の石段を蹴り、勢いでルシャナの頭にとん、と手をついてくるりと飛び越えた。

「はあああ?!」

 意味わかんねえぞとわめくルシャナは、やっぱりケイくんそっくりだ。

 あたしはそのままの勢いで鳥居を潜り抜けた。


 鳥居を過ぎた瞬間に真言を唱え、光玉を蹴って空中に飛び上がった。

 人通りの多いまっすぐな道を眼下に、お社の全体像もよく見えた。本殿と左右の接社、奥の方にさらに小さな鳥居と小さなお社がある。もしかしたら一番奥の小さいほうが古銭を奉納するお社本体なのかな。

 と、いきなりあたしの足元の光玉が何かに射抜かれて消失した。

「えっ?!」

 と思ったら、ルシャナがこちらに向かって弓を構えている。

 武器も一緒なの?!

 空中闊歩は飛び道具と相性が悪すぎる。降りよう。

 狙いをそらす目的で上下左右に移動しながら屋根の上に着地した。

「逃げんな」

 ルシャナがばらっと矢を増やし、ほとんど一動作で数十本の矢が飛んだ。

 あたしの足元にすべての矢が突き刺さり、動きを止めさせられる。

 でも、あたしに傷ひとつつけられてない。

 あれが、例えば朱印の力だとしても、とんでもない腕だ。

 と、次の矢をつがえたところで、ルシャナの背後からすうっと短剣が差し出された。

「それ以上ナユちゃんを狙うのやめてくれる?」

 その隙にあたしは隣の屋根に飛び乗り、そのまま反対側へ姿を隠した。

 気配を消して、棚の影に息をひそめる。

「ルシャナ! 阿呆! こんなとこで使うな!」

 男の叫び声と同時に、ぴぴーっと警笛を吹く音がして、何やら向こうが騒がしくなった。


「ナユちゃん」

 完全に気配を消していたはずなのに後ろから声をかけられて全身が跳ねた。

「ありがとう、もう大丈夫だよ。派手に騒いだから警邏(けいら)の人達が来たみたい」

 にこにこ笑うガーシャは、最初からこれを狙っていたのだろう。

 逃げ切るのではなく、騒ぎを起こして逃げさせよう(・・・・・・)としていたのだ。

 こういうの、咄嗟にできちゃうのはすごいなあと思う。

「でも、師匠に目立つなって言われてたの忘れてた。見つかる前にこっそり逃げようか」

 ガーシャはあたしの手を取って、裏道をそのまま駆け抜けた。

 なんだか、子どものころに悪戯して逃げたときのこと思い出すなあ。

 あの頃からガーシャはあたしとアギの司令塔だった。

「ねえ、ガーシャ、お腹すいたよ」

「そうだね、どこかでごはんも食べようか」

 しばらく走って騒ぎから離れた後、また大通りに戻った。

 この程度の騒ぎはよくあるようで、住人たちも特段気にした様子はなかったので、あたしたちも雑踏に紛れて歩きだす。

 ちょっと体を動かしたから暑くなってしまった。

 冷たいおうどんが食べたいな。

 そう提案すると、ガーシャはすぐに近くのお店に入ってくれた。


 店に入ると、いらっしゃい、と大きな声をかけられた。

「ちょっと混んでてね、外でもいいかい?」

 厨房の方からおじいさんが大きな声を出す。

 あたしたちは承諾して、そとの腰掛けに座った。

「ごめんね、昼時だもんで」

 夫婦なのだろうか、ちゃきちゃきとした雰囲気のおばあさんがお盆に冷やしたお茶を乗せて持ってきてくれた。

「繁盛してますね」

「おかげさまで……あら、こら、びっくり、べっぴんさんたちだこと。この辺りの人じゃないね、一回見たら忘れないわ」

 おばあちゃんはガーシャを見てびっくりしている。

「奥の山の方から出てきたばかりでね、さっき到着したところだよ。蒼都(そうと)は冷やしたうどんがおいしいって師匠に聞いてたから、楽しみにしてたんだ」

 ガーシャがにこにこと答える。

「そうだよ、ここからちょっと行ったところに氷見(ひみ)の港があってね。そこで作られたうどんは、ここの名物なんだ。ちょっと待ってな、すぐに持ってくるから」

 おばあちゃんは嬉しそうに店に入っていった。

 ここってうどんが名物だったんだ。楽しみ。


 うどんを待ってお行儀悪く足をぶらぶら、鼻歌を歌っていると、道の向こうから変な集団がやってきた。

 お揃いの青藍(せいらん)の羽織に身を包み、統率の取れた隊列を組んだ数名の集団だ。手には変な形の金属棒を持っている。

 道を歩いている人が自然と遠ざかっていく。

 嫌われ者なのかな。

 その人たちは、あたしたちの目の前で立ち止まり、威圧的に見下ろした。

「お前らだな、外道連中とやり合ってたのは」

「……何のこと?」

 眉一つ動かさず、しれっと答えるガーシャ。

「誤魔化しても無駄だ。若草色の着物の男と、白藍色の着物の女。見覚えがないから昨日今日ここへやってきただろう、しかも、勾玉持ちとなると、他にいるわけがない」

「確かに、オレたちさっきここに到着したばかりだけどさ。ちゃんと登録された神徒狩りだよ。失礼な」

「登録された神徒狩りなら、街中で朱印を使用するのがご法度だと知っているはずだ」

「え、そうなの?」

 あ、しまった。黙っていようと思っていたのに口を出してしまった。

 ガーシャの視線を感じる。

 ごめんなさい。

「どちらでもいい、ひっとらえろ」

「え、やだよ。今からおうどん食べるつもりなのに」

 おばあちゃんがすぐに持ってきてくれるって言ったもん。

 青藍の羽織の男の眉がぴくぴくと動いている。

 あー怒ってるなあ。

 と、思っていたら、それ以上の怒号がその後ろから響き渡った。

「くおら! ガーシャ! ナユタ! 目立つなっつっただろうが!!」

 あ、師匠だ。

「お前ら俺を休ませる気あんのか?! やっと都に着いて一息入れようって時にすぐ騒ぎ起こしやがって! 静かに生きるってことを知らねえのか」

 どすどす歩いてきたゴクジョウ師匠は、周囲を囲んでいる青藍の羽織の男たちを威嚇した。

「お前らも外道と小競り合いしたくらいで集まってんじゃねえよ。あっちから手出してきたんだろうから不可抗力だろうがよ」

 え? この人たち、喧嘩売っていい相手だったの?

「そういうわけにいきません。我々は都の治安を――」

「うるせー! 言いたいことあるならメイカとセイカに言え!」

 散れ散れ、と手でしっししたら、しぶしぶながら警邏の人たちはいなくなった。

 勢いって大事だねえ。

「ありがとう、師匠。あの人たちに絡まれて困ってたんだ」

 ガーシャがにこにこ笑った時、ちょうどおばあちゃんがおうどんを持ってきてくれた。

「師匠もおうどん食べる?」

 あたしは少し座る位置をずらして師匠が座る場所を開けた。

 師匠は何か言いたげにしていたが、最後にはあきらめたように座った。


 追加でざるうどんを三枚注文して、あたしたちはつるつるコシのあるうどんを食べた。

 うーん、最高においしい。

 残暑の昼ご飯にちょうどよい。

「普通のうどんより細いんだね、いくらでも食べられそう」

「つかお前ら、本当に外道連中に会ったのか?」

「たぶん、そうだと思う。あ、そうそう、ケイくんによく似た女の子がいたよ。ちょっと年上ぽかったけど、見た目男の子っぽい子。師匠は知ってる?」

 ガーシャが言うと、師匠はぶふーとうどんを吹いた。

「は、あいつ外道衆にいんのか?!」

「やっぱ知り合い?」

「見りゃわかると思うけど、ケイの姉だよ。神徒狩りとしての才能は断トツだったんだが、どうにも気性が荒くてな。1年前だったか、うちを飛び出してったとこまでは知ってんだが、まさか外道連中とつるんでるとはなあ」

 一度吹いたうどんを、つるん、と口に戻しながら。

 師匠はため息をついた。

「ねえ、外道衆? 外道連中? って何?」

 あたしはずっと気になっていたことを聞いてみた。

「んー、説明が難しいなあ……あのね、寺社組織ってあるでしょ。あれはね、お社にいる恵比寿(えびす)様という存在を神聖なものとして守っているんだ。絶対の神として。でも、外道衆は違う。それを神聖なものとせず、『勾玉』とは何なのか、『朱印』とは、『お社』とは、それから、『神徒』とはいったい何なのかを解き明かそうとしている」

 ガーシャは首に下げた勾玉を指でもてあそびながら言った。

「実はそれって、寺社組織にとっては恵比寿(エビス)様に対するとんでもない不敬という話でね、『外道』って蔑称(べっしょう)で呼んでるんだ。もちろん、外道連中の方は気にしていなくて自ら『外道衆』って名乗ってるよ」

「……でも、自分たちが使うものがどんなものなのか調べようとするのは普通のことじゃない?」

 首を傾げたら、ガーシャは笑った。

「当たり前にお社の力で守られた都に住んで、お参りして、神徒狩りが古銭を奉納して……って循環の中にいると、神聖な存在に守らていることが普通になってくるんだよ。そうしたら、それを不可侵のものとして妄信したほうがいいこともある。その不可侵領域を人間ごときが暴こうとするなんて、罰当たりだと思わない?」

「……よくわからないよ」

 そう言うと、ガーシャはあたしの頭にポンと手を置いた。

「まあとにかく、都の人にとっては恵比寿(エビス)様がとても大事にすべきものだってことを覚えておけば大丈夫」

 隣で聞いていた師匠は、つるるんとうどんを口の中にしまって、はあーと息を漏らした。

「お前……なんかすごいな。目から鱗落ちるわ。俺は敬虔な方ではないけど、お社を暴こうとかはやっぱりどこかで忌避感あるからな。普通はそうだと思うぜ?」

「ん、でも、ナユちゃんの体質を本当に知ろうとしたら、もしかしたら外道衆の方が正解に近いかもしれないってことだからね」

「なるほどなあ」

 師匠はそれっきり黙り込んで、残りのうどんをすすっていた。


 すると、今度は師匠の頭がぱあんと叩かれた。

 びっくりして顔を上げると、そこには腕組みをした女の子が立っていた。

「……誰?」

 ガーシャも目を丸くしている。

「すまん。こやつがいつまで経っても戻って来んから様子を見に来てみれば、のんきにうどんを食っておるから腹が立ってな」

 長い亜麻色の髪を二つに結んで、勾玉を一つずつ括った髪をさらりと風に流して、苦々しげに言った。鮮やかな桃色の衣がよく似合っている。きりりとした目元が意志の強さを示している。

「あー、すまん、本当はすぐに戻るつもりだったんだ。本当だぞ?」

 師匠が子どもみたいな言い訳をしたら、頭をもう一度叩かれていた。


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