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神徒奇譚  作者: 早村友裕
第一章 蒼都編
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町へ(3)

 ゴクジョウさんの道場は広く、稽古をする場所以外にもたくさんの部屋があった。神徒狩りの仲間や、神徒狩りを信奉する人たちが掃除に来てくれるらしく、ゴクジョウさん一人で住んでいるという割には綺麗に整えられていた。

 もしかするとここは、有事に詰所のような役目をすることもあるのかもしれない。

 続きの部屋で二部屋あてがわれ、まずはふすまを開け放って3人で畳に転がって息をついた。

 アギとガーシャが大きいのでちょっと部屋が狭く感じるのは仕方ない。

「疲れたあ」

「疲れたね」

「疲れたな」

 テラスは外で頼む、と言われたので置いてきた。今頃、広い庭を楽しく駆け回っているはずだ。

「ガーシャは昨日からどこにいたの?」

「オレはずっと町中にいたよ。飲み屋とか、そのへん。情報収集だね。ちょうどジンさんが懇意にしてる取引相手の人がいてさ、事情を知ったらいろいろ教えてくれたんだ。オレたちのこともジンさんから話には聞いてたらしい。この後も戻ってきてって言われてるから行こうと思うんだけど、いいかな? ゴクジョウさんの修行には付き合えそうもないや……正直、めちゃくちゃ興味あるけど。オレ自身も我流だから、系統立てた武術って修めたことないんだよね」

「そっちは後で俺が教えてやるよ」

「お願いね」

 うん、あたしはそっちに興味ない。

「じゃ、アギが修行で、ガーシャが町に行って情報収集なら、あたしが炊事全般担当したほうが効率いいね。ちょうどケイくんから朱印のこと教えてほしいって言われてたし、他の神徒狩りの人にも会ってくるよ。アギとガーシャは気にせず続けてていいよ」

 そういうと、アギは微妙な顔をした。

「……あいつには、あんまり近づきすぎるなよ」

「あいつって、ケイくんのこと?」

 初対面のあたしたちを助けてくれたよい子じゃん。目つきは悪いけど面倒見よさそうだし。

「そうだね、ナユちゃん無防備だから」

 ガーシャまで。

 あたしは唇を尖らせて黙り込んだ。

 不機嫌になったあたしを見てガーシャは笑う。

「でもさ……これはナユちゃんだけでなくアギも気を付けてほしいんだけど、オレたちってやっぱりあんまり普通じゃないみたいなんだよね。朱印の使い方にしても、おそらくかなり特殊だと思う。朱印に関する情報はナユちゃんに任せるから、普通の(・・・)使い方を確認しておいてほしい」

「はあい」

「あと、聞いたかもしれないけど、町の中で野宿はあんまり普通じゃないし、そのへんで狩った獲物をそのへんでさばいて食べるのも、木の実を取ってその場で食べるのもだめだし、道端で火を起こすのも普通じゃない。火事が心配だから、火を起こす場所が決まってるみたい」

「えっ?」

「はあ? じゃあ肉を食べたかったらどうするんだよ」

「そもそも普通の人は全然狩りをしないみたいだよ。家畜にして、飼ってるのを食べるんだって。そういう場所がここから少し離れたところにあって、町の人たちはそれを買って(・・・)食べてる」

 ああ、そういえば、村の外には『通貨』という概念があるんだった。

 本で読んだのと、大人たちに聞いただけの知識だけど。

 ……お金って、どうやって手に入れるんだろう。

 前途多難。

 呆然としたあたしたちを前に、ガーシャは肩をすくめた。

「正直、この程度の知識しか持たない状態で村の外に出ちゃったことを後悔してるんだよ。まるで初めて薬師の修行を始めたときの気分だ。何が分かってないかすら、オレたちには分からない」

 だってまだ、一つ目の町に降りて一日しかたっていないのだ。わからなくて当然だ。

 あたしはまだ世界の広さがあまり実感できていないけれど、きっとガーシャにはもっと先まで見えているんだろう。

「ゴクジョウ師匠に甘えて、少しこの町にとどまって準備を整えよう。ナユちゃんもできるだけ神徒狩りの情報を集めてくれると嬉しい」

「うん、わかった」

「俺は?」

 アギが言うと、ガーシャはにっこり笑った。

「強くなって、誰よりも、何よりも。何が起きても、何が襲ってきても、誰が敵になっても大丈夫なように。それができたら、オレたちは何をするのも自由だ」



「……というわけで、あたしが家事担当になりました!」

 そう宣言すると、ケイくんは微妙な顔になった。

「女に家事を押し付けたってことスか?」

「違うよ。それぞれ得意分野を頑張るだけだよ」

 そもそも、ああ見えてアギも料理は得意だし、掃除を始めると細かいところが気になって完璧になるまでやめられない(タチ)だ。ガーシャは薬師だからそのあたりは言わずもがな。

 男女ではなく、他にできることがあるかどうかの差だ。

 結果、あたしが余っただけだよ。


 手渡された洗濯物の籠を持ち、庭に向かって歩いていく。庭の裏手から出たところに用水路があるので洗濯はそこ、炊事用は井戸、お風呂はないから町で共同の銭湯へ。食料の買い出しは週に一度の市場でまとめて行うらしい――次に買い出しに行くときはぜひついていきたい。

 それ以外に、広い庭の片隅で鶏を飼っているので卵はよく食べるそうだ。

 ケイくんと並んで洗濯をしながらいろいろなことを教えてもらう。

 ねえ、その前にさ、ケイくんの洗濯が雑すぎて気になる。そんなんじゃ汚れは落ちないよ。

 都度、口うるさく注意していたら、途中から適当な返事しか返って来なくなった。

 しまった。

 自分だってアギやガーシャに口うるさく言われて嫌になるのに、同じことしちゃってるじゃん。反省。

 だってさ、年が近くて、なおかつ年下の子って今までいなかったんだもん。


 洗い終わった洗濯物を持って川から上り庭に戻ると、アギとゴクジョウさんが道場の中で武器を持たずに向き合っていた。

 テラスもそちらを見て、大人しく伏せをしている。

 夏終わりの風が吹いている外、さわさわと草が風で擦れる音がするが、道場の中はしぃんと静まり返っていた。

 空気が違う。

 あたしは思わず足を、手を止めて見入った。

 まるで静止した絵巻のように。

 伏せたテラスが尻尾を風になびかせ一振りした瞬間、二人は同時に動いた。

 先に攻撃したのはアギ。

 先手必勝とばかりにまっすぐ殴り掛かった。

 ゴクジョウさんは慌てず、足さばきだけでかわし、アギの背面に回り込む。

 気づいたアギは上体を倒して足を跳ね上げ、踵でゴクジョウさんの顎を狙った。

「おっと」

 これも最小限の動きで避けたゴクジョウさんを追撃、走って追いながら攻撃を仕掛けるが、当たらない。

 そうするうちに、ふっと懐に入り込んだゴクジョウさんがアギの額に、トン、と軽く手のひらを当てて終了。本気なら頭を撃ち抜かれている。

 アギは頭を押さえて、ドスンと地面に座り込んだ。

「アギ、お前は――野生の獣だな」

 ゴクジョウさんが言った。

「本能的に攻撃して、本能的に気配を消して、本能的に回避する。しかもそれが考えるより先に動くほど体に叩き込まれてる。それはそれで素晴らしいことだが、そうだな、少し知能のある相手になると苦戦する可能性がある。例えば――」

 次の瞬間、目にもとまらぬ速さでアギが地面に組み敷かれていた。

 今度は全く見えなかった。

 なんとなくだけど、ゴクジョウさんの出した手を払おうとしたアギが、逆に体勢を崩されたような……?

「不意打ちには強いが、陽動には弱い。あと、合気にも弱いな。良くも悪くも素直すぎるんだ。だが、もしお前が今後、人間とも相対すること(・・・・・・・・・・)を想定しているなら不十分だ」

 ぱんぱん、と手を払って、ゴクジョウさんは言った。

「さて、人間の作った武術というものに興味は出たか、少年?」

 アギは、投げられた体勢のまま、本当に少年のように目をキラキラさせて頷いた。



 呆然とその成り行きを見守っていたあたしは、後ろから坂を上ってきたケイくんのカゴがぶつかって、ようやく動いた。

「あっ、さーせん」

「ごめんごめん、あたしもぼーっとしてたの」

 慌ててカゴを持ち直し、物干しに向かう。

 その間にもアギとゴクジョウさんは何かを話しているようだった。

「……ゴクジョウさんってすごいね。アギがあんなに翻弄されてるのって久しぶりに見た」

 そういうと、ケイくんは嬉しそうに笑った。

「師匠はすごいんスよ。この辺りで師匠より強い人間はまずいないス。もし朱印の力を使ったら、もしかするとアギさんの方が強いかもしれないけど、こと肉弾戦に関して師匠が後れを取ったことは一度もない」

 ぱんっと洗濯物を伸ばして干しながら。

「だからみんな師匠がいればこの町は大丈夫だって思ってるし、みんな師匠を尊敬してるんスよ。普段はただのものぐさに見えるんスけどね」

 洗い終わった洗濯物を全部庭に干して、次は掃除。

「毎日全部の部屋を掃除する必要はないんスけど、道場だけは必ず毎日夕方、ピカピカに掃除するんス。兄弟子が何人もいるから、今日も夕方まで何人かくるかもしれない。その時、ナユタさんのこと紹介しますね」

 今日は廊下掃除だけしましょうか、と言い、雑巾で床拭きを何度も往復。

 村では見なかった、こんなに長い廊下を拭き掃除するのは単純に楽しい。

 鼻歌交じりに休みなく雑巾がけをしていたらケイくんに感心された。

「……ナユタさん、ほんと体力あるんスね。俺は神徒狩りだし、師匠に鍛えてもらってるからそれなりに体力ある方だと思ってたけど、ナユタさんたちはそれ以上だ。アギさんなんてさらに体力の底が見えないス」

「アギは毎日、山の中を駆けまわってるからねえ」

 そもそも、助けてくれる大人がたくさんいたとはいえ、基本的にはあたしとアギの二人で暮らしていたのだ。生きていくことに必要な知識と体力は当たり前についていた。

 さっきガーシャから注意されたから今後は気を付けるけど、食べ物は木の実も獣も自分たちで山から取ってきていたし、米以外の野菜も全部自分たちで育てていた。

 何がなくても生きていけるだけの力は、あの村で養われているのだろう。

 とはいえ、あたし自身には『ただ生きる』以上のことは何もできないけど。

 また思考が暗くなって、はあ、と大きなため息をついてしまった。

 ケイくんにどうしたんスか、と聞かれて、迷ったが胸の内のもやもやは外に出しておくことにした。


「……あたしさあ、本当に何にもできないなと思って。これまでもそうだったけど、村を発ってからずっとそう。アギみたいに強くないし、ガーシャみたいに賢くないし。神徒もろくに倒せやしないし……ほんとにただの足手まといだなあって思ったらちょっと悲しくなっただけ」

「え? それマジで言ってます?」

 ケイくんが怪訝な顔をした。

「掃除も洗濯も炊事も完璧で、体力もあって、気性も穏やかで、意思疎通に難がなくて、今こうやって俺とまともに会話しながら手伝ってくれてるのに? アギさん相手なら、俺とっくに別行動してる自身あるスよ」

 割と失礼なことをサラッと言いながら。

「ナユタさんが出来ることをアギさんができないように、アギさんと同じことをナユタさんが出来ないのは当たり前っスよ」

 悪い目つきをさらに細めて、雑巾を床に置いて、あたしを下から覗き込むようにして。

「あと、ナユタさんは朱印の使い方が独特だけどめちゃくちゃすごいス。まるで空を飛んでるみたいで――綺麗だった。神徒もロクに倒せないって言ったけど、もしナユタさんが言う『神徒』が昨日会ったみたいな化け物級のヤツだけを指すんだとしたら、あれは熟練の神徒狩りが数人がかりで倒すもんスよ、普通は。俺だって倒すどころか近寄ることさえできやしない。それって、俺も役立たずってことになってしまう。洗濯も、ナユタさんほど上手くはないし」

 そう言えば、神徒を前に、ケイくんは腰を抜かしていたっけ。

――オレたちってやっぱりあんまり普通じゃないみたいなんだよね

 先ほどのガーシャの言葉を思い出す。

 だからと言って、あたしが二人ほど強くない事実は変わらないのだけど

「神徒狩りに関しては、アギさんの隣にいるから感覚が麻痺してるだけっスね。もし一緒にいるガーシャさんも同じ水準だとしたら、もはやそれは……うん、ただただ、同情しますね」

 少し遠い目をしながら、ケイくんは淡々と諭すように言った。

 まるで彼自身、そういった経験があるかのように。

「ああそうだ、話してたら思い出した。ナユタさんが使ってる朱印のこと、教えてほしいんス。俺もあんな風に使えるようになりたいんスよ」

 最後にへらりと笑ったケイくんは、あたしの肩をぽんと叩こうとして、慌てて手を引っ込めた。

「さーせん、ナユタさんに触ったら、今度こそアギさんに殺されるス」

 降参するかのように両手を上げて。

「ナユタさんは、たぶん、自分で思ってる以上にすごい人っスよ。そんな卑屈にならなくても、俺が保証してあげますよ」

 うわあ。

 なんだろう、かあっと顔が熱くなった気がした。

「……そんな急に、いろいろ言われると、照れる」

 かろうじてそう絞り出した。

 つられたようにケイくんも真っ赤になってしまった。

「あの、こっちこそ、すみません。でも、ほんとに、気づいてないのってもったいないなって、そう、思ったんスよ」

 お互いに譲り合って、謝り合って。

 最後に目が合って、えへへ、と笑うと、ケイくんも笑い返してくれた。

 やっぱりケイくん、とってもよい子じゃん。


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